30 人は頭から生まれ出でて足より地に還る 転じて生涯の献身を意味する
夜になり、見映えの変化した街は俺の脳内地図に若干の混乱をもたらす。
しかしノーラちゃんのいる宿は既に我が家も同然、
帰巣本能に従い迷わず帰り着くことができた。
『家で待つ=嫁』と見なしても問題ないよね?
ちなみにここに来るまでに、ハルは自分には勿体無いだの、奴隷は外で寝るべきだのと言い出した。
外でなんか寝たらまた攫われるだろうに。
奴隷は財産でもあるんだから、保身も仕事のうちだというのを、ロボット三原則を交えてしつこく説明してやった。
「やっぱり俺はピカピカのワンオフ機より、泥臭い量産機が好きだな」
「あの、あの、それはどういうことで…」
要するにハルが理解できないことを一方的に喋って煙に巻いたんだ、うん。
「せめて厩か物置で…」
まだぐずぐず言ってるハルの手を引き宿に入る。
ここはもう俺の家、お婿さんのお帰りだ。
「ただいま」
「お、お邪魔いたします…」
「あ!ダストさんおかえりな、さ…………ぃ」
いつも通りノーラちゃんが元気にお出迎えしてくれたが、
ハルの姿を見た途端固まってしまう。
「お、おい、その女はどうしたんだ」
代わりに厨房から出てきた親父が疑問を口にする。
「買ったんだ」
「買った?!そりゃ困る!ウチはそういう宿じゃないんだ」
そういう意味じゃない。
ってかその発想が出てくる時点であんたの方が怪しい。
「俺の奴隷だ、部屋は同じでいい。食事代は引いておいてくれ」
「そうか、それならまあ…いいんだが」
あ、いいんだ。
「(お父さん!)」 ドスッ
「痛てえ!(なんだ、どうした?)」
「(良くないでしょ!ちゃんとどういう訳か訊いて!)」
よくない子が一人いた。
思春期の女の子は潔癖だからな。
先生が女性同伴で家庭訪問に来たらそりゃ怒るよね。っていうか大問題だけど。
「ハル、先に部屋へ行っていろ、二階の突き当たりだ」
「はい、はい…その、ご厄介になります」
親父とノーラちゃんにペコリと会釈をして、しずしずと階段を上がっていく。
自分がここにいてもいいのかと不安に思っているようだ。
さて、今のうちに二人には説明しておかないと。
「実はあれの一族と些か縁があってな、奴隷に囚われているのを見て放っておけなかったんだ」
今のところ嘘は言っていない。
これなら【詐術】に頼るまでもないか。
「なるほど。しかし狐の、それも若い娘じゃ相当な値がしたんじゃないか?
よほど深い関係でもなけりゃそこまでしないだろう」
「深い関係…それってもしかして…」
確かに、ちょっとした知り合い程度で金貨10,000枚は出せないだろう。
納得できるだけの理由をでっちあげ…説明しなければならない。
ノーラちゃんは何か深読みしてるし。
「これだ」
ベルトから鞘を抜き出してテーブルの上にゴトリと置く。
キツネの長老が一晩で作ったというそれは、ランプの灯りの下で美しい光沢を放つ。
「わあ…きれい」
「こりゃあ見事だ」
食い入るように見つめる宿屋親子。
すると親父は思い出したかのように声を上げる。
「これはまさか精霊銀か」
「えっ?」
「え…?」
なにそれ知らない。
この鞘にも何かあるの?
【スキル:鑑定 を発動しました】
〔精霊銀の鞘〕
品質:最高
効果:劣化防止・自動洗浄・自動研磨・魔力蓄積
価格:金貨9999枚以上
備考:精霊銀で錬られた鞘の最高峰
あらゆる魔剣・妖刀の力を抑え込む
金貨9999枚以上の価値…だと?!
これを売れば相当の期間働かずに暮らせるぞ。
でも「あらゆる魔剣・妖刀の力を抑え込む」ってのが気になるな。
もしかして鞘が無いとヒーローソードが周囲に影響を及ぼすってこと?
うーん…だめだ。
せめてソードを捨てるまでは手放すわけにいかない。
それにもし売ったらハルがどんな顔するかわかったもんじゃない。
もう少し打ち解けて「鞘売っちゃったー」「しょうがないですねー」くらい気軽に済むまでは持っておこう。
「お父さん、精霊銀って何なの?」
あっ、俺もそれ知りたいですお義父さん。
「精霊銀はな、全ての物質の中で一番魔力が通り易い金属なんだ。魔道具の作成に最も適している」
「へぇ…でも私そんなの初めて見たよ?」
俺も初めて見た時から決めていました。
娘さんを僕にくださいお義父さん。
「そりゃそうだ、精霊銀は魔力を流さないと加工できない、扱いの難しい代物だ。
人間やドワーフじゃ魔力が足りないし、エルフは金属を嫌うからな。
まともに扱えるのは梟か狐くらい…と、そういうことか」
フクロウ!
