53 撃破
出発の朝――
キツネさん総出のお見送りを受ける。
「「「救い主様ばんじゃーい!」」」
大きく手を振り、涙を流してまで別れを惜しんでくれる。
そんなに虫肉処理係がいなくなるのが悲しいか。
いくらニートだからってその扱いは酷過ぎやしませんか?
「んーっ!」
ところで猿轡を噛まされて呻いてるアレは何だろう…
「ついて行っちゃダメよー」
縛られて地面に転がされた上に、長老お姉さんが馬乗りになって押さえつけている。
なにこの…お見送りにしては過剰なサービス。
「んんむー!」」
「大人しくしてねー」
バシィ
「んふぃぃ!!」
楽しそうで結構。
「エリリリエの皆には聢と伝えておくからの」
「大叔母様…」
こちらでは大婆様がハルの首に藍色の襟巻きを掛けてやっている。
まるで姉妹みたいだ。フランス語で。
「お前は何も心配せず末永く可愛がっていただくのじゃぞ」
「はい、はい…わたしは決して主様のお側を離れません」
良い心掛けです。
どうかそのままの君でいてください。
さて…俺だけ手持ち無沙汰だな。
族長にでも挨拶しとくか。
「世話になったな」
「とんでもございません、またいつでもお立ち寄りください」
うん、ほんとにまた来るよ。
虫食から脱却した時期を見計らってね。
「これはほんの礼だ」
ポケットから赤い石ころを取り出し手渡す。
昨夜荷物の整理をしていた時に見つけたキレイな石だ。
まあ整理してたのはハルで、俺はその側で遊んでたんだが。
いつ拾ったのか覚えて無いが、おそらく投擲用の小石に混じっていたんだろう。
俺の記憶力に問題があるわけではない。
「こ、これは…」
「りっくん何貰ったのー?」
族長の後ろから長老お姉さんがひょこっと覗き込む。
今さらだが族長の名前はリククク。
長老お姉さんからはりっくんと呼ばれている。羨ましい。
俺のこともだっくんて呼んで欲しい……アヒルみたいだな。
「あらまあ…これって」
二人とも石ころを見て目を丸くしている。
無理もない、こんな素敵な物をプレゼントされたんだからな。
キレイな石は子供界では宝石として扱われる。
ドングリやカブトムシと並んで価値が高い。
「遠慮せず好きに使ってくれ」
物々交換に使ったり友達に自慢したり眺めてニヤニヤしたりと、使い道は無限大。
これ以上の贈り物なんて見たことが無い。いやー!素晴らしい!
…まあ、ほんとはいくらかお金を渡そうと思って間違えたんだけどな。
この世界のコインって形が歪で石ころと間違えやすいんだ。
俺が悪いんじゃない。
しかし一度出したものは引っ込めない。
キャー!素敵!なんて男らしいんでしょ!
さあ、そろそろ出発しようか。
のんびりしてたら日が暮れちゃうからね。
逃げるとかそういうんではなくて。
「おーいハル、そろそろ行くぞー」
「ひぁん」
ハルが鳴き声みたいな返事をしてふらふら歩いて来る。
大婆様とどんな話しをしていたのだろう。お顔が真っ赤だ。
まさかキツネ病が再発したのか?!
いかん、延期!出発は延期です!一年くらい療養しましょう!
そうはいかない。
俺はもう一欠片だって虫肉を口にしたくはない。
「ほら」
心を鬼にして赤狐の手を引く。
握った手は焼けるように熱い。
そうか…これは病気ではなく進化だったのか。
火属性がついてパワーアップしたに違いない。ファイアフォックスだ。
それなら多少もたつくのも仕方ないな。
「行くぞ」
「グワッ」
「ひぃ」
荷トカゲ、俺、ハルの順に並んでキツネさんの営地を後にする。
ねえ、何でキミが先導してるの?
◇◇◇
途中まで叔父貴ィ!と若造キツネがついて来た。
「ほいさ!ほいさ!」
先導するキツネさんが草を刈り分け、その後を王様気分でずんずん歩く。
がはは!ニート王のお通りだ!道を開けろぉ!開いてる。
気持ちがでかくなると自然と背筋が仰け反る。
やあ、今日も空が青いぜ。絶好の前方不注意日和だ。
ところが何を勘違いしたか、ハルが背中に手を添えて後ろから支えてきた。
「おい、どうした」
「はい、はい…大丈夫です」
そう言いつつもお背中プッシュを止めようとしない。
今日はやけに過保護だ。
掌が当てられたところが温かくて気持ちいい。
これが話題のキツネセラピー。
この調子で老後も頼みますよ。
しばらく歩くと草地を抜けて道に差し掛かる。
草刈り二人が来るのはここまでのようだ。
「よろしければ道中お召し上がりください」
別れ際にずしりとした袋を荷トカゲに括り付ける。
なんだろう?食べ物みたいだけど。
…まさか虫肉じゃないだろうな。
「草イチゴの実です、皆で集めました」
あら、おやつだったのね。
それならありがたく頂戴します。
「ありがたい」
イチゴと聞いてハルがそわそわし始める。
「んっ、ん」
何かを思い出すようにちゅるりと唇を濡らす。
そんなにイチゴ好きだっけ?
