37 変質者に始まり強姦魔に堕ち、不審者を経て英雄に着地する
【スキル:ヒーロー推参 が発動しました】
【速 の数値が一定値を超えたため転移しました】
【魔 の数値が一定値を超えたため特殊効果:スモーク が発生しました】
なんだこれは、スキルが発動したのか?
【ヒーロー推参】は確か…なんだっけ。
「(ふむふむ、効果は『ヒロインのピンチに颯爽と駆け付ける』か…)」
ヒロインっていったらこの場合…
ちらりと後ろを振り返る。
「ダストさ…ま?」
「…うん」
見覚えのある赤ポニテはやっぱりルチアさんだ。
篝火に照らされた瞳を驚きに染め、周囲に漂う煙に手をかざしている。
「この霧は…?」
「(霧?あー…この煙か、そういえば何だろう?)」
【魔 の数値が一定値を超えたため特殊効果:スモーク が発生しました】
たぶんこれのせいだな、スキルの効果の一部らしい。
そういえば昔ヒーローショーで見たことがある。
下からスモークがドシャッと吹き上がるやつ。
あれと同じものだとすると煙の正体はドライアイスか何かだろう。
ちびっこの体に無害であることは間違いない。
「心配ない、これはスキルの効果だ。害は無い」
とりあえず毒ではないことを伝えておく。
ルチアさんの体(特に胸部)はちびっことは言い難いが、たぶん大丈夫だろう。
「!…まさか、では、これは…え、ええっ!?」
…はい、すいません。
ただのハッタリですね。
スモークは意味の無い効果だが、もう一つの方は見過ごせない。
【速 の数値が一定値を超えたため転移しました】
これだ。
俺が一瞬でこの場に移動したのはこの効果のせいだろう。
ルチアさんが有翼獅子に襲われたのをヒロインのピンチと判定してスキルが発動したらしい。
つまるところテレポートだから、使い方次第では無限の可能性を秘めている。
中学生の頃はよくテレポートと透視と念写ができたらどんなに素晴らしいかと夢想してたもんだ。
問題は発動の条件だが、ヒロインの定義は俺の主観なんだろうか?
「おそらくはそうだろう」
そうでないとしたら、面識の無い女性のもとにいきなり現れることだってあり得る。
入浴中に天井から虫が落ちてきてピンチ!
颯爽と俺参上!
キャー変態!
違います、事故です。
いまのところそのような不幸な事故は起きていない。
とすればやはり俺がヒロインと認識した女性しか対象にならないのだろう。
「誰でも…というわけではない、貴女だからこそだ」
とりあえず手当たり次第に参上しちゃうわけでないことは言明しておく。
そうでもしないと今後発生する性犯罪全てに俺が容疑者として挙がってしまう。
既にヒロイン認定されちゃったルチアさんは…まあ、その我慢してほしい。
それもあくまで事故ですので。
「あぁ…こんなことって、本当に…本当だった…やっぱり、本物の…」
ぷるぷると身を震わせながら、しきりに「本物」と呟く。
あのー…「本物」とか言わないでもらえます?
そりゃ脳内で勝手に嫁にしてたけどさ、あからさまに変人扱いはちょっと傷付く。
「ところで、こんな所で何をしておられたのか?」
というわけで無理矢理にでも話題転換。
「あ…あ!そそそ、そうでした!またしても危ないところをお助けくださり、その上、斯様な奇跡を起こしてまで来ていただけるなんて、私ごときのために…あの、でもこれって、もしかして、もしかすると、そ、そういうこと…なのでしょうか?」
何を言ってるのかさっぱりわからん。
さては頭でも打っておかしく…って!
