22 夢
清潔というだけあって寝具には汚れもカビも無い、虫もいない。
草原には小さい羽虫がいっぱいで、とてもじゃないが安眠できなかった。
今夜はぐっすり眠れそう。
久々に腹が満たされたこともあって幸せな気分で眠りに就く。
◆
「う~ん…違います、合意の上だったんです……ん?」
夢の中でサキュバスちゃんのお尻を追いかけていたら、不意の物音で目が覚めた。
コンコン
きゃあ!キツネ?!
ではなくドアをノックする音。
ははぁ…さてはノーラちゃんだな。
お嫁になりに来てくれたのか(まだ若干寝ぼけている)
「なんだね」
またしてもダンディーモードをON (にしたつもり)で渋く答える。
「夜更けにすみません、先日のお礼に参りました」
あれ?ノーラちゃんじゃない。
女の声だけどもっとずっと艶のある声だ。
お礼とか言ってるけど何のことだろう。
…もしかして性的サービスの隠語か?
でもそんなの頼んだ憶え無い。
さては部屋を間違えたな。
「失礼だが部屋を間違え…っ!」
ドアを開けて思わず息を飲む。
そこには月光の如き金色の髪をした美しい女が、白い羽織姿で佇んでいた。
妖しげに細められた瞳が吸い込まれそうな魅力を湛えている。
「(なにこれ、すげえ…いいなぁ)」
誰が頼んだのか知らないけど大当たりじゃない、羨ましい。
…連絡先だけ訊いておこうかな。
「お会いできて嬉しう存じます、救い主様」
微笑を浮かべ、ゆったりとした嫋やかな礼をする。
しっかりと教育が行き届いている、どうやらかなりの老舗業者らしい。
きっとお値段も相応だろうな。
ちょっとお財布と相談しないと。
「生憎と俺が頼んだわけじゃない、部屋を間違えてるぞ」
とりあえず今は手持ちが不安だからきちんと断っておこう。
指名する時のために名前だけは訊いておきたい。
「…?いえ、いえ、間違いではございません」
女は一瞬キョトンとした後、蕩けるような声で答える。耳が幸せ。
しかし間違いでないとしたら何だろう?
親父がお詫びに出張マッサージでも頼んでくれたんだろうか。
それだと明らかに俺が払った宿泊費をオーバーしてる気がするが…
後で請求とかしないでよね。
「わたくし共をお救い下さったのは紛れも無く貴方様です」
あらやだ、変なこと言い出したわ。
もしかして宗教?
信者じゃなく、ご本尊ポジに勧誘とか斬新すぎるんですけど。
「憶えが無いな、お前は何者だ?」
「わたくし共は草原に住む狐にございます。
魔物を討ち払ってくださった貴方様に、一族を代表してお礼に参上仕りました」
キツネだった。
「なるほど、そういうことか」
「はい、はい」
ようやくわかった。
夢だこれ。
助けた動物が若い女になって恩返し、昔のモテない男達が寝る前にしてた妄想だ。
男の願望なんていつの時代もだいたい同じです。
まあせっかくのいい夢だし楽しみましょ。
「では嫁にでもなりに来たのか」
「え…お、およめさん…?!い、いえ、いえ!そうではなくてお礼の品をですね、
ちゃんと持ってき…あれ?あれれ?」
とりあえずお約束の嫁入りを提案してみたら、急にわたわたと焦りだす。
さっきまでの妖艶な雰囲気はなりを潜め、少女のようなあどけなさを感じる。
「あ!はい、はい!ありました!お礼のですね、えっと、えと…」
完全に口調が崩れてるな。
どうも今までは覚えてきた台詞をそのまま喋ってたらしい。
一族を代表してとか言ってたけど、要はただのメッセンジャーだな。
ちょっと面白くなってきたので、少しからかってみよう。
どうせ夢だし。
「なんなら一夜限りの妻でも構わんぞ」
「つ、妻!?ひゃ!…あ、え、いえ!違う…違わな…わた、わたしも少しはそういうことも期待し…覚悟しておりましたので、その、その…よろしいのですか?」
もうすっかりしどろもどろ。
尻尾を出したな、キツネだけに。
うん?尻尾は……無いのか。
むしろどの辺りがキツネなんだろう。
「あの、あの、それでしたら、ちゃんと父様にお話して…あ、でも、でも、きちんとお礼をお渡しするように言われ…えーと、申し付かっておりますので、まずはそちらを先に…」
おっ、どうやら何か持参してきたらしい。
キツネがくれるお礼って何だろう、油揚げ?
