25 奴隷
朝になった。
「おや?」
食堂へ向かう途中、ノーラちゃんが宿の裏手でシーツを洗っているのを見掛けた。
「……」
ひどく落ち込んだ様子だけど、昨夜何かあったんだろうか。
まさかおねしょしたなんてことないよな。
JCにもなってそれはあり得ないか。
ノーラちゃんがウェイトレスしてくれないので仕方なくカウンターに座る。
親父の給仕なんか受けたくないからね。
「ここ置くよ」
「ああ…」
異世界二度目の朝食は肉団子のスープと野菜炒め。あとパン。
普通に美味かった。
ごちそうさん。
お出かけしてくる。
◇
なんと!今日は予定がある。
遂に奴隷を買うというビッグイベントをこなすつもりだ。
昨日冒険者ギルドで説明を聞いて気になる点があった。
確か依頼に失敗すると罰金が科せられる場合があると言っていたはず。
とすれば、それが原因で奴隷落ちした元冒険者がいてもおかしくはない。
そいつらを買い集めて働かせれば、俺は楽してニートになれる、という寸法だ。
お楽しみ奴隷はひとまず後回し。
まずは男でも何でもいいから、とにかく力が強くて仕事のできる奴を買おう。
俺の生活が第一だ。
現在の手持ちはいろいろあって金貨88枚と小銭が少し。
男奴隷なら安いだろうし、そこそこ腕の立つ奴を二人も買えば按排だろう。
やって来たのは街外れの公園。
草原をそのまま残したような背丈の長い草に覆われ…いや、これただの空き地か。
人気が無い上に、伸びた草がある程度姿を隠してくれるので落ち着く。
そこに寝転んで綿密な計画を練り上げる。
どんな奴隷を買えばいいのか、前衛か後衛か、種族は、年齢は?
様々な状況を想定し、シミュレーションを重ねた結果――
「無理」
ダメだった。
そもそも奴隷商に行くのが無理。
人を買うとかハードル高すぎる。
だいたい奴隷商ってどこにあるんだよ。
知らん。
寝る。
◇
スイッチョン
「んあ?」
虫の鳴き声で目が覚める。
秋空のような高い空を見上げると、まだ日は昇りきっていない。
さほど長く寝ていたわけではないらしい。
「いかんな…」
このままじゃダメだ。
俺は今までにも面倒事を後回しにして失敗してきた。
異世界に来てまで同じことを繰り返してたんじゃそれこそ虫以下のゴミクズだ。いやまあ、本名だけど。
「うん、行くか」
まずはどこかで奴隷を買える場所を訊いてみよう。
スイッチョン
虫の鳴き声が励ますように澄んだ空気に響いていた。
「すみません」
「はい~、いらっしゃいませ!」
適当な店に入ってみたら店員が若い女性だった。
どうしよう…奴隷商の場所なんて訊いていいもんだろうか。
「ど、どどど、どれ、どれ…」
「?」
「…どれがお薦めですかね」
「白身魚のフライ弁当が当店の一番人気です~」
「それ一つください」
「ありがとうございます~」
やっぱりダメだった。
さっきの空き地公園に戻り、買ってきた弁当を食べる。
「ふぅ…」
ここにいると落ち着く。
もう完全に第二の故郷だわ。
白身魚のフライ美味いなぁ。
「お前こんな所で何してんだ?」
ささやかな幸せに満足していると、誰かに声を掛けられた。
誰だろう?
俺はこの街にも…いや、この街にはまだ友達とかいないはずだけど。
「あ、ゴンゾさん?」
「おう」
ロンリーな俺に声を掛けてきたのはハゲでヒゲなゴリラ。
忘れようもない、自称Cランク冒険者様のゴンゾ氏だ。
冒険者ギルド以外にも生息していたのか。
「何か困り事か?言ってみろや」
俺がしょぼくれているのを察してか、ドカッと隣に腰を下ろす。
スイッ…ジィ
さっき鳴いてた虫が潰されたけど気にしない。
「実は…」
ええい、話しちゃえ。
こいつバカだから適当に誤魔化せば奴隷売り場に案内してくれるだろう。
【スキル:詐術 を発動しました】
「――てな感じです」
「なるほど、お前は投擲がメインだから前衛の奴隷が欲しいのか」
案の定あっさり騙される。
本当は寄生虫だから宿主が欲しいんすよ。
「俺がパーティーを組んでやれりゃ良かったんだがな、ランクが離れすぎると同じ依頼を受けられねえんだ」
「ゴンゾさんのような高ランク冒険者にご迷惑は掛けられませんよ」
ほんと身内(嘘)にはとことん優しいな。
ゴツイおっさんと二人パーティーとか御免だけど。
「そんなら俺が知ってる奴隷商に案内してやるよ」
「あざーっす」
しかしこういう場面では実に頼もしい。
こんな厳つい男が一緒なら絶対ナメられたりしないだろう。
◇
「ここだ」
ゴリラに案内されて来たのは意外にも立派な建物。
奴隷市場っていうと不潔で野ざらしで、錆びた鎖がジャラジャラしてて変な臭いなんかもしちゃってて、むしろそれがいい!みたいなイメージだったけど…
「(むしろ格調高い感じだな)」
すごく入りにくい。
「じゃあな、いいのが見つかるといいな」
「えっ?は、はいっ」
あれ?親分は一緒に来てくれないんですかい。
「俺はこれから街の外で仕事だ、クレーター調査の依頼を受けてるんでな」
「そうでしたか、ありがとうございました」
なんてこった、入るのは俺一人でかよ。
ハゲヒゲゴリラに一緒にいて欲しい時なんて数えるほどしかないのに、
その肝心な時にいないとか使えねえ野郎だぜ。
ところでクレーターって何だろう、隕石でも落ちたのかな。
もしや宇宙からの侵略者?…やだこわい。
「…行くか」
とはいえここまで来た以上、今さら引き返すわけにはいかない。
本当は引き返したいが、謎の強制力がそうさせてくれない。
「この向こうに奴隷が…」
重厚な扉の圧迫感が不安を助長する。
冒険者ギルドみたいに開けっ広げの誰でもカモンなら入り易いのに。
くそっ!初めてでもないくせにお高くとまりやがって、この清楚ビッチドアめ!
