【5】
【四、一輪の花ひらく】
「……」
なんだ、この状態は…。
帰宅した美佳の両親は台所で立ち止まった。
いつもなら美味しそうな料理が並ぶ食卓は、不器用な子が作ったような料理がならんでいる。
サラダを見れば、大きすぎる形をしている胡瓜にトマト。
レタスは大雑把にちぎりすぎて、お皿からはみ出している。
執事の彼が作ったものではない。
彼が優しい笑みを浮かべるのはいつも通り。
「おかえりなさいませ、旦那様。奥様」
だけど、私が台所で鍋をあたためて料理をしている。
それがいつも通りではなかった。
「おかえり」
「ただいま。零音ちょっとこっち」
小声でリビングの隅に彼を呼ぶ。
呼ばれた彼が近づくと父はなぜか焦っている。
母は、そんな様子に苦笑をして、私に今日はどうだったと話しかける。
それほど広くはないリビングだから、父と零音が話している事は聞こえている。
私が、急に料理を作ったから誰か好きな人ができたのかと焦ったらしい。
料理を作ると好きな人ができたと結びつける父も単純だと思うが、あたっているだけになんとも言えない。
もりつけて食卓にお皿を並べ、二人を呼び食事にした。
次の日。
高校の帰りに、琴音と零音のいる執事喫茶に向かっていた。
一人で行く気にはなれない。そこには、黒崎さんがいるから。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
ドアを開けると、執事の格好をした黒崎さんが出迎えてくれた。
まわりにキラキラトーンがいっぱい貼ってある気がするほど、綺麗だ。
「こちらにおかけください」
私たちが座るのを見てから、お冷やを置き、メニューが決まったら呼ぶように伝えて去っていく。
「綺麗な人だね。美佳は黒崎さんが綺麗で零音と仲がよさそうでもやもやしているの?」
「……うん」
「それって、黒崎さんが恋愛対象になって、とられちゃいそうだから?」
「……違う、かな。たぶん、零音が黒崎さんに恋する事はないと思う。
ただ、零音が、私に話してない事を黒崎さんに話している事が嫌なの。
何年も近くにいて誕生日も知らなかった。
過去も私がきかないと話してくれなかった。なんか、もやもやする…」
琴音は、むくれている友人を見た。
「やきもち、だね」
「やきもち?」
言われてみれば、たしかに、やきもちをやいている。
簡単な事なのに、言われてみるまで気づけない。
琴音は喫茶店の机の上においてあるベルを鳴らして黒崎さんを呼ぶ。
「お呼びでしょうか」
「私は紅茶、カモミールで。もう一つは、アップルティーをお願いします」
「かしこまりました」
そう言うと、厨房にもどっていく。
「…美佳は、零音さんと付き合いたいの?」
「うん、好きだから付き合いたい。
付き合えば、零音にとって特別になれる気がする」
「特別じゃなきゃ、嫌だって感じる…事かな。
他の誰かと同じ位置じゃ物足りない」
「……。琴音は、狼牙と付き合ってるよね。
恋人として付き合うってどういうものなの?」
琴音は、飲んでいたお冷やでかるくむせた。
いきなりこの子はストレートに聞いてくるのだろうか。
「どういうって、お互いにとって特別で大切な関係になるって事じゃない」
そうは答えたが、琴音は最近その事を考えると一言しかでてこない。
相手を恋人として愛しているかいないか、だ。
デートといっても、ゲームしていたり食事や買い物には友達とだって行くから。
それでも、友達と恋人に抱く感情は違う。
その違いは本人が自覚するしかないものなのだろう。
「そうなんだ」
「お待たせいたしました。カモミールとアップルティーでございます」
最小限の音をたてて、黒崎さんが机の上に置く。肌も、手も綺麗だ。
「ありがとう」
かるく礼をすると、厨房にもどっていく。
黒崎さんの他にはもう一人執事がいる。
「あ、先輩だ」
そのもう一人の執事は、厨房にもどる時に小声で黒崎さんに何か話している。
琴音は、嫌な予感がしたが見なかったことにした。
その予感は、少しあとにあたることになる。




