1 異世界トリップ草原
俺の名は五味国栖。
名前以外はごく普通の会社員だ。
今日はお給料日、手元の給与明細にそっと視線を落とす。
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総支給金額:246,800
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これが俺の一ヶ月の労働への対価。
毎朝早く起きて出社して、仕事をしたり仕事をするふりをしたりした結果がこれ。
凡そ人生の半分を捧げた見返りがこの数字では、なんとも虚しいではないか。
はぁ…働かずに暮らしたいわぁ。
ふと何気なく隣に座るイケメン高校生の手元をちらっと覗いて見る。ちらっ
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総合点:871/900
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なるほど模擬テストの結果のようだ。
900点満点中871点とかすげえな。マジぱない
その制服って確か、かちぐみ高校のだよな。
ストレートすぎる校名に恥じず、東大どころか海外の一流大学をターゲットにしてる超難関校だ。
末は博士か大臣か、あるいはキャリア官僚か大手企業の幹部候補か。
いずれにしても勝ち組確定。
それに比べて俺はと言えば子供の頃プチ昆虫博士だったくらいで、今は窓際候補。
はぁ…
手元を見て何度目かの溜め息をついた時、気付いたら草原にいた。
見渡す限りの大草原。
背丈の短い草が風に吹かれてさらさらと波打っている。
あら素敵。心が洗われるような情景だわ。
ふむ…………
ふむぅぅっっ??!!??!!
なぁにこれぇ!?どゆこと??
ついに狂った…
いや、もしかして異世界転移か…?
やだー!
どうせなら異世界転生の方がいいー!
生まれ変わって美人ママにおっぱいもらうんだい!おぎゃあ!
というかいきなり来ちゃってるんですけど??
神様からチート能力もチートアイテムもチート嫁も貰ってないんですけど!?
現代知識で内政チートしろって?ムリムリ!こちとら砂糖が肥料になる程度の知能レベルだぞ。
やだー!助けて美人エルフママー!!
「あのー…よろしいでしょうか」
内心ひどく取り乱していると、後ろから声が掛けられる。
「ぬわっ!?」
声のした方を振り仰いでみると…
なんと!
さっき駅で隣にいた勝ち組イケメン高校生君ではないか。なぜここに。
ちなみに見上げる形になっているのは俺が驚いて腰を抜かしたから。
つまりこいつのせいだ。しね
「っと、すみません。大丈夫ですか?」
一瞬すまなそうな顔をしたが、すぐさまイケメンスマイルを浮かべて手を差し出してくる。
「……」
いや立てないから、腰が抜けてるから。
手を振って固辞するも、彼は手招きしていると勘違いしたのか、
それとも単にフレンドリーなのか、隣にストンと腰を下ろす。
……なんか座る位置が妙に近くない?
気のせいかな。気のせいだよね。
「それで…いきなりなんですが、ここがどこかご存知ですか?」
こんな状況だというのに落ち着いて話を続けるイケメン高校生君。
どこって…どう見ても異世界トリップ草原じゃないの。
若者のくせに想像力が貧困ではなくて?
「ここは異世界だろうな。おそらくさっきの光が、光が…光ってはいなかったか。とにかく不思議なことが起こって異世界に来てしまったに違いない」
半ば自分に言い聞かせるように異世界であることを強調する。
魔方陣が出たりとか全く何も無かったのであまり自信は無い。
実は地球のどこかにテレポートしただけという可能性も有る。アフリカとか。
「やっぱり!」
えっ!?やっぱりアフリカなの?
帰りの交通費足りるかな…
アフリカって四国より遠いよね?コアラとかオージービーフとかいるとこ。
「何か思い当たる節でもあるのか」
「ええ、実はここに来る直前に声が聞こえたんですよ」
「なんだって!?」
思わず普段着ない民族衣装着てハイジャンプかますくらいの大声を上げる。ホァァー!(偏見)
じゃあこいつが勇者様(仮)で、俺は巻き込まれ召喚かよ。
割と好きなジャンルだけど、我が身に起こると絶望感半端ない。死のう。
「言葉というか、正確には溜め息だったんです。深い…とても深い憂いを含んだ…」
あ、ごめんそれ俺のだわ。
自分の境遇にちょっと憂いちゃってたのん。
「あれはきっと悪に脅かされる人々の哀願だったんです。その想いを汲んだ神様が僕達をこの世界に呼んだに違いありません」
なんか独りで語り始めた。
もしかしてこいつバカじゃねえの。
若者のくせに発想が突飛すぎではなくて?
