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「……大体は理解したよ。ここは、ただひたすら……そうだな、冒険をするためのダンジョンしかない世界なんだな」

「その通り。自分達の言葉が通じるのも、ダンジョンの環境に合わせて最適化されているから。自分も別の世界から来た。その世界には銃があって、毎日戦車で戦争をしていた」

「そうなのか……。ところで、その……君は……」

 口ごもる桃太郎をフォローするように、ポチが促す。

「質問なら遠慮なくするといい」

「……性別。どっちかって言えば女の子っぽいけど……」

 ポチは頷いた。

「自分の性別は女」

「やっぱり」

 間違っていなくてよかった、と桃太郎は安堵した。

「そういえば、俺の自己紹介がまだだったね。俺は中村桃太郎」

「名前以外の必要な情報は、概ね記憶している。貴様……桃太郎があちらの世界でどんな生活をしてたのかは、聞いてもあまり意味はない」

 意味がない、とまで言われて、桃太郎は少々むっとした。

「そんなことはないだろうよ。俺達、これから一緒にダンジョンで鬼退治をするんだろ?」

「だからこそ、だ。必要なのは戦闘能力。どんな文化で育ってきたのか、という点に関しても同じ」

 戦闘能力、と言われて桃太郎は少々戸惑った。

 平和な現代日本で育った、運動嫌いの桃太郎に戦闘能力などあるわけもない。

「それで、鬼は全部でどのくらいいるの? さっきので最後……ってことはないよね?」

 ポチは頷いた。

「鬼は、このダンジョンの最奥、巨大な魔法石が鎮座しているといわれている場所に、『鬼界きかい』から湧いてきている。その根を断たないと、鬼退治は終わらない」

 桃太郎は予想通りの困難に、ふっと笑った。

「そこが俺にとっての鬼ヶ島、ってわけか。気は進まないけど、俺だって故郷を捨ててここまで来たんだ。それに、俺にはこれがある」

 そう言って、桃太郎は腰のベルトに差していた天下五剣の一振り、雷光紫電閃ライトニングをコトリとテーブルの上に置いた。

「貴様には、生まれつき特別な力がある。その剣は、選ばれし者にしか扱えない」

「これについて、何か知っているのか?」

「それはかつての勇者がダンジョンで見付けた秘宝」

「かつての勇者?」

 桃太郎が鸚鵡返しにポチの言葉を繰り返した。

「勇者は、一人じゃない。鬼はこの渾沌世界に、随分前から存在している。そして時々、別の世界へやってきて、殺戮の悲劇を起こす。自分の世界が、そう」

 淡々と語るポチに対して、桃太郎が怪訝な顔をした。

「君の世界が?」

「自分の世界は、渾沌世界との繋がりが、強い。だから、渾沌空間から鬼が迷い込んでくる。自分の世界は、鬼との戦争だけをずっと続けている。自分も、戦争で家を焼かれた」

「家を焼かれた」とは、おそらくポチの外見からして、小さい頃に身寄りを失ったという意味なのだろう。

 けれどもその痛々しい過去すら、ポチは一言に納めてしまい、眉一つ動かさない。

「だから、自分の世界は鬼の根絶に必死になっている。渾沌世界や鬼についての研究も盛ん」

「それで君が俺……その、勇者の護衛に選ばれたのか」

 ポチは黙って頷いた。

「先程、ダンジョン内に作物は育たない……つまり、生命は生まれない、と言った。けれど、ごく稀に例外がいることがわかった。ごく稀に、ダンジョンを訪れた女性がなぜか懐妊することがある。そして、その生まれた子は特別な力を持っている。自分達の世界では、それを勇者と呼んでいる」

「それが、俺だってのか……」

 桃太郎が、硬い声色で呟いた。

「そう。貴様は八番目にダンジョンで生まれた勇者。そして、七番目までの、今はもう死んだ勇者がダンジョンの最奥を目指している途中で集めたのが、天下五剣。そしてこの武器は、ダンジョン内で生まれた勇者しか、使えない」

 桃太郎は視線を雷光紫電閃ライトニングに向けた。

「使えないって、どういうことだ? これはただの剣だろう? 練習すれば、誰でも使えるんじゃないのか?」

 ポチが首を振った。

「それは、膨大な魔力を持った剣。普通の魔法石で作られた魔法剣は、せいぜい保って十回斬れば力を失う。けれど、天下五剣は普通の魔法剣の何十倍の威力を発揮しながら、魔力切れを起こさない。そして、その魔力を開放できるのが、勇者だけ」

 四足の鬼を屠った時のことを思い出す。確かに、この剣から凄まじい稲妻がほとばしり、斬撃に力を付加していたのは覚えている。

 あの力が魔法剣というらしい。

「俺自体に攻撃力があるわけじゃないんだな。魔法剣を取り上げればただの人間じゃないか」

「それだけじゃない。鬼が放つ『瘴気』がある。普通の人間はそれに当てられると体力を削がれる。勇者には、そういう鬼の特別な力が、効かない」

「そうなのか……」

 予想はしていたが、勇者の力は鬼退治に特化したもののようだ。

 生まれつき頭がいいとか、運動神経が抜群とかそういう類のものではないらしい。

 道理で、特別な出自の割にはあちらの世界にいた時は桃太郎は一般人の座に甘んじていた訳だ。

「そろそろ場所を変える。ダンジョンが『修復』される時間」

 そう言って、ポチが立ち上がった。

 確か、先程の説明でダンジョンは開拓しても元の形に戻ろうとする性質があると言われた。

「この休憩所は、自分が手榴弾の爆発で作った仮設のもの。ダンジョンの壁が戻るまでの一時しのぎ」

「どこへ移動するんだ?」

 ポチはテーブルを持ち上げ脚をたたむと、そばの壁に立て掛けた。

「さっきも言った。ここは全てがダンジョン。安全な場所は、ない」

 そして、小さなジュースの缶のようなものを取り出すと、地面に置いた。何をするものかと桃太郎が見ていると、その上にテーブルを放り投げた。

 放り投げられたテーブルは、あろうことかその小さな円柱状のものに吸い込まれて消えた。

「今のは……?」

「自分の世界の空間移動技術を応用した、物資搬送用の道具」

 要するに、あの缶の口は別の空間に通じていて、必要な物の保管・出し入れができるのだろう。

 二人で簡易仮設休憩所の撤収を終えた頃、ポチの言っていた通り、空気を吹きこまれたビーチマットのようにモリモリと壁がこちらに迫ってきて、周囲と同じ整然とした石壁に戻ってしまった。

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