61 愛し子
謎の剣人間がいた気がするが見間違いだろう。
お風呂でキレイさっぱり忘れてしまおう。
「あ!主様、お帰りなさいませ」
戻るとハルが部屋の外で待っていたので、
そのまま連れて別棟とやらに向かう。
中庭に面した円形の建物がそれらしい。
想像していた大浴場ではなく、中は個室に分かれている。
ふむ、まあ裸の付き合いをする文化でもないんだろう。
俺もできれば一人でゆっくり入りたい人だから丁度いい。
「こちらでよろしいですか?」
「ああ」
「ではまた後ほど」
従業員(本館とは別の人)に個室の鍵を開けてもらい入る。
入ってすぐは脱衣スペース、奥が浴室らしい。
じゃあまずはここで服を脱いで…と、なに見てんだよ。
「おい、どこまでついて来る気だ」
「はい、はい、お手伝いいたします」
いいよ、今は。
老後に嫌ってほどしてもらうから。
「わたしをお使いください」
変なこと言うな。
俺は一人で入りたいの。
お前みたいなのに一緒に入られたらちっともリラックスできない。
自分の容姿を自覚してるのか。
まさか鏡を見たこと無いなんてことは……あり得るな。
これも後で買ってやろう。
とにかく、こんな愛されボディと一緒に入浴したら別の意味のお風呂になっちゃうよ。
入浴中の心拍数上昇がいかに危険かを、季節の風物死を正月の餅から始まり延々説明してやった。
「なぜ台風のときに川の様子見に行くかというと、そこに川があるからだ」
「あの、あの、それはやっぱりおかしいと思うのですが…」
要するにハルが理解できないことを一方的に喋って煙に巻け…ない!?
こいつめ…だんだん俺の言うことが解るようになってきたぞ。
もうこの手は通用しないかもしれん。
「とにかくだ、介添え無しで入浴するのが俺の故郷の慣わしで…」
「主様の故郷!」
おっ、なんか変な所に食いついてきたぞ。
北関東某県に興味がお有りかな。
「あとで話ししてやるから、お前は隣の個室に行け」
「お話しを、お手伝いを」
渋るハルをなんとか引き剥がして、一人浴室へ向かう。
さて…
キャッホー!お風呂だ!泳ぐぞ!
……ありゃ?
浴槽が無い。
というか何も無い。
全面にタイルが張られただけの部屋だ。
どういうこと?
「お湯をお持ちしました」
ぼけっと突っ立っていると、従業員が台車に平たい大甕を載せてやって来た。
「これは…?」
「はい、この甕から桶で掬ってお使いください」
えー…なにそれ。
湯船でちゃぷちゃぷするのと違うの?
かなりガッカリだぞこれは。
「甕一杯で銀貨5枚になります」
そしてまさかの別料金。
「…じゃあこれ、連れの分も」
「ありがとうございます、追加がご入り用でしたらお申し付けください」
ハルの分も忘れず払ったのは、ここ10年で最大のファインプレーだった。
危うく何も無いタイル部屋で全裸放置するところだったぜ。
…それもありか?
「まあとりあえずお湯を使うか」
甕の容量はポリタンクくらい。
あんまりたっぷり使える感じでもない。
これで銀貨5枚、5千円相当。
「洗い難い…」
片手で桶を持ってだと、どうにもやりにくい。
こんなことならやっぱりハルにお世話頼めば良かった。
むしろお世話してもらうのが前提なのかもしれない。
「はぁ…」
…なんだよこれ。
こんなのお風呂じゃねえ。
ただのお湯浴びだ。
ひどい、だまされた!金返せ!