でもこれで俺が単なる巻き込まれ召喚でない可能性が出てきたぞ。
あるいは召喚ではない偶然転移しちゃった系の線も考えられる。
その場合より状況は悪くなるけどそれはそれ。俺は生きる!
まずは取り乱したりせず、冷静に情報収集に努めるべきだ。
もちろん俺は最初から冷静だった。美人エルフママはいつでもウェルカム。
「しかし…ここが異世界だという確証が欲しいな」
「100万年に渡る光と闇の闘いで力の大半を失った神は……えっ?あぁ…まだ見てませんか?ステータスですよ、ステータス!念じれば出てきますよ、ほら!」
「ほら」って言われても見えないんだけど。
ほんとにこいつ頭大丈夫なの?
「ステータスって君、そんなもの本当に…」
ポーン
あ、でたー?!
ほんとに出た!半透明のウインドウ!win10のデフォルトみたいなやつ!感動だわ!あれ使いづらいよね。
「ちゃんと出たみたいですね。ちなみに僕のステータスはこんな感じです」
LV:871
HP*2 :1742
MP*2 :1742
力*2 :1742
技*3 :2613
守*2 :1742
速*3 :2613
賢*5 :4355
魔*1 :871
えっ?それ気軽に他人へ教えちゃっていいものなの?
てかレベル高けえな、おかしいだろそれ。
チートだチート。許さん。
ん?そういや871って数字どっかで見覚えあるような…
「実はこのレベル、僕がここに来る直前に見ていた数字と一致するんです」
「やはりそうか」
俺の記憶力もなかなかたいしたもの。
何の数字かは忘れたけど。
「そしてステータス横の補正値にレベルを乗算したものが最終的なステータスになるみたいですね」
「ほほう…?」
なるほど。
例えば彼のHP補正値は2だから、それにレベルの871を掛けると1742になるのか。
2×871=1742 うん、これはさすがに俺でもわかる。
みんな俺がバカなんじゃないかと気づき始めてる頃だろうけど、実はそんなことないんですよ?
ところで俺が直前に見ていた数字ってなんだっけ。
いや、まあ…たまたま忘れちゃって。
ポーン
LV: 246800
HP*1 :246800
MP*3 :740400
力*1 :246800
技*1 :246800
守*1 :246800
速*1 :246800
賢*0 :0
魔*4 :987200
これかー!
そう!
俺がここへ来る直前に見ていたのは給与明細だった!
すっかり忘れ…いや、こうなる可能性を常に予測して行動していたんだ。
つまり必然であり、実力である。断じてチートではない。俺は許された。
しかし、あの寂しかった数字がステータスに反映されると途端に輝いて見える不思議。
賢の数値だけちょっとおかしいけどたぶん何かの間違いだろう。そのうち修正されるはず。
「…ふむ」
嬉しさに小躍りしたい気持ちを抑えて平静を保つ。
目の前のイケメン野郎が俺の足元にも及ばぬ雑魚であるという事実がたまらなく心地良い。ざぁーこww。気分はメスガキ。
「いや、待てよ…」
そこでふと気付く。
実はこの世界の平均レベルは10億です、なんてことは無いだろうか。
その辺のスライムでもレベル1億超えとかあり得る。
うわっ…俺のレベル、低すぎ…?
「どうしました?もしかしてあまり良くない数値だったんですか?」
まだ見ぬ強敵に密かにブルっていると、心配した低レベル君が声をかけてくる。
俺はキミの方が心配だよ。
この絶望的な仮説を教えたらショックで爆発しちゃうかもしれない。
イケメンてのは様々な要因から爆発する危険があるんだ。主に嫉妬。
俺は危険物取扱者(乙4)だからいいけど…
「いや…それがよくわからないんだ。俺が見ていたのは駅の時刻表なんだが、ちょっと読み難くてね」
とりあえず適当言って誤魔化す。
大人は呼吸をするように嘘を吐くんだ。覚えておきなさい18歳未満相当。
学校帰りに制服でエロゲ買いに行っても売ってもらえないんだぜ(体験談)
「なるほど…時刻表ですか、確かにそれは解かり難いですね」
納得したようにうんうんと頷く。
こうもあっさり騙されちゃうと少しばかり心が痛む。ほんとに少しだけどな。
【スキル:詐術 を習得しました】
「へやっ!?」
ぎゃあ!ビックリ!
