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給与額がそのままレベルに反映されたら最強っぽくなった  作者: (独)妄想支援センター
Ⅲ.世界へ踏み出す輝かしき第一歩 そして無辜なる者への果て無き慈心
48/69

48 同胞

 翌朝――


 ピーーー


 妙な音で目が覚めた。


「(う~ん…なに?放送禁止用語?)」


 重たい瞼をゆっくりと開く。

 視界の隅で金色のほわほわが揺れ動いている。


 どうやらハルが指笛を吹いているようだ。


 ピーー


 遠くからも同じ音が返ってくる。

 どうやら何らかの合図を送り合っているらしい。


「ハル、何してるんだ」


 声を掛けて肩に触れる。


「ピー…ぃっひ!ひぃっ?!」


 驚いてビクンビクンと二度跳び上がった。


「あ、主様…申し訳ございません、お休みのところを…」


 何でそんなにびっくりしてるんだよ。

 まさかあれだけピーピーやってて俺が気付かないとでも思ったのか。


「近くに誰かいるのか」

「はい、はい、どこかの氏族の方みたいです」


 ほほう…?

 つまりハルのお仲間ってことか。


「そういうことなら構わず続けるといい」

「はい、はい、ありがとうございます」


 ハル以外のキツネというのにも少し興味がある。


 やっぱりみんな金毛なんだろうか。

 噛んでやろうかしら。



 ピーーー


 ピーー


 指笛って意外と大きい音が出るもんなんだな。


 …今なら何を言っても大丈夫な気がする。


「おマン…」ピーーー


「?…あの、あの、なんでしょう?」

「いや、なんでもない。続けてくれ」


 ふぅ…危うく欲しいものが口を衝いて出てしまうところだった。


 ハルはキツネだけあって中々に耳がいいようだ。

 これでは流れ星にお願いすることができない。


 やはりクリスマスにサンタさんへお願いするしかないか。

 さすがに七夕の短冊に書く勇気は無い。


「グァフグァフ」


 年中行事に考えを巡らせていると、横で荷トカゲが猛然と草を貪り食っていた。

 そういえば俺も腹へったな。


 昨夜は夕食全部吐いちゃったんだっけ。

 どうりでお腹がクーちゃんなわけだ。


 ねえクーちゃん、お腹すいたよねー?


 ギュギュル


 チッ、もっと可愛く鳴けよ。



 さて、飯を催促しようにもドンする壁も床も無い。

 草原ってのはニートの棲息地に相応しくないんだな。


 仕方ない。

 旅行セットの中に食べられそうな物が無いか探してみよう。


 荷物の紐を解き、キュッと閉じた口を強引にガバッと開く。


 へへっ…奥まで丸見えだぜ。


 比喩はともかく、実際に袋の中身は何が入っているか一目で判るよう、丁寧に物が詰め込まれていた。


 水筒をはじめ、例の粉袋や塩、干し肉といった食糧。

 敷物や羽織などの布類は綺麗に畳まれて並んでいる。

 その他、革紐、薬草、皿、緑色の石、木の実…


「(木の実?)」


 これはもしかしておやつだろうか。



 【スキル:鑑定 を発動しました】


〔アルチの実〕

 品質:並

 効果:消化促進

 価格:銅貨2枚

 備考:消化器の働きを活性化させ吸収効率を高める

    酒と同時に摂取してはいけない



 どうも食べ物というよりは薬に近い物らしい。

 まあいいや、食べられないわけじゃないだろう。


 2~3粒摘んで口に放り込む。


 ザリッ


 味は無く、砂を噛んだみたいな食感がした。


「(おいしくな…不味い)」


 ギュルルン!


 クーちゃんも大層ご立腹だ。

 お腹だけに。


 食べてから気付いたけどこれ、消化を促進するなら余計に腹が減るんじゃ…


 うわ、ダメだ!

 クーちゃん、ペッしなさい!ペッ!


 ゲボッ

 

 なんと可愛げのない…

 きっとお腹がすいて凶暴になってるんだわ。 


 しょうがない、少々みっともないがハルに飯の催促しよう。

 空腹の前では多少のプライドなぞほこりのようなものだ。


 ピヨピヨ。

 ごはんくださいピヨ。


 多少どころかいきなりドン底まで落ちているのはさておき、

 テレパシーが通じたのか親鳥はこちらが声を掛ける前に振り向いた。


「主様、あの、あの…」


 困ったような顔で視線をいったりきたりさせている。


 何か問題でも起きたのだろうか。

 それは雛に餌を与えるより重要なこと?