「怪我をしているじゃないか…!」
有翼獅子にやられたのか、右太ももに大きな傷ができている。
「わわっ…お見苦しいところを、お、おみ、お見せしましま…」
そう言って慌てて脚を隠そうとする。
ちなみにしましまではなく純白だ。
「見せてみろ」
「あっ…」
純白のレースだ。
じゃなくて怪我の具合だ。
牙で咬まれたのか、太ももに直径5㎝ほどの穴が開いている。
どうも太い血管が傷付いたらしく、そこから血がドクドクと溢れ出ている。
このままでは倒れてしまう(俺が)
「早く手当を」
いや、ほんと俺って血とかダメな人なんで。
既にちょっと意識が怪しくなってきてるんで、勘弁してください。
「少しだけ辛抱してくれ」
「ぇ!?や、そ、そこは…!」
足首を掴んでグイッと体を寄せる。
なるべく患部を見ないように、正面からルチアさんの顔を見つめてマントで包むようにしゃがみ込む。
【スキル:祈り を発動しました】
「あわわわ…あっ!?」
淡い光に照らされて、夜の闇にルチアさんの姿がぼんやりと浮かび上がる。
辺りが暗いので非常に目立つ。
「んんんっ?!!」
破れた服の合間から覗く白い肌がなんとも官能的である。
もしこんな所を誰かに見られたら、あらぬ誤解を招くこと必至だ。
「うっ、くうぅっ…!」
ルチアさんもそれを理解しているのか、目尻に涙を溜め、唇を噛んで必死に耐えている。
今にも泣き出しそうな表情が嗜虐心をそそる。
「どうだ、まだ痛むか?」
「うっ…く!少しですが…でも、とても、熱…いっ!?」
……ほんと誰かに見られたらおしまいだな。
ここってたぶんルチアさんちのお屋敷だよね。
ってことは家来とかルチアさんのパパもいるだろうし…あ?!
「(それってヤバイんじゃないの!?)」
むしろお嬢様を手篭めにしている現行犯に見えないこともある。
違います、これは純然たる医療行為であり…いや、お医者さんごっことかそういういやらしい意味は無くてですね、その、ちょっと血が出たもんで…あー!違います、違いますって!その血じゃなくて、ええと、ケダモノに襲われて、それで力任せに……
ダメだぁーっ!
どう言い繕っても悪い方向にしかいかない。
「ぁ!……ん、ふぁ」
考えているうちにルチアさんの太ももの怪我も、体中の擦り傷も綺麗に治っていた。
ならばこれ以上長居は無用、誤解される前に早いとこ立ち去ろう。
くるんと背を向けてかっこよく立ち去ろうとしたら、くいと引っ張られる感覚が。
「ん?」
「あっ…」
ルチアさんにマントの裾を掴まれていた。
「ぅ……あ」
口を開きかけたままじっと視線を注ぐ。
紅玉のような瞳に篝火の灯りがゆらゆらと映り込み、言葉を失うほど美しかった。
「(…舐めたい)」
熱く潤ったそこを無理に押し開いて舌を這わせたい……
おっといけね、つい一般的な欲求が顔を出してしまった。
「あ、あのっ!ダスト様!」
えっ、舐めていいの?
「なめ…なにか」
いいわけねえか。
こういうのはもっと仲良くなってからだ。
「わ、わ、私を!お連れください…ませんでしょうか……」
何やら意を決して言葉を発したものの、最後はごしょごしょと尻すぼみになり聞き取れなかった。
辛うじて分かったのは連れて行ってほしい、ということ。
「(連れてけってどこに…あ、そっか)」
ここ屋上だった。
怪我人を屋上に置き去りじゃあんまりだよな。
傷は治したけど流れ出た血までは回復してないだろうし、ちゃんと下まで運んであげないと。
…そもそもどうやって登ったんだ?
「ではじっとして、目を閉じて」
降りる際に目を回さないよう注意しておく。
「!…は、はいいっ!」
ルチアさんは言われるがまま目を閉じて、なぜかクイッと顎を上げる。
「んっ…んんんっ!?」
両手を前に組んで祈るような姿勢のルチアさんの後ろに回り込み、
抱え上げてそのままひょいと飛び降りる。
「ひゃあ!」
腕の中でバタバタと暴れるせいで、柔らかく大きなものが左右に激しく揺れ動く。
両手が塞がっていなければ衝動に任せてキャッチ&キャッチしていたところだ。
「(いや…!手が使えなくてもまだ口がある!)」
その考えを実行に移す前に着地できたのは幸いだった。
たぶんかっこいいと思われるポーズでストッと降り立つ。
「むっ…!なにやつ!」
降り立った先にちょうど駆け寄って来た一団と鉢合わせた。
違います!不審者じゃありません!