入るとき別棟の使用料も取られたし、お湯を貰うにもお金が要る。
しかもさっき聞いた話だと、食事代も別に必要になるそうだ。
大奮発した金貨30枚だが、実は部屋のみの料金だったらしい。
つい向こうの感覚で全部込みだと思い込んでいた。俺が悪いんじゃない。
後で知ったことだが、このクラスの宿に泊まる客は大抵従者を連れていて、
食事も街の有力者等に招かれて外で済ませてくるんだとか。
それをしない客は成金扱いで密かに馬鹿にされる、とも。
くそー!無理してこんなとこ泊まらなきゃ良かった。
質素だが温かみのあるノーラちゃんちの宿が恋しい。
やっぱりあの時お湯で拭いてもらえばよかった!
残りのお湯をザブリと被って早々に部屋へ戻ることにした。
途中ですれ違った上品な婦人が何やらガウガウ唸っていたが、
きっとあの人もだまされたんだろう。ざまぁwww
多少気分が晴れたので、部屋に戻りポテトチップを齧る。
全部食べてあったらお仕置きしようと思っていたが、ハルは2、3枚しか食べなかったらしい。
…これはちょっと遠慮しすぎじゃないかしら。
お仕置きとか考えてた自分が恥ずかしい。
存分にカミカミできるチャンスとか思ってごめんなさい。もうしません。
代わりにお夕飯はたっぷり食べさせてやらないとね。
別料金だけど。
でもこのポテトチップを見る限りはあまり期待できないかもしれない。
これ、スライサーではなく包丁で薄く切ったらしいが、
ポテトチップというには少し厚みがありすぎる。
むしろ冷えたイモの天ぷらみたいな…
「…おいしくない」
こんなんでヒカル君は怒り出さなかったんだろうか?
6歳児なんてちょっとしたことで癇癪起こしてもおかしくないはずだけど。
さすが勇者様は人が出来てるってことかしらね。
へっ!生憎と俺はただのニートなんでな。
抗議の意味を込めてたっぷりお残ししちゃいます。どうだ!
俺が人知れずぷりぷり怒っていると、部屋の外から声がかかる。
「ただいま戻りまし…た」
キツネ様のお戻りじゃ。
後半声のトーンが下がってるのは何でだろう?
ドアを開けてみればなるほど、妙齢の妖艶な美女が白い羽織姿で立っておられる。
まあハルなんだけどさ。
お風呂上りの上気した顔にやや緊張を浮かべている。
まだこの部屋に抵抗があるのか。
相変わらず気の弱い奴だ。
俺の姿を認めると、ほっとしたのか力が抜けてふんにゃりする。
お風呂で温まったせいもあって、あちこちすごく柔らかそうだ。
髪もフカフカしてる。
噛みたい。
視線を落とすと羽織の上から自己主張する薄桃色の突起が一対。
噛みたい…
こうして部屋の敷居を挟んで向かい合っていると、初めて会った時を思い出す。
あの時はてっきり訪問マッサージ嬢かと思ったんだよな。
よし、鬱憤晴らしにちょっと遊んでやろう。
「なんだ?嫁にでもなりに来たのか」
「!」
驚いて目を瞠るキツネっ娘。
もちっとしてた体が一瞬にして緊張で硬くなる。
「……………………はい」
ふふふ…慌てちゃってかわいいわね…え、あれ?
今なんて言いました?
「私共を…わたしを…お救いくださった貴方様の元に…参りました」
「あ、はい、そう…なんですか」
つい素で答えてしまう。
なんてこった。
まさかハルに精神的に優位に立たれるとは。
お子ちゃまキツネのくせに生意気だ!
こうなればたまによくやる最後の手段、ボディタッチだ。
なぁに、少しつついてやればすぐ「ひぃ」とか言って音を上げるはず。
よしよし、うふふ…さあどこを触ってあげよう。と思っていると
「一夜限りの妻でも構いません…」
ぎゃん!先手を打たれた。
あの時の俺の言葉を引用してくるとは…!やるな小娘。
立ち竦む俺の前に跪いて顔を寄せる。
股間に吐息がかかるほどの至近距離。
見上げる表情は、初めて見せる、女の貌。
ゴクリ
なにこの展開…
まさか…まさか!俺もいよいよ素人DT卒業か?!
