34 衝撃
街に戻った俺達は、白身魚のフライ弁当を買って空き地公園で食べることにした。
しかしここでまた道に迷い、街をうろつく羽目になった。
俺の脳内地図は上書き保存。
草原に出たことで街の地図はきれいさっぱり消えていた。
どこかに都合よく道案内してくれる人はいないかなー。
モコモコ丸の人はちょっと変だから遠慮願いたい。
ゴリラは論外。
そうなるとあとは…
「ヘイ!ダストさん!」
来たな、都合の良い案内人。
「キミは確か…パーシー君」
「覚えていてくださったっすか!光栄でっすっす!」
感動のあまり謎のポーズを決める少年。
カイト氏の部下で、俺信者二号のパシリ君だ。
実は普通に喋れる。
「あ、主様…この方は」
ハルはパシリ君のテンションに引き気味だ。
元々人見知りするのかもしれない。
「大丈夫だハル、彼は……」
…そういや何て紹介したらいいんだ?
金づるのパシリ?それって酷すぎないですかね。
しかしそこは有能パシリ、自分から名乗る。
「自分、メッシ商会会頭補佐のパーシーっす!よろしくっすっす!」
そんな肩書きだったのか。
つまり社長補佐…?いや、補佐という名のパシリだな。
「…わたしは、その、その…奴隷、です。主様に貰っていただきました」
何度も言うけど貰ったんじゃなくて買ったんだからね。
金はそこにいるパシリの親分から巻き上げ…寄付してもらったんだ。
「ヘイ…奴隷?」
奴隷と聞いてスッと目を細める。
あ…そういえばこいつら、俺が仲間を助けに行くために金を無心したと思ってるんだ。
仲間って誰だよ、全く心当たりが無いよ。
このままだと女奴隷欲しさにカイト氏を騙して金を取ったことになってしまう。
事実のような気もするが、それはこちらにも事情があってのこと。
きちんと話せばわかってもらえるはず。
「仲間のあいつは…その、自力でなんとかしたというか…」
【スキル:詐術 の発動に失敗しました】
ダメか。
誰だか知らないが仲間Aは未だ危機から脱していないらしい。
きちんと話そうと思った矢先、いきなり誤魔化そうとした件については反省している。
「実はだな…」
こっからは宿屋親子にした説明の焼き直し。
もちろんハルが屋根から落ちた原因については一切触れないでおく。
かわりに人攫いがいかに悪辣で非道なゴミクズかを強調しておいた。
「それはもしや!昨夜通りで泣き喚いていた人攫い一味っすっすか!?」
え?
もしかして人攫いさん既に捕まってるの?
「もちろんっす!持っていた金も全て没収済みっすっす」
「そうか、それは良かった」
しかし何でまた往来で泣いてたんだろう?
「どうもよほど怖ろしい目に遭ったみたいっすね。
青白い光が~とか化け物が出た、とか供述してるみたいっすっす」
…なにそれ、怖い。
今夜はハルを抱っこして寝よう。
「――ところで」
パシリ君は急に声を潜め、内緒話をするように顔を寄せてくる。
「差し支えなければ“多少の縁”について詳しく教えて欲しいっすっす」
そのことか。
これも宿でのやり取りと同じでいいだろう。
「あぁ…この鞘を誂えてもらったんだ」
鞘を掲げてパシリ君に見せる。
こうやって他人に見せびらかすとハルが喜ぶことに気付いたからだ。
俺以外の人間が鞘に触るのは嫌がるので見せるだけ。
「ヘイッ!?すごい鞘っすっすね!」
歓声を上げて鞘に見入る。
宿屋親子よりも食いつきがいい。
やはりパシリとはいえ商人の端くれ、物の価値には敏感なのだろう。
「(ん…?)」
心なしかその瞳がチカチカと明滅しているように見えた。
□□□
【スキル:精査 を発動しました】
〔精霊銀の鞘〕
品質:最高
効果:劣化防止・自動洗浄・自動研磨・魔力蓄積・(不明)
価格:金貨18,000枚
備考:精霊銀で錬られた鞘の最高峰
あらゆる魔剣・妖刀の力を抑え込む
******(以下不明項目有り)******
「(こ、これは…!)」
ダストに見せられた鞘を調べた結果にパーシーは仰天する。
「(エリリリエ秘蔵の宝物じゃないっすっすか!)」
この西部大平原に居住する狐は勇者に従った英雄を祖とする一族だ。
その彼らが後生大事に受け継いできた、希少な精霊銀で作られた鞘。
間違いなく勇者に縁ある代物――神器の類である。
「(これは“多少の縁”程度で譲り受けることは叶わないっすっす)」
そんな門外不出の宝を何ゆえダストに託したのだろう。
彼とエリリリエ氏族の間にはどんな関係があるというのか。
「(考えられるとしたら…)」
ダストと側らに控える女に目を向ける。
ハルと呼ばれたエリリリエの娘はダストを強く慕っている様子だった。
主人に対する以上の感情を抱いているのは明らかだ。
そして氏族との間にある強い縁…
「(まさか…姻戚であると?)」
そう考えるのが自然ではある。
しかしダストはこの界隈に来てまだ日が浅い、婚姻を結ぶ暇は無かったはずだ。
「(でもこの鞘を渡したということは…そういうことっすっすね)」
ダストの胸中は不明だが、少なくともエリリリエ側はそうなることを望んでいる。
「(あまり悠長に構えてはいられないようでっすっすよ…ルチア様)」
良く言えば思慮深いが、悪く言えば意気地無しな令嬢の姿を思い浮かべる。
仮初めとはいえ、主の想いが行く末を案じずにはいられなかった。
□□□
「(あっ、消えた)」
パシリ君の瞳のチカチカが消えて、いつもの明るい感じの目に戻る。
「あー…パーシー君、このことは皆には…」
「もちろん承知してますっす!(絶対にルチア様のお耳に入れるわけにはいかないっすっす)」
さすが有能パシリだ。
俺が心優しい男であることをルチアさんにしっかり宣伝しておいてくれよ。
「さて…」
ハルの件はこれでいいとして、パシリ君も気になるお供を連れている。
「そちらも奴隷を連れているな、彼は――エルフだろう?」
パシリ君に付き従っている巨漢をよく見れば、奴隷商の所にいた脳筋エルフだった。
結局モンスター親子には買われなかったらしい。
「ヘイ、前回の反省を生かして隊商の護衛として商会で購入したっすっす」
「なるほど」
確かにこの筋肉ボディなら護衛として役立ちそうだ。
カイト氏もあれでいろいろ考えてるんだな。
おかしくなるのは俺に関する時だけか。
「隊商は今後も続けるのか?」
「もちろんっす!ボスがグラス村の…あ!何でもないっすっす!」
あんな危険な目に遭ってもまだ続けるとは、グラス村とやらには特産品でもあるのだろうか。
その村どこかで聞いたような気がするけど思い出せない。
「……」
脳筋エルフはさっきから一言も発せず、静かに周囲へ気を配っている。
俺には判る、こいつかなりの手練れだ!