「ご武運を祈念しております」
「お前達もな」
君達こそ記念すべき宿主第一号だ。
次にお世話になる時までに食糧事情が良くなってることを祈ろう。
「グワャッ」
道に出た途端早足で駆け始める荷トカゲを追って旅を再開する。
ねえ、何でキミが…ちょっ…待てや!
「こらっ!シッ!」
ビシッ
「グエッ」
ようやく荷トカゲに追いつくと、もう叔父貴ィ!達の姿は丘の向こうに見えなくなっていた。
これでまた俺とハルと荷トカゲだけの旅に戻ったわけだ。
ピュピュピュィー
「ん?」
何となく感慨に耽っていると、叔父貴ィ!達のいた辺りから例の指笛が聴こえてきた。
前と違って妙に浮ついた感じの音色だ。
「!…」
それを聴いたハルは急に頬を朱に染めてサッと顔を伏せた。
こら!ちゃんと前を見て歩かないと石に躓いちゃいますよ。
ガィン
痛てぇ!石に躓いた!
△△
「叔父上、今のは?」
ダスト達を見送った後、ややあって指笛を鳴らした叔父に訊ねる。
“引き音”とは違う、初めて聴く音だった。
「お前は聴いたことが無かったか、“祝ぎ音”は氏族の娘が他種族へ嫁ぐ時に鳴らすものだ。
あの子はカヤヤヤカではないから少し迷ったんだが…どうしても、な」
その気持ちは理解できる。
当初こそ捧げものとされたエリリリエの娘に哀れみを覚えたものの、
営地での二人の様子からは互いに向ける深い情愛が感じられた。
「滅多にあることではないが、まあ憶えておけ」
感情に任せての行動に恥じらいを覚えたのか、年長者らしく教えとして締めようとする。
ならばここは素直に頷いておくのが最良であろうと、聡い彼は判断した。
「はいさ!」
△△
「グヘェー…」
荷トカゲが不満げに鳴き声を漏らす。
目を離すと走り出そうとするので今は紐で結わえている。
「……」
そして俺の後ろをピタリとついてくる金キツネ。
いつ何時、申し付けがあってもいいように身構えているようだ。
こら!ちゃんと前を見て歩かないと草に足を引っ掛けて転んじゃいますよ。
ズデッ
痛てぇ!草に足を引っ掛けた!
「主様!」
すぐさまハルが飛びついてきて俺の体を抱え込む。
「どこかお怪我をされたのですか?!それともお体の具合が…!」
今にも泣き出しそうな表情で、ペタペタとあちこち触って検分する。
これが流行りのキツネマッサージ。うひゃ気持ちいいー…あ、どこ触ってるんだ。
「!ここが腫れて…」
あ、それは正常な反応だから大丈夫。
「いや違う、草に足をとられたんだ」
「草に?」
二人して足元に目を向けると、足首に太い植物の蔦が巻き付いていた。
蔦の先には半ば地面に埋まった緑色のでっかい種みたいなものが覗いている。
「すぐお取りします!」
ハルが蔦をほどこうとぐいぐい引っ張るも、がっちり巻き付いてビクともしない。
やけに丈夫な植物だ、きっと雑草の王様に違いない。
不労王である俺との首脳会談をお望みかな。
「…こんなもの!えい、えいっ!」
ほどけないと判り、ハルは小刀で切断を試みる。
「主様を離して!」
ムキになって蔦をガシガシ斬り付ける。
それでも傷ひとつ付かない。
いくら丈夫な植物でもさすがにこれはおかしい。
「グワ」
勝手に進んでいた荷トカゲが異変を察して戻って来た。
「グワァ!」
そしておもむろに蔦の根本にある種を蹴りつける。
ボコッ
効果はいまひとつのようだ。
健脚自慢の荷トカゲだ、キックにもかなりの威力があるはずだが…
ほんと何なんだ?この植物は。
【スキル:鑑定 を発動しました】
名前:ミステリーシード
性質:敵性
LV:101
HP:2424/2424
MP:200/202
力:202
技:101
守:505
速:0
賢:101
魔:303
魔物じゃねえか!
「ハル!離れろ!」
「このっ、このっ!…えっ?」
シャランとソードを取り出し真上から種にぶっ刺す。
ピキッ
氷が割れるような音を立てて、硬い外皮に刃が沈み込む。
かなり守が高いようだが、俺の24万6800パワーの前では豆腐と蒟蒻の中間くらいの柔らかさだ。
ついでにそのまま虹色光線を発射。
サァァァ
種の内部を光線が奔る音がする。
どうも地面に埋まってる部分はかなり大きいようだ。
ゴポ ゴプッ
やがて種の表面がぶくぶくと泡立ち始める。
緑色だった外皮は見る間に赤々と膨れ上がって…
あれ?もしかして破裂する?
