19 ユイツの街
ゴォォォォォォォ――――
真っ直ぐに天高く駆け上がる白雲。
同情心は怒りへと形を変え、重力の枷を引き千切り遥かな星の大海へ旅立った。
別に嫉妬とかそういうんじゃないし、羨ましいとかも全然無いけどね。
……うん。
急に居心地の悪くなった俺は、建物の外で待つことにした。
正面の扉の前では二人が抱き合っている…クソァッ!
――ので、そっと背後の戸を開いて表へ出る。
「ぁうっ…ぅぐ…」
そこにはルチアさんが目を見開いたまま突っ立ってボロボロと涙を零していた。
背後ではユリーカちゃんも感極まったかのように瞳を潤ませて佇んでいる。
あれー?どうしたんだろう。
もしかしなくてもさっきのやり取り全部聞かれてた……?
「やっぱりそうだ…やっぱり…」
何がやはりなのか知らないがちょっと待ってほしい。
「…今のは聞かなかったことにしてくれ」
「えっ?」
だってそうだろ。
ニートになりたい俺がだぜ?
「仕事に励め」とか、どの口が言うんだっての。
はっきり言ってこの二人はヒロイン以前に宿主候補。
ルチアさんには金銭的に、ユリーカちゃんには生活的に面倒を見てもらいたい。
さっきの発言は自分の首を絞めかねない爆弾なんだ。
「頼む…!」
本気であることを示すため頭を下げる。
「あわわ…!そんな、どうして…」
うろたえるルチアさんを余所にユリーカちゃんはスッと腰を折って承服する。
「ダスト様がお望みでしたらそのようにいたします」
「あっ?!は、はい!私もです!」
続いてルチアさんも了解してくれた。
「ありがたい」
ふぅ…危ない。
慎重に行動すると決めた矢先、いきなりやらかすところだった。
これからはもっと周囲に注意を払わないとな。
ところで二人は何であそこにいたんだろう?
◇◆
ヒーン
馬の嘶き、さすがにこれは聞いたことある。
どうやらお迎えの馬車が到着したらしい。
今まで乗って来たのはお嬢専用とはいえ単なる荷馬車。
しかし今お迎えに来ているのは高級そうな乗用馬車。
装飾とかいっぱい付いてて、金細工で家紋(‡←これ)も刻まれている。
明らかに一族専用。
部外者、ましてや平民なんか絶対お断りオーラがバァー!っと出ている。
「なりませんルチア様、この馬車に子爵家の方以外を乗せることはできません」
「だから!あの方は特別なんだってば!」
「何がどう特別なのかご説明いただけますか?」
「さっきも言ったじゃないか、オーク30体に…」
「双頭魔狼を単独で討伐ですか。到底信じられません」
「それだけじゃない、あの方はきっと…いや、今はこれ以上言えない」
「ではやはりダメです。さあお早くお乗りください、お館様がお待ちです」
「うっ…」
外に出ると、いかにも執事といった感じの初老の男性と、
赤髪ポニテのかわいいルチアさんが押し問答をしていた。
…いや、もうルチアさんが負けた後だな。
口ぶりからしてただの執事ではなく家令?だっけ。
使用人のトップで、ご主人の右腕的な地位の人に違いない。
ルチアさんの口調も崩れてるし、きっと幼い頃はじいや役もやっていたのかもしれない。
なんというマルチタスク、まるで中小企業の役員だ。
もしかしたら借り入れの保証人になってるまである。
御家と一蓮托生とかマジ怖い。
髪と髭は白髪が混じり始めで全体に灰色に見える。
ロマンス・グレーってやつだ、俺も将来はあんな風になりたい。
残っていればだけど…大丈夫だよな?
かっちりした服に身を包んでいて分かり難いが、どうも体つきが普通じゃない気がする…
ちょっと調べてみた方がいいな。
【スキル:鑑定 を発動しました】
名前:ロレンス・グレイ
種族:人間
性別:男
年齢:55
LV: 50
HP*2 :100
MP*1 :50
力*3 :150
技*3 :150
守*2 :100
速*1 :50
賢*2 :100
魔*1 :50
おー!レベル高いな。
今までに会った現地人では一番だ。
補正値もいいものが揃っている。
たぶんあれだ、御家に仇なす不埒者を成敗!とかやってそうだね。
あぶない執事だ。
ギロリ
あっ!なんか睨まれた!?
