49 責め苦
お詫びがしたいというキツネさんに招かれ、彼らの宿営地を訪ねることになった。
宿営地は周囲から見つかりにくい窪地に設営され、
中央には天幕、その外側にモコモ…羊などの家畜を囲っていた。
天幕は草で染めたのか全体に深い緑色で、更に草を纏わせて目立ちにくくしている。
案内無しでこれを見つけるのは難しいだろう。
街の外で暮らすにはこれくらいの用心が必要なのかもしれない。
「改めましてご挨拶申し上げます。
ハルル…ハルの大叔母にあたりますソララララ・カヤヤヤカにございます」
「あー…うん、ダストだ」
その内の一際大きな天幕の中――
俺は上座に座らされ十数人のキツネさん達に囲まれていた。
グルルル…
クーちゃんが不機嫌な唸りを上げる。
いや、今はクーちゃんというよりゴローだ。
お腹がゴロー。やべえ…
「救い主様へ大変なご無礼を働きましたこと、氏族を代表して深くお詫び申し上げます」
一番近くにいた真面目そうなあんちゃんキツネが深々と頭を垂れる。
この人は族長だ。
キツネは皆が若い容姿のせいで、外見からは誰がどんな立場なのかさっぱり判らない。
ハルの隣に座った親戚のお姉さんみたいな人が長老だというのだから驚きだ。
「…構わないから頭を上げてくれ」
ゴローがしきりに痛みを訴える。
この重苦しい雰囲気を早くなんとかしなければならない。
「そうは参りません、全ては族長である私めの不行き届きにございます。
斯くなる上はこの首をもってお詫びとさせていただきたく…」
追い討ちをかけるように族長が思い詰めた表情で怖いことを口にする。
「ちょっ、待…」
「只今戻りました」
あわやゴローがブリトニーに改名しようという寸前、
叔父貴ィ!が天幕の入り口から顔を覗かせた。
心眼を罰する役目だとかで、一時別行動をしていたはずだ。
戻って来たってことはもうお説教は済んだのかな?まだ不十分ではないかね。
「…首尾はどうか」
族長が妙に低い声で問う。
「確かに繋いで参りました、決して…解けぬでしょう」
「…そうか、ご苦労であった」
天幕の中は先程にも増して悲壮な雰囲気が漂う。
あれ…どういうこと?
今にもブリュンヒルデが舞い降りそうなんですけど。
聞けば、「繋ぐ」というのは文字通り草原に繋いでおくことらしい。
それも死ぬまで。
繋がれた者は魔物の糧とならぬよう体に毒を塗られ、
身動きできないまま罪を悔いながら命が尽きるのをひたすら待つ。
同族殺しのできないキツネさんにとっての極刑である。
「なんだと!?」
それを聞いた俺は勢い込んで天幕を抜け出すと、
24万6800フルスピードで駆け出した。
お腹が限界だった。
「…ふぅ」
間に合った安心感からほっと息を吐く。
戦乙女の痕跡に土をかけて覆い隠す。
大丈夫、これ肥料だから。内政チートの基本だから。
思いがけず異世界転移の醍醐味を味わうことができた。
「さて…これからどうしよう」
急に天幕を飛び出した言い訳も考えないといけないが、
それ以前に随分と遠くまで来てしまった。
つまり帰り道がわからない。
「(どこかにキツネさんがいれば案内を頼めるんだが…)」
カヤなんとか氏族のキツネはほとんどあの天幕に集まっていた。
期待はできないだろう。
どこかにはぐれのキツネでもいないかしら?
などと考えていると――
「うぐっ、ひっぐ…」
風に乗って女のすすり泣く声が耳に届いた。
お、お、お化けだあああぁあぁぁあ!!!!???
「っんぐ、ごべなざい…ごめんなざいぃぃ…」
ぽつりぽつりと謝罪を繰り返す。
明らかに未練を残してる系のお化けさんです。
ひぇぇぇ…!!
南無妙珍妙珍宝満紅…………ん?