他にキツネが好きそうなものといったら…ネズミ?
まさかとは思うけど、“ネズミの活き造り”とかじゃないよね。
…おい、やめろよそういうの。
「こちらです」
「ちょっ、待っ…!」
ぎゃー!出すなー!
俺はハムスターを飼ったことがあるんだ!
ネズミを食べ物とは認めない!文化が違う、種族が違う!
「どうかお納めください」
「…?」
差し出されたのは平たくて細長い銀色の棒。
どう見てもネズミではない。
「これは…鞘か」
「はい、はい、左様でございます。僭越ながらお持ちの霊剣に鞘を誂えさせて頂きました」
霊剣ってヒーローソードのことかな。
鑑定不可だったけどキツネさんはこれのことを知ってるのかしら?
「お前達はこの剣が何か知っているのか」
「いえ、いえ、残念ながら…ただ、尋常ならざる力を秘めているとしか」
知らなかったか。
まあメシマズの呪いが掛かってないのは判ったし、差し当たっての危険は無いだろう。
「その剣には到底及びませんが、長老が全霊を込めて打った代物です。お役立ち頂ければ幸いでございます」
なるほど、長老さんが一晩で作ってくれたらしい。
せっかくだから貰っておこう。
「そういうことならありがたく使わせてもらおう」
「はい、はい、光栄にございます。此度の魔狼討滅、重ねて御礼申し上げます。本当に…ありがとうございました」
そう言って深く頭を下げると金色の髪が揺れてキラキラと星空のように輝く。
夢の中とはいえ、こんなにも綺麗なものが見られるとは思ってもみなかった。
「ウム、苦しゅうない」
近う寄れ、ところで俺の剣も見てくれ。
コイツをお前の肉鞘に…
あれ?いない。
夢ってこういうとこ適当だよな。
シーンが飛んだりブツブツ切れたり。
まあいいや、寝るか。
もう寝てるのか。
とにかくおやすみ。
ぐう…
◆
「ど、どうしましょう!“お嫁さんになれ”って言われちゃいました!」
男の方にこんなこと言われたの初めてです、嬉しいです。
でも、でも、どうお返事したらいいのでしょう?
「父様にお話してもらって…ああっ、でも父様はここにはいません。
兄様はまだ近くにいるでしょうか?」
ピィーー
…呼んでみてもお返事がありません。
もう帰ってしまったのでしょうか。
「どうしましょう!どうしましょう?!早くお返事しないと」
とにかくもう一度お部屋に入って…
「あ!いけないっ…」
お部屋を出てはダメでした!
救い主様と一緒にお休みするよう長老様に言いつけられていたのに。
でも、でも…あんな綺麗なベッドにわたしも寝かせてもらっていいのでしょうか。
窓から入る時にお着物を少し汚してしまいました。
裾も引っ掛けてちょっと破けてます。
お、怒られるかもしれません…
「あの~、誰かいるんですか~?お客さん?」
誰か来ます!
に、逃げないと…
来た時と同じように窓から外へ出ると、下は真っ暗でした。
「(ひぃ!怖いっ!)」
なんとか雨どいにしがみついていると…
「おかしいな~?さっき笛みたいな音が聴こえた気がするんだけど…
あっ、窓が開けっ放しだ」
バタン
…閉められてしまいました。
これではもう無理です。
また明日来てベッドに入れてもらえるようお願いするしかありません。
でも一緒に眠るだけで本当に喜んでもらえるのでしょうか?