プロローグ
山口県の山中にある赤猫村。――この村で誕生し、永くこの地を踏み、そしてここにて屍を埋めていくいわば村人たちにとってはなんの奇異にも感じられないであろうこの村の名称は、それをはじめて耳にするものにとってはなんとも言い難い、奇妙な違和感を覚えるだろう。
黒猫や白猫ならまだしも赤猫なぞ聞いた事がない――そんな感想を余所者なら誰でも抱くに違いない。
そして何かしら不気味な因縁がありそうに思われてならぬだろう。
いかにもそのとおり、その因縁というのは今から遠い昔、1600年あたりまでさかのぼる。
この頃、ここには小さな集落ができており、そこにある平凡な百姓のウチでたいそう可愛らしい娘が生まれよった。
さらに成長していくにしたがって、その美貌ぶりは誰から見ても圧巻であった。
おまけにその頃、字の読める者は侍や僧侶、いくばかの地主な名主ぐらいのものであったが、この娘はたいそう賢く、たまたま村の宿に泊まられた僧侶に道端でちょこっと教わったぐらいですぐ覚えよった。
こんなとこにいてはもったいないと村の地主が余の息子たちと一緒に教養を受けよと異例の特別扱いをなさったぐらいだ。
その教養もたちまち身につけ、裁縫や茶、花なども地主の娘たちよりもさっと覚えよった。
こんな才色兼備な娘を地主がほおって置くはずがなかろう。
すぐに長男に求婚するようにと命じた。
この長男もこの娘には惚れており、地主の命令は願ったりかなったりであった。
ところが娘にはすでに婚約を決めていた百姓の馴染みがおった。
娘がこれを公言すると長男はたちまちこの馴染みの家へ婚約を取り下げろと押し入った。
馴染みは『娘が決めたことだから余に変更する権利はない』と長男に告げた。
長男は娘のいる自らの屋敷へと引き返した。
すると娘は『親が決めたことなのだから仕方がない』と言いおった。
長男はすぐに娘の親のいる畑へつめ入ったが、親は『尼寺のおつうさんが決めよった』と告げた。
その後いうまでもなく尼寺のおつうの元へと押しかけた長男であったが、おつうは『寺院の柳円が決めた』との一点張りだった。
こうしてたらい回しにされた挙句、その夜、娘と馴染みの百姓は駆け落ちして村からこっそり消えてしまった。
村の人間が共同して長男の気を引かせた作戦であったがこれに長男は激怒し、これに関与してなかった百姓や他の村の若い衆たちを集って自分を騙した娘の親や尼、百姓どもを斧や鉈で滅多刺しにした。
そのあたり一面はすべて血で真っ赤に染まったそうだ。
近くの宿屋で娘と馴染みを捕えた衆たちは馴染みをその場で首を斧で切り落として殺し、娘を長男のもとへ連行し、そのまま許婚とした。
最初は娘も観念した様子で大人しく暮らしとったが、長男との間に三人の娘ができてその娘らが美しく育つとある日突然娘ともども首を搔っ切って自殺した。
数日後、地主の家の者をはじめ、娘の馴染みや親たちに手をかけた若い衆や見て見ぬふりした村の者が首が搔っ切られたり、取れたりした状態の死体で次々と見つかった。
自殺した娘が悪霊となって蘇り、恨みを晴らしているのだと村の者は恐れおののいた。
そこで生前、娘が好きだと語っていた紅色と猫を組み合わせた紅い猫を身代わりの生け贄に捧げるようにした。
それからというものの、村人の代わりに生け贄の紅い猫の首だけが持ち去られるようになったというのだ。
以上が赤猫村にて永くに渡り語り継がれている馴染みを殺された女の怨念ともいえる物語である。
ちなみに村の奥にある林道を抜けると、猫喰神社という錆びれた御社がある。
この御社を猫喰様という石像が4体取り囲んでいる。
これらはお察しの通り、自殺した娘たち4人のことを暗示しているのだ。
さてこの紅い猫というのがまた実に奇妙な話で、紅色に塗ったわけではなく本当に初めから紅色をした猫を生け贄にしていたというのだ。
赤い色をした猫の文献というのはほとんどなく、これらの猫の出所についてはまったくをもって分からずじまいである。
こうして400年ほどの月日が流れ、平成2×年。
あの奇怪な殺人事件が相次いで起こったのである。
むやみやたらに前置きが長くなったがそれではいよいよ物語の幕をあけることにしよう。
この物語はごく平凡な生活を送っていたあるひとりの少女が体験した実に恐ろしくも悲しい、世にも奇妙な村とその名家の一族の物語である。