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契約の真実  作者: 皐月 悠
3/7

【4】


【三、美しく咲くためにへ】




一人残ったリビングで、零音は、そういえばと思い出した。

誕生日は、今日だ。お嬢様と同じ日で、七年差がある。

誕生日のお祝いは、いつも彼女と一緒になっていたし、気にしてもいなかったから忘れていた。

コートを脱ぎ、台所に行き流しにそっと優しく触れる。

お嬢様に拾われたのが、2年前。

その頃は、深夜に寝て昼頃に起きる生活をしていた。

喫茶店の仕事をやっていたのもあるが、遅番の帰りにお酒を飲むようになっていたから、朝から起きている事が少ない。

仕事をしているが、安定した収入をえているわけではない。

職業、フリーター。

一度は正社員で就職したが、あわずに辞めた。

生きてくためには必要だと、自分自身に言い聞かせても、心の余裕はなくなるばかり。

体はだるくておもたい。

仕事には行かなければ、行こうとすると胃が痛み、頭も痛み、吐き気がする。

いっそ、どこか遠くに逃げてしまいたい。

生活費を稼がなければ、正社員として働かなければと思い込んで、体調不良はすすんでいく。

実際、将来の事を考えるならば社会保険に入れる働き方が安心だ。

正社員=立派な大人というイメージが強い。

ある本に、正社員で数年働いている人が結婚を考える条件の候補だと読み苦笑する。

フリーターで数年同じところで働き、必要最低限の生活費を稼いでいる俺は、彼女にとって結婚を考える候補にはなれないのだろうか…。

いや、現実問題、生活費はある程度は安定してある方がいいに決まっている。

その頃の俺は、執事喫茶店のバイトをしていた。

執事という、自分とは違う一枚の仮面をつけたからだろう。

心の底はみせたくなかったから、一枚の壁を作れて楽になれる。

二年前のあの日、お嬢様を見た時には瞳が不安定にゆれていても、あの女性と同じ強い意志が宿っていた。

だから、『執事になってほしい』という誘いをうけ、了承した。

一枚壁をつくれば、深入りせずにすむ。

好きな相手が別の誰かを選んでも、自分を選んでほしいと叫ぶのを押さえられる、そう、思い込んでいたかった。


お湯をポットにいれて、ティーパックをいれて蓋をする。

コトンと3分の砂時計をひっくり返す。

黄色の砂がさらさらと小さな海の波の音をたてておちていく。

おちきってから、お湯をカップにいれて台所にすてる。

ポットからカップに紅茶をそそぐ。

カップを持ち、お嬢様の部屋のドアをノックしてから、中に入る。

「紅茶がはいりました」

「そこに置いといて」

お嬢様の机のあいているスペースに置く。

教科書と一緒にひらいてあるノートが視界にはいる。

勉強にあきたのか、隅に落書きが少し書いてありクスっと笑ってしまう。

「…何?」

「はかどっていないようので。何の教科ですか?」

「英語の読解問題」

問題文のいたるところに単語の訳がばらばらに書かれている。

そうだと期待にみちた顔で彼女が顔をあげた一瞬、顔が近づき、ドキッと心臓が鳴る。

「零音教えて?」

「いいですよ」

笑みを浮かべながら、俺は内心どうしようかと動揺する。

英語なんて、高校生以降に真剣に勉強した事ないし、苦手だ。

でも、断ることもできないうえに、かっこつけたかった。

ふいに近づく時、触れたいと思う。

最初は似ているなと感じたけど、それはただのきっかけで、彼女を知れば知るほど愛しくなる。

その気持ちをおさえる事なんてできるはずもないという事に思い知らされるのに、告白はできない。

分かっているつもりだ。

彼女にとって、俺は頼りになる兄のような存在で、安心感を抱かれていても恋愛対象じゃない事も。

今、この関係を壊してしまうような告白なんてしない方がいいなら、この感情はおさえこんでしまえばいい。

「どこが分からないのですか?」

「……全部」

「とりあえず、最初から解いていきましょう」

問題文を読むために、顔が近付き吐息を感じる。

「では、この問題を解くためには、ここの文を訳していきましょうか」

「んー…ここは、あの文法だから…」

迷いながら、お嬢様は問題を解いている。

いつもそうだ。時間がかかっても、確実にこなしていく。

彼女の横顔を見つめる。

そんな彼女には、俺よりもふさわしい相手がいるのではないだろうか…。

傍にいる事なら、恋人でなくても今のまま過ごして見守る事もできる。

大切な存在になる事もできる。

触れたいと思う気持ちが、どこか遠くにほうりなげる事ができたなら、出口のない感情も落ち着いてくれるのに…。

 「できた♪」

美佳が笑顔を浮かべてこっちを見る。

ざっと問題と回答に目をとおした。

間違っているところはなさそうだ。

「正解です。次はこの問題をやってみましょう」


  気が付いたら、時計の針は夜になっていた。

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