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給与額がそのままレベルに反映されたら最強っぽくなった  作者: (独)妄想支援センター
Ⅲ.世界へ踏み出す輝かしき第一歩 そして無辜なる者への果て無き慈心
51/69

51 恵み

 朝になった。


 翌日の朝ではなく3日目の朝。

 あれから丸二日キツネ村に泊まり込んでいる。


 有言実行を是とする俺はこのまま半年くらい居座るつもりだ。


 というのも、ここはハルの生まれ育った環境に非常に近い。

 今や俺の生命線となったミルクサーバーの健康維持に最も適している。



「主様、朝ご飯の用意ができました」


 ハルが焼いたお肉を持って天幕に入ってくる。


「ああ、うん…」


 問題があるとすればこの食事だろう。


 三食肉オンリーではさすがに飽きる。

 しかしここではこれ以上の食べ物は望めない。


 こうなると益々米が恋しくなってくる。


 コメよこせー。


 昨夜ついカッとなってやったひとり米騒動を思い返す。



★★★



 さあ始まりました!暴動の基本は今も昔も投石です。

 ワタクシ投石にはちょっと自信がありますの。ヲホホ!


 そーれ!


 ポーン



 ゴバッ



 …何かに当たった?


 知らない。


 おれは関係無い。

 まったく身に覚えが無い。

 ん…?なんだか騒がしいような…まあいいか。

 こまかいことは気にしないでもう寝よう。



★★★ 



 おかしな夢だった。


 きっと慣れない環境でストレスが溜まっていたのだろう。

 にもかかわらず正気を保っていられるのはさすがと言える。


 それに肉は飽きたが俺には他にもお楽しみがある。


「ハル、またアレを頼む」

「あ…はい、はい」



「んんっ!」



 ちゅるっ



 ふぅ…こればっかりはいくら飲んでも飽きがこない。

 むしろ回を増すごとに渇望が強くなる。



「…ひゅん」


 終えるとハルはぐったりしてしまうので、そのまましばらく抱っこして過ごす。

 魔法って体力消耗するんだねー。


 体温の高くなったハルはくっついていると暖かくて気持ちがいい。

 親鳥に抱かれた雛のような至上の安心感に満たされる。ピヨピヨ。


「くふぅん…」


 ただ、時折こうしておかしな息遣いをするのが気に掛かる。

 まさか病気じゃないだろうか、キツネ病とか…?


 なんと!それでは旅に出られないではないか!


 うん、病気なら仕方ないよね。

 ゆっくり養生いたしましょう、一年くらい。


 とはいえ大事な生命線を病気のまま放っておくわけにもいかない。

 長老さんにでも診てもらおう。



「んー…んふ?ひゃっ!あ、主様!?」


 くたっとしたハルを包むようにして抱き上げ、長老さんの天幕へ向かった。




◇◇◇




「グワッグワッグワッ」


 外に出るといつものように荷トカゲが営地の周りをランニングしていた。

 ほんと体力余ってんなあいつ。


 ハルが病気だってのに不謹慎な奴だ。



 長老のテントはキツネさん営地の中でも特に目立つ。

 杭に繋いだロープに変な旗が一杯ついている。

 

 何か意味があるように見えるが意味は無いと聞いた。


『いつでも訪ねて来てねー』


 と言っていたから遠慮なくお邪魔する。


「邪魔するぞ」


 長老らしく薬の調合でもやってるかと思えば、薄着でストレッチをしていた。


「いらっしゃ~い」


 相変わらず長老らしからぬお姉さんルック。

 瑞々しい肢体を惜しげもなく晒している。

 

 ハルが病気だってのにけしからん奴だ。


「ハルの具合を診てやってくれ」


 抱きかかえて来たハルをそっと敷物の上に降ろす。


「あらら、真っ赤っか。朝からして(・・)たのねー?」

「当然だ」


 寝起きの体は水分を欲している。


「体が求めているんだ」

「うふふ、とってもお元気なのねー」


 元気じゃないから困ってるんだ。

 早く診てあげてほしい。



「どれどれ~?」


 長老はハルの傍らに膝をついて座り込む。


「昨日は何回した(・・)の?」


 まずは問診。意外と普通だ。


「…11回です」

「そんなに!?」


 そんなに驚くこと?