ちなみに変質者でも強姦魔でもありません。
「!?…ルチアっ!」
先頭にいる赤い髪に赤い髭のおっさんがルチアさんの姿を認めて目を見張る。
立派な身なりに堂々たる態度、そしてルチアさんを呼び捨てにしたってことは…
「(たぶんこの人がルチアパパ、メ…なんとか子爵だろう)」
【スキル:鑑定 を発動しました】
名前:マリオ・‡・メルメル
種族:人間
性別:男
年齢:49
LV: 45
HP*2 90
MP*0 0
力*3 135
技*3 135
守*2 90
速*1 45
賢*3 135
魔*0 0
あー!惜しい!
確かに「赤」「髭」「おっさん」とキーワードは揃ってるけど微妙に違う。
髭そのものは赤くなくていいんだ。
「ルチア様!」
――その時!
背後の一団から一際甘い天使の囁きが耳に届いた。
脳内検索に一発ヒット!
「(ユリーカちゃん!)」
「ルチア様!ご無事で…あっ!」
顔を覗かせたのは我が妻ユリーカ。
いや、まだ結婚してないから婚約者であるな。
「ダスト様…!どうして此方に!」
ビックリしつつも清楚さを崩さない。
やはり頭一つ抜きん出たパーフェクトワイフだ。
「それはもちろん…」
キミを迎えに来たのさ!
ちゃんと指輪も用意して、して…ない!?
どういうことだ!なぜ買っておかなかった!
俺の間抜け!クズ!ゴミクズ!本名だこれ。
ど、どうしよう…?
その辺に指輪なんか落ちてないよな。
淡い期待を抱いて辺りを見渡すと、ぼけっとこっちを見ているルチアさんと目が合った。
「…ふあ?」
そうだ!お嬢様なら指輪くらい持ってるよね、一つ譲ってくれないかな。
ルチアさんの指を見てみると――胸の前で組んでもじもじさせている。
今は指輪を嵌めてないみたいだ。
いつかその指にプラチナリングを嵌めてあげたい。
他にもいろいろハメてあげたい。
そこへ至るまでのミッシングリンクを埋めるためにまずは求婚しなければ。
そのために必要なのは…そう、指輪だ。
じゃあ悪いんだけど、今から取ってきてくれない?
待ってるからさ。
という意味を込めて無言の意思疎通を試みる。テレパシーだ。
テレパシーが使えちゃったらこの世の終わりだと、中学生の頃は戦々恐々としたものだ。
「…………」
しばらくルチアさんをじっと見ていると、急にハッとした様子で膝を突いた。
やった!通じた?!
「申し訳ございませんダスト様!」
ガガン
断られた…!
一世一代の求婚を断られたとなれば死ぬしかない、死のう。
いやまて、まだユリーカちゃんには断られてないぞ。
じゃあ改めて求婚を…そのためには指輪を…指輪はルチアさんから貰う…あれ?
わからない…俺はいったい何を断られたんだ。
「ダスト?!…そうか!あなたが…」
今世紀最大のミステリーに挑む俺を見て、
赤い髭のおっさんが感心したように声を上げる。
「お聞かせ願いたいダスト殿、あなたはいったい何者か?」
それつまり不審者かって意味ですよね。
違いますよ。
今の俺はミステリーを狩る者、すなわち…
「ただのハンターだ」
脳内で巨木を背景に軽やかなBGMが流れる。
「そ、それはつまり…!?」
ふふん、気になるでしょう?
これぞ以前から考えていた今思いついた画期的な職質対策「曖昧 ドント ノウ!」。
つまるところ多くを語らず、しかも複数の意味に取れる答えでお茶を濁す方法だ。
ハンターとは狩人の他に探求者やコレクターといった意味もある(たぶん)。
狩人にしても獲物が何であるかは一切明かしていない。
バッタを捕まえるのだってある意味ハンターだし、
ジョブハンター――求職者(無職)だと言い張ることもできる。
しかもこれらは決して嘘ではないため、俺の良心も痛まない。
誰も傷つくことのない理想のピースフルワールド、俺は新世界の神である!