【スキル:鑑定 を発動しました】
名前:モーソン
種族:エルフ
性別:男
年齢:?
LV: 35
HP*3 105
MP*1 35
力*4 140
技*1 35
守*3 105
速*1 35
賢*0 0
魔*1 35
…そうでもない?
一応は魔力とMPが有るみたいだけど何故脳筋になっちゃったんだろう。
「彼には魔力が有るようだが、魔法は一切使えないのか?」
「そういえばそうっすね、モーソンさんどうなんっすっす?」
パシリ君に問われ、脳筋エルフは微かに口を開く。
「はい、正確には全く使えないわけではなく、筋力強化魔法が使えます」
そう答えた声は、意外にも高く澄んでいた。
やはり腐ってもエルフ、生まれついてのイケメンか。
「そうだったっすか!それは早く言って欲しかったっすっす!」
「すみません」
注意しつつも責める口調ではない、むしろ嬉しい誤算だったのだろう。
「しかし何で筋力強化魔法なんでっす?エルフならもっと強力な魔法も使えるはずっすっす」
「…大切な妹を守る為には、この鋼の身体が必要だったんです」
静かに、だが決意の篭った声で答える。
「(エルフ妹…!)」
なんと!脳筋エルフには妹がいるらしい。
エルフ妹!エルフ娘!エルフ嫁!
「な、なあ、その妹ってどんな子なんだ?」
俺は当然のごとくガッチリ食いつく。
異世界とエルフ嫁は切っても切れないパートナーシップ協定だ。
「そうですね、紙を一枚いただけますか」
脳筋エルフは絵心があるのか、さらさらさらりと紙に絵を描いていく。
見事な筆運びで、あっという間に描き上げる。
「できました、これが僕の妹です」
「おぉっ!?素晴らしい!!」
「……主様」
そこに描かれていたのはまさに理想のエルフ少女。
金髪翠眼スレンダー、始まりにして究極、完成された美の極致。
「ふふっ…可愛いでしょう?」
「芸術だな!キミとはまったく似ていないが」
この脳筋エルフも顔は悪くないんだ、顔は。
でかい筋肉ボディと顔の大きさがアンバランスで、出来の悪いコラを見ているような気分になる。
「実は血の繋がらない妹なんです。もうお兄ちゃんのことが大好きで大好きで大好きで…」
「ふぅん…?」
そこでふと違和感を覚える。
血縁関係の無い、お兄ちゃん大好きな可愛い妹――あまりに都合が良すぎる。
まさかとは思うが一応確認しておこう。
「なあ、その妹ってキミの頭の中だけに存在するなんてことは…」
あるわけないか。
仮にもエルフがそんな俺みたいな思考をするはずが……
「さすが!その通りです!やはり貴方も理解者でしたか!!」
脳筋エルフは嬉しそうに声を上げた。
ガガーン
悪い予感ほど良く当たる。
言葉のハンマーに殴られ頭に衝撃が奔る。
まさかこいつ、さっきから黙って警戒してたんじゃなくて…
「(ずっと妄想に耽ってたのかよ!)あっ、ぐっ」
ダメだ、体がまるでいうことをきかない。
胸が詰まる、い、息が…苦しい……
ぐらり
立っていることが出来ず体が傾く。
「ヘイ!ダストさん?!どうしたんでっすっす!」
「きゃあ!主様!しっかりしてください!主様っ!」
ハルの声が遠くに聴こえる。
ぽすん
倒れる直前に抱き留めてくれたのか、身体が柔らかい感触に包まれる。
あぁ…あったかいなぁ。
これが天国なら死ぬのもそう悪くないかもしれん。
「……」
目の前がだんだん暗くなってゆき、ついに何も見えなくなった。
「嫌です!わたしを置いていかないでくださいっ!」
「ヘイ!メディック!メディーック!!」
鞘は長老が作ったのではなく、ソードの形状に合わせて打ち直しただけです。