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給与額がそのままレベルに反映されたら最強っぽくなった  作者: (独)妄想支援センター
Ⅲ.世界へ踏み出す輝かしき第一歩 そして無辜なる者への果て無き慈心
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50 狐のお宿

「お踏みくださいィ!」

「…いいから!」


 心眼は姉妹らしき二人に引きずられてその場を後にした。


 おかしなことを叫んでいるのは死の恐怖を味わったことで情緒が不安定になっているせいだろう。

 そうであってほしい。


 ちなみに後で聞いた話では、二人は心眼の姉妹ではなく母と祖母だとか。

 ほんとこいつらの外見年齢はあてにならない。



 そして俺は再び先程の天幕に招かれた。


 さっきはお詫びに終始していたが、今度はいかにお礼をするかの話になっている。


 とはいえ、今のキツネさん達は食べるだけでやっとの貧乏暮らし。

 なんでも双頭魔狼オルトロスとかいう魔物に家畜を食い荒らされたらしい。

 まあこわい。


 そんなわけで自然とお礼は物品ではなく、俺への奉仕という形へ流れていった。

 その中で当事者である心眼の名が挙がるのは必然だったといえる。

 

「あの娘がお気に召したのであればどうぞ伽をお申し付けください」


 案の定ホールインワンワン!な所へ行き着いてしまった。

 ポチが期待にムクリと頭を上げる。


「おおっ!」

「それはいい!」

 

 名案だとばかりに幾人かが頷く。


「当人も喜ぶことでしょう」


 叔父貴ィ!なんか手を挙げて賛同を示している。


 姪の未開封パッケージを何だと思っているのだろう。

 見損なったぞ叔父貴ィ!


「めでたいことだ」

「御子を授かったらぜひとも次の族長に…」


 なにやら話が飛躍し始めた。


 盛り上がってるとこ悪いが、ここはきっぱり断っておこう。

 ポチも盛り上がってるとこ悪いが、おあずけだ。


 ク~ン…



「その必要は無い」


 俺の一言でざわめきはピタリと納まり、皆が真剣に耳を傾ける。


「既に十分な礼は受け取っているし、満足もしている」


 鞘をチンと弾き、次いでハルに視線を向ける。


「ひゃ」


 ハルがピクンと反応し、棒のように真っ直ぐな姿勢で固まる。

 長老お姉さんに指でつんつんされてもまるで気付いていない。


「…無粋なことを申しました、お許しください」


 浮かれていた自覚があったのだろう。

 叔父貴ィ!達はすぐさま意見を引っ込めた。


「うむ、そういうわけだ」


 どういうわけかよく分からないが、とりあえず大仰そうに頷いてみせる。


「これ以上の礼は不要である」


 そして多少強引に話を締めにかかる。

 キツネさん達はどうにも生真面目すぎて、放っておくといつまでもあれこれ言ってきそうだ。


「でも…」

「でも…」

「だって…」


 やはりというか、お互い顔を見合わせて「それでいいのか?」みたいな雰囲気。

 もう一押し必要かな。面倒くさい奴らだ。


 そんな中、長老お姉さんがパンパンと手を叩いて立ち上がった。


「ほら!もういいじゃない!救い主様のお言葉に従いましょ。ね?」


 「ね?」と言って首を傾げた姿はほんとかわいいお姉さん。


 見た目も長老っぽくないけど、中身も案外軽そうだ。

 立ち位置的に大婆様とキャラ被るかと思ったけど実際は全然違ったようだ。


「長老様がそう仰るのなら…」


 しかしさすがは長老というべきか、鶴の一声でこの件は落着。



「ですが、せめておもてなしだけはさせていただきたい」


 これだけは譲らないぞ、といった体で族長さんがはっきりと言い放つ。


「ふむ…」


 もちろん最初から泊めてもらうつもりだったが、俺はわざとらしく考える素振りをみせる。


 かねてより温めていた計画を試してみよう。

 

「そうだな…では草原に立ち寄った際はここに泊めてもらえるだろうか」


 キツネさんは常に移動してるからいつもここってわけじゃないだろうけど。

 ともかく簡単な口約束でいいから確約を取り付けたかった。


「なんと!そのようなことでよろしいのですか?」

「ああ、もちろんだ」


 なんでもないことのようにさらっと言ったが、実はこれ拡大解釈が可能な罠である。

 