「どうしたピヨ?」

「えっ?……あ、はい。あちらの方々なのですが…」


 ハルの視線を追うと、前方の丘に弓を構えた人影が3つばかり並んでいた。

 どうやらあれが呼び合ってたキツネさん達らしい。


 内訳は男2女1。

 ハルの金毛よりもやや濃い山吹色の髪をしている。



「……」


 3人は弓をこちらに向けて警戒している。


 キツネ同士みんな仲良しってわけじゃないんだろうか。

 お尻クンクンしてご挨拶とかしないのかな?俺も参加させてほしいとかじゃなくて。



「おい娘!どこの氏族の者だ!」


 真っ先に声を発したのは若い女のキツネさん。


 ハルのことを「娘」と呼ぶが、あっちも似たような年恰好だ。

 きっと大人ぶりたいお年頃なんだろう。


「(…にしても柄の悪い誰何ですこと)」


 意訳すると「お前どこの組のモンじゃい!」だろう。

 ワルに憧れるお年頃なのかな。


「あの、わたしは…エリリリエ氏族のっ…」


 ほらみたことか。

 気の弱いハルはしどろもどろになっている。


「エリリリエ?大婆様の氏族か……叔父上、どうされます」


 ハルの姓にピクンと反応した女キツネは、

 3人のうちのリーダーっぽい男にお伺いを立てる。


 意訳すると「叔父貴ィ!こいつらどうしやす!?」


「どうもこうも…縁者と知って放ってはおけまい」


 答えた叔父貴ィ!もこれまた若い風貌だ。

 女キツネと同年代にさえ見える。


「おいハシシシ」

「はいさ」

「この事をソララララ様にお伝えしてきてくれ」

「ほいさ」


 ハシシシと呼ばれた一番年少らしきキツネさんがサッと駆け出していく。


 そういえばハルを買う時に奴隷商が「狐は不老長寿に近い(・・・)」とか言ってたな。

 微妙に言い切ってないから話半分だったけど、彼らを見る限りは本当のようだ。


「ところで…そちらの方は人間だな?エリリリエの娘とはどういうご関係か」


 叔父貴ィ!が弓を下ろして問い掛けてくる。


 人間て…ん?

 もしかして警戒されてるのは俺のせい?


 大丈夫です、おとなしいニートなので噛んだりしません。

 噛んでやる!


「(さて、どう答えたもんか)」


 正直に「奴隷」ですなんて言ったらまずいよな。

 同族が奴隷にされていると知ったらたぶん怒るだろう。


「わたしは主様の奴隷です」


 …と思ったらハルが先に答えちゃったよ。

 しかも何で嬉しそうに言うの?Mなの?


 すると俺がLで、荷トカゲがヨッシ…おっと危ない。

 

「奴隷だとっ!?」


 予想通り、それを聞いて女キツネが激昂する。


「さては貴様!その娘を攫ってきたな!」

「いえ、いえ、違います。主様はわたしを貰ってくださったんです」


 しつこいようだが買ったんだからね。

 攫ったんでも貰ったんでもない。

 

 毎度のことながらお金の出所は気にしないでほしい。


「ああ、わかっている…そう言うように脅されているんだろう?」

「ひぃ…!ほんとに違うんです…!」


 ハルが必死に弁明しようとするのを遮り、ビシッと俺を指差す。


「この下衆め!恥を知れ!」


 高らかに声を上げると満足げにヌフンッと息を吐く。



 あちゃー…人の話聞かない系だ。


 既に自分の中で脚本が出来上がっていて、勝手にガンガン話を進めてるわ。


「叔父上!この男は殺すべきです!」


 もう俺は完全に悪者認定されているらしく、いきなり物騒なことを言い出す。


 もっとも、それはこいつの中だけでの話だ。

 対照的に叔父貴ィ!は極めて冷静に女キツネを諭す。


「まあ、待て。そう簡単に殺すなどと言うものではない」


 そうだ!そうだ!殺すぞ!


 煽り耐性?なにそれ。

 視線に殺意を乗せてビシバシ飛ばす。


 謂れのない侮辱を受けて腹が立たないはずもなし。


 なにが下衆で恥知らずな人攫いだ……あれ?半分以上事実じゃね?