どうだっ!
ズビシッ
とキメたら指先に何か当たった。
「んっ?」
見ると、突き出した人差し指の先に獣の鼻面があった。
グヒャッ!
「(うわっ!な、なんだ?!)」
獣とは言うまでもなく有翼獅子、
今の俺は指先一本でそいつの突進を食い止めている形だった。
「(こいつ…!いつの間に接近して来てたんだ)」
まったく一切余計なことを考えず集中していた俺の裏をかくとは!
なかなかやるな…!
しかしその視線は目の前の俺ではなく、遠くにいるルチアさんへ一点に注がれていた。
「(あれ?いつの間にそんな離れた所に…?)」
悲しい事実はさて置き、この有翼獅子、さっきルチアさんを襲っていた奴じゃないか。
よく見れば右の牙が根元からポッキリと折れている。
俺が掴んで投げ飛ばしたせいだろう。
どうやらルチアさんの血の味がよほどお気に召したらしい。
今も我慢できないといった様子で口角から涎をダラダラと溢れさせている。
…そんなに美味いなら俺もちょっと舐めてみればよかった。
冗談はともかく、ルチアさんにご執心とあれば謂わば俺のライバルだ。
ここで白黒つけてやるぜ!
「そらっ!」
ガルゥォッ!
指先に力を込めて有翼獅子を突き飛ばす。
相手もそれに合わせて後ろに飛び退り、互いに距離をとって睨み合う。
奴も俺を敵と認識したようだ。
「(かかったな!)」
この距離は俺の射程範囲だぜ!
…うん。
まあ距離が開いたなら投擲で倒しましょうかね。
獣臭い返り血とか浴びるの嫌だし。
さてさて、ポケットから取り出したるは~……あれ?
あれ?あれ?あれっ??
無い!
石ころが無い!
どういうことだ!?
いつもポケットに入れておいたはずなのに。
ポケットから取り出すのは寝る時くらい…あ!そうか。
さては寝苦しかろうと思ってハルがポケットから出したんだな。
細やかな心遣いがルチアさんに距離を取られた俺の心に染み入る。
でも今はそれが裏目に出てしまった。なんと残酷な運命か!
さて…どうしよう。
石ころを現地調達しようにも、綺麗に手入れされたお屋敷の庭は砂粒一つ落ちていない。
そういや石ころより武器を投げた方が威力出るんだよな。
誰か持ってないかと見渡すと、例のマリオ…子爵が剣を抜いて構えていた。
さすが領主様だけあって装飾が施されたお高そうな剣をお持ちだ。
でもまさかあれを「投げるから貸して」なんて言えないよな。
そもそも剣は投げるものじゃなくて…あ?
……ソードのことすっかり忘れてた!
は、早く回収に行かないと!
グルォッ
うろたえる俺を見てチャンスと思ったのか、有翼獅子が全速力で突っ込んで来た。
「お前に構っている暇は無い!」
一刻も早く証拠隠滅を図らなければいけないんだ。
【投擲】がダメなら他に攻撃に使えそうなスキルは――
「これだ!」
【スキル:例の電撃 を発動しました】
青白い閃光が一直線に有翼獅子へ伸びる。
確かこれは現在の魔力*1000の電圧だから、えーと…だいたい10億ボルト?
ッギ!
落雷にも勝る電撃を受けて有翼獅子の体は一瞬で破裂し、破片もすぐさま蒸発する。
「…わっ!」
「…ゃあ!」
「……だこれは!?」
外野の方々が少々驚いているご様子。
確かに夜間に使うとすごく眩しくてビックリするね。
目標に一直線だから見ようによってはレーザーかビームみたい。
いや、ここはあえてレールガ…いけね、それどころじゃなかった。
「急がなければ…!」
ソードを回収すべく再び夜の街に飛び出した。
変な意味じゃなくて。