ど、どうしよう、こんなの全く想定してなかったぞ。
イメージトレーニング不足だ。
せめて妄想の中で出産までシミュレートしておかないと。おぎゃー!よし。
でも奴隷って素人にカウントしていいのだろうか。
結局お金でしてもらってることに変わり無いような気がするんだが…
「ひとつ聞きたい」
「はい」
「お前がそうするのは奴隷だからか?」
「……」
返事は無い。
代わりに金色の濡れた瞳でじっと見つめてくる。
なるほど…
俺はほんの少しだけ記憶力に問題はあるが、別に鈍いわけじゃない。
こいつの気持ちにだって薄々気付いてはいた。
まあ、その都度忘れちゃうんだけど。
今回のはどう見てもオッケーのサイン。
…だよね?
「いいのか、本当に…」
勤労意欲ゼロ、計画性無し、頭がちょっと怪しい、将来確実に要介護な俺だけど本当にいいの?
自分で言っててダメな気がしてきた。
「……」
真っ赤になった顔を隠すようにコクンと小さく頷く。
「…そうか」
でも俺は大人の男ですからね。
雰囲気に流されて~なんていい加減なことはできない。
そうだ!なら公平にジャンケンで決めよう!
これなら文句無いだろ。
右が勝ったら「する」、左が勝ったら「しない」。
せーの、ジャンケン…右の勝ちぃぃぃぃぃぃ!!!!!
強い!右つよぉぉぉい!圧勝!圧勝です!!やったー!
「ハル…」
「んっ」
コンコン
きゃあ!キツネ?!…はここにいるか。
ではなくドアをノックする音。
「お食事をお持ちしました」
このタイミングで!?
すみません、今忙しいんですけど!
後にしてくれません?90分後くらい。
さすがにここまできてご飯優先じゃあんまりだ。
大人の男の責任能力というものを存分に味あわせて…ん?
ゴクリ
あれー?何でキミの視線はドアにくぎ付けなの?
「…あっ!いえ、いえ!違います…」
慌てて視線を戻すがもう遅い。
そっかーお腹空いてるのね。
「先に食事にしようか」
「ぁ、あの、あの……はい、申し訳ございません…」
廊下からはほわんといい香りが漂ってくる。
これを我慢しろというのは酷だろう。
「いいさ、これからもずっと一緒なんだからな」
ずっと…ね。
介護士資格取っておいてね。
「……!主様っ!」
その言葉に感極まったのか、いきなりガバッと脚に抱き着いて頬をすり寄せる。
大人しいハルがこれほど大胆な行動を取るとは珍しい。
本来するはずだった行為に比べれば可愛いもんだが……
ガチャッ
「失礼いたします、あっ」
「あ……」
「主様、主様――――ぁ」
◆
「……ごゆっくり」
うるさい!うるさい!はよ出てけ!
バタンと音を立てて扉が閉まる。
この宿の評価は既にストップ安。
これで飯が不味かったらノーラちゃんに言いつけてやる!
さっきからきょろきょろそわそわしてる子をガッカリさせたら許さんぞ。
大きな木製のテーブルには蓋の被さったこれまた大きなお皿が載せられている。
ふふふ…いいこと思いついた。
いっぱい食べこぼしてこのお高そうなテーブルを汚してやる!
いやーすいませんねぇ。
なにせ成金なもんで行儀がなってなくて。
この子なんて超ド田舎娘ですから、鏡も見たこと無いんですのよ。ヲホホホ!
「ぁ…うぅ…」
おっと、いかん。
おあずけを喰らったハルが可哀想なことになってる。
ギャァス!
ひゃあ!ごめんクーちゃん!?
どうやら俺も限界みたいです。
お腹が怒りの咆哮を上げておられます。
じゃあいきますよ、蓋オープン!
さあどうだ?