 一日にそれくらい水を飲むのは普通でしょう。


「じゃあ次は横になってねー」


 続けて下腹部をさわさわと触診。

 なんかすごく医者っぽい。期待できそうだ。


「ここは?」

「くすぐったいです」


「じゃあここは?」

「んっ!…少し痛いです」 

 

 あっ、そんな下まで触っちゃっていいの?

 割れモノなので丁寧に扱ってくださいよ。


「どんな具合だ?」

「んー、まだみたいねー」


 まだ治らないのか。

 あんまり長引くようなら【祈り】を使うしかないが。


 でもあれを使うとなー…


「…そうか」

「そんなにガッカリしなくても大丈夫よ。こんなに可愛がられてるんだもの、きっとすぐ授かるわよ。ね?」


 「ね?」と言ってパチンとウインク。

 これは初めて見るパターンだ。


 でも直に治るみたいで良かった。

 どうやらお仲間にアヘ顔披露せずに済みそうだぞ。


「良かったなハル」

「?はい、はい、主様に喜んでいただけて嬉しいです!」


 ぴょこんと起き上がって俺に向き直る。

 なんだ、結構元気そうじゃない。


 これならすぐにでも旅を再開でき…いや、無理は禁物だ。

 大事を取ってゆっくり休むべきだな、3年くらい。


「大事な身体だ、無理はするなよ」


 柔らかな金毛をふんわりと撫で付ける。


「んふ、主様…」


 これが噂のキツネセラピー。

 リラックス効果抜群。


 あれ?何で俺が癒されてるの?


「立てるか?」

「はい、はい…ひぃ、ダメです…申し訳ございません」


 立ち上がろうとしたものの力が入らず、ペタンと座り込んでしまう。


「ここで休んでていいのよー、いろいろ詳しく訊きたいし。うふふっ」


 長老さんの好意に甘えてしばらくハルを休ませてもらうことにした。 

 俺は外でバッタでも捕って遊んでこよう。


「ではよろしく頼む」


「あっ…」

「いってらっしゃ~い」


 ハルは付いて来たそうにしていたが長老に寝かしつけられてそのまま俺を見送った。


 大きいバッタ捕まえたら見せに来てやろう。




◇◇




「グワッフ!グワッフ!」


 外に出ると荷トカゲがスクワットに励んでいた。


 こいつ暇さえあれば身体を鍛えてるな。

 使役動物のくせに暇を持て余すとかとんでもない奴だ。

 

「(キッ!)…ん?」


 許しがたいニート野郎をジロリと睨んでいると、どこからか旨そうな匂いが漂ってくるのに気付いた。


「(なんだろう?)」


 羊肉を焼いたのとは違う、まろやかな香り。

 

 ふらふらと匂いの元を辿って行くと、叔父貴ィ!達が火を囲んでいた。


「叔父上…本当にコレ(・・)を食べるのですか?」

「仕方ないだろう、今はこんなものでも食わねば生きていけない」


 一緒にいるのは心眼と若造キツネ。

 俺が最初に出会った三人組だ。


「こんなこといつまで続くのでしょう…」

「家畜が増えるまでの辛抱さ。救い主様のお陰で双頭魔狼オルトロスはもういないんだからな」


 お喋りしながら串焼き肉を炙っている。


 見たところ白身のお肉のようだ。鳥肉だろうか?


「ほら食え、慣れると意外に悪くないぞ」

「はい、ううっ…」


 見た目はおいしそうな串焼き肉のようだが、心眼はそれを渋い顔で受け取る。

 いったい何が不満なんだろう?


「それは何だ?」

「わぁっ!?す、救い主様!」


 声を掛けると叔父貴ィ!が飛び上がって驚いた。

 最近気付いたけどこいつは意外と肝が小さい。


「!…ぁ、あ」


 心眼はといえば、一瞬固まったかと思うと…


「お踏みください!どうかお踏みください!」


 四つん這いになってクイと尻を上げる。


 会った当初の高慢な態度は欠片も残っていない。


 死刑から救い出してくれた俺に感謝するのはわかる。

 でも何がどうなってこうなってしまったのか。 


 本人が言うには、俺の椅子になったらしい。


 最初は奴隷にしてもらおうと思ったが、それは既にハルがいる。

 だったら家畜に、と思ったがそれも既に荷トカゲがいる。


 じゃあ家具になろう!


