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給与額がそのままレベルに反映されたら最強っぽくなった  作者: (独)妄想支援センター
Ⅱ.最初の街での怜悧な立ち回り そして商人相手の鮮やかなネゴシエーション
26/69

26 妖精

「間違いない」


 煌めく金色の髪に艶やかな肢体。

 やっぱり夢に出てきたキツネ嫁だ。


「っ…」


 キツネさんは一瞬縋るような視線を向けてきたが、すぐに目を逸らしてしまう。


「ほう!さすがお目が高い!その狐は今日入荷したばかりの新商品です。

 ええ、もちろん未通女でございますとも。買取りの際に確認しましたからね。ウヒヒ…」


 興味を持ったと思われたのか、奴隷商がセールストークを始める。


 俺が聞きたいのはそういうことじゃなくてだね、どうやって夢の住人をリアルに引っ張り出したかなんだ。


 ……何をどう確認したのかもすごく気になるが。


「この女はどうしたんだ?」


「入荷ルートはあまり詳しく話せませんが…ほら、足が折れていますでしょう?

 大方怪我をして動けなくなったところを人攫い…いえ、親切な人に助けてもらったのでしょう。

 しかし治療費が払えず已む無く奴隷に、といったところですかね、ウヒヒ…」


 ほんとだ、足が折れてる。

 どこか高い所から落ちたらしく、素人目に見てもちょっとまずい折れ方だ。 


「多少傷物ではありますが、若い娘ですので使い道は存分にウヒヒ…

 しかも狐は不老長寿に近い種族ですからね、お客様が一生可愛がってもお釣りがきますですウヒヒ。

 何ならご子息の相手をさせることだってできちゃいますよウヒヒ。

 おっと!さすがに母子で交わるのはよろしくありませんかねウヒ、ウヒヒ、ウヒヒヒ…」


 自分で言ってて楽しくなってきちゃったらしい。

 よくもこんな長い台詞をかまずに言い切れるもんだ。


「なるほど、よくわかった」


 あなたがおかしいってことがね。


「そうでございましょうとも、ウヒヒ…」


 それより重要なのは、キツネさんが俺の夢の中から実体化リアライズしてきたという点だ。


 妄想と現実の境界が曖昧になり始めている証拠だ。

 このキツネこそ境界を打ち破る鍵(ボーダーブレイカー)に違いない。


「あれと話をしてもいいか?」

「おぉ!どうぞどうぞ!サイズでも奥行きでも狭さでも圧力でも密度でも分泌量でも感度でも膜の形でも何でもご自由にお聞きください」


 そんなの自分でも知らないんじゃないの。


「では私めは少々外させていただきましょう、ウヒヒ…」


 変に気を利かせてその場を去る。

 言っとくが、お前が言ったようなことは訊かないからな。

 訊かないからな…


「さて…」

 

 檻越しにキツネさんの様子を観察してみる。


 折れた足には包帯が巻かれているだけで添え木がされていない。

 どうも複雑骨折しているらしく、結構な量の血が滲んでいる。


「ひぃ…」


 かなり痛むのか、荒い息を吐き、大量の汗をかいている。

 これは放って置いたらまずいかもしれんぞ…


「お前は一昨晩のキツネだな」

「…はい、はい、またお会いできて嬉しうございます」


 やっぱりそうだ、夢の中から出てきたんだ。


「どうしてこんな所にいるんだ」


「はい、はい、実は昨夜も貴方様のもとに参るつもりでした。

 その、その、寝所を共にさせていただきたく思いまして…」


 えっ!?何それ!

 そんなイベント無かったよ。


「ご迷惑にならぬよう屋根からお邪魔しようとしたところ、

 そこで貴方様の覇気に当てられ…

 あ!いえ、いえ、決して不平を言いたいわけではなく、

 あの、あの、大変にご立派でございましたし」


 覇気って何のことだろう。

 昨夜は確か本を読むために【謎の光】を…あっ。


「そ、それでどうしたんだ」

「屋根から落ちてしまったのです。そのまま気を失い、気付いたらここに…」


 ……なるほど、俺は全然悪くは無いが、ほんの少しだけ俺の行動が関係しているようだ。


「鞘をお使いくださっているのですね、それを知れたことは望外の喜びにございます」


 苦しそうに息を吐きながらも、心底嬉しげに顔を綻ばせる。


 鞘って、そういえばいつの間にか持ってたな。

 これは夢の世界のアイテムだったのか。


「うむ、良く馴染むいい鞘だ」


 持っているのに気付かないほどに馴染んでいる。

 決して俺の注意力が散漫なわけではない。


「嬉しうございます」


 キツネさんはまるで地獄で御仏に出会ったかのような、安らぎに満ちた笑顔を浮かべる。


 痛みのせいで上気した表情には得も言われぬ艶があり、淑やかさと淫らさが同居した複雑な味わいを醸し出す。

 さすが鶴と並ぶ嫁系恩返しの二巨頭だ、男のツボをガッチリ押さえてやがる。


「もうこの体ではお側に侍ることは叶いませんが、そのお言葉だけでわたしの生は意味あるものでした」


 なにやら随分と思い詰めているご様子だが、

 まさか俺が見捨てるとでも思っているのか?


「心配するな、俺がお前を買ってやる」


 というか買わない理由は無い。


 この子は夢の世界からやって来た妖精だ。

 純粋に容姿が好みでもある。あと声も、髪も。


「!…そんな、勿体のうございます。貴方様には尊い使命がお有りのはずです。

 わたしには構わず…どうかお見捨て置きください」 

 

 そうだな、俺には立派なニートになるという使命がある。

 でもそれは夢の国に行ければ自動的に叶ってしまうんだ。


「そうはいかない、俺にはお前が必要だ」


 あなたはその案内人なのです。


「わ、わたしが…ですか?」

「もちろんだ。それとも、俺と来るのは嫌か?」

「いえ!いえ!そのようなはずがありません!

