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58 湖畔の夜明け(中)

「湖にいるのは亀の魔物なんですよね?だったら斧よりトンカチの方が効くかなぁ」


 皆が出発の準備を整える中、ノーラが重量のある戦槌を匙のように軽く振ってみせる。


「ノーラちゃんにかかれば亀なんぞイチコロだな」


 騎士の一人が半ば冗談、半ば本気でそんなことを口にする。


 実は軽いセクハラ発言なのだが、幸いにもノーラには気付かれなかった。

 もし気付いていれば彼の亀はイチコロだったろう。


「漕がずに湖を渡るのですよね?なら舟は軽くした方が良いのでは」


 若い真面目な騎士が先程のルチアの話を反芻する。


 地元漁師の話では、湖にも僅かだが潮流があるらしい。

 今回は闇に紛れて漂流物を装い、潮流に乗って対岸まで辿り着こうという算段だ。


「あ、そっか。じゃあ私は武器無しでいいかな」


 持っていた槌を手放すと、ゴトリと重い音がする。


「そりゃいくらなんでも危険だ、せめて短剣くらい持ったらどうだい」


 護身用の短剣。

 女性や子供でも扱いやすいように柄は木製で、細めに作られている。


「あはは…そんな小さい物だと使う前に握り潰しちゃいますから」

「まあそうだろうが…いや、しかしだな…」

「大丈夫です、亀の甲羅くらいなら素手でも叩き割れますよ!」


 力を込めて拳を振るってみせる。

 ミシリと周囲の空気が歪むような気がした。


 この少女、平素こそ人懐こく快活だが、戦いになると鬼神の如き振る舞いを見せる。


「いざという時は頼りにしている」

「お任せください!必ずルチア様をお守りしますね」


 ノーラも初めのうちこそひどく緊張していたが、元々肝の太い性格らしくすぐに馴染んだ。

 今ではすっかりルチアの侍衛のように振舞っている。

 

 既に彼女を格上と認めてしまっている騎士達はさも当然といった態度だ。


「そしてパーシー、キミには先導を任せたい。できるな」

「ヘイ!マイレディ!」


 飛び上がって歓喜を示すパーシーを、ノーラが冷ややかな目で見つめる。


「ほう、確かに目がいいとは思っていたが。夜目まで利くのか?」

「ヘイ!自分、梟っすっすから!」

「そうだったのか!そいつは頼もしいや」


 カイトに連れて来られただけと思われたパーシーだが、実は際立った才があった。

 家令のロレンスが熱心に彼を推挙したのはこれを知っていたからだろう。


「あの…ユリーカさん、フクロウって何ですか?変な人のことですか?」

「んふっ!ふ、ふふ…ちが、違いますよ。梟という種族はですね……」


 いつも落ち着いたユリーカが珍しく堪え切らないように笑いを漏らす。

 すると周囲の雰囲気が一瞬でパッと華やぐ。


 これが此度の行程に戦闘要員でない彼女が不可欠な理由。


 暗闇の中、いつ魔物に発見されるやもしれぬ恐怖に曝され、夜通し舟に揺られる苦痛は筆舌に尽くし難い。

 大変な胆力を要求される状況下で、安らぎを与えてくれる彼女の存在は非常に大きい。


 思いがけず有為な人材が集まっていたことに気付き、ルチアは内心驚いた。

 自分達は偉大な力の庇護下にある、思い込みの激しい彼女がそのような考えに至るには十分だった。


 もちろんただの気のせいだ。




□■□■



 パーシーを殴り倒したカイトは城門に赴いて門兵に止められ、

 ひとしきり暴れた後、何故か突然大人しくなって引き下がった。


 かといって諦めたわけではなく、今度は湖の岸辺に来ていた。


「剣ィ参上!さあ尋常に勝負いたせぇい!」


 湖面を臨み、高らかに名乗りを上げる。


「どうした!臆したか泥亀!勝負!勝負!」

 

