2 小人
とりあえず草の少なそうな方へ向かってガサガサ歩いていると、
踏み均された道らしきものと轍跡を発見した。
「見てください五味さん!車の通った跡がありますよ!」
「よし、これを辿れば人里に着けるはずだな」
少なくとも車輪を作れる程度の知的生命は存在することが判って一安心。
足跡が∩の向きに付いていたので、進行方向は間違いない。
このまま進めばいつかは人間か何かと接触できるだろう。
人間か、何かと…
若干の不安を残しつつ大草原をテクテク歩く。
日差しはきついが、乾燥しているためかさほど暑さは感じない。
しかし今の俺達は水も食料も持っていない。
この乾燥した草原では夜露で渇きをしのぐことも不可能だろう。
(…もしかしてこれすごくやばい?)
せめて明日中には人里に着かないと死ぬ。乾いて死ぬ。
ひょっとしなくても命の危険に曝されてますかね?そうですよね。
「風が爽やかで心地いいですね~」
隣を歩くイケ高君はまだそのことに気付いていないようだ。
「そうだな(いよいよとなればこいつを…)」
俺が覚悟を決めそうになる直前、それは響いてきた。
ギャヒヒィ~~~~ンゥ
馬の悲鳴!?
聴いたことないけどたぶんそんな感じだ。
「いきましょう!」
「おうっ!」
俺達は頷き合うとすぐさま駆け出した。
◇
道なりに進み、小高い丘を越えると――
ギャギャッ!
ヒヒィ~ン
深緑色をした薄汚い小人が30匹くらい、ぐるりと馬車を取り囲んでいた。
「五味さん、あれって…」
「ああ…」
ファンタジー定番の雑魚、ボブリンだ。いや、ゴボルンだ。
自分でもちょっとわからないくらい興奮している。
「ゴブリンだ」
ファンタジー世界の導入としてはこれ以上ないシチュエーション。
馬車には護衛らしき人の姿は見当たらない。
商人風の中年男が一人、必死に馬を操って抵抗している。
「せっ!やっ!」
馬に蹴られたのか何匹かのゴブリンが倒れているが、いかんせん多勢に無勢。
あれでは敗北は時間の問題だろう。
「いきましょう!」
「は?」
何を思ったのかイケ高君が突然そんなことを言う。
行くってどこに?
まさかあのゴブリンパーティーにじゃないよね?
いくら定番の雑魚とはいえ、異世界人の俺達からすれば得体の知れない化け物だ。
レベル100億の可能性だってある。
まずは様子を見るのが文明人の正しい対応。
間違っても「いきましょう!」なんて言葉は出てこないはず。
「せりゃあー!」
「あ、おいっ」
だがイケ高君は止める間もなく飛び出してしまう。
身のこなしを見る限り、特に格闘技とかの経験は無さそう。
「あー…」
そのくせ妙に足が速く、あっという間に丘の向こうへ消えていく。
「しょうがないな…」
こうなってしまったら仕方がない。
思慮の浅い未成年をフォローしてやるのが年長者の務めだろう。
◇
「高点勝池高居士…う~ん、高が二つでいまいちかな」
俺は無謀なイケ高君の末路を悟り、彼の戒名を考えていた。
生前どれだけ馬鹿だったとしても、仏様は丁重に弔わなければいけない。
年長者として最期まできっちりフォローしてやろうではないか。
そういや彼は仏葬でいいのかな?
まあいいや、大事なのは気持ちだからね。気持ち。
心を落ち着け、静かに冥福を祈る。…ムムッ!
目覚めよ―――
「ハッ!?」
ケモナーは一般性癖―――
「いや特殊だろ。あ、でもアメリカでは…」
妙な悟りを開きかけていると、例の現場から声が響いてきた。
「ギエー!」
ゴブリンの悲鳴?
まさかイケ高のやつ、ケモノに飽き足らずゴブリン相手に…?
稜線から顔だけ出して、恐る恐る(いろんな意味で)様子を窺う。
「せいっ!」
「ゴブへッ!」
目に映ったのはイケ高君のパンチを喰らって5メートルくらい吹っ飛ぶゴブリン。
2回3回とバウンドして、最後に頭から落ちて動かなくなる。
あ、ああ…なんだそっちか。よかった。
周りを見ると、他にもイケ高が倒したと思しきゴブリンが見受けられる。
どう見てもイケ高君はゴブリンよりも強い。
ということは…?
もしかして俺すごく強い?
「そうか…フフッ、そういうことなら…」
ヒャア!ボーナスステージだ!やってやるぜぇ!
あ、でも待てよ。
ゴブリンっていかにも不衛生そうじゃない?
現にイケ高君に殴られたゴブリンは、汚い汁を撒き散らしてピクピクしている。
うわーばっちい!
あんなのを素手で殴ったわけ?
いったいどういう衛生観念してるんだ。
普段からそういうもん触ってるんじゃないだろうな。
そういえばさっき握手を……おいおい、勘弁してくれよ。
「……」
右手をごしごしと擦り、イケ高菌を落とす。
俺は衛生管理者(2種)なのでそのへん抜かり無い。
というわけで殴りこみは衛生的に不可。
次善策としてその辺の石を拾って投げることにした。
ただの石とはいえ24万6800パワーで投げればそこそこの威力になるだろう。
「それっ」
手頃な石をゴブリン目掛け適当に放る。
ブォッ
「なあっ!?」
石は予想以上の速さで飛び、途中から摩擦熱で火の玉になる。
自慢じゃないが俺は野球が大嫌いで、当然ノーコンだ。
もしこれが万が一イケ高君に当たってしまったら……?
まずくね?これめっちゃまずくねっ!!?
ブシャーッ
一拍置いて汁か何かが噴き出す音が聴こえてくる。
きゃあー!やっちまった?やっちまった!?
ミンチか、ミンチよりひでえのか?
ひぇぇ…イケ高ミートボール…
あ!もしかしてふなっしー?偶然いたふなっしーが叫んだだけ?
そうであってくれ!
「ふなっ…………ん?」
「グバァッ!」
見ると、頭部を失ったゴブリンが煙を出してぶっ倒れるところだった。
幸いにも石は見事ゴブリンの頭部に命中していたようだ。
ふー…あぶね、いや全て計算どおり。
なにがふなっしーだクソが。
何事かと振り向くイケ高君にグッと親指を立て、ニカッと笑いかける俺ナイスガイ。
先程の攻撃が俺からのサポートであることに気付き、彼も同じようにニカッと笑い返す。
爽やかな笑みが眩しい。
やってることは同じでも見た目に差がある気がするのはこの際どうでもいい。
彼を見捨てて戒名を考えていたことがバレないよう二発三発と続けて投擲。
最初から後方支援に徹するつもりだったんだよ。
びびってたわけじゃないよアピールだ。
プシュン チュバァーッ
適当に投げた石は寸分違わずゴブリンの頭部を捉え、その命を刈り取る。
【スキル:投擲 を習得しました】
そしてスキルを習得。
俺が何かするたびスキルが手に入るみたいだ。
いっそ目からビームでも出してみる?
むんっ!
出ない。