41 守護者
宿に帰る道すがら、時折思い出したかのように石を拾っては空に投げる。
ついに頭がおかしくなった…わけではない。
元からおかしいわけでもない。
立派な害獣駆除ボランティアだ。
既に空は白み始め、闇の衣を脱ぎ捨てている。
まったくとんだ露出狂だぜ。
おかげで地上からでも有翼獅子の姿が視認できるようになった。
遮蔽物の無い空中では、でかい図体はいい的でしかない。
それに向かって石を投げているわけだ。
おかしくなったんじゃない。
「それ」
ヒュン
ゲブファッ!
適当に投げた石がヒットするのは中々に気分がいい。
俺って飛行ユニットに特効持ってるよね。
ただ明るくなってきたせいか【闇夜の狙撃手】の効果が消えてかけているらしく、
クリティカル率は下がり気味だ。
有翼獅子は目標としては翼の部分が一番大きく当てやすい。
だが翼に命中しても致命傷には至らない。
高所から落ちれば勝手に死ぬかと思ったが、やはり相手は腐っても猫。
中には上手いことクルッと着地を決める奴もいる。
「(まあ飛翔能力を奪うことには成功しているんだからそれで良しとするか…)」
翼が無ければただの手負いのライオンだし、
それくらいは行政の方で対処してほしい。
せぇぇぇぇぃぃぃぃぃぃ
へぇぇぇぇぃぃぃぃぃぃ
…あいつらもいるし大丈夫だろう。
◆◇
「疲れた…」
気だるい体を引きずり、ようやく宿に帰ってきた。
我が第三の故郷ホロホロ亭、
モコモ…羊の看板が朝日に映える。
早く部屋に戻って寝よう。
「…っ……!」
「……!……!」
ところが宿に面した通りには人だかりができており、
中には大声で叫んでいる人もいる。
もしかしてまだ面倒事があるんですか…
ガフッ!
「うわっ!こいつめ!」
「爪に気をつけろ!距離をとって攻撃するんだ!」
人だかりの中心には片翼のもげた有翼獅子が蹲り、
それを数人の兵士と近所の男達が武器を持って取り囲んでいた。
どうやら手負いの一頭がここに落ちてきたようだ。
「ダメだ!矢が足りない!」
「刃物なら何でもいい!とにかく投げつけてくれ!」
グルォゥッ!
片翼を失くしてもまだまだ闘志は残っているようで、
鋭い爪のついた前足を振って接近を許そうとしない。
「くそぅ!鎌じゃ毛皮に弾かれちまう!」
「こんなもんじゃ話にならん!もっと武器は無いのか?!」
硬い剛毛はちょっとした刃物程度は通さないらしい。
男達が家から持ち出してきた鎌や包丁が地面に転がっている。
しかしこの有翼獅子は何故逃げようとも囲みを破ろうともしないのだろう?
ここに留まらざるを得ない事情があるんだろうか…
「(なんだあれ…氷?)」
よく見ると有翼獅子の後脚と残った片翼は尖った氷で貫かれ、
それが有翼獅子を地面に縫い付けているようだった。
「(氷の魔法か…!)」
何も無い所から氷の塊が生えてるのは実際目の当たりにするとちょっと感動する。
それがでかい獣の動きを封じているとなれば尚更だ。
氷の魔法…
攻撃として使うには微妙だけど使い道はいろいろありそうだ。
おそらくこの世界には冷凍技術なんてものは存在しないだろう。
だとすればその価値は計り知れない。
いわば歩く冷凍庫だ。
定番のアイスやカキ氷で一儲けできるかもしれない。
あー…もちろん俺がやるわけじゃない。
あくまで提案者として上前を…いや、相談役として報酬を受け取るわけだ。
素晴らしき不労所得、安定したニート生活に希望が見えてきた。
これは是非とも魔法使いさんとお近付きになりたい!
今こそ社会人生活で培った技能が試される時だ。
俺の交渉力をもってすれば、このイノベイティブでアトラクティブでエキサイティングなプランニングに必ず乗ってくるはず。
…いざとなれば【詐術】で騙そう。
さてさて、どなたが私の魔法使いさんなのかしら?
「いま増援を要請した、すまないがもう少しだけ耐えてくれ」
「ひぃ…はい、はい、がんばります」
「…おい!もっと使えそうな武器を探して来い!嬢ちゃんが保たねえ!!」
「鐘塔の鎖はどうだ?あれで縛っちまおう」
「それだ!急げ!」
見たところ魔法を使ってそうなのは一人しかいない。
彼女の側にはノーラちゃんが付いてあれこれお世話を焼いている。
「ハルさん喉渇いてるよね?はい、これイチゴ!食べて!」
「ぁ、ありがえふ…んむんむ…」
「あぁ!すごい汗だ…!すぐ冷たい布持ってくるから!」
魔法使いさんはかなり消耗しているらしく、
息を乱しながらも必死に手の先から冷気を発している。
……ってかあれうちの子ですよね?
