~模擬戦~
それから15分後、俺たちは実戦コートにやってきた。
到着するとすぐに舞乃が口を開き。
「実戦コートで今、模擬戦やってるらしいわよ。あんた、やって見せなさいよね」
「俺がか?あんまり参考にならないと思うぞ?」
「そんなことはどうでもいいじゃないの。それに、参考になるかどうかは私が決めるの。あんたには関係ないでしょうが」
「そうかい」
簡単にするとこういうやり取りがあって、模擬戦に参加することになった。
模擬戦はチームを組んだメンバーのお互いの戦術を知り、試合の作戦を立てるのに役立てたり、メンバーの実力を判断したり、まだチームを組むためのコネクションが無かったり、チームメンバーが決まっていない人間は、ここで意外な力を見せる選手を引き抜いたり、そこで仲良くなった人間同士でチームを組んだりすることができる。
そのため、チームメンバーを賭けた戦いや、結構なレベルの試合が行われているのだ。
だから、陸上競技場ほどの広さがあるテニスコートのような作りの実践コートの外周を囲むようにして設置された観客席はどこのコートも一年生だけのはずなのに結構な席が埋まっていた。
模擬戦の対戦カードはお互いの同意の下、コートについている審判の先生に申請することによって決められる。
だから、普通はなんの宛てもなく来たら誰かに模擬戦を申し込む必要があるのだが、幸い俺は、そんな苦労はしなくてよさそうだ。そんなことをせずとも、入試トップの俺の力を見たいがために、申し込みが殺到した。
俺はその中から適当に選んで、チーム人数がフリーの模擬戦に同意した。
そして運良くあまり待たずに順番が回ってきて控え室に入ろうというときに舞乃が、
「それじゃ、私は観客席から見とくから」
「って、お前は一緒に出てくれるんじゃないのか」
「私は客観的にハヤテの実力が見たいの。私が出たらそれが出来ないでしょ。それに相手も少ないみたいだしさ、このくらいは一人でどうにかしなさい」
「いや、だから…」
俺が言い訳を返そうとするのを、舞乃は俺に顔を近づけてきて、蠱惑的な笑みを浮かべ、
「お・ね・が・い」
そう囁いた。誰だよ、お前。
そんな事を思って強がってはみたものの、俺は舞乃の蠱惑的な表情のあまりの破壊力に、二の句が告げなかった。
「じゃっ、頑張ってね」
そう言って、非常に絵になる快活な笑顔を浮かべて観客席の方へ消えていった。
そんな言葉をもらっても、この場合は俺にとってマイナスにしかならなかったようだ。なぜなら、控え室の周りにいた生徒の視線が、今の舞乃とのやり取りを見ていたのだろう、一人残らず俺に集まっていた。
あいつの恋人だとでも思われているのかねぇ。
俺がコートに立つと、観客の視線が俺に集中した。
今更かもしれないが、こんな人の目が多い中であまり目立つことはやりたくないな。
それに、舞乃が見ていることだし…。
アイツにはどっから何を勘付かれるか分からないからな。
そう思って俺は、初手で相手の出方を見て、迎撃するにも、守るにも、最低限度の力しか使わないことに決めた。
まぁ、相手は男子生徒三人だけみたいだし、一年なんだから大丈夫だろう。
心の中でそんな星勘定をしつつ、俺は試合開始の合図を待った。
今まで騒々しかった観客席が静まり返り、試合開始のシグナルが点灯する。
3
(相手チームは全員懐に入れていたプレートを手に持つ)
2
(その間、俺は突っ立っているだけだ)
1
(相手は腰を低くして戦闘体制を整える)
スタート!
