~東京理科高校~
今からもう三年前の話になる。
科学万能主義に拍車をかけるようにして日本で新しい科学技術が発表された。それは、科学を誰でも気軽に使えるようになる画期的なものだった。
全ての元素をごく微量に混ぜ込み中枢に半導体を用いてコンピューターによる制御を可能にして、残りは企業秘密のある工程を加えることにより製造したプレートを人間が触れることで、まるで魔法のように世界の事象をコントロールできるようになったんだ。
これならすでに科学と言うよりもむしろ魔法と言ってもいい気がしないでもないが、しかし、あくまでも科学である理由は、プレートを起動するためには、科学について学問的な知識がなければまったくといってよいほど起動しないからだ。
つまり、ある元素を扱おうと思ったら、その元素について詳しく知れば知るほど現実を改変する力が高まるということだ。
高度に発達した科学は魔法と区別がつかないという言葉があるが、この技術によってそれを地で行く形になった。
NST(new science technology)と名づけて発表されたこの技術は、その利権を持つはずのNSTの創始者が不明で、名前も姿も一切わかっていない。その上、いまや世界の根幹を担っているといってもよいこの技術を、あろうことか、無料で提供している奴がいる。
三年前のある朝、新聞や朝刊などとまぎれてポストに入っていたり、枕元に無造作においてあったりといった、どうやったのかもまったく分からない方法で全世界の人間全員に配布された。
しかも、持ち主の死亡と同時にそのプレートは消えるし、新しく新生児が生まれたらその日のうちにその子のプレートが届くといった徹底ぶりだ。
いったいどうやっているのか、なぜそんなことをしているのか、創始者本人でないと分からないだろうな…。
このプレートはコンピューターにつなぐことによって使える内容をカスタマイズできるが、扱う科学の分野は、大きく3つに分けられる。この3つとは、化学・物理・生物のお馴染みの3つであり、一人が扱える分野は基本的に一人につき1つで、生まれつき決まっている。
そして、プレートの要領が許す限りコントロールしたい物質、元素、理論、公式などを入力し、使うことによって使える分野の能力を使うことができる。
このアビリティは全ての人間に身を守るすべを与えただけでなく、ある者にはまた再び歩き出すための新しい脚を、またある者には失ってしまった光を取り戻した。
NSTによって提供されるアビリティによって殆ど全ての難病が完治できるようになり、また、能力を発動させる動力源を、運動するときと同じ様に、使用者の肉体的なエネルギーを驚く程の高い効率で小規模なエネルギー供給量に留め一回の能力使用が低いもので歩くほど、高位能力と呼ばれるもので百メートルを全力でダッシュしたときと同じくらいしか疲れず、簡単に超能力じみた能力が使えるようになったため、エネルギー問題や環境問題を始めとする人類の課題を悉く解決していった。
そんな経緯もあり、世界各国の政府はすぐにNSTに目をつけ、より上手く扱える人材を育成し社会に役立つように教育制度に取り入れ、その中でもNSTの技術や教育が圧倒的に進んでいるとされる日本の場合は、(まぁ、そのせいで諸外国からよく狙われたり、国民が拉致問題されかけたりする事も増えたのだが…)それに加え専攻して勉強できるように各県に1つずつ専門的に勉強できる理科高校を、さらに、北海道、宮城、東京、愛知、京都、大阪、福岡に理科大学を設置した。
その中の一つである東京理科高校は全校生徒千二百人、一学年四百人がプレートを使った能力の強化や多様化、科学についての知識を広げるために勉強したり研究したりしている。
理科高校は毎年高い倍率を誇り、入学試験は熾烈を極める。これは日本政府がNSTを教育カリキュラムに迅速に取り入れ、専門的に学習できる高校を作ったのはいいが、予算がもたず各県に一校ずつしか建てることが出来なかったことに加えて、科学を高いレベルまできちんと教えられる教員が底をついたからである。
試験は科学全般の知識と、自分の使う能力の分野の詳しい知識を問う筆記試験と、実際に能力を使って測定する実技試験があり、その二つの総合得点の上位四百人が合格となる。
その試験を見事勝ち抜いた新入生は、入学時に自分の使う能力の分野による学科、つまり、化学科・物理学科・生物学科に分かれるが、クラスは学科と関係なく混成である。午前は科学が多めとなった一般高校と同じカリキュラムを受け、午後からは各学科に別れて実技と専門的な知識を学ぶことになっている。