「おい、ハル…お前魔法が使えたのか」
「あ!あぁぁ…!主ふぁむぁ」
ハルは俺の姿を見るなり涙目になって情けない声を出す。
どうやら既に限界だったらしい。
さらさらの金毛が今は汗で肌に張り付き、
首筋から肩にかけてのなだらかなラインを描き出している。
あらためて見ると華奢な体つきだ。
それでよくもまあ、あんな巨獣を抑え込んでいたものだと思う。
俺の巨獣も咥え込んでほしい。
後で存分に労うふりをしてあちこち触ってやろう。
「俺が来たからにはもう安心だ」
そう言ってCM明けにはボロクソに負けてる姿が思い浮かんだが、
俺に限ってそんなヘマはしない。
「あ、あるじさまあっ…!」
「わわっ!今のダストさんすっごくカッコイイよ…!」
ほんと…ここでヘマするわけにはいかないな。
ガルルッ!
ハルの気が緩んだせいで魔法が弱ったのか、
有翼獅子は氷の枷を力ずくで引き千切って突進してくる。
拘束された怒りからか、ヘイトは100%ハルに向いているようだ。
「あ、危ない!逃げろー!」
「ハルさん!!」
ちょうどいい。
ここで改めて俺の強さをアピールしておこう。
ハルが貴重な冷凍庫だと知れたからには、
少しくらい活躍してみせないと立場の逆転を招きかねない。
「大丈夫だ、俺の後ろに隠れていろ」
「…は、はい、はいっ!」
ザザッ
何故か他の人達も全員俺の後ろに移動した。
「(え…?ちょっと、なんで…)」
ギャラリーを背後に有翼獅子と一対一で向かい合う形になってしまった。
…これもう完全に退路を絶たれたよね。
万が一ヘマをしたら死ぬしかない。
「(さて…どうしよう)」
確実性を求めるなら【投擲】が一番だが、
この観衆の中で石ころ投げなんて地味な真似はできない。
かといってソードを投げるのは非常に危険だ。
必殺の威力があって、かつ派手なスキルとなると…
「これだ!」
【スキル:例の電撃 を発動しました】
【スキル:謎の光 を発動しました】
光る系スキルの同時使用、これならかなり見映えがするだろう。
……あれ?
何も起きない。
まさかの不発!?
ど、どうしよう、死ぬか、死のう。
【スキルの複合効果により 御影童子 が発生しました】
するとまたしても頭の中に例のメッセージが流れてきた。
なんだ!?またスキルの複合効果?
【例の電撃】と【謎の光】の複合効果、いったい何が起きるんだ……
「お、おい、あれ…」
「ん?…な!なんだありゃあ…」
ソレは唐突に現れた。
いつからそこにいたのか。
誰にも気付かれることなく、いつの間にかそこに佇んでいた。
真っ白な人影――
スゥッ
白い影はゆっくりと身を起こすと、
俺を守護するように敵の前に立ちはだかる。
「(これが御影童子!?)」
紫電を纏った立ち姿は猛々しくも神々しい。
グルァッ?!
その圧倒的な威圧感の前に知性の無い獣ですら畏れを抱く。
なんと!まさかの召喚スキル!
これだよ!こういうのを求めてたんだ!
自分で戦わなくていいとか最高じゃんよ!
「な、なんだあれは?!」
「すごい…綺麗」
「なんという神々しい光じゃあぁ…」
「まさか……天の御使い?」
「なんだと!?」
「なんだって!?」
「だとしたらあの人はいったい何者なんだ…」
「わー!きゃー!」
ギャラリーも大変満足しているご様子。
ようし、いい感じだ。
「(行け御影童子!)」
ライオンもどきをやっつけろ!
頭の中で指示を念じる。
と、そこへ追加のメッセージが――
【注意!:幻影に戦闘機能はありません】
…ん?
えっ?
なんじゃそりゃ。
幻影…?戦闘機能が無い??
「まさかこいつ…」
ただの見掛け倒しっ!?
そういえばさっきから突っ立ってるだけで何もしてない。
「(攻撃だ!ビーム!ビーム出せ!)」
縋るような想いでもう一度念じてみるも…
【注意!:幻影に戦闘機能はありません】
無常にも同じメッセージが流れてくるだけ。
過去最大級のガッカリ感を味わうはめになった。
ガウワッ?
有翼獅子も相手が何もしてこないのに気付いたらしく勢いを取り戻す。
やっべぇ…このままじゃとんだ恥晒しだ。
しょうがない…
仕方なく後ろからこっそり石を投げる。
ヒュンッ ズバン
近距離からの投擲は有翼獅子の眉間を正確に貫いた。
ズズン
巨体が地面に倒れるのと同時に、見掛け倒しの姿もスッー…っと消えた。
「…………うっ」
なんだか急に恥ずかしくなって、幻影が消えるのに合わせて宿の中へ逃げ込む。
シュバッ
「消えた!」
「どこへ行ったんだ?!」
24万6800スピードで動いたので傍目には消えたように見えたのだろう。
「やはり只者ではない…」
たまたま…いや、想定通り。
最後の最後で凄いっぽい演出ができたのがせめてもの救いだった。