ふと今の声が記憶の片隅に引っ掛かった。
「(この声どこかで…?)」
若い女の声だから気になったとかではない。
いつでもダッシュできる体勢で恐る恐る様子を窺う。
「!!?」
裸の女が杭に繋がれていた。
おっしゃあ!
剛胆無比な俺は少しも怯えることなくそれを凝視する。
【スキル:鑑定 を発動しました】
名前:ホノノノノ・カヤヤヤカ
種族:狐
性別:女
年齢:17
LV: 25
HP*2 :50
MP*1 :25
力*1 :25
技*4 :100
守*1 :25
速*2 :50
賢*0 :0
魔*1 :25
【特性:心眼】
あ?
よく見たらこいつ心眼じゃん。
なんだよ驚かせやがって。
ってか本当に【心眼】持ってたのか。
「あぅあぐっ…」
心眼は一糸纏わぬ姿で寒風に身を晒していた。
身動きが取れないため、流れ出た涙や涎やその他の液体がそのままに、
足元に小さな水溜りをつくっている。夏だったら頭からダイブしていた。
なるほど、これが「繋がれた」状態か。
極刑に相応しい惨めな有様だ。
「(しかし全裸とは聞いていなかった…)」
いや、不満があるわけじゃないよ。
10代の瑞々しいお肌には所々赤い塗料が塗られている。
おそらくあれが食べた魔物を殺す毒だろう。
食べ頃ですと言わんばかりに尻や胸などの柔らかい所に塗りこまれている。
間違ってハゲヒゲゴリラが引っ掛からないか心配だわ。
俺はもちろん、だ、大丈夫ですけどぉ?
「うっぐ、も゛し生まれ変われたら…あの゛方の奴隷…家畜…いや、腰掛けに゛ィ…」
なにやらブツブツと不気味なことを呟いている。
きっと恐怖と絶望で意識が混濁しているのだろう。そうであってほしい。
とりあえずナビは手に入りそうだ。
「おい」
「…う゛ぇ?」
◇◇
「私めを椅子としてお使いくださいィ…!」
時折言動がトリップする心眼を連れて、なんとか宿営地に戻って来た。
「あ!主様っ!」
「おおっ!お戻りになられた!」
天幕の外で右往左往していた皆が、俺の姿を認めて駆け寄ってくる。
「いきなり飛び出されたので、どうしたものかと…あ!」
抱えられた心眼に気付くと、全員がその場で膝をつく。
「救い主様に賜りしご寛恕に、感謝の…言葉も、ございません…!」
族長はちょうど草深い所に座り込んじゃったらしく半ば草に埋もれ、
くぐもった声でひたすら謝意を述べる。
見ると他のキツネさん達も拝むように俺を見つめている。
え?どういうこと?
腹痛で飛び出した俺がどうして崇拝の対象にまで上り詰めてるの?
もしかして俺が心眼を助けに行ったと思われてる?
「(どうなの?)」
確認のためハルに目を向けると…
おめめキラキラなキツネっ娘が俺に向けて熱い視線を送っていた。
どうやら間違いないらしい。
ならばここはシンプルに、ただ一言――
「赦す」
と、短くはっきり告げる。
周囲からハッと息を呑む気配が伝わってくる。
どうやら正解だったらしい。
何人かは感涙に咽び泣いている。
叔父貴ィ!もその中の一人だ。
頭垂れたままのキツネさん達を草原を吹く風がサアッと撫でる。
山吹色の髪が揺れ、つかの間黄金の波間を描き出す。
「(あぁ…やっぱり他とは違うな)」
その中で一際目を惹く金色にしばし心を奪われた。
…などと考えて気を紛らわせていたが、もう限界だ。
誰か心眼を引き取ってくれよ!?
ずっと全裸でしがみ付かれてるせいで、
俺のポチがムクでタマからシロがチビりそうなんだよ!
誰かー!早くー!
地獄の生殺しはクーちゃんが再び鳴き始めるまで続いた。