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給与額がそのままレベルに反映されたら最強っぽくなった  作者: (独)妄想支援センター
Ⅰ.異世界トリップからの冷静な状況分析 そして草原での華麗なる無双劇
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16 双頭魔狼

 ァンゥオ~ゥェェ


 夜の草原に不気味な叫びがこだまする。


「オルトロスだって?!」

「間違いありません、あの遠吠えは双頭魔狼オルトロスのものです」


 護衛達の中でも最も経験豊富な騎士、エインスがはっきりと言い切る。


 双頭魔狼オルトロスといえば遥か北方の山脈に棲む、単体で災害規模の魔物だ。

 非常に貪欲なことでも知られ、街一つの住民全てを喰らい尽くすとさえ云われている。


「そんな…それじゃあ」


 本当に双頭魔狼オルトロスが現れたのだとしたら付近の――

 此度の行商で巡ってきた村々はどうなってしまうのか。


「…エインス、討伐はできる?」

「ルチア様、ご冗談はよしてください。あれは100人規模の軍勢でようやく退治できる魔物です」


 今いる護衛の騎士は3人だけ。

 立ち向かうことすらおこがましい戦力だ。


「で、でも!もし、あの方の力をお借りできれば…!」


 この場にはもう一人、類稀な力を備えた者がいる。

 彼ならばあるいは、との考えに至ったのだろう。


「確かにダスト殿はお強い、しかしあの魔物(オルトロス)はオークとはまるで格が違う。

 どうあっても数人の人間が敵う相手ではありません」


 だがエインスはそんなルチアの望みをきっぱりと否定する。

 国軍に参加し、実際に双頭魔狼オルトロスと戦ったことのある彼の言に誤りは無い。


 二つの頭についた四つのまなこ

 それはあらゆる動きを察知し、名射手エルフの放つ神速の矢ですら容易く回避する。

 双頭魔狼オルトロスに傷を負わせるには大軍による飽和攻撃しか方法が無い。 


 もちろん相手とで無抵抗ではない。

 反撃によって大きな被害が出ることは必至だ。


「それでは村人達は…」


 去年の冬、北の砦が落ちてからというもの、ここ西部大平原にも魔物の数が増えた。

 そのせいで僻地の領民は物資の不足に喘いでいる。

 今回の隊商でしばらくぶりに一息つけたというのに…


「お察しします。しかし今は一刻も早く街に帰り着き、ご当主様に援軍を請うべきでしょう」


 ルチアの胸中を慮りつつも、現状できる最善手を示す。


「これでまた行商人達の足が遠退いてしまうな。

 いや、そもそも彼らが赴くべき村が残っているかどうか…」


 せめて村人を街へ迎え入れることができれば、とも思う。

 しかし地味ちみにとぼしいこの草原はそもそも集住には全く向いていない。

 食糧供給地である村を放棄して皆が街へ移り住めば、あっという間に飢餓に陥る。


「私は結局…何も、何もできなかった」


 あまりの無力感に声が震える。

 魔物の脅威があるこの世界では、領主の娘とて出来る事は極僅かなのだ。

 そして今それさえも砕かれようとしている。


「ルチア様…」


「…仕方ない、積荷は諦めよう。馬を馬車から外し、騎乗して街まで…」


 消沈しつつも、気を持ち直して指示を出そうとした。

 すると突然――


 グオオォ


 空気に凶暴な魔力が入り混じる。


「ひっ…!」

「うっく!」

「あれは…!」


 窪地から覗く煌々と光る二対の瞳。

 月光に禍々しさを加えたような見る者を狂気に駆り立てるおぞましき眼光。


 それは獲物を見る目つきでこちらを眺めていた。


「狙っていやがる…」


 もはや討伐や、村を守るどころではない最悪の状況。

 狩られる立場になってしまった。


「ルチア様!今すぐ馬に乗ってお逃げください。時間は稼ぎます」


 護衛達はすぐさまルチアの前に出て双頭魔狼オルトロスの視線を遮る。

 その意味するところは、囮である。


「そんな!それじゃお前達はどうなるんだ!」

「奴の足は速い、迷ってる暇はありません。情けないことですが今は少しでも長く引き付けるくらいしか出来ません」

「なんて、なんてこと…」


 領民を救うどころか、自身の身を守る為に家臣を犠牲にしなければならない。


 幼い頃から剣の鍛錬に励んできたが、そんなものこの場では誤差にすらならない。

 人と魔物の間には埋めようの無い力の差が存在する。

 辛うじて数を頼りに討伐することは出来るが、それは多くの犠牲の上での勝利だ。


 このまま無事に街に辿り着き、援軍が出動したとする。

 だがそれまでに村々は全滅し、援軍にも多大な損害が出ることだろう。

 