 ガシャガシャと足を踏み鳴らして魔物を挑発する。


「なんや、珍妙なのがおるわい」 


 湖面が盛り上がり、小山のような巨体が姿を現す。

 四天王が一、巨大な亀の魔物。ゴールドタートルである。


「出たな魔物!さあ斬り捨ててくれる!」


 腕を刃に変化させ、威勢良くブンブンと振るう。


「ゲハハハ!何かと思えばお前、ソードマンかいな」

「左様、我は剣なり」


 長命な亀の中でも特に長い年月を経たゴールドタートルは豊富な知識を有している。

 この意味不明な男の正体も一言で言い当ててみせた。


「ゲヒヒ…なあ、知っとるか?ソードマンちゅうのはな、ヌシの力の一厘いちりんしか持てへんのや」

「ほう?」


 今まで気にしたことも無かったが、この力には勇者のそれが反映されているという。



名前:カイト・デカルト

種族:ソードマン

性別:男

年齢:0

LV: マスターの1/1000

HP*3 :738

MP*0 :0

力*5 :1230

技*1 :246

守*3 :738

速*1 :246

賢*0 :0

魔*0 :0



「なるほど、確かに」

ヌシのレベルが1000あって、ようやくたったの1や。つまりどう足掻いても虫けら以下ちゅうことや。哀れなもんや、なぁ?」


 レベルが四桁を超える者などゴールドタートルの知る限りこの世に存在しない。

 三桁でさえ歴史に名を残す傑物、化け物の類である。


「あいつらを待つ間の暇つぶしに思たが、とんだ期待はずれやったな」


 まさしくその化け物である目の前の魔物は、心底つまらなそうにカイトを見下ろす。

 己が強者であることに微塵の疑いも持っていない。


「主の強さの一厘を自らの力とする…ふふ、ふふふ…ふはははは!!」

「あぁ?」


 それを知りながら突然笑い出した男に、魔物でさえも訝しむ。


「ならば貴様らこそどう足掻いても勝ち目は無いな!ふはははは!」

「……イカレとるんかいな」


 常識的に考えればその通りだが、当然この男には当てはまらない。


 巨大な魔物を前にして既に勝利を確信している余裕の態度。

 こちらもまた、己が強者であることに微塵の疑いも持っていなかった。


「さてさて、お前がどのくらい弱い(・・)のか見てやりましょう」

「なんやと?!」



 【スキル:鑑定 を発動しました】


名前:ゴールドタートル

性質:敵性

LV:107

HP:2140/2140

MP:107/107

力:321

技:107

守:856

速:107

賢:214

魔:107



「(鑑定の精度が上がっている…?おおお!これも勇者様のお力か!)」


 普通なら守800を超える高さに驚くところだが、

 もちろんこの男にそんなことを期待してはいけない。


「調子に乗るなやガラクタ…!死ねやああぁぁぁぁ」


 激昂したゴールドタートルが口から超高圧の水流を吐き出す。

 鉄板すら切断する威力の水流を受ければ人間などひとたまりも無い。


 怒涛の勢いで迫るそれをカイトは――


「せーい!」

「ぁぁぁぁああああ??!!」


 なんと片手を軽く振るうだけで打ち払ってみせた。

 そしてあっという間に距離をつめると、返す刃で大亀に斬りかかる。


「せりゃっ!」

「ぐわぁああ!!」


 硬い鱗に覆われた外皮をバターのように容易く切り裂く。


「な、なんやお前!たかがソードマンの分際で…!」

「剣ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!」


 聞く耳持たず。

 いつの間にか両手足までも刃に変化し、追撃の意図は明らかだ。


「(あかん…!こいつはヤバい!)」


 ここに到ってようやく、目の前の剣男が常識外の怪物であることに気付いた。


「(ヤバイ!ヤバイ!ヤバイ!もう形振り構ってられん!)」


 強者の余裕は既にどこにも無く、今ここにいるのは生き延びることのみに全力を傾ける哀れな獲物にすぎなかった。


「せいりゃあ!おおっ?!」

「甘いわ!」


 しかし腐っても四天王。

 そう易々と狩られてやるつもりも無い。


 首を狙った刃が迫る直前、頭を甲羅の中に引っ込める。


「ヘヘッ…どや!この鉄壁の構え!」


 ただでさえ高い守を誇る魔物の、最も強固な部位。

 そこへ頭と四肢を収めれば事実上弱点は存在しなくなる。


「(このまま水中に逃げ込めば追っては来られんはずや…)」


 甲羅のみを水面に出したまま、沖に向けてゆっくりと後ずさる。


 屈辱的な撤退だが致し方ない。

 ここは一先ず生き延びて、残りの四天王と合流後に総がかりで倒せば良い。


「憶えとき…この借りは必ず…!」

「せやっ!」


 ガチンと甲羅の上から硬い音が響く。


「なっ!?」


 なんと既に岸辺をだいぶ離れているというのに、あの剣男が飛び乗ってきた。


「おまっ…アホか!このままやったらお前も沈むぞ!」

「刃ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


 ゴールドタートルは肝心なことを失念していた。

 この男、最も異常なのは頭である。

 

「クソッ!させるかい!」


 すぐさま水中に逃れようと試みる。

 しかし無情にも4本の刃が立て続けに突き立てられた。


 力1230(×4)と守856のぶつかり合い。

 軍配はあっさりと前者に上がる。


「ぐあぁ…」


 引っ込めていた手足を出し、必死に水を掻くものの、

 致命傷を負った身は最早沈むのを待つばかりである。


「お前は…いったい、何者…」


 最後の力を振り絞り、己を滅した相手の真の正体を問い質す。


「我こそは勇者の剣なり!!」

「勇…者…やと…!?…ゲハァッ」


 信じ難い言葉を耳にし、今度こそ体中の力が失われる。


 最強の守りを誇り数多の攻撃を跳ね除けてきた大亀は、あっけなく水底へ没していった。

 カイトを乗せたまま。


「わはははは、は、は?」


 ゴボッ


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