 水面下で激しいアイライン(視線)バトルを繰り広げる俺達をよそに、

 叔父貴ィ!は俺の腰の辺りに目を落とす。


「ひとつお伺いしたい、その鞘はもしや…」


 幾分声を落とし、鞘をまじまじと観察する。


 そうか…考えてみたらこれって紋所だよな。


 鞘をベルトから引き抜いてズズイと前に差し出す。


「これは魔物退治の礼にと、エリリリエから譲り受けた物だ」


 どうだ!目に入らぬか!

 目ン玉抉り出すぞコラ!


「やはり!ではあなたは、いや、あなた様は…」

「なんという奴だ!娘を攫ったばかりか、エリリリエの宝を盗み出すとは!」


 言いさす叔父貴ィ!を押し退けて、女キツネはググッと弓を構える。


「(あー…もうこれは完全に自分の脚本に酔ってるな)」


 微かに口元が緩んでいるのが何よりの証拠だ。

 中二病患者にマジモンの武器を持たせるとこうなるのかもしれない。


「もう容赦はしない!この場で射殺してくれる、覚悟!」

「お、おい!待て!その方は…」


 制止しようとする叔父貴ィ!を無視して、引き絞った弓からパッと手を離す。



 ヒュン



 げえっ!?本当に撃った!

 もっとしっかり止めろよ叔父貴ィ!


「あっ!主様、危なっ…ふぎゃっ!」


 ハルが俺を突き飛ばそうとぶつかってくるも、 

 逆に弾かれてものの見事にひっくり返る。


 うん…気持ちだけ受け取っておく。


 さて、飛んでくる矢を迎撃しないとな。

 ポケットから一際小さい石を選び、眼前に迫る矢に向けて投げつける。



 パァン



 両者は真正面からぶつかり合い、粉々になった破片がパラパラと空中を舞う。


「…な!な、な、な、な!」


 矢を放った当人はあまりの出来事にショックを隠せず、口をパクパクさせる。

 そこへこっそり【投擲】で虫を投げ込んでやった。


「わぁぁぁぁぁぁ?!」


 そして叔父貴ィ!は丘をゴロゴロと転がり落ちていく。

 どうやら止めようとした際にバランスを崩してすっ転んだらしい。


 威厳も何もあったもんじゃないよ叔父貴ィ…



「っんぐ…こんなの偶然に決まっている!次こそは必ず仕留めてやる!」


 ショックから立ち直り、懲りずにまた次の矢を番える。

 虫は気付かずに飲み込んでしまったらしい。


「ふぅー…すっ」


 今度こそはとばかりに慎重に狙いをつけて…あっ!目を閉じた!

 心眼だ!心眼!ひゅーっ!



 息を呑む緊張の一瞬――



 ゴスッ



「この大馬鹿者が!」


 いざ弓を放とうとしたところで、背後に現れた女性がいきなり心眼をぶっ叩いた。


「ピギィ?!」


 ドサッ


 心眼は珍妙な声を上げて前のめりに倒れ伏す。



「なんと浅はかな…!」


 怒りに肩を震わせる女性。

 山吹色の長い髪を一本の細い三つ編みに纏めたお姉さんキツネだ。


 背後にさっきのハシシシとかいう若者を従えてる。


 ん?ってことはまさかこの人がさっき話に出てた大婆様…?



「大叔母さま!」


 仰向けから回復したハルが女性を大叔母と呼ぶ。


「おお?!ハルルルルか!」


 やはりそうだったらしい。

 

 女性は丘を下り駆け寄って来ると、ハルをひしと抱きしめた。


「久しいのぅ、息災であったか」


 ハルの髪を愛おしげに指で梳く。


 口調はいかにも大婆様といった感じだが、外見はハルより少し上くらいにしか見えない。


 ピンと伸びた背筋と、澄んだ声に抑揚のある喋り方から委員長タイプな印象を受ける。

 ちょっと男子ー!とか言ってほしい。もう男子って歳じゃないが… 


「はい、はい、わたしはとても幸せです」

「ふむ?それは良いことじゃ」


 いきなりのハッピー宣言に若干首を傾げつつも、心底ハルの無事を喜んでくれる。

 やはり血縁とは斯くも強い繋がりなのだろう。


 俺も10コくらい年下の素直でかわいい妹と繋がりたかった。



「ところで、そちらの方はもしや…」


 ひとしきりハルを撫で終えると、急にハッとしたように俺の方を見る。


「はい、はい、わたしの(・・・・)主様です」


 ハルはどこか誇らしげに胸を反って答える。


 なんか「わたしの」のあたりやけに熱が篭ってなかった?

