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給与額がそのままレベルに反映されたら最強っぽくなった  作者: (独)妄想支援センター
Ⅲ.世界へ踏み出す輝かしき第一歩 そして無辜なる者への果て無き慈心
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42 まるごとストロベリーのスウィートシロップ漬けキツネ風味

 逃げ込んだ先、誰も居ない宿の中で溜め息を吐く。


「ふぅ…」


 ふと見ると、厨房の奥の扉が開いている。

 そこから地下室へ通じているようだ。


「(もういっそ地下で寝ようかな…)」


 なんだか一人になりたい気分なの。


「…………主様」


 地下室をじっと見ていると、おもむろにハルが声を掛けてきた。

 

 そういえばこいつ地下室に避難してたっけ。


「お前…地下室に避難していたはずだな?」


 中の居心地はどうだったろう。


 ひんやりしてて快適?湿度は?

 虫とかいなかった?


「あ、ぁ…ぁぁ…!」


 おや、なんだかハルの様子がおかしい。

 急に真っ青になりブルブルと震えだした。


 まさか地下室は虫虫パラダイスなのか?!


「申し訳ございません、主様…申し訳ございません…ひぃ」


 床に蹲ると額を押し付けて必死に謝罪を繰り返す。


 どうしたんだろう、何か悪いことでもしたのだろうか。


 例えば掃除中に俺の持ち物に何かしたとか?

 とはいえおやつは隠してないし、生理的欲求を発散するための技術資料も持っていない…


「…いいから顔を上げて、最初から話してみろ」


 このままでは何のことかさっぱりわからない。

 寛大に釈明を聞いてやるふりをして堂々とカンニング。


「わた、わたしは…」


 恐る恐る上げた顔は汗と涙でとってもジューシー。

 一滴残らず舐め取りたい。


「主様の、お、お言いつけを破ってしまいました…!」


 発汗で失われた水分と塩分を補給したい。


 んんっ?


 言いつけ…?

 って何か言ったっけ?


「…地下室でお待ちしているお約束でした」


 あーそれかぁ。


 ハルが後を付いて来ないように少し脅しつけたっけな。

 確か…もし従わなかったら――


「捨てる」


 とか言ったな。


「ひっ…!」


 あれはきちんと避難してろって意味で、別に地下室から一歩も出るなってわけじゃない。

 なんだそんなことを気にしてたのか。


「あのなハル…」


「ちょっと待って!それじゃハルさんが可哀想だよ!」

「よせ!ノーラ!やめろ!」


 そこへ宿屋親子が慌しく入ってきた。


「お父さんは黙ってて!」


 ボコッ


「ぐぇ…」


 ドサッ


「ダストさん聞いて!ハルさんは私達のために…」

「わかっている、もちろん捨てたりなどしない」


「だから…えっ?」

「…あ、主様?」


 ええ、それはもう。

 貴重な冷凍庫ですから。


「ハル、怪我は無いか?」

「…はい、はい。わたしはどこも…」


「でもすっごく疲れてるよね?はい、イチゴ!食べて!」

「ありがえふ…んむんむ……んん!!?」


 差し出されたイチゴを反射的に口に含んだものの、俺が見ていることに気付いて焦りだす。

 口に入れたままどうしていいかわからずモゴモゴしてる。


「捨てると言ったのはだな、お前を危険な目に遭わせないための方便だ」


 驚きに見開いた金色の瞳でこちらを見つめてくる。

 口の中にはイチゴ。 


「だから…無事ならそれでいいんだ」


「ぁふ、あるひはま…」


 それ早く食べちゃえよ。


「はぁ~…良かったねハルさん」


 どうもハルにとって、俺の言葉は相当に重いらしい。

 今後はあまり適当なこと言わないようにしよう。


「こんなこともあろうかとこの周囲には魔除けの結界を張っておいたからな」

「そうだったの!?」


 いきなり適当なことを言いつつハルの前に屈む。


「ふむぁひあふふひゅふひえふ!」

「『やっぱり主様はすごいです!』だって、でもほんとにダストさんはすごいよ!」


「あ、うん…まあな」


 【詐術】を使ったわけでもないのにあっさり信じるとは…

 純真さが心に突き刺さる。


「ハルも良く頑張ったな、偉いぞ」


 汗と涙に濡れた頬を両手で包む。


 あとでこの手なめよう。


「んふ…」


 氷のように冷たかった頬は次第に熱を帯び、顔に赤みが差す。


 せわしなく視線を動かし、時たま俺と目が合うとその度ごとに体温が上がる。

 それがまた汗と涙に濡れたままなので、今にも蕩け落ちそうなほどトロットロだ。


「んっ…ぷぁ」


 いきなり何を思ったのか口を開いてイチゴを差し出してきた。

 全く噛んでいない、丸のままのイチゴが舌の上に乗せられている。



 え…


 どうするのこれ?



「…んんぅ」


 促すように舌先をチロチロと動かす。


「(まさか食べろってこと…?)」


 しかし俺の両手はハルの頬に当てて塞がっている。

 手で受け取ることはできない。


 じゃあどうするかって……





「うひゃーっ!」


 ノーラちゃんがバタバタと騒がしい。


 うるさいな、俺はイチゴを食べるのに集中してるんだ。


「(う~ん…さすがに品種改良された向こうのイチゴとは違うな)」


 野趣が強く、糖度がまるで足りていない。

 粒も小さくて食いでがない。


 おまけにハルがずっと口に含んでいたせいで生ぬるい。


 これだけ悪条件が揃っていたら普通は不味いはずなのに、

 どういうわけか生まれて初めて感じる甘さに酔いしれていた。



「ゴクッ…」

「ん…ちゅぷ」


「うわー!うわー!」


 ノーラちゃんがドタドタと騒がしい。


 うるさいな、俺は疲れてるんだから静かにしてくれ。


「ぷぁっ…!ふっ、はぁ…ぁ、ぁ」


 少しかなり名残惜しいが、イチゴを食べ終えて部屋で休むことにする。


「しばらく眠る。日が高くなった頃に起こしてくれ」

「……」


「お前も少しは休んでおけよ」

「……」


 反応が無い。

 口を開いたままぼんやりと宙を見つめている。


「おいハル」

「…っあ!はい、はい!」


「だいぶ疲れているようだな、大丈夫か?」

「は、はい!はい!大丈夫です!わたしは大丈夫でございます…大丈夫です…大好きです…あ!だだだだいじょうぶです!!」


 かなりオーバーヒート気味だな。

 無理にでも早いとこ休ませた方がいい。


「身体を拭いたらすぐ部屋に来い」


 向かいのパン屋にいるバカ鶏が鳴く前に寝付いておかないと。

 寝入り端を起こされたら堪ったもんじゃない。


 だがハルはそれを聞くなりビクンと身を強張らせる。


「えっ…それは、その、その…」

「ハルさん!お湯!お湯で拭いてあげるから!ね?」


 何故かノーラちゃんは気合十分に腕まくりをする。

 お湯でキレイにしてくれるらしい。


「(なにそれ、俺もやって欲しいんだけど)」


 隅々までキレイにしてもらいたい。

 溜まった諸々さっぱりさせて欲しい。


 頼んでみよう。

 

「あの、それ俺にも…」


「……」


 そこでふと、床に寝転んでいる親父と目が合う。


 いつから気付いていたんだろう。

 無言のプレッシャーを放っている。


 はいはい、わかってますよ。

 大事な一人娘ね。


「…………」

 

 きゃあきゃあ騒がしいノーラちゃんを尻目に、

 親父のジト目に見送られて部屋に戻った。



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