 おかしいだろ。



「…おい」


 叔父貴ィ!に「こいつを止めろ」と目で合図するも、

 何が嬉しいのかニコニコするだけで止めようとしない。


 もう一人の若造キツネはといえば、無心に肉を炙っている。


 こいつら…


 ああ、いいとも!

 それなら座ってやりましょうかね。それっ!


 突き出された心眼の尻にドカッと腰を下ろす。


 あら柔っこい。


「ひぃん!あ、あ、ありがとうございます!ありがとうございます!」


 どういたしまして。

 あまり深く考えないようにしよう。

 

 そんなことより串焼きだ。


「これは何を焼いているんだ?」


 近くで見ると鳥肉とも違う、繊維状のみっしり詰まったお肉だ。

 あえて言うならエビに似ている気がする。


「これは、その…」


 叔父貴ィ!はニコニコ笑顔を引っ込めて、言い難そうに言葉を濁す。


 おやぁ?さては自分達だけ美味しいものを食べるおつもりですわね。

 許しませんわ!


「一本もらうぞ」


 よく焼けて食べ頃のを一本引き抜くと、叔父貴ィ!は意外そうに目を丸くする。


「えっ…こんなものをですか?」


 その表情に一抹の不安を感じたが、その手には乗らんと頭を振る。

 本当は旨いものを不味いだの体に悪いだの言って子供に食べさせない気だな。


 大人の体に子供並の知能を備えた俺だぞ。

 そんな子供だましは通用しない。…うん?


 若干の疑問を覚えたものの、目の前に肉を持ってくるとそんなことどうでもよくなる。

 じっくり炙ったお肉がジュワジュワ音を立てていかにも旨そうだ。


 ミチッ


 一口噛み締めると香ばしい肉汁がじゅっと溢れる。


 …う


 うんめええ!

 なにこれおいしい!


 癖の無い上品な口当たり、程よい弾力に微かな甘み…

 そうだカニ!カニだこれ。


 ハルミルクほどではないにせよ、羊肉よりはずっとお口に合う。


「んぐっ…!」


 無言で一本食べつくす。


「ほいさ、お次どうぞ」


 感動に打ち震えていると、若造キツネがスッと串焼きを差し出してきた。


「ありがたい」


 何気にこいつが一番使える奴だな。

 叔父貴ィ!は意外と役に立たないし、心眼は論外。 


「ありがとうございます!」


 うるせえ!


 喧しい椅子は放置してもっちゃもっちゃと夢中でカニを貪った。

 結局その場にあった串焼きは俺一人で全部平らげてしまった。

 


「次から食事は羊ではなくこっちにしてくれ」


 聞けばカニ肉はまだたくさん残りがあるそうだ。

 ならばということで先回りしてリクエストしておく。


「本当に…よろしいのですか?」

「大丈夫だ」


 俺は気に入ったものなら毎日食べても平気な人だから。

 「こないだ食べたばっかりじゃない」なんて理屈は俺には通用しない。


「替わりに俺の分の羊肉は君達で食べたらいい」


 さすがに俺だって彼らの食事を取り上げるほど身勝手ではない。

 カニよりランクは落ちるが君達はマトンで我慢したまえ。


「う、ううっ…救い主様、なんと…なんと…」


 顔を伏せてプルプルと震える。

 

 泣いたって無駄だ。

 俺に迷惑かけた分だと思って諦めろ。


 心眼の踏み踏みプリーズを止めなかったお前らが悪い。


「ありがとうございます!」


 うるせえ!