「おいっ…!逃げろ!」
ぼけっと見ていた荷トカゲに言い放つと、慌てて後方へ大ジャンプ。
ハッとした荷トカゲが全速力で走り出す。
スプリンターみたいな見事なランニングフォームだ。
無茶苦茶速い…あれなら逃げ切れそうだな。
もちろんハルは真っ先にキープしてある。
今は俺の腕の中におとなしく収まっている。
「ひん」
よしよし、いい子ね。
あとで甘いもの買ってやるからな。
バーン
充分に離れたところで、見計らったように種が弾け飛ぶ。
金属片のような硬い音を立てて破片がバラバラと降り注ぐ。
真っ赤に焼けた謎の液体が辺りに飛び散っている。
幸い種を中心として地面が大きく抉れているので周囲への延焼は無さそう。
良かった良かった……良かった…?
「さて…荷トカゲは無事かな?」
■■■
茫然と立ち尽くす蜥蜴型の魔物。
魔王軍四天王が一体、フレイムラプトルである。
炎を宿したその身は常に高温に熱せられ、周囲には陽炎が揺らめいている。
「グヮァ…まさか、そんな…」
その陽炎の向こう側で、今しがた同輩が弾け飛ぶ光様を目の当たりにし、思わず足がすくむ。
「どういうことだ…何者がこんなことを」
ミステリーシードは四天王の中で最も高い生命力を誇る。
それが唯の一撃で倒され、しかも木っ端微塵に吹き飛ばれされた。
「人間の街へ攻め入る前の腹ごしらえにと旅人を待ち構えていたはずが、よもやその旅人に討ち取られるとは…」
ただの旅人ではあるまい、一体何者であるか――
「おっ!いたいた。生きてたか」
「グワッ!?」
ミステリーシードを殺した男がこちらに駆け寄って来る。
「グッ…!」
何者かは知らぬが、これほどの脅威を放ってはおけない。必ずや魔王軍に仇なす存在となる。
ならば今ここで、刺し違えてでも始末しなければと決意を固め、炎袋に魔力を込める。
「お、お前…!その体の色…」
男は寸前で足を止め、驚いたように目を見張る。
色がどうしたというのだろう。
灼熱色の体は強力な火の魔力を備えている証であり、彼の誇りだ。
「茹でダコじゃないか!ていうか火!火!お前尻尾に火が点いちゃってるよ!」
そう、彼の種族にとって尾の炎は魔力の源。
これが消える時は即ち命が費える時。
「ハル!すぐに消してやるんだ!」
「あ、はい、はい!えいっ!」
突然、男の側に控えていた女が魔法を発動する。
「!?」
見慣れぬ魔法を前にして緊張に身が強張る。
実際に見たことは無い。
しかし伝聞によって知り得るその魔法は――
「(氷だと?!)」
炎を纏う者にとって最大の脅威、現存しないとされる強力な古代魔法。
その唯一の使い手に遭遇したのはまったくの不運であった。
「クッヮ…!」
抵抗する間も無く体の自由が奪われ、視界が急速に霞んでいく。
「(…霜?違う、これは……)」
「(炎が…消え…る…………)」
■■■
「…よし、消えたな」
焦ったぜ。
まさか尻に火が点いてるのに平然としているとは。
爬虫類ってやつは鈍くていかん。
「ハルもご苦労だったな、イチゴ食べていいぞ」
「はい、はい…あれ?」
前にノーラちゃんが食べさせてたから、きっと魔力の回復に効果があるんだろう。
「ん?どうした」
あ、そっか。
イチゴ袋は荷トカゲに括り付けてあったんだ。
「じゃあ休憩にするから荷物を降ろして…」
そこでようやく気付いた。
氷漬けになった荷トカゲは荷物を一切付けていない。裸トカゲだ。
まさか種の大爆発に巻き込まれて全部燃えちゃったのだろうか。
だとすると困ったことになったぞ…
「グワ」
と、そこへ聴き慣れたやる気溢れる鳴き声が。
「ここにいますよ」
「ほんとだ」
やって来たのは紛れもなく荷トカゲ。
ちゃんと避難できたようで、荷物も全部無事だ。
じゃあこの氷漬けのトカゲは何なんだ?
【スキル:鑑定 を発動しました】
名前:フレイムラプトル
性質:死亡
偶然近くにいた野生のトカゲ?
ってか死んでるんだけど…
「……事故だな」
「えっ、あ、はい、はい…主様の仰るとおりです」
実行犯が言うのだから間違い無い。
全てはあの種の魔物が原因だ。俺は悪くない。イケ高がやった。
「行くぞ」
「グワッ」
「はい」
荷トカゲ、俺、ハルの順に並んで現場を後にする。
なぜだか今は先を急ぎたい気分だった。