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給与額がそのままレベルに反映されたら最強っぽくなった  作者: (独)妄想支援センター
Ⅱ.最初の街での怜悧な立ち回り そして商人相手の鮮やかなネゴシエーション
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27 きわめて真っ当な取引

 俺は地図とか読めない人だけど、子爵邸は丘の頂上にあるので迷わず辿り着く。


 相変わらず大きい建物。

 覚悟を決めて気持ちをグッと引き締める。

 漏らさないように括約筋もグッと引き締める。


 さて、まずは普通に肛も…いや、正門から訪ねてみるか。


 大きな格子の門の前には当然ながら門番さんが立っている。

 街に入る際にいろいろあった門番さんより装備が立派だ。

 恐らくは下っ端騎士か、それに準じる何かだろう。よく知らないけど。


「すみません」


 不審に思われる前にこちらから声を掛ける。


「なんでしょう」


 あら、敬語で応えてくれるのね。

 声音に多少警戒感が混じっているけど、それは職務上仕方ない。


「わたくし五…ダストと申します、カイトさんにお会いしたくて来ました」

「そのような予定は聞いておりませんが」


「いきなり来ました」

「はぁ、そうなんですか」


 いきなり社長に会わせろと言っても怒らず応じてくれる。

 ならもう少し強気にいっても平気かもしれない。


「ダストが来たと言ってもらえればわかる」

「では夕刻の定時報告で伝えておきます。連絡先だけお教え願えますか」

「えー…あ、その…」


 下手でも強気でも反応が全く変わらない。

 ここまで事務的な対応をされると交渉の余地が無くて困る。


 ぞんざいに扱われてカッとなって乗り込む場面とか期待してたんだが、

 さすがにこの状況で暴れたらどう見ても俺が悪者だよな。

 

「至急の用件なんですが…」

「規則ですので」


 出ました魔法の言葉。

 俺に効果抜群。


 そうなんだ、この人は自分の職務をこなしてるだけなんだ。

 その辺に感情移入しちゃうのが、俺が門番さんを苦手な理由の一つだろう。 


「(しょうがない、忍び込むか)」


 カイト氏の居場所は分からないが、可能性のありそうな所を調べてみよう。


「(おそらく水周りは1階にあるとみて間違いない)」


 貴族のご令嬢なら日に複数回入浴してもおかしくはないし、可能性は決して低くないはずだ。


 いつの間にか目的がルチアさんのお風呂に変わってるのは気のせいだ。

 むしろ最初からそれがお目当てだと言ってもいい。


 灯りに引き寄せられる蛾のように体が勝手に動く。


 俺の意志とは全くの無関係であり、この先何が起きてもそれは事故である。

 むしろ誘引したルチアさんが悪い。俺もまた被害者と言えよう。


 だが楽園を目指す旅人の前に巨大な壁が立ち塞がる。


「あ!ああああ!?あなたは!!」


 スキンヘッドのおじさんが大声を上げてすごい勢いで駆け寄って来る。


「(えっ!?な、なんで??)」


 まだ何もしてないよね?!

 まさかよこしまな気配でバレたとか?!


「ようこそおいでくださいました、どうぞお入りください」

「「えっ?」」


 ハモる俺と門番さん。

 警備側の人にとっても意外な展開のようだ。


 覗き魔を追い払うならわかるが、わざわざ招き入れるとはどういうことか。

 いや、俺は被害者だけどさ。


「ダスト様のご来訪をお待ちしておりました!」


 向こうは俺のことを知っているらしいが、俺はこんなスキンおじさんに見覚えはない。

 あ、もしかしてカイト氏の部下だろうか?