…もしかして俺が不埒者ですか?
「お待ちくださいロレンス殿、ルチア様の仰られたことは全て事実です」
とそこへ護衛の騎士Aが割って入る。
「エインス副騎士長…貴方までそのようなことを仰るか」
あの人、副騎士長だったのか…詳しくは知らないけど、たぶん結構偉い人だ。
「暇なら見張りしてろ」みたいなこと言っちゃった気もするけど、気のせいですよね。
埒が明かないと判断したのか、執事はこちらにツカツカと歩み寄って直接話しかけてくる。
「ダスト殿といったか」
「あぁ…」
声音から不信感がビシバシ伝わってくる。
「ルチア様が約束された報酬だが、詳しい話を聞いてからにしたい。よろしいか?」
「それで構わない」
「では付いて参られよ」
他の馬車に乗れとも言わず、さっさと行ってしまう。
こりゃ完全にお嬢様を騙した詐欺師に思われてるな。
まあ御家の危機が自分の命に直結しちゃうんだから、この程度の警戒は仕方ないか。
中小企業の役員が決して恵まれた立場でないことを知る俺は寛大な心でそれを許した。
「(とりあえずカイト氏の所にでも行こう)」
さすがに徒歩で付いていく気は無いから、カイト氏達の馬車に乗せてもらおう。
あの人いつの間にか幼稚なおっさんと化しているけど、何だかんだで一番気を遣わなくていいからな。
ロマンス執事のことも少し訊ねてみよう。
ピキッ
最後尾の馬車に行こうと歩き出したところで、首に異物感を感じた。
「(やだ…虫?)」
手に取って見てみると針だった。
黒く塗られた金属製の針。
なんじゃこりゃ?
【スキル:鑑定 を発動しました】
〔暗器〕
品質:高
効果:麻痺(即効)
価格:金貨3枚
備考:草原毒虫の針
刺さると一晩は身動きが取れなくなる
うっわ…ちょっとやめてよこういうの。
まさかいきなり危害を加えられるとは思わなかった。
守24万6800のおかげで針は刺さってはいないものの、腹の虫はチクチク暴れている。
前方を見ると、ヒゲ執事は何食わぬ顔で使用人馬車に乗り込むところだった。
おのれー!
ビュン
ブチブチブチ
スポッ
24万6800の速と技を駆使してご自慢のヒゲを一瞬で引っこ抜く。
正真正銘、目にも留まらぬ早業だ。
あまりの早さに痛みを感じる暇も無かったはず。
そしてさっきもらった針と一緒に胸ポケットに突っ込んでおく。
そんなに針が好きならそのヒゲで針刺しでも作るといいですわ!ヲホホホホ!
自分の実力に自信を持ち、社会的地位も高い男であろうとも、
俺が一たび悪意を持てばそれを防ぐ手立てが何も無い。
その気になれば寝ている間に股間に水をかけておねしょ偽造してやることさえ容易い。
そう考えると溜飲も下がる。
本当は後ろ髪も毟るつもりだったが今回はヒゲだけで勘弁してやろう。
◇◆
次に何かされたらどんな仕返しをしよう?
と、わくわくしているうちにお屋敷に到着したらしい。
緩やかな丘の頂上、低い建物が多い街の中にあって一際目立つ3階建ての建物。
縦よりも横幅が広い白亜の館、イメージ的に近いのはホワイトハウスだろうか。
もちろん観に行ったこと無いけど。
「(あっ、これ無理だわ)」
大きい建物には長年かけて刷り込まれた恐怖がある。
それは学校だったり、会社だったり、警察署だったり…いえ違うんすよ!
免許の更新に来たんで…いや、ほんと違うんです…!
気付いた時には全力で逃げ出していた。