 とても嬉しうございます…嬉し…ぇう、ぇう、うれひいれす…えぐっ」


 泣かないで、ぼくのティンカー・ベル。

 さあ、ネバーランドへ連れて行っておくれ。


「っひ、すん…」


 腕を伸ばし、檻越しに手を握る。

 あとは楽しいことを考えれば飛べるはずだ。


 フワッ


 やった!飛んだ!

 ぼく飛んでるよ!気分的には。


 コツコツコツ


 そんな感動の一幕に、無粋な足音が響く。


「(ムッ!誰か来た!)」


「ヒヒヒ…」


 あの悪人面は見間違えようがない…奴だ!


「フック船長だな」

「?はい、副店長でございます。お話はお済みですかなウヒヒ」

 

 奴隷商でした。


 てかこいつ副店長だったのか。


「この女を買いたい」

「おお!ありがとうございます!」


 さて、問題はお値段だが…


「金貨10,000枚になりますウヒヒ」


 い、いちまん!?


 なんでそんなに高いんだ。

 カイト氏の話では1000枚くらいじゃなかったっけ?


 それだって大金なのに、金貨10,000枚っていったら1億円相当だよ!?


「…高いな、傷物なんだろう?」


「はい、ですがあちら(・・・)は新品ですので。ウヒヒ」


 完全にそっち目的だと思われてる。


 自力で立てないレベルの怪我を負っているんだから少しくらい値引きしてくれても…


「狐の生娘ですので、これくらいは仕方ないかと。ウヒヒ」


 そういえばキツネは不老長寿に近い(・・)とか言ってたな。

 もしかしてこれでも安い方なんだろうか。


「売りに出ること自体が稀でございますからね。ウヒヒ」


 つまり今を逃せば二度と手に入らないのか。

 限定物となれば買うしかない。


「いいだろう、その値で買おう」


 しかし今の手持ちは金貨が80何枚だっけ。

 とにかく足りない。


「でしたら前金で金貨50枚頂戴できれば3日間はお取り置きできますウヒ」


 ついに語尾がウヒになっちゃたよ。


「これで頼む」

「ではこちらにサインを、はい結構です。確かにお預かりしまウヒ」


 まあ3日あればお金はなんとかなるだろウヒ。

 アテはある。


「じゃあ後で残りを払いに…ん?」


 話がついて一旦引き揚げようとしたところでドタドタと足音が近付いてくる。

 どうやら他の客が来たようだ。


 この手のお店で客同士が鉢合わせって、すごく気まずいんだけど…

 その辺は上手く配慮してくれてると思ってたんだけどな。


 ドスドスッ ピタッ


 新たに来た客の片方が、キツネさんの檻の前まで来ると足を止めて突然叫びだす。


「マ゛マ゛ー!!ボクこのハチミツ色のが欲じい゛ー!!」


 キツネさんの金毛をハチミツ色と称したのは10歳前後と思しき太った男児。


 目を引くのはその横幅だ、通常の3倍を軽く越えている。

 リトルボーイかつファットマン、とんでもない破壊力を秘めている。


「ボクチャンこれが気に入ったざます?いいざます、買ってあげるざます」


 続いて現れたのは、男児を一回り大きくしたような体格のオバハン。

 毛皮のコートに身を包み、でかい宝石のついた腕輪や太い金のネックレスやらをゴテゴテ身に付けたフルアーマー成金。


「(これを退治すれば大金が手に入るんじゃないか…?)」


 一瞬危険な考えが頭をよぎる。


 いや、さすがにまずいか。

 こんなのでも一応は人だし…人だよな?


「お股にい゛っぱい゛ハチミツ詰めてねー、ハチミツ壷にずるのー♪」


 ベシャベシャと涎を撒き散らしながら狂った欲求を口にする。


 ……ほんとすげえのが出てきたな。

 こんなのに買われたら壊されるどころじゃ済まないぞ。


「ひぃ!」


 キツネさんもこいつの危険性を感じ取ったのか、血の気が引いてブルブル震えだす。


「大変申し訳ございません奥様、こちらの商品は既に売約済みでウヒ」


 そうだ言ってやれ、先に目をつけたのは俺だ。

 俺のハチミツ壷にずるのー♪


「そんなの関係ないざます、こっちは即金で買うざます、ボクチャンを待たせたら許さないざます」


 しかしモンスターマダムは怒涛の三連ざますで畳み掛ける。

 いかにも金持ちっぽいし、値段以上の金を積まれたら奴隷商が折れるかもしれない。

 

「ですがこちらにも信用がございますウヒ」


 予想に反して奴隷商は粘り、なんとか今日一日だけは売却を待ってもらえることになった。


「まことに申し訳ございまウヒ、斯様な次第でして、その…」

「構わん、今日中に残りの金を持ってくれば良いのだろう」


 予定は少し早まったけどやることに変わりは無い。

 早いとこ怪我の治療もしてやりたいし、どのみち急ぐ必要はあった。


「必ず連れ出してやるからな、少しだけ待っていろ」

「はい、はい、…お待ちしております、ずっと、お待ちしております…」


 去り際に声を掛けると、涙を零しながら繰り返す。


 やはり本心では助けてほしかったのだろう。

 俺の姿が見えなくなるまで檻から手を伸ばしていた。 




 商館を飛び出すと246800スピードフルスロットルで走り出す。

 目指す先は丘の上に建つ子爵邸。


 金を持っていて騙され易い人物といえばもちろん――


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