【3】
【二、花ひらく前、つぼみふくらむへ】
「美佳、零音さんの執事喫茶どうだった?」
数日後の放課後、下駄箱で琴音が話かけてくる。
「おちついた雰囲気と、零音がかっこよかった」
視線の先には校門の近くに零音が立っている。
ただ、私に隠し事をしているのが嫌だ。困らせてみたい。
「どうしました?」
「今日、零音の執事喫茶に行きたい」
「……、かしこまりました。今日はお店でお茶をいれましょう」
零音は一瞬驚いたように目をかるく見開くと、ふっとうれしそうな笑みを浮かべる。
執事喫茶に向けて歩き始めた。
お店につくと、零音は鍵を取り出してドアを開けてくれた。
「どうぞ」
いつもと同じ優しい笑顔を浮かべているのに、私の胸がせつない。
気になりはじめたら、今までなんとも思ってなかった事も気になる。
「ありがとう」
中に入ると、落ち着いた雰囲気の木製の椅子や机がある。
まとまったデザインや色がそう思わせているのだろうか。
明かりをつけると、ぬくもりのある照明が店の中をてらす。
「ここで待っていてください」
一番奥の席に案内して、零音が奥にきえるとお湯が沸騰する音が聞こえてくる。
他の物音は何一つしない中で、不思議とざわつく心もおちついてくる。
「…美佳は、零音が執事喫茶をしている事知っていたの?」
琴音は、すとんと声を出した。
私は、わずかに首を横にふる。
「知らなかった。休日に何をしているのかなんて気にした事がない。
それ以外の日はずっと傍にいる。
それだけで、みたされていたから。
知らない事があるという事実をこんなに悲しく思わなかったし、その事すら気付かないまま過ごしていた」
「美佳は、零音の事好き?」
「……うん」
好き。
誰かに笑いかけ親しくしていると嫌だと思い、嫉妬だと気付いた。
その『誰か』には、私には見せない面を見せているのが悔しい。
そんな苦しい気持ちにも、一瞬でも、この人が離れる時があるとよぎらなければ気付きすらしない。
「恋人になりたい?」
「…分からない」
恋人になれば、ずっと零音の傍にいれるとは限らない…かもしれない。
そうなれば、このもやもやは、はれはしないだろう。
「お待たせしました」
陶器と木がぶつかる音が小さく聞こえた。
白い湯気がたつ。
雲のようにふわりとした白いミルクがのっている。
その中をコーヒーで描かれた私の好きなアゲハ蝶を舞わせていた。
続けて置かれた皿に視線を移す。
茶色のスポンジ生地の上に生クリーム。
ハートに切られている苺。
「カプチーノと苺のマフィンです」
「ありがとう」
頬が熱くなるのが分かる。
見事に私の好みで、嬉しい。
けど、このさりげなく喜ぶ事をされるのが少し悔しい。
「零音さん、器用ですね♪キレイ」
「ありがとうございます。そう言われたのは、お嬢様以来ですね。
あまり、言われた事がないです」
「こんな事がさりげなくできて、格好いいし、もてそうね」
美佳は、不機嫌にさくっとマヒィンにスプーンをさしながら、そう言う。
「もてた事ないですし、言われた事ないですよ。
告白された事もないです」
「え?…それ、本当なの?」
私が、零音をじっと見ると、何をそんなに驚くのかと表情を浮かべていた。
「お嬢様に、うそつきませんよ」
この人は、ときどきすごくすんだ瞳をしている。
いい意味で純粋で、青年というよりも少年のような雰囲気をまとっている。
仕事をしている時には、格好いいのに、そんな瞳をしている彼は可愛い。
琴音は二人の様子をみて、何かに気が付いてにっこりと笑みを浮かべる。
「……零音さんって、本当に美佳の事が好きですね♪」
琴音の紅茶のおかわりをいれようとしていた彼は一瞬動きをとめ、表情には何も出さずに、コップにおかわりをいれる。 「はい、好きです。…お嬢様、ですから」
さらりと言える彼が羨ましい。
たとえ、お嬢様だからとつけ加えて恋心を悟られないようにしていても。
美佳は、嬉しいような悲しいような複雑な表情を浮かべた。
「あ、そうそう。美佳、はいこれ」
琴音は包装された箱を美佳に渡す。
「誕生日おめでとう♪」
「ありがとう」
美佳がかるくふると、金属のカラカラっという高い音がする。
「家であけるね♪」
バックの中にしまう。
しばらく話してから、零音のお店を出た。
戸締まりをしている彼を琴音と二人で待っていると、前から見覚えのある人が若い女性に腕くみされ、ひっぱられるように歩いてくる。
見覚えのある方は、黒髪で左右違う長さの前髪。後ろは伸ばしている髪を上でまとめている。
若い女性は、長い髪を風に遊ばせて上機嫌だったが、クローズの看板を見るとがっかりした。
「…定休日以外の休みだったのか、残念」
「美咲、ここに来たかったのか?」
「黒崎がバイトしている喫茶店じゃない。
せっかく可愛い服着ているから、見せに来たのに」
黒崎。たしか、この前来た時に零音と親しく話していた人だ。
「それは、美咲が勝手に着替えさせただろ。
シャワーから出たら、私の服がなくなってて…代わりにこれが」
「似合っているじゃない。黒崎は女性で、サイズもぴったりだし。
ここの服はそこまでガーリーじゃないから、好みでしょ?」
黒崎は無言で反論できずにいると、私たちに気付き固まった。
その時、零音が出てきてドアに鍵をする。黒崎に気付くと笑顔を浮かべた。
「黒崎、その人が美咲さん?また、今度喫茶店にいらしてください」
そう言うと、私たちは帰路についた。
自宅につくと、ふと、零音の誕生日を知らないことを思い出した。
家でも、誕生日のお祝いをしてもらっているのを見た事がない。
「零音」
「はい」
「誕生日…プレゼントって何がほしいものある?」
「物でなら、何もありません」
「そう、だよね。勉強するから、部屋にいるね」
「では、あとで飲み物をもっていきますね」
「うん」
部屋にはいると、あさいため息がこぼれる。
零音が好きだ。
特別になりたい。
傍に居続けたいから、恋人になりたい。
零音は、好きな人がいるのだろうか。