「おさかな!」
ハルが歓声を上げる。
俺も声にこそ出さなかったが、少しばかり驚いた。
大皿には鮭みたいなでっかい魚が鎮座し、一度切り分けた身をそれぞれ揚げたり焼いたり蒸したり炒めたり調理して、また元の位置に戻して盛り付けてある。
なにこれ、すごい旨そう!
大人の男である俺でさえテンションが上がるくらいだ。
魚好きのお子様は大喜び。
「わ、わわ!わぁ!」
さすがに刺身は無いかな?
あ、でも軽く炙ったタタキみたいなのがあるぞ。
よし、これは全部俺がいただこう。
幸いハルが一番気にしているのは煮こごりらしきゼリー状のブロック。
さっきから何度も唾を飲み込んでいる。
以前食べたことがあるのかな?
よっぽど好きみたいだ。
それでも俺への遠慮があるらしく、自分からは手をつけようとしない。
「ほら食べろ」
煮こごりを小皿に取り分けてやる。
「あ、ありがとうございます、嬉しいです、大好きです!」
そうか、そんなに好きだったのか。
よっぽど美味いものみたいね。
…全部あげるんじゃなかったかな。
すぐにペロリと平らげてしまう。
あ、俺の分…いえ、なんでもないです。
「おいしい、おいしいです」
忙しなく手と口を動かして、もっちもっち食べる。
なにこれかわいい、養いたい。
「これも食べろ、もっと食べろ」
つい自分で食べるのも忘れてハルに給餌してしまう。
ギャォォォン!
うるせえクー!黙ってろ!
今はこの子をお腹いっぱいにする方が大事なんだよ。
「うまいか?」
「…!…!」
口の中がいっぱいなせいか、返事の代わりにコクコク頷いてにっこり笑う。
なんだろうこの、胸に火が灯ったような暖かさ。
これが…父性……?
◆
満足したハルはソファーにもたれてそのまま眠ってしまった。
かなり旅の疲れが溜まってたみたいだ。
何か知らんが随分気負ってたからな。
今はゆっくりお休み。
ベッドに運んでお布団を掛けてやる。
食事の前にやろうとしてた何かはもう遠い彼方。
あどけない寝顔を見ていると幸せな気分になる。
そして呼吸に合わせて上下する豊かな胸部をみているとしあわせに…しあ…あっ
…ちょっと長めのトイレ行ってきますね。
○~
「……」
休火山になったカチカチ山が無言で不満を訴えかけてくる。
言うな…わかってる。
本当は母なる海にマグマを噴出したかったんだよな。
新たな大地を創造したかったんだよな。
でもしょうがないだろ。
俺はあの子の父親なんだから。だろ?…だよな?あれ?
◇◇◇
「おはようハル」
「おはようございます主様」
今朝の主様…なんだかとってもお優しいです。
いえ、いつもだって優しくしてくれますし、
強くてかっこよくて素敵な主様ですが、今日は特別みたいです。
主様…昨夜はあまりご気分が優れなかったご様子なので、
お元気になられて良かったです。嬉しいです。大好きです。
「今日は買い物に行こう。約束していた櫛と、それと鏡も買ってあげような」
「わぁ!え、えっ?か、か、鏡ですか!?そんな高価な物いただけません」
聞いたことがあります、鏡は作るのがとっても大変で、だからすごく高価だと。
昔はエリリリエにも一つあったそうですが、わたしは見たことがありません。
「いいんだよハル、君がもっと綺麗になってくれると僕も嬉しい」ニコッ
「あっ…!主様、そのような…そのようなお言葉!勿体のう……えっ?ぼ、僕?」
「どうしたんだい?僕のかわいい娘…………む、すめ??」
「……」
「うん、まあとにかく今日は買い物に行くから、そのつもりでな」
「あ、はい、はい!楽しみです」
良かった、やっぱりいつもの主様でした。
素敵ですかっこいいです大好きです。
一緒にお買いもの、嬉しいです。
嬉しいです!
嬉しいッ!!




