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桃太郎は、慌ててベッドから下りると、雷光紫電閃の柄に手をかけた。
突然のことに、パニックになりかけた。
あれは、化け物は、何だ……?
「あれが、鬼……。けれど、それほど強くない。下級の鬼」
そうは言われても、今にもこちらに飛び掛ってきそうな気配を振りまく『鬼』相手に、全く身構えないというわけにはいかない。
ポチは、あれは下級の鬼だと言った。
四足のあの化け物はおよそ鬼には見えないが、おそらく『鬼』とは『モンスター』というくらいの広義なものなのだろう。
ポチの銃を構える仕草は、戦闘に関して素人の桃太郎にもいかにも手慣れたものだとわかった。見るからに、頼もしい。
桃太郎はぐっと両手に力を込めると、雷光紫電閃の鞘を払った。抜刀されると同時に、バチバチと雷光紫電閃の刀身にスパークが走った。
「それは……!」
銃を構えていたポチが、一瞬驚いた様子で横目で雷光紫電閃を正眼に構える桃太郎の姿を見た。
「これは、俺が育ての親に譲ってもらった大事な物だ……。使い方なんてわかんねぇけどな」
「強大な魔力を感じる……。それが、勇者と共にあちらの世界に預けられたという天下五剣の一振り……」
天下五剣。確か祖父もそう言っていた。
名前からして、おそらく五振りある内の一振りなのだろう。
グルル、再び鬼が吠えた。その声に、再び二人が武器を構えた。
「……先行する。援護を、頼む」
ポチが横に跳んだ。同時に、トリガーを引いてショットガンをぶっ放した。
ズドン!
散弾が鬼目掛けて降り注ぐ。
鬼は回避行動を取ったが、避けきれずにその無数の弾のほとんどを喰らった。
「グギャアアアアア!」
苦しそうな声を上げ、身悶えする鬼。
「これなら楽勝。貴様に止めは任せる。経験のためにやってみるといい」
「わ、わかった……!」
正直、化け物が相手とはいえ、武器を振るうのには抵抗があったが、これがこの世界で生きていくために必要なことのようなので仕方ない。
桃太郎はほとんど本能のままに雷光紫電閃を顔の横、肩の高さに構えた。いわゆる八相の構えだ。
気持ちを昂らせ、覚悟を決める。
まるでその意志に反応するかのように、雷光紫電閃の刀身の周りに纏わりスパークを散らす電光がその強さを増した。
「これが、天下五剣の力。魔法剣……」
ポチが呟いた。
この力が何なのかはわからない。だが、桃太郎は確信した。この力ならば、確実にやれる……!
大きく踏み込んだ。
苦しそうに身をよじる鬼目掛けて、一気に刀身を振り下ろした。
化け物の体に刃が触れた瞬間、眩い雷光が強さを更に増した。ほとんど爆ぜるような勢い。
その追い風が、桃太郎の放った一撃に、ただの斬撃以上の破壊力をもたらした。
化け物の体が、真っ二つに焼き切られた。
「グギャァァァアアアア!!」
断末魔。
化け物の体が爆発し、四散した。そのまま、まるでそこに存在していたのは幻であったかのように鬼は消えてなくなった。
「はぁ……はぁ……」
たったの一撃だというのに、桃太郎は肩で息をしていた。
初めての攻撃。
日本刀を振るったこと自体なかったが、不思議な雷の力が加わった一撃。そして化け物とはいえ、動いているものを屠ったという衝撃。
心臓がまだバクバクと鼓動を打っている。
たどたどしい動きで、まだ雷光の収まらない雷光紫電閃を鞘に納刀した。そうすると、ようやく雷光紫電閃が大人しくなった。
「見事だった」
「君のお陰だよ……」
ポチもマントの下にショットガンを仕舞った。そして、今しがた桃太郎が横になっていたベッドの方――無機質で凹凸のない煉瓦造りの通路の壁を抉って作られたような休憩所といった体の区画を顎で指した。
「詳しい説明をする。そこに座って欲しい」
桃太郎は頷くと、粗末な木製のテーブルの脇に置かれた丸椅子に腰掛けた。
ポチが桃太郎に語って聞かせた渾沌世界の説明は次のようなものだった。
渾沌世界は、ある種の異空間である。
本来的に、渾沌世界で生まれ、暮らす者はいない。全ての住人は、外に存在する無数の世界からやって来た異邦人ばかりだ。
なぜなら、ポチが説明した通り、渾沌世界には街がない。
人々が暮らす土台がないのだ。
そしてそれは、全ての住人が別の世界から来た迷い人であり、全ての土地が無機質で人工的な通路や鬱蒼とした食用の木の実などが全くならない樹ばかりの森、灼熱のマグマが湧き出ている溶岩地帯であり、とても暮らせる環境でない上に、危険な鬼が徘徊しているせいだ。
しかし、普通はどんな環境でも、人は根付く。
人間の環境適応力は、決して動物のそれと比較しても低くはない。だが、この渾沌空間は例外である。
作物が育たないのだ。
この渾沌空間では、生命は消滅することがあっても、誕生することはない。そういう不思議な法則が支配しているのだ。
更に、開墾しようとダンジョンに手を加えても無駄なのだ。
例えば、森のダンジョンの土を掘り返したとしても、少し目を離すとすぐに土は元の姿に戻ってしまうのだ。この世界のダンジョンは、不思議な形状記憶の性質を持っているらしい。
石造りのダンジョンも同様である。
壁などを爆破して破壊することはできる。だが、それもしばらくすると、まるで生命体の肉のように、自動的に修復されてしまうのだ。
先程、桃太郎が寝かされていた休憩所も、ポチが手榴弾で壁を破壊して作った一時的なものである。
現に、数十分をかけて桃太郎が説明を聞いている間にも、削り取られた壁がもりもりと迫ってきて、説明が終わる頃にはすっかり元通りの壁に戻っていた。