★★★




「夜甲虫が出たって?!」

「はい!それも雄の、かなり大きいやつです!」


 夜回りをしていた若者から報告が入る。

 営地の外れに魔物が現れたようだ。


「ハシシシ、一緒に来い」

「はいさ!」


 若い衆を束ねる立場にある彼は、甥を伴ってすぐさま現場に駆けつける。


 夜甲虫は強固な鎧を纏った虫の魔物で、繊維質の物を好んで食す。

 草原ではさほど珍しくない魔物だ。


 だが問題は――


「でかい…」


 夜甲虫は普通なら子羊ほどの大きさだが、目の前のそれは小山のような巨体だった。



 ギィ ギギィ



 6本の脚を軋ませゆっくりと営地に向けて歩を進めている。


「もしや狙いは天幕か」


 これだけの巨体を維持するには多くの餌を必要とするはず。

 繊維の塊である天幕が並ぶ営地は、さぞ魅力的な餌場に映ったのだろう。


 だが大切な住居を食われる方にとっては堪ったものではない。

 特にこれから冬になるというのに、天幕を失くしては凍死は免れない。


 なんとしても退けねばならない。


「明かりをもっと増やせ!弓はどうした」

「ダメだ!いくら射ても弾かれちまう!」


 魔力を帯びた矢ではあるが、鋼のような外皮にはまるで歯が立たない。

 徹る可能性があるとすれば鎧の繋ぎ目か、あるいは眼孔くらいだろう。


「動くな!くそっ!当たらない!」


 また一つ、放たれた矢が黒光りする装甲に弾かれ地に落ちる。 


 要求されるのは針に糸を通すような精密な射撃である。 

 それを暗がりの中で、しかも動く的相手にやれというのはいかにも無茶だった。


「ホノノノノは…いや、無理だ」


 若手で一番腕のいい射手は彼の姪ホノノノノだが、

 今の彼女はいささか…かなり平静を欠いていると言わざるを得ない。


 まともな行動が期待できるとは到底思えなかった。


「…これはまずい」


 自分の手には負えないと判断し、年長者達に援けを請うべく踵を返す。

 老いのない狐にとって歳を重ねた者はそれだけ優秀な戦士である。


 年長者達は既に騒ぎを聞きつけ、外に居並んでいた。

 だがその手に持っていたのは弓ではなく炎の灯る松明だった。


「あれを射殺すのは無理じゃ、火をくべるしかあるまい」

「ソララララ様…」


 暗くて表情は窺えないが、重苦しい雰囲気だけは嫌というほど伝わってくる。


「しかしそれでは…!」


 この乾いた草原では、一度勢いのついた火を消し止めることは非常に難しい。

 下手をすれば天幕の大半が焼け落ちてしまうかもしれない。


「魔物に食い尽くされるよりはマシじゃ」


 当然、年長の者達も承知の上なのだろう。

 低い声音には悲壮な覚悟が見て取れた。


 今年の冬はきっと厳しいものになるに違いない。

 むしろ幾人が無事に冬を乗り切れるのか…


 そこでふと気付く。

 今に限って言えば、他に方法が無いわけではない。


「もし…もしご助力を頂ければ…」


 彼の脳裏に黒髪の英雄の姿が浮かぶ。


「言うな、あれは元より草原の魔物じゃ。双頭魔狼オルトロスとは訳が違う。

 この程度自力で退けられねば我らに生きる資格は無い」


 だがその考えは毅然とはねつけられた。

 そこには長年この草原で生き抜いてきた者の矜持があった。


「申し訳ありません、浅はかでした」


 安易に強者へ縋ろうとした自分がいかにも愚かに思え、深く自省した。


「うむ…いよいよとなれば幼子だけでも他の氏族に引き取ってもらう。良いな?」

「承知いたしました」


 深く頭を垂れたところで突然歓声が上がる。


「やった!当たったぞ!」

「眼だ!片眼を潰した!」


 誰かの放った矢が偶然にも夜甲虫の眼に命中したらしい。


 だがそれは致命傷には到らなかった。

 それどころか夜甲虫の敵愾心を煽る結果となってしまった。



 ギィギィギィギィギィ



「わあ!」

「こっ、こいつ!」


 怒り狂った夜甲虫は大木のような角を振って暴れまわる。

 更には大きく身を震わせたかと思うと、次にはパッと地上から姿を消した。



 ブブブブブブブブブ



「飛んだ!」


 巨大な翅を広げて夜空に舞い上がる。

 