 俺は立ち寄る頻度も宿泊の期間も一切口にしていない。

 毎日泊まりに来たり、10年間滞在したとしても彼らは断ることができない。


 これぞ俺が長年かけて今思いついた宿主確保計画“プロミス”だ。


 軽い気持ちでした約束が気付かぬうちに強力な拘束力を持つようになる。

 まさに借金の如き恐ろしさよ…


「そのようなことでよろしければ、いつでもお越しください!」

「ありがたい」


 純朴なキツネさんはあっさり罠にかかった。


 ここに俺のニート生活への夢は大きく一歩前進した。




◇◇




 にーく、にーく。


 外から漂ってくる肉の焼ける匂いが食欲を刺激する。

 

 今いるのはさっきとは別の天幕の中。

 そこでお食事ができるのを待っていた。


 おもてなしのご馳走といえば当然肉だ。


 奮発してくれたようで、羊をバラすところから始まったので時間がかかっている。

 アルチの実を食べたせいでフル稼働な消化器がお肉の到来を待ちわびていた。


 クーちゃんお肉楽しみだねー?


 グオォー



「救い主様、お食事の前に御酒はいかがでしょう」


 妙にご機嫌の大婆様が液体の詰まった皮袋を掲げてみせる。


「酒か…」


 遊牧民の酒っていうと馬乳酒だろうか。


「せっかくだが遠慮しておこう」

「おや?」


 天幕の中にいる3人、ハルと大婆様となぜか長老、が一様に首を傾げる。


 おそらくキツネさん達はこれを水の代わりみたいに飲むのだろう。

 アルコール度数もきっとたいしたことないはずだ。

 

