60 どうだ明るくなったろう
ネズミを蹴散らした俺は意気揚々と街へ入る。
「はいこれ、身分証」
「あ、あぁ…はい、確かに」
俺のFラン冒険者証に恐れをなしたのか、門番さんがポカンを口を開けて見送る。
ふっふっふ、どうだ参ったか…あ、なんか人が集まり始めた!やばい!
後ろめたいことなど一つも無いが、盗賊からお金貰ったりなんかしてないこともない。
早いとこ人混みに紛れてしまおう。
「魔鼠が逃げていくぞ!」
「湖の方もだ、魔物が消えている」
何か物騒な話が聴こえてきた気がするけど俺には関係無いよね。
さあ今夜のお宿はどこかしら。
やって来たのはこの街でも一二を争うという高級宿。
お値段は二人部屋一泊につき金貨30枚。30万円相当。
盗賊さんの包んでくれたお金は全部で金貨58枚。
ここで30枚をパッと使ってしまうのは一見愚行のように思えるが、彼らがくれたのはお金だけではない。
地図だ。
盗賊の活動範囲と拠点が示された地図。
この世界の盗賊というのは温厚で礼儀正しく、ちょっと脅……お願いするだけでお金を包んでくれる優しい人達である。つまり盗賊の居場所を示した地図はというのは宝の地図に他ならない。
ハルに金の心配は不要だと言ったのは、盗賊という資金源があってこそ。
いやーほんとありがたいですね。
「これは見事だな」
宿の外観は、白を基調としながらも落ち着いた風合いで格調高く美しい。
那須御用邸にお招きを受けた時を思い出す。もちろんそんなこと無かったけど。
そしてなんと、この宿にはお風呂があります。
やったー!泳ぐぞー!すいすい泳ぐぞ!
「ひぃ、勿体のうございます…勿体のうございます…」
尻込みするハルを引っ張って宿に入る。
荷トカゲは敷地内の畜舎に預けた。
物腰柔らかな従業員に案内されたのは、どこぞのお姫様ご一行も泊まったというお部屋。
教室くらいの広さの部屋を、用途別にパーテーションで区切っている。
一番奥の寝室からは何やらムーディーな明かりが漏れている。
いや、そういうの結構ですので。
肝心なのはお風呂だからね。
お風呂は…あれ?無いぞ。
「お風呂はどこ?」
「湯殿は別棟の一階になります」
なるほど、さすがに部屋には付いてないか。
防火の都合上、建物も別にしてるんだろう。
一休みしたら行ってみよう。
「ごゆっくりお寛ぎください」
案内を終えた従業員が扉の前で一礼する。
すぐに出て行かないのはあれだろ、わかってますよ。
「あぁ、キミ。これを」
「ありがたく頂戴いたします」
チップですよチップ!
俺のしょぼい人生でこんなもの渡す日が来るとは思わなかった。
せいぜいジャガイモを薄く切って油で揚げたものくらいにしか縁が無かった。
「ポテトチップ食べたいな」
「後ほどお持ちいたします、先にお飲み物はいかがでしょう」
えっ、あるんだ。
あー…そっか、きっとあの子が食べたがったんだね。
「酒はいらない、何かさっぱりしたものを」
「では果実水でよろしいですか」
「そうだな、ハルもそれでいいか?」
「わた、わた……」
「じゃあそれで頼む」
「かしこまりました」
重厚な扉を音を立てずに閉める。
こんな所ひとつとっても高級さが窺える。
ふぅ、さて…
「おいハル、いい加減落ち着け」
「わひっ、わ、わたひには…このようなお部屋はご立派すぎます。荷トカゲさんと同じく畜舎で寝ます…!」
おいふざけるなよ。
せっかく飲み物を頼んだのに、お前がいなかったら誰が俺に飲ませるんだ。
育児放棄反対!ネグレクトを許すな!
「あのな…」
「す、すぐ出て行きますから」
「おい、待て、こら」
待ちなさい、待って、待ってよ、マ゛マ゛ー!ミルクちょうだい!
「失礼いたします、お飲み物をお持ちしまし…」
ハルが出て行こうとしたところで丁度、従業員さんが扉を開けて入ってくる。
ドシン
「ふぎゃっ!」
「お、お客様!?」
見事に扉に衝突したハルが仰向けにひっくり返る。
24万6800スピードで動いて、床に頭を打つ前に支えたが、扉にぶつけた部分は赤く痕になっている。
これはいけない。
【スキル:祈り を発動しました】
「んひっ!んっ、んっ、んっ、んぅ」
唇を噛んで必死に声を抑えるエロ狐。
上気した顔からむせかえるような色気が立ち昇る。
「んっ、んぁ、あっ、あぁ、あっ!主様っ、主様ぁ!」
おい、俺を呼ぶな。
変な誤解を招くだろ。
傷はあっという間に治ったが、蕩け落ちそうな表情は別意の意味でいけない。
「これは…すごい」
すごいとか言うなよ、いやらしい…
ってか従業員さんまだいたのか、帰れよもう。
チップならもうあげないぞ。
「もしやお客様は※法恵医様でございますか?」
※魔法による治療を施す医師 超難関国家資格
「なっ?!」
ほ、ほうけいだとぉ!?
帰るどころか、とんでもなく失礼なことをほざきやがる。
「いや、俺は…」
ごく平均的な日本人だ。
当然あちらもごく平均的な火星人だ。
「仮性のものというか、その、性能的には全く問題ないから……」
「仮免状をお持ちなのですね!?それだけでもすごいことです!ぜひ診て頂きたい方がいるのです」
おいおい。なんでそうなるんだよ。
言っときますけど自力で皮からフライハイできるくらいのパワーはあるんだからね。
「とある商会の会頭様なのですが、お体が動かなくなる病気でして。医者も呼んだのですがどうにもさっぱり…」
ねえ、聞いてる?
手を使わずこんにちはできるくらいのサイズはあるんだから……
「もし治していただければ、ご本人様からの他に、この街の代官からもお礼を差し上げたいとのことです」
「よし、見るだけ見てみよう」
早くも贅沢に慣れ始めた感のある俺は、金づるの予感に敏感に反応した。
「あの、あの…主様、わたしは…?」
「お前は大人しくポテトチップ食べてなさい」
「はい、はい…いってらっしゃいませ」
ハルは余計な行動を取ると迷惑になると悟ったのか、素直に頷く。
大きなソファーに所在無げに腰掛けて、皿をじっと見つめている。
部屋を出る直前、懐かしいパリッという音と「わぁ!」という声が聴こえてきた。
どうやらお気に召したらしい。
子供はお菓子を与えておけばだいたいオッケーだって先生が言ってた。
おい、俺の分も残しておけよ。
◇◆◆
「あの方です」
案内された部屋には金属光沢を放つ男が垂直に置かれていた。
首も動かせないのか、入り口にいる俺の姿は見えていないようだ。
「せいぅぅっ…体が、動かぬ!ぐぬぬ…」
ギギギと錆び付いた音を立てて必死に体を動かそうと試みる。
なるほど……アレは普通の医者に診せても無駄だろうな。
というか何?どういうこと?何でいるの??
「……診るまでもない、油でも注しておけば直る」
「あ、油でございますか?」
疑問はもっともだが俺だってわかんねえよ、あんなの。
っていうか夢の中から出てくるのは止めて欲しい。
「それでダメなら鍛冶屋に見てもらえ」
「は、はぁ…」
正直関わりたくない。
気付かれないようにそっと部屋を後にした。
「剣ィィィギギギギ……」