ゴゴゴン
「いらっしゃいませ」
扉を少し押すと、後は内側にいたドアマンが残りを開いてくれる。
ドアマン…だよな、顔に傷とかあるけど。うん、ドアマンだ。
「ドーレ商会へようこそェ」
中へ入ると、奴隷商のおっさんが揉み手をしながらお出迎え。
いかにも悪徳商人といった風貌だ。
酒場に人相書きを貼っておいたら賞金首扱い間違いなし。
隻眼隻腕隻乳の女賞金稼ぎを返り討ちにしてぐへへ…いや隻乳は無いわな。
おっぱいは二つで一つだ。
「当商会をお選びいただき誠におありがとうございますェ」
しかし俺が一見さんだと知りつつも、随分と丁寧な応対だ。
そういえば昨日ノーラちゃんと話してる時に言われたけど、俺は相当身なりが良いらしい。
着ているのは相も変わらずブルーマウンテン産のセール品紳士服なんだが、
これが信じられないほど織り目が細かくてビックリなんだとか。
こっちの製織技術からすれば超高級品に見えるのかもしれない。
おそらくはそれが効いてるんだろう。
人は見た目が9割、残りはお金。
「本日はどのような商品をご入用で?」
「せ…」
性奴隷!と即答しそうになるのをグッと堪える。
「せ?」
「せ、戦闘のできる…元冒険者の奴隷など扱っているだろうか」
「ええ、もちろんですとも」
ふう、危ない。
そういうのは生活基盤を整えてからにしよう。
「今でしたら世にも珍しい脳筋エルフなども置いておりますよ」
エルフ!?
買いますっ!!!
「ちなみに男です」
がっかり…
奴隷商に案内されて店の奥に進む。
鉄製扉の向こうには長い廊下が続いていて、両脇にいくつも房が並んでいる。
そこへ個別に奴隷が入れられているようだ。
まるで拘置所みたいだな。
行ったこと無いけど。無いよ。
「(個室完備か…)」
環境は思ったほど悪く無い。
奴隷じゃなかったら俺がここに住みたいくらいだ。
なんでも奴隷自身に房の掃除をさせて管理の手間を省いているんだとか。
つまり俺が住むとあっという間にゴミ溜めになるってことだな。
やっぱり住むのは無しで。
「ご要望の品は最奥に集めてございます。
もし途中お気に召した商品がございましたらお声掛けください、ウヒヒ…」
戦闘奴隷は逃亡防止のため奥の方に配置されているらしい。
手前の房に入れられているのは――女奴隷だ。
どうやら否が応にも見せ付けて、衝動買いを狙っているようだ。
「いかがですかな?ウヒヒ…」
そんなものでは俺の鋼の精神はビクともしない。
「う、うむ…結構なお手前で」
つい足が止まりそうになるのは調子が悪いせいだ。
今朝はごはんおかわりしなかったからね。
「歩みが遅いのはご容赦ください、今日は少々調子が優れませんので。ウヒヒ…」
奴隷商はわざとゆっくり歩いて煽ってくる。
クソッ…!お前もごはんおかわりしなかったのかよ。
「(このままじゃまずい)」
ついうっかりお買い上げしてしまう。
そうだ!目を閉じよう。
「(ふふふ…これなら何も感じないぞ)」
最大の情報源が閉ざされたことで心は平静を取り戻す。
しかし本心では外の情報を得たくて仕方が無い。
視覚に頼れない分、聴覚が貪欲に音をかき集める。
「……ぁ」
「ぅ…ん」
その結果、女奴隷達の微かな息遣いまで鋭敏に捉えてしまう。
見えないとかえって想像力がかき立てられる。
「(失敗だった…)」
だが失敗はそれを教訓として人間的に一回り大きく成長すればよい。
息子は先んじて一回り大きく成長している。
「ひぃ…」
と、そこで気になる声が混じっているのに気付いた。
どこかで聞き覚えのある声。
俺はこの街にも…いや、この街にはまだ女友達とかいないはずだけど。
「ひぃ…痛い、痛いです…」
おい、なんか痛いとか言ってるぞ。
もし知り合いが苦しんでいるのなら当然助けなければいけない。
よし、目を開けてみよう。
やましい気持ちなど微塵も無い。
純粋に知人を助けたいだけだ、本当だ。
「ん?お前は…」
目を開くと、飛び込んできたのは眩い金色。
「う~ん、う~ん…あっ!」
なんと房の中にいたのは夢に出てきたキツネさんだった。
え……?
どういうこと?