俺、神崎ハヤテは、そんな背景を持つ東京理科高校の入学式に期待に胸を膨らませ……るわけでもなく出席していた。なぜなら、
「新入生代表あいさつ。新入生代表、一年三組神崎ハヤテ」
「…はい」
この高校が出来てまだ三年しか経ってないため、最難関と言われているこの東京理科高校の入学試験のボーダーラインが分からなかったから、確実に受かるためにある程度高得点を取るように試験を受けた。それでも少しは、わざと間違えたつもりだ…。つまりだ。
(ハァ~、やっちまった……)
証拠に今、新入生が座っている席から、
「すごいね!あれって入試トップのひとでしょ?」
という会話が小声でささやかれている。
俺の高校での第一目標は、『目立たない』ただそれだけだったはずだ。俺の容姿は多少目つきが鋭いことを除いては身長も体格も平均並みだと思うので、学生に囲まれて目立たなくなるはずだった、はずだったのに…
(一発目から自爆してんじゃねーよ)
そんな自嘲をしながら陰鬱な気持ちで入学式に望んでいたのだ。
まあ、いくら気持ちが落ちていようとやることは決まっているので、淡々とあいさつを済ませて入学式を終えることができたのだが。
入学式を終えて俺の新しいクラス、一年三組最初のホームルームが始まった。
教室には新入生が入学式を終えた直後の独特の緊張感とよそよそしい雰囲気が満ちているが、早くも友人作りに精を出している奴ばかりだ。
どこの学校でもやっぱりこうなんだなぁ。まぁ、枕まで持参して早速寝てる変わった女子生徒もいたが。
そうこうしていると授業の時間がやってきて、担任らしい女の先生が入ってきた。
しかしその先生は女性の先生としては珍しく、どうも気だるげな表情を浮かべていた。おそらくいつもここんな感じなんだろう。
「あー、このクラスの担任になった結城だ。担任とか本当は面倒なんだが…まあ適当によろしく。そんじゃ、もう話すことないんで自己紹介とかやって時間つないでくれ」
なんと言うか…、教職員とは思えないくらい、すごくやる気のなさそうな人だった。
まあ、尚早な気はするが、新しい学園生活には自己紹介はもはやテンプレートになので、俺の番が回ってきたら(俺が入試トップだということを、クラスメートはすでに知っていたから滅茶苦茶注目されたが…)これから一年仲良くしましょうとか、そんなありきたりなことを言ってその場をやり過ごした。
頭のおかしい発言をする奴もいなかったしな。
自己紹介が終わり、それまで隅に座って眠そうにしていた担任の結城が立ち上って、
「そんじゃ今からこれからの流れについて説明するぞ」
俺は、これもテンプレートになりつつある、クラスの役員でも決めるのだろうと思った。
おそらく、周りの連中も同じことを思っていただろう。
しかし、その担任の発言は、俺達の予想の斜め上をいくものだった。
「お前らが考えているようなクラス役員うんたらは、今は決めない。正直めんどくさいし時間がない」
はっ?時間が無いってどういうことだ?
「これからお前らには、今から一週間以内に六人以下のチームをつくってもらう。その間一学年は全体的に一切授業を行わない。チームは別に一人でもいいが、正直きついぞ?定員の六人ギリギリで組むのがベストだな。ああ、ほかのクラスの連中と組んでも勿論いいからな」
ここである女子生徒が先生の言葉を遮って質問した。
「チームって何の為のものですか?大体、チームもなにもまだお互いのことをよく知らないんですけど」
担任の結城は、なおも平然とした様子で説明した。
「あぁ、それか。今年は各県に理科高校が設置されてから三年目になるだろ?やっと全学年揃ったんだよ。だから今年から夏に能力を使った理科高校対抗の競技大会が開かれるらしいぞ。それに参加する選手を決める為にトーナメントをするんだ。そのためのチームを組めってこった。校内に十カ所ある実戦コートは全部一週間解放しているから、互いの力量を測るなりなんなり好きに使ってくれ。まぁ使っても三カ所位だろうがな。チームを作ったらエントリーシートを職員室に提出だ。なんだ、もっと喜べよお前ら。お前らが楽しみにしてるだろう実戦なんだぞ?更に、勝ちあがったチームには無条件で成績が最大のA評価になる特典付きだそうだ。詳しいことはプリント配るから、それを見といてくれ。健闘を祈る。以上」
そんな風に、クラスメートのことなど微塵も分からないホームルームが終わった。
枕持参の女子生徒は自己紹介の時すら起きずにずっと寝ていた。それでいいのか?
