~ハヤテと奈桜、スピードvsスピード~
「神崎ハヤテ、あなたとの一対一の模擬戦を申請する」
私は、今までの模擬戦で一度も能力を使わず、圧倒的数の不利をものともしないで勝ち続けている神崎ハヤテに興味を抱いた。
おそらく、私でなくとも彼には何かしらの感情を抱かざるをえないだろうと思う。
もっとも、現段階で私以外の人間は、畏怖の念しか抱けなかったようで、神崎ハヤテに話しかけたのは私一人だった。
だが、そんな彼を私の能力で追い詰めて、彼に能力を使わせる。
そうでもしない限りは彼の使う能力ジャンルが分からず、一般生徒は皆、私も含めて実践での対策を立てようがない。
こちらは、まだチームを組んでいない。
そのため、数の有利に頼ることは出来ないが、私の能力なら神崎ハヤテに勝つとはいかないまでも、何とか能力を使わせられるはず。
神崎ハヤテは、少々提案内容を反芻している様子だったが、何か思い立ったような顔で返事を返した。
「分かった。模擬戦の申し入れに応じるよ」
さて、ここから私のやることは、機械的に考えて行動し、神崎ハヤテを倒すだけ。
それから、あまり時間がたたないうちに私たちの試合時間となった。
彼に何の因果があってか一緒に行動している朝永舞乃と言ったか…彼女はコートの脇に引っ込んで静観している。
私と神崎ハヤテがコートに立つと観客は皆、半ば諦めたような目でこの試合を見ているようだった。
「やるだけ無駄だって。相手が多数でも敵を全く寄せ付けないほどの強さがあるとういうのに、ましてタイマンならどうせまた能力も使わず瞬殺だろう」
そんなことを口々にこぼしているのだ。
しかし、私は何の勝算もなしにここにいるわけではない。
私の読みが正しければ、彼に勝つことはできなかったとしても、最悪でも能力を何か見ることができるはず。
そんな自分の考えと、試合手順をもう一度確認しながら試合開始を待つ。
3
(私はプレートを取り出し両手で包み込み、祈りを捧げているかのような格好で構えた)
2
(能力を少しでも早く発動する為に集中力を高める)
1
(最後に相手をしっかりと見据えて…)
スタート!
その合図の瞬間、私はすぐに術式を編みあげる。
もっとも、とてつもないスピードで神崎ハヤテが迫ってきているが気にしない。
戦闘の時の私は、感情のない殺戮機械。
相手を倒すことだけを考え、それ以外の感情はジャミングであると判断し、排除する。
そうすることで、いつでも万全の状態で試合に入ることができる。
「生物学アビリティ『ヴァイタリティ・シフト』」
いつものように声色のない平坦な声でそう呟くと、足下に生物学アビリティ特有の緑の陣が浮かび上がり、そこから漏れる緑の光が私を包み込んだ。
ヴァイタリティ・シフトは中級難易度の能力。高校一年のレベルで使える人間はそうそういないだろう。
さらに、威力は少し落ちるが発動が早くなる、高校一年生ではあまり使える人間が少ない前文無詠唱のオマケ付きだ。
この能力によって私は全身の細胞、特にミトコンドリアを活性化させ、通常の数倍のエネルギーを得ることが可能になり、自分の肉体的限界を一時的に超える。
もちろんある程度のリスクもあるわけで、この能力を使い続けると身体のエネルギーをどんどん取られ、長時間にも渡って使いすぎれば死に至ることもあるし、使う度に翌日使った時間に応じて体がダルくなったり、筋肉痛に襲われたりする。
だが、このまま戦えば勝てる。
なぜなら、私の得意能力だけあって、この能力を使った今の私の方が彼よりも速く動けるからだ。
この能力の生み出す圧倒的スピードによって中学の時は黒の神速能力者などという妙な二つ名を付けられてしまったが…。
ハヤテが距離を詰め私に徒手格闘を仕掛けてきた。
だが…
「遅い」
能力の発動が完了し、これによって上げられた身体能力はわたしの方が上。
神崎ハヤテの方は流石の良い動きで応戦しているが、覆るほどの差ではない。
それもそのはずで、得意な能力であるだけではなく、私も日頃から実戦を想定した体術の稽古くらいはしているからだ。
私が神崎ハヤテを圧倒し、彼の方がごまかしが利かなくなってきているようだった。
「このままではあなたの負けが確定する。私が言う事でもないが、この状況を能力を使ってどうにかするなら今しかない」
「どうやらそのようで。甚だしく不本意だが、ここで手を抜いたら後で舞乃が怖そうだ。しょうがねーな」
彼はそう言うと、プレートを取り出す素振りを………見せなかった。
「えっ」
私が事態を認識した次の瞬間には、神崎ハヤテが展開させたのであろう化学アビリティの効果範囲を指定する黄色に発色する陣に囲まれていた。
プレートを取り出さずに能力を発動することは、プレートの色で能力ジャンルが分かる事によって相手に身構えて対策させる隙を少しだけ削る以外のメリットは無いが、こんな事ができる人間など聞いたことがない。
プレートは身体に触れてさえいれば能力を発動することが出きることは分かってはいるが、実際に手に持たずに能力を行使するなど、よっぽどの修練がない限りできることじゃない。
だが、それ以上に規格外なのは…、
「効果範囲が広すぎる…」
ほぼコート全域を覆っているので、私がトップスピードで出ようとしても間に合わない。
そう判断したときにハヤテの纏っている雰囲気が変わった。
来る!
