43 決意
2017.07.10 改
「ほら!やっちゃいなよ!」
「だめ、だめです…そんな起こし方は…その、その…あ、主様に失礼です」
う~ん…何なの?
ハルとノーラちゃんが騒いでるみたい。主にノーラちゃん。
「そんなことないって!きっと喜んでくれるよ!」
「そ、そうでしょうか?」
「そうだよ!ハルさんにされて嬉しくない男の人なんていないよ!」
「……やっぱりだめです、奴隷のしていいことではありません」
「なんでー?今朝はしてたじゃない!」
「あ、ああああれは違います!ただ主様にイチゴを差し上げたくて、その、その…」
今朝…なにかあったっけ。
変な夢を見ていた気がするけど…イチゴとか。
いったいどこからが夢だったんだろう。
「ねぇねぇ!それで?どんな感じだった?」
「あの、あの…と、とても…あ、あ、あま…」
あっ、やべえ。
話題がおかしな方向にシフトし始めたので、慌ててベッドから身体を起こす。
寝起きの体にガールズトークは効く。効いてしまう。
ムクリ
「あっ…」
「ん?ハルさんどうしたの…あ!起きちゃった!」
うん、起きちゃった。
……あっちも。
なんということだ…!俺を悲劇が襲う。
ベッドから出られない体になってしまったではないか。
「あの、あの、あの…」
ハルが今朝のことを思い出してかキョロキョロと忙しなく視線を彷徨わせる。
その視線が不自然な盛り上がりを捉えやしないかと不安になる。
あっちはといえば、むしろ見つけてくれとばかりにビクンと身を震わせる。
「(まずいな…)」
このまま女の子二人に部屋にいられたら鎮まるモノも鎮まらない。
いっそのこと「見て見てー!」とさらけ出したくなる危険な欲求すら感じる。
どんな反応するだろう……おっといけね、ほんとにやりかねないぞ。
二人には早急に部屋を出てもらわないと。
「今から着替えをする」
いささか強い口調でちらりと二人を見、次いでドアに目線を送る。
まさか立ち会うつもりじゃないだろうね、と言外に匂わせたつもり。
「は、はい、はい!すぐに!」
「あ、あー…わかりました」
思惑通り、顔を赤くした二人はバタバタと逃げるように部屋を出て行く。
「あの…ダストさん、下に昼食の用意が出来てますので…」
去り際にノーラちゃんがドアからチラリと顔だけ覗かせて言い置いていく。
「わかった、着替えたらすぐ行く」
「はい、お待ちしてますね」
そっと扉を閉めるとキャッキャ言いながら階段を下りて行った。
「……さて」
トイレに行ってきますね。
◇◇◇
「ダストさん!こっちこっち!」
階下に下りると、カウンター席の奥でノーラちゃんが手招きしていた。
「ここに座ってください」
「あぁ、ありがとう」
席について厨房を見ると知らないご婦人方がワイワイ言いながら調理に勤しんでいた。
あれ?親父はどうしたんだろう?床で寝てるのかな。
「お、お待たせいたしました」
その辺に転がってやしないかと見渡していると、皿を持ったハルがパタパタとやって来る。
飾り気の無いエプロンを身に付け、髪を後ろで一つに束ねていつもより奥様感がアップしている。
こんな可憐な若奥様が家で待っていてくれたら一生家から出ない自信がある。
「熱いのでお気をつけください」
「んむ」
お昼はなんだ?ミートパイか、結構。もぐもぐ。
小分けにされたパイを口まで運び食べさせてもらう。
ハルは俺を良く観察していて、食べたい量やタイミングまでばっちり合わせてくれる。
「……?」
ふと周囲に目を遣ると、いつもより人が多いことに気が付いた。
給餌されてる俺を微妙な目で見ていたノーラちゃんが視線に気付いて口を開く。
「昨夜の襲撃で家を失くした人達を宿で受け入れることになったんですよ」
「んぐ…なるほど、それでこんなに混んでたのか」
「普段からこれくらい繁盛してくれたらいいんですけどね~」
被災者受け入れは領主からの下命で、親父はその対応に追われているらしい。
厨房は手伝いを買って出た被災者のおかみさん達に任せてるんだとか。
良かった…娘に殴り倒されて床に転がってる親父はいなかったんだ。
「行ってきま~す」
昼が終わるとノーラちゃんは街の片付けを手伝いに出かけた。
「お気をつけて行ってきてください」
ハルは午前中はノーラちゃんと一緒に出かけたようだが、元からあまり力が無い上にまだ疲れが抜けていないせいですぐヘバってしまい、結局宿の雑用の方を手伝っていたらしい。特に氷魔法が重宝されて、人目を惹く容姿も相まってか近所でも評判の娘さんになりつつある。
……まずいな。
このままだと相対的に俺が怠け者のダメ人間に映ってしまう。
宿の客が部屋でゆっくり過ごすのは本来なら非難されるべきことではないが、現状はそれを許さない空気がある。
街のあちこちには半壊した建物が見受けられ、兵士や住民達が忙しく駆けずり回っている。
「せーのっ!」
「よっ!」
瓦礫の下から恐ろしげな獣の死骸が引っ張り出され、荷車に載せて運び出されていく。
やだ…なにあれ。こわい。
「嫌な感じだ…」
ぽつりと呟くと近くにいた幾人かがハッと息を飲む。
あら、君達も獣の死骸がこわい人?
だよねー。
羽根の生えたライオンとかマジこわいよねー。
他の人達がせっせと働いてるのを横目に宿で油売るのも仕方ないよね。
仲間を見つけて少しだけ気持ちが軽くなった俺は部屋に戻ってゆっくり過ごすことにした。
◆◆◆
「――というわけで、しばらくこの街を離れることにした」
夕食時、街を離れる旨をハルに告げる。
「えっ…」
それを聞いて口へ運びかけていた匙をぴたりと止める。
ちなみに口というのは俺の口だ。
だって自主的に食べさせてくれるんだからしょうがないじゃないか。
本人のやる気を尊重する方針なので。
「ど、どちらへ行かれるのですか…?」
何かを期待するように金毛を揺らしてそわそわし始める。
こら!遊びに行くわけじゃありませんよ。
身の置き場が無いから復旧作業が終わるまでの間、観光がてら近くへ遊びに行ってみようという計画だ。
「実はな、昼間に冒険者ギルドへ行ってみたんだ」
「依頼を受けられたのですか?」
「あぁ…凶悪な魔物の討伐を請け負った」
「魔物を…」
おバカなキツネさんはすっかり信じ込んでる。
俺がそんな面倒なことするわけないでしょう?今日はずっと部屋にいたよ。
「…………」
親父とノーラちゃんがカウンター席に腰掛けて話の行方を見守っている。
あ!親父は俺がずっと部屋にいたの知ってるんじゃないか!?
まずい、適当に話を振って誤魔化そう。
「なあ、近くの街まではどのくらいかかりそうだ?」
「ん?一番近くだとハノンの街か。歩きだと3日はかかるな」
そんなに!?
あの…僕やっぱり行くのやめます。
ここの家の子になる。
「わ、わたしもお供いたします…!」
おいやめろ、そんな決意を込めた瞳で俺を見るな。行かないからね。
「頑張って、応援してるからね」
何でそんなこと言うのノーラ姉ちゃん?!
僕はこの家でずっとお姉ちゃんと暮らすんだい!
「荷駄が必要なら知り合いに掛け合って調達してやろう」
親父ぃぃぃぃ!そりゃないじぃぃぃぃ!
そんなわけで街を出ることになってしまった。
自分から言い出したのになんだかとっても釈然としない……