 耳障りな音を立ててしばし上空を旋回した後、

 今度は角を下に向けて真っ直ぐに急降下を始める。


「いかん!散れ!」


 あれに潰されればひとたまりも無い。

 近くにいただけでも手足が吹き飛ぶくらいの衝撃に襲われるだろう。


「火から離れるんだ!丘の裏に逃げろ!」

「誰ぞ!救い主様の天幕へ…!」


 天幕に直撃すれば、中の人間諸共無残に押し潰されることは必至だ。

 ましてそれが大恩ある人物であったとしたら目も当てられない。


 気付いた幾人かが、件の天幕へ向かおうとした矢先。



 シュン



 一条の光が天へと駆け上がる。


 前触れも無く現れた流星は降ってくる黒い塊と交錯し、彼方へと飛び去った。



 ゴバッ



 夜甲虫は一瞬動きを止めたかと思うと、鈍い音を立ててバラバラに砕け散る。


 細かい破片となって降り注ぐそれには、もはや人を殺める力は残っていなかった。



 忌まわしい羽音は消え去り、夜空に静寂が戻る。


「ソララララ様…これは」


 目を疑う光景に、理解が追いつかない。

 しかし古老にとっては違ったようだ。


「…もはや我らはあの御方のお許し無しには生きていけぬ。

 今後は一層誠意を込めてお尽くしせねばならない」


 目を閉じ、ゆっくりと吐き出された言葉に深い感謝の色が溢れていた。


「んもー、ソララララちゃんはほっんと真面目ねー」


 意外にも近くにいた長老が軽やかに応える。

 どうやら彼女も天幕へ向けて駆け出そうとしたうちの一人だったらしい。


「長老様、しかし…」

「でも…そうね。今回は私も同じ意見ね」


 珍しく神妙な面持ちで肯定の意を示す。 


 この二人の決定であれば、それは氏族の総意といっても良い。

 実のところカヤヤヤカでは族長の意志はあまり重んじられていない。


「みんなもそれでいいわねー?」


 周囲から賛同の声が上がる。

 やはり異を唱える者はいないようだ。


「じゃあまずはお掃除からねー」


 夜甲虫の肉片はあちらこちらに散らばっている。

 夜のうちにこれらを片付けてしまわなければ、偉大な救い主に見苦しいものは見せられない。


「そうだ!せっかくだからコレ食べちゃいましょう!」


 長老は突然思いついたようにとんでもないことを言い出す。


「コレって…まさか夜甲虫をですか?」


 魔物の、それも虫の肉を食べるなど常識では考えられないことだ。


「あなたはまたそうやってふざけたことを…」


 ソララララが嗜めようとするも、長老は意外にも真剣だった。


「ふざけてないわー。始祖様だって魔物の肉を口にしたのよ、知ってるわよねー?」

「それは…言い伝えではその通りですが…」


 英雄であった始祖が飢えに耐えかねて魔物の肉を食した。

 それはつまり苦楽を共にした勇者もまた同じ境遇にあったということ。


 そのことから魔物肉は禁忌とはされていない。

 ただ好んで食べる者がいないだけだ。


「いいじゃない。天のお恵みよ、ありがたいことよねー」


 家畜の多くが双頭魔狼オルトロスによって失われたせいで、食糧の不足が懸念されている。


 夜甲虫の肉は量だけならかなりのものだ。

 これを食糧に充てることができれば当座は凌げるだろう。


「しかし、これを…」

「うっ…本当に食べられるのでしょうか」


 若者達が尻込みしてしまうのも無理は無い。

 黒い外皮にへばりついた肉はいかにも見た目が悪い。


「ほいさ、結構旨いですよコレ」

「きゃははは!何でも試してみるものよねー」


 だが中には恐れ知らずの者もいて、早速食べてみては感想を口にする。

 幸いにも味は悪くないようだ。


「でもさすがに生は危ないと思うのよねー…」


 夜甲虫の残骸は朝までには綺麗に片付けられ、

 肉は皮から剥がし防腐効果のある草に包んで保管された。



 翌朝――肉を串に刺して炙っていたところ、賓客が予想外の反応を示した。


 慣れぬ魔物の肉に苦慮する彼らを思い遣った、どこまでも情け深い仰せ付け。

 それにより彼らはますます尊崇を強くするのであった。


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