 だがひとつ忘れてはいけないことがある。


 俺はここへ来る前にアルチの実をつまみ食いしている。


 【鑑定】結果に「酒と同時に摂取してはいけない」と出るくらいだ。

 少量のアルコールでも酷いことになるに違いない。


 正直に「アルチの実をつまみ食いしました」なんてとても言えない。

 大人の男がまるで雛鳥の如く給餌を待っていたなんて格好悪すぎるじゃないか。


 となれば、適当な言い訳をでっち上げるしかない。


「実は…」


 俺が保身を図る際は、頭の回転が通常の1.275倍くらい速くなる。

 瞬時にいくつかの妄想を組み合せてストーリーを作り出す。



 【スキル:詐術 を発動しました】


「――というわけなんだ」


 かいつまむと、以前東方にて巨大な蛇の魔物を退治した時にある呪いを受けた。

 そいつは死に際に「二度と酒の呑めぬ身体にしてやる」と言い残した。

 それ以降、酒を口にすると全身が焼けるような痛みに襲われるようになってしまった。


 というような内容で、主に魔物退治のシーンに重点を置いて語った。


「そんなことが…」


 一同鎮痛な面持ちで話に聞き入っていた。


 100%作り話というのはさすがに心が痛む。

 そのせいで俺の表情も自然と沈んだものになる。


「おいたわしいことじゃ…」


 大婆様は見た目に反してお酒好きらしい。

 酒の呑めぬ苦しみに思いを巡らせ、目に薄っすらと涙を浮かべている。


「主様にもっと美味しいものを…楽しいことを…たくさん…わたしが」


 ハルは思い詰めた表情でぶつぶつと呟いている。

 長老お姉さんに頬っぺたをグニグニされてもまるで気付いてない。


「でもそうなるとちょっと困ったわねー。この近くは水場が無いからねー…」


 長老が顎に指を当て「んー」と可愛らしく考える仕草をする。

 この人ほんといくつなんだろう。


「なんと!それでは救い主様にお飲みいただけるものが無いではないか!」


 大婆様がガタッと立ち上がって慌て出す。

 もてなすと言っておきながら飲料水すら出せぬではあまりに情けないと思ったのだろう。


「すぐに営地を水場のある場所へ移さねば…!」


 大規模なお引越しまで考えが飛んでしまっているようだ。


「いや、大丈夫だ」


 今から移動とか冗談じゃないよ。

 俺はもう今日は一歩も動かないぞ。


 お水ならまだ街から持ってきた分が残っている。

 ひとまずはそれを飲んでいればいい。


「ハル、頼む」


 荷物から水筒を取ってきてくれ。

 そんでヒエヒエに冷やしておくれ。


「ぇ…」


 ハルは一瞬キョトンとしたが、すぐに俺の意を悟ったのか魔法の発動に入る。


「お水…ですね、すぐご用意いたします」


 立ち上がると手を椀の形につくって、そこへ冷気を集めだす。

 手の中へみるみるうちに氷の欠片が生まれてくる。


「おおっ…」


 なにげに間近で見るのは初めてだが、どうも空気中の水分て感じじゃなさそうだ。

 おそらく魔力を直接氷に変換しているのだろう。


 とすると例え砂漠の真ん中にいても水を得られることになる。

 俺はハルとメシがあればどこでだって生きていける。

 

 絶対手放さないぞ、俺の冷水機。



 あっという間にハルの手の中にこんもりと氷の粒が出来上がっていた。

 

「ふぅ…あむっ」


 コリッ


 あれ?


 ハルはそれを自分の口に含んでしまった。


 そして口の中で氷をコロコロ転がしながらゆっくりとこちらに来る。


 ぽかんと口を開けて見上げていると、覆い被さるようにして顔を近付けてくる。

 髪が影になって表情はよく判らないが、金色の瞳が忙しなく動いているのだけは見て取れた。


「……んっ」


 そのまましばらく心を決めかねるように視線を彷徨わせていたが、

 意を決してぎゅっと目を閉じると静かに唇を触れさせた。



 ちゅく



 う~ん…どうしてこうなったのだろう。

 俺はただお水が飲みたかっただけなのに。


 ああ…しかし、なんだな。

 ハルとするのはこれで二度目になるな。


 前の時は疲れていたせいであまり意識しなかったが、

 いま口に触れている温かく滑らかな感触は頭が蕩けそうになるほど、その…やばい。


 うわーっ!なにこれ恥ずかしい!

 見ないでください!


「……」

「……」


 っていうかそこの二人ぃ!見るなよ! 


 ノーラちゃんみたいに騒がれるのも嫌だけど、無言で見学されるのはもっと辛い。

 

 なぜ見てるんです!


「んぷ」


 ハルの舌が何度か行き来して、しっかり繋がったのを確認すると、

 ゆっくりあたたかい液体が流れ込んでくる。


 生温い水。

 これも本来なら美味く感じるはずないのに、なんだろう…この甘さは。


「なんとも甲斐甲斐しいのう…まるで赤子に乳を与えておるようじゃ」


 不意に大婆様がぽつりと漏らす。


 それがキーワードだった。



 『授乳』



 何を隠そう俺の大好物のシチュエーションだ。


 カチリ


 脳の変な所が繋がって味覚に強力な修整力が働く。

 ほのかに甘味があった液体は今や極上の甘露となっていた。


 うまい…うますぎる!


 もっと欲しい!もっともっと欲しいぃぃ!

 

 チロチロと流れ込んでくる分だけでは我慢できず、舌でハルの唇を割り入って口内で暴れさせる。

 熱く融けたように潤ったハルの唇は、抵抗なく俺の舌を飲み込む。


「…んむぐっ?!」


 柔らかい突起が逃げるように動いたのを見逃さない。

 ハルの舌を捕まえて噛みつくと、途端に甘い汁が溢れ出てくる。


 トクトクトク 


 夢中になって喉を鳴らす。

 ばぶー、ミルクおいちい。


「(…うん?)」


 次第に量が減ってくると、今度は熱い蜜が流れてくるのに気付いた。


 どうやら最初に含んだ水は全て飲み干してしまったらしい。

 今飲んでいるのはおそらくハルの唾液だろう。


 それでもいい、むしろその方がいい。

 さっきよりもずっと濃厚で美味である。


 いつの間にかハルの体を両手足を使ってしっかりしっかり捕まえ、

 片時も離すことなく熱い潤いを吸い続けた。







「……この子を介抱して参ります」


 真っ赤に茹で上がってぐったりしたハルを抱えて、

 同じくらい顔を赤くした大婆様がそっと天幕を出て行く。


 残されたのは俺と長老お姉さんの二人きり。


 しばし沈黙の後――


「きゃははは!ソララララちゃんのあんな顔久しぶりに見たわ!」


 耐えかねたように急に笑い出す。


 うわぁ…これが素かよ。


「あの子もお嫁に来たばかりの頃はいつもあんな風に初々しかったのにねー」


 例によって「ねー」と首を傾げる。


「うん、しかし貴女は随分と、その…他の者と違うな」

 