 気のせいかな。


「やはり…!救い主様にございましたか!」


 大婆様はクワッと目を見開くと、倒れ込むような勢いで地面に膝をつく。

 足腰の衰えは全く感じられない。


 きっと凄まじいコラーゲンを摂っているに違いない。

 もしくはクロレラ…今だとミドリムシか。


「我が氏族の者が働いたご無礼、誠に申し訳なく存じます」


 ピシッと見事な土下座を決める。


 無礼ってのは心眼が弓を引いた件だろう。

 あんなバカで中二の虫食いに武器を持たせてはいけません。


「うむ、よく言い聞かせておくようにな」


 こってりお説教されるといいわ。


「はっ…必ずや相応の罰を受けさせます」


 大婆様はそう言ってやけに神妙に頷いた。

 この分だとおそらくお説教120分コースは堅いだろう。延長もありだ。


「ならば良し」


 やーい!ざまぁみろ!

 俺を下衆だ恥知らずだ若年性健忘症だと、事実無根の悪態を吐いた報いだぜ!

 

 丘の上でのびている心眼に内心ざまぁコールを送りつける。



「その上で、厚かましいお願いではございますが…」


 大婆様は顔を上げることなく続ける。


「どうか他の者へお怒りを向けられることだけはご容赦願いたく存じ上げます」


 他の者ってのは叔父貴ィ!のことかな。

 ハシなんとかに助け起こされてよろよろと歩いてくる。


「ああ…」


 そう必死に頼み込まなくても、

 さすがに俺だって連座でざまぁwするほど狭量ではない。ないよ。


「その点は心配いらない」


 キツネさんの心象には極力配慮しておかないと、

 万が一ハルを返せと言われたら非常に困る。


「ハルの同族なら俺の身内も同然だ。酷な仕打ちなどしないさ」


 鷹揚にふんぞり返り、ハゲヒゲゴリラの理屈を持ち出して丸め込む。

 知り合いの知り合いはみんな身内だ、人類みな身内。つまり俺を扶養する義務がある。


「…?!」


 それを聞いた途端、皆は一様に固まってしまう。


「い、今なんと…?」


 大婆様が震える声で訊ねてくる。


「ん?ハルの同族なら俺の身内だと…」


 だから君達も俺を扶養する義務がある。


「ハル!?それはこの子のことにございますか?」


 全員の視線がハルに集中する。


「もちろんそうだが」


 他に誰が…あー、そういえば本名はもっと長いんだっけ。


「それはもしや…」

「はい、はい、主様にいただいた絆の証名(アーダナ)です」


 ハルはほんのり頬を染めて、一語一語大事そうに言葉を紡ぐ。


「なんと…よもやこれ程のご寵愛を頂いているとは」

「実に誉れ高いことです。トコココ殿も大層喜ばれるでしょう」


 大婆様達は感心きしった様子で頷き合う。


「すぐにエリリリエへ使いを出して知らせてやらねば。これハシシシよ」

「はいさ」


 大婆様が若造キツネを手招きするのを見て、俺の危機センサーが反応する。


 や、それはちょっと待っていただきたい。

 押し留めるように手を前に出す。


「このくらい当然のことだ、あまり取沙汰してくれるな」


 さりげなくハルと実家の切り離し工作を行う。


 動機はともあれ、ハルに関しては俺もいい加減な気持ちで向き合っているわけではない。

 これまで一度も【詐術】が発動していないのが何よりの証拠だ。


 真に迫った物言いは、果たして功を奏したようだ。


絆の証名(アーダナ)を些事と申されるか…ハルルルルは本当に果報者じゃな」


 大婆様はすっかり感じ入っている。


「はい、はい、わたしはとても、とても幸せです!」


 感極まったのか、ハルは嬉しそうにぴょこんと跳ねた。


「ふふっ、そうであったな」


 ハルに釣られて大婆様もニコリと笑う。


 お堅い口調とは裏腹な、童女のような笑顔が印象的だった。


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