「よろしいのですか?この方は来訪の予定は無いと…」

「なにぃ?!貴様死にたいのか!まさかダスト様に失礼な態度を取ってないだろうな!!」

「い、いえ決してそのようなことは…!」


 この俺信者っぷりは間違いなくカイト氏の影響だな。


「門番殿の対応は実に丁寧であったよ」


 だとしたらフォローしとかないとほんとに殺されかねない。


「なら良いのですが…ささっ、屋敷にご案内します」


 スキンさんに案内されて進むと、途中にいる門番さんが皆一様に恭しく頭を下げてくる。 

 どうやら結構偉い人らしい、これならカイト氏までフリーパスで行けそうだ。 


「急ぎカイト殿と話をしたいのだが」

「えっ?ルチア様ではなく、カイト殿にですか?」


 当たり前じゃん。

 ルチアさんに「女奴隷買うからお金ちょうだい」なんて言えるわけないだろ。

 嫁に「ソープ行くから小遣いくれ」って言うようなもんだ。


「カイト殿で間違いない、商取引の件なのでな」

「なるほど、そういうことでしたか」


 嘘は言っていない。

 お金の流れがちょっと一方的なだけだ。


 

 案内されたお屋敷の一室はまさに社長室といった感じだった。


 手前にソファーセットがあって、奥にはお高そうなでかい机が鎮座している。

 そこに収まったカイト氏は草原で見た時より威厳がある…気がする。


 髪を整え、革のベストを着用した姿は確かに社長に見えなくもない。

 

「カイト殿、お客様がお見えですよ」


「はて?ロレンス殿、どうしてあなたが案内など…

 お、おおおお!?ダストさんではないですか!!」


 俺の姿を見た途端テンションが跳ね上がる。


 持っていたペンをクルクルっと回してベルトに挟み、机を飛び越えてこちら側に来る。


「パーシー!酒だ!一番上等なの持って来い!」

「ヘイ!ボス!」


 相変わらずの狂信っぷり。

 一番上等な酒はちょっと気になるけど、今はそれどころじゃない。


「すまないが、今は急ぎ頼みたいことがある」

「ほう?なんでしょう」


「金をくれ」

「いかほど」


「金貨10,000枚」

「わかりました、おいパーシー!奥の金庫から持ってきなさい!」

「ヘイ!ボス!」


 サッと駆け出す有能パシリ。

 こいつら頭がちょっとアレだけど一切詮索してこないから助かる。


「ちょっ、待たれよカイト殿!奥の金庫は商会の…子爵家の資産ではないか!?」

「それが何か?」


「いくらダスト様にでも理由も訊かずそんな大金を渡していいはずがない、

 まずはお館様にお伺いを立てるべきだ!」

 

 チッ、まだいたのかこのハゲ。

 バカに余計なこと吹き込むな。


「そんなもの訊かなくてもわかりますとも!」


 ひぇ!ばれてた。

 そういえばカイト氏には奴隷の値段とか聞いたもんな。


「仲間を助けに行くためです!」

「はっ?」

「えっ?」


「な、仲間というのは…?」


「(…誰だ?)」


 俺が知らないってどういうこと。

 