次の瞬間、目の前一面に炎の嵐が吹き荒れた。
「大規模爆破化学アビリティ、『トリニトロ』」
ハヤテの声が聞こえたが、これがこの術式の名前。
TNT爆薬の主成分であるトリニトロトルエンを効果範囲内に大量に発生させて、急激な燃焼、爆発を起こす能力。
能力は攻撃系のアビリティについては基本的に発生させた術者はダメージから守られる(アビリティが術者との干渉を嫌って避けていく)ため神崎ハヤテはこの炎の嵐の中、飄々として様子を見ているのだろう。
化学アビリティの能力は確かに広範囲に作用するものが多いが、コレは広すぎる。
ほぼ実戦コート一杯に広がる爆発の影響下では、いくら観客席の周りに張り巡らされている能力を遮る透明なパネルと個人が持っている防護フィールドが有るからと言っても、少なからず空気の燃焼による燃焼熱が吸収仕切れず熱を感じ取る事が出来ただろう。
それほどの威力が私に襲いかかったため、爆発が終わった時には私のフィールドの厚みが一気に薄くなっており、ギリギリ赤色になるのを免れたように見える。
神崎ハヤテの能力を見極めるという当初の目的は完全に果たしたのだが、これでリザインして降伏するよりもやれる所までやってみたいという感情が強くなった。
戦闘中には消しているはずの感情が浮かんで来たのは、自分より強い好敵手を発見した喜びからか、あるいは…。
いつぶりかも分からない戦闘中に浮かんだ感情に流されるままに、私はハヤテに接近する。
彼は能力をもう使うつもりが無いのか、単に大規模な能力の発動によってエネルギーが枯渇したのかは分からないが、私との肉弾戦に応じて来た。
ここまで能力を極端に使おうとしない所を見ると、これはもう彼のポリシーなのかもしれない。
ならば余計に勝たせてもらう。
私の今出せる最高スピードで戦うと、ハヤテの方も更にスピードを上げてきた。
私のスピードについて来れてはいないが、それでもしっかりとした足取りでいるのは流石と言うべきか。
高校一年のレベルでは普通見ることができない高速徒手格闘の技に魅了されたのか、観客席から感嘆混じりの拍手が上がった。
私は確かに押してはいたが、如何せんさっきのハヤテのアビリティで削られたフィールドのハンデがあるため、圧倒的に不利な状況だった。
すぐに眼前に見えている私の防護フィールドが赤くなり、試合終了のブザー音が鳴り響いた…。
「ハヤテさん、参りました。私の負けです」
私がそう言うと、神崎ハヤテは、
「能力を使わされちまったな。まっ、楽しかったよ。またやろうな」
と、返した。
私にとって久しぶりの敗戦だったが、悪い気はしなかった。
試合後、私が選手控え室で休んでいると神崎ハヤテと朝永舞乃が訪ねてきた。
ハヤテがまず、
「お疲れ様。奈桜って強いんだな」と言った。
そう言われても私が真剣に相手をしたのに軽くあしらわれていたように感じたので、額面通りに素直に受け取ることはできない。
私は皮肉を込めて、
「本気を出して勝てなかった。だからあなたの方が強い」
と言い返す。
それから普段は人に見せない不機嫌な顔で黙っていると、朝永舞乃が見かねたように口を開いた。
「対戦相手が心から褒めて健闘を称え合っているんだから素直に喜べば良いじゃないの。それにしても、あなたメチャメチャ強いわね」
「私は、他人に褒められても嬉しいとは思わ…」
「そこでなんだけど!」
私の反論はあっさりと流された。
ムッとしないでもないが、ここからが本題のようだ。
「あなた、私達のチームに入りなさい。今の模擬戦をソロで戦ったって事はチームを組んで無いんでしょ?」
ああ、そのことか。
「私は単独でエントリーするつもりで…」
「あら、あなたもなの?ハヤテが最初に言ってたことと変わらないわね。強い人って何で皆そうなのかしら?」
ハヤテも最初に独力で戦おうとしてたコトには共感が持てたが、私は目的があって一人でエントリーしようとしていたので、強い人はどうこうという分析は知った事ではない。
「私はこれから自分の刺激になるような強い相手と戦ってみたい。だから必ず全員の相手と戦えるように単独エントリーするつもりなだけ」
「だったら余計に入りなさいよ。え~っと、奈桜でいいかしら?」
「どうぞ」
今日初めて会ったばかりだが、いつまでも『あなた』と呼ばれているのは座りが悪いので、名前で呼ばれることには異存はない。
「アリガト。奈桜は入試の成績は三位だったわよね。トップのハヤテは言うまでもなく、私は二位よ?」
「おいちょっと待て、初耳だぞ?舞乃が二位だったのか!?チームメイトには最初に教えとけよ!」
「言ってなかったっけ?それは悪かったわ」
「少しも悪びれて無い言い方だよなそれ…」
ハヤテの言い分は尤もだ。
だが舞乃はハヤテの事は気にせず続ける。
「だからチームを組んで一緒に切磋琢磨しましょうよ。対戦よりもチームメイト同士の方がトレーニングの時とかでよっぽど多く戦うわ。それに私も奈桜と戦ってみたいし」
確かに私の成績は三位だったが、まさか私の上二人がこうも簡単に見つかり、しかもチームを組んでいるとは思っておらず、これでは一人では戦えないかもしれないと思っていたところにこの提案だ。
入試の一位と二位と共に日々研鑽しあえるのは案外悪くないかもしれない。
そんな風に考えを改めて私は了解の言葉を口にした。
「分かった。こちらこそお二人のチームに参加する事をお願いする」
こうして、ソロでやっていこうとしていた私がチームを組む事が決まった。