そういうのもいるのか。
でも卵生はちょっとハードル高いな。
ゴロンと卵を差し出されて「あなたの子ですよ」とか言われても困る、認知できない。
「なるほど…これだけの業物を誂えてもらったのなら無碍にはできんな」
よくわからないけど納得してくれたらしい。
しかし親父はただの宿屋の亭主にしては物知りだな。
「ほ、ほらー!やっぱり!ダストさんはそんな人じゃなかったんだよ。
お父さんってば変なこと言わないでよね!もうっ!」
バシィ
「訊けって言ったのはお前じゃ…痛てぇ!」
ガスッ
「えへへっ♪」
ボコッ
「おい、やめろ…でっ!」
ピキッ
やめて、それ以上いけない。
夕食が出てこなくなっちゃう。
◆◆
親父の無事は天に委ねるとして、ひとまず退散。
「あ、主様…」
二階へ上がると、ハルは廊下で所在無げに立ち尽くしていた。
部屋で待つよう言ったはずだが、遠慮して入らなかったらしい。
鍵を渡し忘れたなんてことはない。
「ほら入れ」
ポケットから鍵を取り出してドアを開け、入室を促す。
「本当に、よろしいので…あ!」
ここへきてまだ尻込みしているので、半ば強引に部屋へ押し込む。
「(あれ?これって…)」
よく考えたら、俺ってば女を部屋に連れ込んでる!?
やったー!合意とみてよろしいですね?
奴隷だから拒否できないんだけど。
「…ぁ」
部屋に入ると不安げに辺りをきょろきょろと見渡し、
綿の塊が置いてあるところで一瞬目を留めた。
モコモコ丸の人に貰った綿だ。
「(ああいうのが好きなのかな?)」
もし気に入ったのならハルにあげちゃおう。
使い道に困ってたし。
「宿の者には事情を説明しておいた、夕食の時にでも紹介してやろう」
「はい、はい…」
ひとまずは落ち着かせるためにさっきの結果報告。
「鞘を見せたら二人ともすごく感心していたぞ」
「そ、そうでしたか」
鞘の話題を出すと明らかにほっとしたように息を吐く。
もともとこれを俺に届けるために来たからな。
役目はすなわち自身の存在意義でもある。
「主様に貰っていただけて本当に幸せです…鞘も、わたしも…」
こっそり自分を付け加えてるけど違うからね。
お前は貰ったんじゃなくて買ったんだから。
そこんとこ間違えるなよ。
買う金はカイト氏から貰ったものだけど。
「そういうわけだから心配するな、夕食まで少し休もう」
今日は一日中出歩いたり公園で休んだり公園で休んだりしたから疲れた。
ベッドに腰掛けて脚を投げ出す。
「靴をお取りしますね」
「んむ」
靴を脱がせてもらって気分は要介護老人。
いつもすまないねぇハル子さん。
そういえば、こっちに来てから一度も風呂に入ってないな。
せめて手足くらいは洗ってさっぱりしたいところだ。
「では…失礼いたします」
「うん?」
ハルの姿が視界から消える。
ちゅぽ
聴こえてくる微かな水音と、足先に感じる温かく柔らかな感触。
「?」
ちゅぷ ちゅぴ
「???」
まさか…足を?
「んっんっ」
視線を下に向けると、金色の髪がしきりに前後に揺れている。
足を動かしてみると、それを追うように金の波がうねる。
「ハル」
「んぷ?」
「何をしている」
「清めさせて頂いてます…お気に召さなかったでしょうか?」
顔を上げ、泣きそうな目でこちらを見上げる。
「うっ…」
どうしよう、やめさせるべきだろうか。
そもそもこれはどういう意味の行為なんだ。
何の躊躇いも無く口に含んだけど、この世界では普通のことなんだろうか。
もしくはキツネ特有の文化とか…?
だとしたら下手に止めるのは良くないかもしれない。
一度それでユリーカちゃんを曇らせてるし。
「いや、続けてくれ」
返事の代わりにコクンと小さく頷いておしゃぶり続行。
足の指一本一本へ丁寧に舌を這わせていく。
「(く、くちゅぐったい…)」
ちゅる ちゅちゅ
仕上げに入ったのか、吸い取るような動きに変わる。
最後に惜しむかのように唇を当てておしまい。
「…いかがでしたでしょうか?」
金色の瞳で上目遣いに見つめてくる。
いかが、と言われても…正直言えば驚いた。
でもさっぱりはしたかな。
「うん、まあ、いいんじゃないか」
「はい、はい、ありがとうございます!」
褒められたのがよほど嬉しいのか、幸せそうに微笑む。
「んふふっ」
どうも価値観の違いを感じるな。
俺の常識は通用しないと見てよさそう。
とりあえずしばらくはハルの好きなようにさせて、
どうしてもダメなことだけやめさせるようにしよう。
「では次は…その、その…」
じっと俺の股間を見つめる。
それはダメ。