 ぽかんとしていると奥からパシリ君がでかい袋を抱えて戻って来た。 


「ヘイ!ボス!」

「うむ、どうぞダストさん。金貨10,000枚です」


 ドサッと重そうな音を立てて机の上に置かれる。


 これが1億円…


「ありがたい、助かる」


 それを神妙な面持ちで受け取る。


 しかし内心ではにやけっぱなしだった。


「(ちょろい!)」


 まさかこれ程簡単に事が運ぶとは思わなかった。

 あと二回くらい同じ手口でいけるかもしれない。


「それとこれもお持ち下さい」


 カイト氏が何かをさらさらと書いた書面を手渡してくる。


「これは?」


「私からの紹介状です、これがあればどんな店でも取引に応じてくれます。

 頑固な武器屋の親父でも、頑固なドワーフの武器屋の親父でも、

 頑固なドワーフのガチムチな武器屋の親父でも快く商品を売ってくれますよ」


 へ、へぇ…確かにそれは便利だね。

 でもそんな店はこっちからお断りだわ、怖いし。


「それは助かる、ありがたく使わせてもらおう」

「お役に立てて何よりです、ご活躍を期待しておりませぇぇぇぃ!!」


 一瞬だけ社長の顔をしたかと思えば、次の瞬間には丸めた紙の筒でパシリ君に斬りかかる。


「ヘイ!ヘイッ!」


 パシリ君も負けじと、金貨を乗せてきたトレイを盾のように使って応戦。

 毛足の長い絨毯が敷かれた部屋で、バタバタと駆け回りながら立ち回りを演じる。


 楽しそうなので邪魔にならないよう早々に立ち去るとしよう。


「この二人は一体どうしてしまったと…あ!ダスト様お待ちください!」


 こっそり帰ろうとしたらスキンヘッドに気付かれた。


「どうかお館様にお会いになってください!ルチア様のことでお話ししたいことがございますので」


 絶対嫌だ。


「今は一刻を争う、全ては此度の件が済んでからだ」


 領主ってカイト氏(社長)のボスだろ?つまり会長だ。

 俺の大腸を殺す気か。


「それは子爵様との面会よりも重要な…あ!痛っ!」

「せーりゃあぁぁ!!」

「ヘーイ!ヘイヘイッ!」


 食い下がろうとするスキンヘッドにカイト氏とパシリ君がダブルアタックをかます。


「(ナイスアシスト!)」


 わかっててやったなら大したものだけど、たぶんこいつらは何も考えてない。


 その隙にスルッと退出する。

 俺ってばマジ忍者…いや、NINJYAだ!


 NINJYAに不可能は無い。

 こんな屋敷あっという間に脱出……出口はどっちだっけ。



◆◇



「あっ…」

「ん?」

 

 途方に暮れてウロウロしていたら、見覚えのある栗色ゆるふわボブと遭遇。


「ダスト様!?いらしておいででしたか!」

「ああ、ユリーカちゃ…さん」


 ひゃあ!ユリーカちゃんだ!

 お風呂に入ってオーク臭さが消えたパーフェクト・ユリーカちゃんだわ!


「ぁ…あ!す、すぐにルチア様をお呼びして参りますね!」


 ぱたぱたと駆けて行く後姿が最高にラブリー。


 スラッとした体形なので侍女服のロングスカートがとっても似合う。

 かわいい、きれい、結婚したい。結婚しよう。

 

 そうと決まれば即実行。



◇◆



 疾風の如くやって来たのは宝飾店。


「指輪をくれ」

「はい、どのサイズをお求めでしょうか?」


 サイズは中の上、手にすっぽり収まるくらい。

 柔らかくも弾力があって…じゃなくて指輪のサイズか。

 そんなもん知らん。


「また後で来る」

「お待ちしております」


 男一人の客なんてみんなこんなものなのか、店員も慣れた様子だ。


 帰ろう。




 夕暮れの街を歩きながらユリーカちゃんとの結婚生活を想像する。


 今ぐらいの時間帯なら二人で一緒に夕飯の買い物に出かけたりするんだろうな。

 仲良く手なんか繋いじゃったりして、えへへ。


 広い庭のある我が家に帰れば、かわいいペットがお出迎え…


 ……ペット?

 

 あ!キツネさんのこと忘れてた!


 やばい、今日一日だけは待ってもらえるはずだけど、

 この世界での一日の終わりが24時とは限らないぞ。

 最悪、日が暮れたらアウトな可能性もある。急がなきゃ!



◇◆



 疾風の如くやって来たのは奴隷商館。


 清楚ビッチドアをズボッと開けると、正面フロアにキツネさんの姿があった。

 洗ってもらったのか、綺麗になった長い金毛が夕日を受けて輝いている。


「(良かった!まだいた)」


 白い薄手のレースみたいな服を着て、輿こしに乗せられていた。

 足が折れてるからこれで運んでくれるのかな?