とつぜん頭の中にメッセージが流れるもんだから驚いて超人みたいな声出ちゃった。
脳内メッセージとかあるのかよ。こりゃもう異世界確定だな。
アフリカは残念でしたね、またの機会に挑戦してほしい。
さて、どうやらスキルを覚えたらしい。
詐術ねぇ…
思い当たるのはさっき吐いた嘘だが。
その程度のことでスキルを習得できるのか?
ステータスを開いてスキルを確認すると、あるのは【詐術】だけ。
ははぁ、真っ更な状態からスタートするタイプか。
俺が今まで何も修めてこなかったとかじゃないよね。そうよね。
スキル欄の下には別枠で【特性】てのがある。
【特性:先着10】
なんだこれ?
先着10…どこかで聞いた覚えがあるような。
ハッ!もしかして他にも転移者が続々やって来る予定で、それの先着10人てこと?
えーやだー、自分以外に転移者が居るパターンて好きじゃないわー。
既にひとり居るじゃねえか。
…………ゴクリ
目の前には都合よく尖った石が転がっている。
やるなら油断している今がチャンスだが…
……ダメだ、できない…!
だって俺ってば血とか苦手な人なんですもの。
爆殺魔法覚えるまでその命とっておくがいい。
それになんとなくだが、これ以上転移者は増えないような気がする。
設定的なもので定められていると強く感じたので間違いない。
気持ちを切り替えて情報収集を始めるとしよう。
今にも草むらからレベル1億が飛び出してくるかもしれない。
手持ちがイケモン一体ではいかにも心もとない。
「まずは人里へ行って聞き込みをしよう」
年長者らしくもっともらしいことを言ってみるがその実たいしたことは言っていないのだ。
「そうですね」
特に異論も無いのか、イケモンも同意を示す。
もし怪物が飛び出してきたらよろしく頼むよ。君に決めた!
「(怪物…?)」
そこでまたしても気付いてしまう。
もしこの世界に人間かそれに類するものが存在しなかったら?
動物だらけのケモケモパラダイスだったらどうする。
いくら真っ当な性嗜好の俺でも人恋しさにどうにかなっちゃうかもしれないよ。
現状、この世界で唯一の他人である彼をちらりと見る。
「どうしました?」
視線に気付くと自然に微笑みを返す。
人を惹きつける爽やかな笑みだ。
「あぁ…いや、なんでも…」
まずい!
ちょっと妙な雰囲気になっちゃったじゃないか!
こうしちゃおれん。
俺の快適な異世界性活を守るためにも早急に探索を開始しなければ。
「っと、遅くなりましたが、僕の名前は池野高志です」
互いにまだ名乗っていなかったことに気付いたのか、笑顔も眩しく自己紹介。
「うるせー!しねぇー!……じゃない、池野君だね。高校生か?」
「えっ、あのいま…あ、はい。かちぐみ高校の3年生です」
じゃーお前今日からイケ高な。
そして案の定かちぐみ高校かよ。しね
「俺は五味国栖、会社員だ」
「えっ…?ゴミクズって…」
俺のちょっと変わった名前を聞いて困惑した様子を見せるイケ高君。
他人にゴミクズ呼ばわりされると腹が立つ。本名だけど。
「五つの味で五味、だ。名前の方は…まあいいだろ」
「あ、あぁ…そう書くんですね。失礼しました。これからよろしくお願いします、五味さん!」
にこりと自然にイケメンスマイルを浮かべ握手を求めてくる。
「こちらこそよろしくな…あー、うん」
お前とは人里に着いたらすぐにおさらばな間柄だ。
早くも名前を忘れてやったぜ!まいったか。弾け飛べ。宇宙まで飛べ。
「ふふっ…」
「あはっ」
名前忘れた君と握手を交わしながらふと思う。
願わくばこれ以上のスキンシップにハッテンしませんように。