29 ハル
キツネさんを抱っこしてやって来たのは俺のホーム、空き地公園。
日が落ちた草地は虫達の合唱が始まっている。
圧死したスイッチョンを弔うかのように厳かな鎮魂歌を…
まあどうでもいいか。
それよりキツネさんの鑑定だ。
【スキル:鑑定 を発動しました】
名前:ハルルルル・エリリリエ
種族:狐
性別:女
年齢:15
LV: 10
HP*2 :20
MP*2 :20
力*1 :10
守*1 :10
速*1 :10
賢*1 :10
魔*3 :30
う~ん…弱い。
魔力はそこそこだが、いかんせんレベルが低い。
できれば前衛タイプが良かったけどそう都合よくはいかないか。
歳は…15?!
ノーラちゃんと1つしか違わないじゃないか。
それでこの色気はどうなの?妖怪なの?
「……」
さっきからずっと金色の濡れた瞳で俺を見つめている。
これ絶対魅了の魔法放ってるよね。
「ひぅっ…!」
キツネさんを草の上に降ろすと一瞬ピクリと身を震わせ微かに表情を歪める。
「痛むか?」
「…はい、はい、少し」
我慢しているようだが、実際は相当痛いのだろう。
新しく巻き直された包帯にはさっそく血が滲み始めている。
俺は血とかダメな人なので早く治さないと俺もやばい。
「では始めよう」
やや脚を開く形にして座らせる。
「…あの、あの、ここでなさるのですか?」
なにやら不安があるのか、モジモジと身をよじる。
さては屋外での細菌感染を心配しているのか。
意外と文化的なキツネだ。
「気にすることは無い」
生憎と俺はそんなのよくわからないんでね。
そもそも医者じゃないし、手術をするわけでもない。
「ここなら人目に付かなくていいだろう」
それより誰かに見られる方がまずい。
「ですが、足が…痛くて、その、その、きちんとおつとめできるかどうか…」
「心配しなくていい、すぐ済むから力を抜いてじっとしていろ」
逃げないように後ろから抱えて脚に手を這わせる。
「はい、はい…あ、そうでした…『お情けを頂けること、まことに光栄にございま…』ひっ?!」
なんか台詞を言いかけてたけど構わず祈りを発動。
【スキル:祈り を発動しました】
「ぃぃぃぃいいいっっ!?!」
やっぱりアヘった。
こんなのを人目のある所でやったら大問題になるところだった。
「ん~~!っい!ひっ!んんんん!!」
淡い光にライトアップされた横顔がなんとも艶かしい。
「(やばい…ふっくらしてきた)」
なにが、とは言わないが、もしこの場を誰かに見られたら死ぬ。
社会的に死ぬ。
だ、誰も来ないよな?
「んひぃぃぃぃぃぃ!!」
「おい、大声を出すな」
「ひぃ…ふみあへん、んっ、んっ、んっ、んっ、んんっ!」
必死に唇を噛んで耐えているが、まだ声が漏れている。
仕方なく後ろから手を回して口を塞ぐ。
「んむー!」
「!?」
その唇の驚くほど柔らかな感触に意識を奪われる。
傍から見れば若い女に背後から抱きついて口を塞ぎ、何かをふっくらさせて恍惚とする男。
誰かに見られたら確実に死ぬ。社会的に確実かつ確実に死ぬ。
しかしやめられん!この唇は魔性ぞ。
ひゃぁぁもうダメだ!漏れる!【祈り】が漏れちゃうぅぅ!
「~~~~!」
二人同時にビクンと大きく身を跳ねさせた。
スイッチョン
どれくらい経ったのか、辺りは虫の声だけが支配している。
キツネさんの様子を確認してみると、怪我は跡形も残らず綺麗に治っていた。
「…終わったぞ」
「ん、あ…ぁ、あ!?は、はい、はいっ!なんでしょう」
俺の声を受けて弾かれたようにぴょこんと立ち上がる。
「…あれ、あれ?立てる…わたし、立ってます」
やあ奇遇ですね、僕も立ってます。
「これは、どうしたことで……ぁ!」
自身の身に何が起きたのか気付いたらしい。
脚をペタペタと触り、そこに怪我が無いことを確かめる。
「あ、あ、あ…」
ぷるぷると体を震わせると、そのままペタンと座り込み、地面に額をつける。
「わた、わたしは、主様に、ずっと…一生、お尽くしいたします」
いきなり話が飛んだな。
どうもこの子は思い込みが強いらしい。
「そう硬くなるな」
これは俺自身に向けた言葉でもある。
…ほんと、早く鎮まってください。
「それよりまだ名前を聞いてなかったな」
【鑑定】したから知ってるけど、気を紛らわすつもりで訊ねてみる。
「あ!はい、はい!わたしはエリリリエ氏族、トコココの娘、ハルルルルと申します」
パッと顔を上げて、すらすらと長い名前を名乗る。
これはこれは、ご丁寧に。
私は五味家、佳栖の息子、国栖です。
その名は捨てた!イケ高コロス!
「俺の名はダスト・スターだ。ダストと呼べ」
「はい、主様」
「ダストと呼べ」
「はい、主様」
…ふむ、そこは譲れないのね。
まあいいけど。
「しかし…ハルルルルルでは呼びにくいな、ハルでいいか?」
「!!?」
なんかえらくビックリしてるな。
もしかして名前を略すのは失礼に当たるんだろうか。
「まあ、その、単なるあだ名みたいなもんだ、気にす…」
「あ、あ、絆の証名ですか?!」
「え、うん、あだ名だけど」
「わぁ…」
ぽんやりと宙を見つめ夢見心地といったご様子。
あだ名くらいで何でそんなに喜ぶんだ?
…あっ、この子もしかして友達いないのか。
考えてみればこれだけ群を抜いた容姿なら同性から妬まれても仕方がない。
俺も高校の頃ぼっちだったからよくわかる。
あいつらイケメンな俺に嫉妬してたんだ。間違いない。
あれ?おかしいな。
目から水を主成分とする弱アルカリ性の体液が…
「……これからは俺が一緒にいるから」
「夢みたいです」
この時はただ、辛い過去を払拭したくて連れを求めただけだった。
でも本当はもっと大きな意味があったことに気付いたのは……
え~と、いつだっけ。忘れた。