 

 ふふっ…まるで狐の嫁入りだわ。


「待たせたな、準備は整えてくれたようだ。すぐに引き取らせてもらおう」

「あっ、お客様、それがウヒな、申し訳ないことなんですが…」


 何やら奴隷商の歯切れが悪い。

 そこへ例のモンスター親子がドタドタとやって来る。


「もう遅いざます!この狐はボクチャンのモノざます!」

「ハチ゛ミツ゛♪ハチ゛ミツ゛♪」


「誠に申し訳ございまウヒ…」

「そういうことか」


 察するにあの後もざます攻勢を続けられて、遂に奴隷商が折れてしまったのだろう。

 こうなれば仕方ない、なるべく穏便に済ますつもりだったけどちょっと強引にやっちゃいましょう。


 ソードを取り出そうとベルトに手を伸ばすと――


「ん?」


 ポケットから覗く書面に気付いた。


「(あ、そうだ!これがあった!)」


 カイト氏に貰った紹介状を取り出す。


「なあ、これを見てくれ、こいつをどう思う?」

「これは、紹介状ですウヒな。えー……メ、メッシ商会の会頭様?!!」

「そういうことなんだがね、この奴隷を売ってくれるよな」

「メッシ商会といウヒことは、ま、まさか…領主様がお求めで…?」

「君が知る必要は無い。で、どうなんだ」

「へへぇー!もちろんお売りしますでウヒ」


 予想以上の威力だ。

 奴隷商は平伏までして畏まっている。


 カイト氏に感謝だな。

 あと二回はたかるつもりだったけど、一回にしておこう。


「…というわけで、申し訳ございません奥様。こちらの奴隷はお売りできなくなりまウヒ」

「どういうことざます!ボクチャンを悲しませたら許さないざます!」

「マ゛マ゛ー!早く゛ー!!」


「実はこういうわけでして」

「それが何…!

 ……そういうことなら仕方ないざます。ボクチャン、この狐は諦めるざます」


「や゛だ゛ーー!!」

「いい子だから我慢するざます!代わりに脳筋エルフを買ってあげるざます」

「ひ゛ゃ゛ーーー!!!」


 騒がしいモンスター親子は放っておいて、さっさと支払いを済ませる。

 

「待たせたな、さあ行くぞ」

「あの、あの…」


 サッと手を差し伸べるが、キツネさんはどうしてかその手を取ろうとしない。


「どうした…あっ」


 足が折れてるんだっけ。


「申し訳ございません…」


 自力で立てないことがよほど堪えるのか、悲しげに顔を伏せる。

 早いとこ治してやりたいが、ここで【祈り】を使うと目立つな。


「背負ってやる、早く乗れ」

「いえ、いえ、主様の背に乗せて頂くなど奴隷としてあるまじきことで…」


 慌ててわたわたと手を振るが、さては足を開くのが嫌なのかな。

 大股開きで密着…よく考えたらおんぶって恥ずかしい格好だわ。


「では抱えていくから大人しくしていろよ」

「えっ、えっ?あっ!?」


 仕方ないのでお持ち帰り抱っこ、もといお姫様抱っこで持ち上げる。

 つまり俺は王子様だ。


「すぐに治療してやるからな、もう少しの辛抱だ」

「本当に…本当にここから出られるのですね…」


 まだ信じられないといった様子でぽつぽつと呟く。

 絶望が深い分だけ、そこから救われる感慨も一入だろう。


 今の俺ってば最高にヒーローしてる。

 金と権威で敵を討つヒーロー。


 …うん。 


「びゃ゛あ゛あ゛あ゛ーー!!」

「ボクチャン泣かないでほしいざます、脳筋エルフ買ってあげるざます」


 まあ、敵がアレならさほど心も痛まないか。

 さらばボクチャン、ハチミツ壷はもらっていくぜ。


「脳筋エルフな゛ん゛か や゛だー!!」


 それは俺も同じ意見だ。


「んぅ…」


 俺のものになった女の吐息を首筋に感じながら、騒がしい商館を後にした。



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