 メルメル子爵領は手酷い傷を負うことになる。

 そして魔物の襲撃がこれきりであるという保証はどこにもないのだ。 


「…ぅ、くぅ」


 それはあまりに理不尽で、悔しいことであった。

 もっと、もっと力があれば――


「ルチア様、お急ぎください」


 ユリーカが馬を引いてやって来る。

 彼女に取り乱した様子は無く、表情からは静かな決意が垣間見える。


「私とダスト様はご一緒に参ります。

 ダスト様には私からお話しいたしますので、ルチア様は騎乗してお待ちください」


「…そうか、わかった」


 二人が一緒に来ると聞いて多少なりとも気持ちが和らぐ。

 まだ全てを失うわけではないのだ。


 それに自分には伝令としての役割もある。

 気落ちしている場合ではない。


「お前達、すまない…私は…」


 この場に残る騎士達にせめて何か言っておきたい。


 自分のために犠牲になる家臣へどんな言葉を送ればよいのか。

 謝罪だろうか、それとも感謝だろうか。


「いや…違うな」


 どちらでもない。

 忠節に身を捧げようとする者への言葉はたった一つ。


「諸君らの忠義は必ず父上に伝える、必ずだ。約束する」


 これが今の彼女にできる全てだった。


 それに対する騎士達の答えは――


「ありがたく存じます、これで思い残すこと無く戦えます」


 拳を胸に当てる礼、略式だが紛れも無い主君への礼だ。

 この練達の騎士はルチアを単なる領主の娘ではなく、正統な主と認めた。


「聞いたな?ビート、シーメン。ここが俺達の死に場所になる、覚悟を決めておけ」


 エインスは同僚の騎士二人の様子を確認する。


「ルチア様をお守りする為なら悔いはありません!」

「おうさ!せめてあいつ(オルトロス)の首を片方くらいは斬り落としてやりたいもんだ」


 さすが、娘の護衛にと子爵自ら選抜した者達だ。

 迷いなど微塵も感じられない。


 問題は――


「商会の方々、申し訳ないがこの場に留まり我らと共に足止めを…」


 この場には護衛の他に商会の者達がいた。

 本来なら彼らも護衛の対象ではあるが、今はそうも言っていられない。


「いや、取り繕っても仕方が無いな。囮として残ってもらいたい」


 エインスの言葉に商人達が息を呑む気配が伝わってくる。


 無理も無い、彼らは戦う為にここへ来たわけではないのだ。

 当然死ぬ覚悟など出来てるはずも無い。


 しかし――


「末端とはいえ、我らとて子爵家の臣です。とうに覚悟は出来ております」

「お館様に拾って頂いた命、今以上の使い時はありますまい」

「妻子の事が気掛かりではありますが、子爵様であれば悪いようにはなされないでしょう」

「せいっ!せりゃっ!私も戦いますぞ!」

「ヘイ!ボス!」


 返ってきたのは力強い賛同だった。


「!っ…よろしくお頼み申します」


 商人と思い侮っていたことを心の中で深く詫び、

 そして最期の戦いにこれ程の男達と共に臨める幸運を天に感謝した。


「ユリーカ殿」

「…はい」

「ルチア様を頼むぞ、必ず子爵様のもとへお連れしろ」

「命に換えましても」


 最後に侍女に言い含め、全ての準備は整った。


 グオオオン


 こちらに戦う意志があることを察したのか、漂ってくる魔力に敵意が加わる。


「狩られるだけの獲物ではないと認識してくれたようだな…」


 騎士としては光栄の限りだが、相手の油断を期待できなくなった以上、

 戦いはより厳しくなるだろう。


 そしてどうやら時間を与えるつもりは無いようだ。


 ググッ


 黒い影が僅かに縮む、脚に力を蓄え――


「まずい!跳ぶつもりだ!」


 態勢を整える前に一気に距離を詰められては大混乱に陥る。

 最低でもルチアが発つまでの時間は稼がねばならぬというのに。


「全員!前に出…――っ!?」


 突如、末尾の馬車から陽炎のような揺らめく光が立ち昇る。

 同時に大気中の魔力が一瞬にして塗り替えられた。


 ズズズズ


 万物を平伏ひれふさせる圧倒的な威圧感が周囲を満たす。


「あれは…」


 その妖しくも猛々しい、侵し難い光の源には――


「ダスト…殿?」


 彼は気負った様子も無く、ただじっと自身の右手を見つめていた。


 そして前触れも無く、まるで虫を追い払うかのような何気ない動きで手を振り下ろす。


 ヒューン


 現れた火の玉は流星の如き光の尾を引き美しい弧を描き出す。


「ほぅ…」


 周囲の者達は一瞬目の前の危機も忘れてそれに見惚れる。


 やがて火球は二対の目に吸い込まれるように消えた。


 ギャイン!