試合開始の合図が鳴った瞬間、相手はいきなり能力を使ってきた。
模擬戦はスタートの合図があるまで能力を使うことは出来ない。
使ったらどんな小規模でも使用者のプレートが能力ジャンル別、つまり能力が化学なら黄色、物理なら赤、生物なら緑に輝き、それと同じ色で能力の円形の図形(この言い方は甚だしく不本意だが、分かりやすく言うと魔方陣のような図形だ)が効果範囲に浮かび上がる。そのため、フライングは一発でばれるのだ。
そのため、能力評価には能力を出すまでのスピード、効果範囲までの距離・規模、使用可能な回数・時間、能力ジャンルの知識量などと言った項目があり、総合的に判断される。
スタート地点である100メートルほど離れたところにいる相手チームの三人の真ん中の選手が放ってきた能力は、この距離があっても発動までに一秒かからなかったところを見ると、中一にしてはまあまあのレベルだろう。
陣の色は黄色、つまり能力ジャンルは化学。
俺の足元に浮かび上がった黄色に光る陣は、一見したところ半径5メートルと言ったところか。
能力は通常、陣で囲まれた空間のみに働くので、俺はその半径5メートルの空間から、能力も使わずにたった一歩地面を蹴りだすだけで離れた。
次の瞬間、とうとう相手の能力が発動し、使った能力が明らかになった。
使った能力は化学ではわりとオーソドックスである水素原子単一の能力のようだ。俺が先ほど離脱した空間から「ポン!」と水素特有の爆発音が聞こえた。
音は可愛いかもしれないが、これだけの規模の爆発になると、爆発のときの燃焼反応である水素と酸素の結合で水が出来るという反応により空間内の酸素がほとんどとられて一瞬呼吸が出来なくなるのだ。
爆発よりもそっちのほうがこの能力の怖いところだ。
なぜそんなに危険なことをするのかと疑問に思うかもしれないが、プレートが持ち主の体表面を取り囲むように、ある程度の防護フィールドが張り巡らされていて、それが使用者防護フィールド内部を衝撃や熱などを軽減して平穏な空間に変えて守ってくれているので、防護フィールドが消えない限り、使用者へのダメージを軽減する空間を作り出すのだ。
それでもある程度のダメージは受けるが、防護フィールドが展開された状態で即死や重傷になったという例は報告されていない。
だから、酸素を多少取られたところで問題はないのだが、その代わりに防護フィールドの厚みが減るのだ。
フィールドの色は普段は透明なのだが、厚さが半分を下回るとフィールドの色が黄色に、更に薄くなり、二割を下回ると赤になるのだ。
そして個人差はあるが、大概一時間ほど能力を使わずに休んでいればフィールドは元の透明な状態まで回復する。
これを利用して、今行っている模擬戦などの能力を使った戦闘では、防護フィールドが赤くなった選手や、相手に自分のプレートを奪い取られた選手、気を失うなどで戦闘不能に陥った選手は、そこから先の戦闘から除外され、コートの外から仲間の応援や試合の反省をする時間になる。そして、仲間が全滅したら負けとなる。
そういった事情から、俺は陣から逃れたのだ。
なぜなら、俺は今回一人だからな。
防護フィールドを無駄に消費するわけにはいかない。
俺が能力を使った様子もないのに五メートルの跳躍を見せたからか、相手選手は皆驚いていたようだったが、俺はその隙を見逃さず、残りの95メートルの距離を約三秒で詰めた。
俺にとってはこの程度朝飯前だ。
相手選手がオレのスピードを見てさらに動揺している隙に、先ほど能力を使ってきた選手の前に立ち、すぐさま手からプレートを叩き落とて空中でキャッチ、すかさずブレザーの懐にしまった。
まずは一人。
そこまできて、やっと残りの二人が動揺による金縛り状態から立ち返ったらしく、あわてた様子で能力を行使してきた。
発動はプレートの赤の発光具合から物理学アビリティの右にいる男子生徒のほうが早そうだ。
そう考えた俺は、右にいる物理学科の男子生徒を標的に定めた。
相手はプレートを前に突き出し能力を発動した。
赤に輝く物理の陣がプレートの先に浮かび上がったところを見ると何かを撃ってくるつもりらしい。
次の瞬間、相手のプレートから亜音速である、一秒あたり約三四〇メートルほどのスピードで圧縮空気弾を連続で放ってきた。
だが、甘いな。相手はプレートをこちらに向け照準を定めているから、プレートの方向を見れば、空気弾が通る直線的な軌道を読んでかわすことなんて、俺にとっては簡単だ。
俺が難なく全て避けると、素早く相手の後ろに回りこみ、相手の首を手刀でたたくと意識を失い崩れ落ちた。
これで二人目。
そして最後の一人はすでに能力を発動していて、俺と物理学科の生徒が戦闘しているときに、とばっちりを受けないように外側から回り込んでいたらしい。
そして問題は、今対峙しているもともとある程度筋肉質だった相手の右腕が、筋肉で異様なまでに膨れ上がっていることだ。
相手の足元に緑色の生物学特有の陣が浮かび上がっていることから見ても、能力で筋繊維の数を増やしやがったに違いない。
だが、筋繊維をこの程度増やしたところで、俺との一対一の勝負で勝とうと思うのならばスピードに差があるため相手の攻撃が当たらないことを考えるといかんせん役不足な気がするのだが…。
案の定相手の攻撃は大振りで、俺は攻撃を簡単によけることが出来た。
そして最後の仕上げとして、さっきの男子生徒にしたように背後に回りこみ気絶させた。
これで終わりっと。まあまあだったな。
こんな感じで俺は能力を一回も使わずに、手の内を隠したまま大勝した。
しかし、試合終了のホイッスルが鳴った瞬間、観客席から俺たちの前の試合がそうだったように、大なり小なり歓声が聞こえるだろうと思っていたのだが、予想に反して静まり返っており、それどころか、俺はどこか熱のこもった、もしくは鷹が大型の獲物を見つけた時のような視線にさらされていた。
えーっと…あれっ?