 無視するわけにもいかないので気になってることを訊ねてみる。

 他のキツネさんはうざいくらい生真面目なのに、何でこの長老さんはうざいくらいフレンドリーなんだろう。


「私も他所から嫁いで来たからねー。むしろカヤヤヤカは真面目すぎるのよねー。エリリリエはお堅いし」


 なるほど、その辺は氏族ごとに異なるのねー。


 …この語尾伝染(うつ)るねー。


「ね、ね、それで?ハルルルルちゃんのどこがそんなに気に入ったの?教えて、ね?」


 お返しのつもりか、今度は俺の事を訊ねてくる。


 「ねー」にもいろいろバリエーションがあるのか、

 今のは小首を傾げるだけの控えめな「ね」だ。


「それは…」


 ハルの気に入ってるところというと…


「お乳?お尻?それとも、おクチかな?」

「知ってた?あの子舌がとっても柔らかいの。仕込めばきっとすっごく上手になるわよ」

「なんなら私が教えてあげようか?やり方知らないけど。きゃははは!」


 俺の返答などはなから聞いていないように一挙にまくし立てる。


 マジうぜえ…


「それで…真面目な話だけど、やっぱり氷魔法かしら?」


 そして急に話題を変える。


 もうやだー!何なのこの人!?

 こいつが一番無礼者だよー。


「そうだな、あれの有用性は計り知れない」

「なるほどねー。氷魔法は希少だからねー。当代の使い手はあの子だけよ」


 なぬ?!

 つまりハルはこの世界に唯一無二の冷凍庫なわけか。


「始祖様の血が濃く出てるのねー。ご存じないかしら?英雄レイトーコ 」

「レイトーコ?」


 レイトーコ…れいとうこ…冷凍庫?!


 なんてこった、まさか勇者様(6)も俺と同じこと考えてたなんて…

 俺は6歳児と同レベルかよ。


 いや、そんなはずは無い。

 きっと霊刀狐(れいとうこ)とかカッコイイ感じの名前だろう。


 でもそれだと俺は6歳児以下ってことじゃ…?


「だから、ね。ただ勝手の良い召し使いでもいいから、傍に置いてもらえたら…」

「そんなことはない」

「あら?」


 この俺を6歳児以下とは、あまりに侮りが過ぎるぞ。


 レイトーコとは、すなわちレイとトーコの二人組アイドルユニット。

 俺は断然トーコ推し。トーコたそマジ天使!人類の至宝!知らんけど。


「あれは俺の宝だ」

「あらあら…まあ」


 優れた見識に長老も目を丸くする。

 俺が6歳児以下だなんてとんでもない誤りだ。


 正確には6歳児未満。

 5歳から3歳、もしくは2歳から1歳、または1歳未満の乳児。

 まだおっぱいをいただいている可能性もある。


「そ、そんなに氷魔法を重宝してもらえるなんてねー…」


 バカを言うな。

 ハルの価値はもっと別のところにある。


「仮に氷が使えなくても絶対に手放すことは無い」


 成人にして乳飲み子という厄介な二律背反せいへきを抱えた俺にとって、

 ハルの口移し(じゅにゅう)だけが唯一渇きを癒してくれる。


「俺はハルがいなければ生きていけないからだ」


 あの甘美を一度でも味わえば、もう普通に物が飲めない体。

 おそるべき依存性。


「うふっ、うふふっ。すごいわ。まさか救い主様がこんなに情熱的な方だったなんてねー」


 長老は一瞬だけ呆けた様子を見せたが、次の瞬間にはさっきと同じく大笑いを始める。


「うふふっ、だってさ。良かったわねー?」


 そしておもむろに天幕の入り口に近付くと、シャッと覆いを開ける。


 すぐ外では大婆様がハルを風に当てて冷ましていた。

 これほど近くにいたのならさっきの話は筒抜けだったろう。


「ひ、ひぃゅぅ……」

「あ!これ、ハルルルル!しっかりせんか!」


 しばしぽーっとしていたハルだが、再びふにゃふにゃになって崩れ落ちてしまった。


「あらら…喜ばしいことだけど、これじゃこの先大変ねー」


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