 同時に聴こえてくる獣の悲鳴。

 この場でそんな声を上げるモノなどただ一つ。


 恐らくは魔狼が攻撃を受けた、そこまでは理解できる。

 しかし続く悲鳴も怒りの唸りも聴こえてはこない、そのまま静寂が訪れた。


 永遠にも等しいような、その実ほんの僅かな時間が過ぎる。

 驚愕は未だに頭の中を支配しているが、あれ程感じていた恐怖も絶望も既に彼方へ飛び去っていた。


「もう大丈夫だ」


 そこへ静かな声が降ってくる。

 全員がハッと夢から覚めたかのように思考を取り戻す。


 彼の言葉に従うかのように周囲に漂っていた魔力は跡形も無く消え去った。


 草原に虫達の鳴き声が戻る。

 あの恐ろしかった魔狼の気配はもう微塵も感じられない。


 まさかあの双頭魔狼オルトロスをただの一撃で…?

 あまりにも現実離れした思いを誰も口にすることができなかった。



「シーメン、俺と来い。ビートはそこでルチア様をお守りしろ」


 いち早く立ち直ったエインスが同僚に指示を出す。

 まだ経験の浅いビートは呆然と立ったままで使い物になりそうにない。


「あ、あぁ…わかった。おい、誰か松明を寄越してくれ」



 窪地には小山のような黒い影が横たわっていた。

 動かないのを確認すると火を翳して恐る恐る様子を覗う。


 横合いから侵入したと思しき弾丸は、魔狼の両目を二つとも貫き、

 さらにトドメとばかりに心臓にも大穴を穿っていた。

 死んでいるのは間違いない。


「なぁ…エインスよ、こりゃあ人間業じゃないぜ」

「そうだな」


 この弾は双頭魔狼オルトロスですら反応できない速度で飛んできたことになる。

 いかなる武器を用いても不可能とされた業をあの男は素手でやってのけた。


「だとしたら、さ…あの人は何者なんだろうな」


 人間離れした力を持つ謎の人物。

 真っ先に思いつくのは人に化けた魔物である。


「わからん」


 しかしエインスはまるで意に介した様子も無い。


「わからんってお前!そんな得体の知れないものをルチア様の側に置いていいのかよ?!」

「いいに決まっている。お前だってあの癒しの光を受けただろう」


 あの時エインスはオークに脚を踏み抜かれ、3人の中で最も重傷であった。

 傷が癒えてもバラバラに砕けた骨が元通りに治ることはない。

 それは騎士として死んだも同然であった。


 だが彼は今もこうして自身の足で立っている。


「…あの方が悪しきモノであるはずがない」

「そりゃ確かにそうだ。けどよ、だったら何だと…………まさか」


 人でもない魔物でもない。

 それでいて尋常ならざる強さを持つ者といえば――





「間違いなく死んでいます。弾は目と心臓を貫いていました」

「ご苦労だった」


 検分を終えたエインスはルチアに報告へ戻っていた。


「しかしあの一瞬でそれだけのことを…?」

「私の知る限りでは王国騎士にも宮廷魔術師にも同じことが出来る者はいないでしょう」

「お前でも心当たりが無いのか…」


 ルチアもやはり同じ疑問へ至ったらしい。

 その顔には僅かに不安が見て取れる。


 朴念仁ではないエインスは彼女の心中を敏感に察し、

 早々にその不安を取り除いてやることにした。


「伝聞の中でなら一人、思い当たる方がおりますがね」

「そ、それは誰?!」


 やはりというか、ルチアは希望を見出すかのように詰め寄ってきた。


「勇者様ですよ」

「!…」



 ――勇者キタミヒカル


 千年前、魔王リーチによって滅びの危機に瀕していた世界に現れた黒髪の少年。

 多くの英雄を導き、共に魔王を斃した人類の救世主。





 誰にも真似できない偉業を成し遂げた男は、何事もなかったかのように眠りについている。


「ダスト様、貴方はもしや…」


 できることなら直に訊ねてみたい。

 「勇者である」とその口から言ってもらいたい。


 だが果たしてそれをして良いのだろうか。

 もし何らかの事情があって素性を隠す必要があるのだとしたら?


 修行の旅というのは偽りなき事実なのだろう。

 更なる高みを目指し腕を磨いているのか、あるいは供となる英雄を探して求めているのかもしれない。

 何にせよ非常に大切な時期であることは間違いない。


 魔王復活がまことしやかに囁かれる今、必要以上に騒ぎ立て、

 その存在が敵に知れたら目も当てられない。


「(そうだ…決してお邪魔になるような真似をしてはならない)」


 父に相談し、然るべき立場の者にのみ通達すればよい。


 そしてもし叶うのならば――


「(私にも何がしかの手助けができれば)」


 ――かつて勇者に付き従った英雄達のように。


「…あっ」


 その思い付きは彼女の心に信じられないほどの熱をもたらした。


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