一方、担任の結城は「あぁ、久々こんなに長く喋った…。死ねるわぁ…」などとぶつぶつ言いながらどこかに行ってしまった。こっちはこっちで大丈夫なのかあの先生?と言いたくなる。
というか、大事なことをプリントで済ませるなよ…。
そんなわけで休み時間になり(といっても、一週間授業がないと宣告された時点で、休み時間も何もないのだが…)、クラスは騒然となった。全員ができる限りいい人選でチームを組むために知り合いを、知っている限りの成績上位者を求めて右往左往したり、早速、実戦コートに向ったりしているのだ。
そんな中で俺は、最初こそ入試トップであることを知られているために人だかりができていたが、チームなんて組みたくない俺は、一言も発さず不機嫌オーラを発していたところ諦めたのか、人の壁はなくなった。
俺の隣の席の女子も結構な人気があったようで、今はお互い人が引けて心の余裕ができたからか、若干苦笑いを浮かべながらも、向こうのほうから話しかけてきた。
「あんたも大変だったみたいね。私もかなりの成績だったと思うけど、さすがに入試トップは人気ね」
「やめてくれよ。こう言うとイヤミみたいに聞こえるかもしれないけど、入試でトップなんて取りたくなかったさ。俺はもっと普通に高校生活を送りたかった」
ほんとにイヤミみたいなセリフになってしまったので、大なり小なり邪険な顔をさせてしまうかもしれないと、内心反省したのだが、以外にも彼女はそんなことを微塵も感じさせない顔で、
「ふふっ、あんたって面白いのね。一般的には普通って嫌がるものなのに」
「そうか?えーっと…」
「私は朝永舞乃よ。舞乃でいいわ。あんたは?」
「俺は神崎ハヤテ。それじゃあ俺もハヤテでいい。よろしくな。それで、チームはもう作ったのか?」
さっき舞乃に結構人が集まっていたのは見ていたし、実際に話したときのとっつきやすさから、俺はてっきりチームを作ったものだと考えていたのだが、いきなり不機嫌そうな顔になって、
「全然ダメ。さっきのはほとんどが同じ中学の出身なんだけど、あいつらのレベルじゃ私に合わせられないし、それに男のほうは大半が下心丸出しでイヤになるわ」
ここまでそんなに意識していなかったから今まで全く触れていなかったのだが、こいつはさらさらした黒髪が腰のところまで伸び、十人いたら十人が美人だと認める、かなりの美少女なのだ。それに出るべきところは出ていて、締まるべきところは締まった扇情的な体つきをしていやがる。これで成績がいいなら、そりゃあ下心を含んで寄ってくる男が多くてもしょうがないだろう。俺は単に呆れるだけだが…。それにしてもこいつ、どっかで見たことあるような…。まぁ他人の空似だろう。
「へぇー、結構自信があるみたいだな。でもチームを組まなきゃキツいんじゃないか?男がイヤなら女だけで組むとか、もっとやりようがあるだろ?」
「あら、ハヤテこそチームが決まったようには見えなかったんだけど?」
「まぁ、そうだが…」
「じゃあ、ハヤテにチームについてどうこう言われる筋合いはないわね」
そこをつつかれるとグゥの音も出ないが。
というかこいつは何でオレにだけ初対面なのに饒舌になってるんだよ?俺が勘違いするような奴かもしれないじゃないか。いやまぁ、そんな事実は無いのだが…。
「私、下心を持って寄ってくる男にはトラウマがあるのよ。いろいろあってトラックに轢かれそうになったから。でも、そのときに私を助けてくれた人がいたの。NSTがまだ発表されていないときに能力を使ってね」
その発言で俺の内心はモヤモヤとした黒い霧に覆われた。
別に、舞乃の見た目がいいからこいつが気になって、その恩人?に早くもヤキモチ妬いてるってわけじゃないからな。そこんとこ勘違いするなよ。
しかし、ここでムダに長々と時間を稼いでいても不審がられるだけなので、平然を装いながら話の続きを催促した。
「その人は私たちと年がそんなに変わんないように見えたけど、NSTの創始者らしいわ。すごいわよね」
「そりゃ本当か?すごいな」
我ながら棒読みっぽい発音だぜ、まったく。なあ、そんなにコイツのことが気になっているのか、俺はよぉ?
「ええ、どうもそうみたい。私は、あの人が私にしてくれたように、まぁ、顔はよく覚えて無いんだけど、たくさんの人を助けて、そして、名前も分からないけどあの人を見つけてお礼を言うの。それが私の目標」
「その目標はいいが、舞乃はそいつの名前すら知らないんだろう?宛てはあるのか?」
頼む、あってくれるな。
「ないといっても過言ではないわね」
内心結構嬉しかったりする。だが、ここでニヤけたアホ面をさらすな。気を引き締めろ、俺。
「なんで自信満々の顔でばっさりと言い切るんだよ。宛てがないんだろ?」
「ないわ。だけど、あの人は強い能力者が必要となるときには、必ず姿を現すと思うの。本人が私に見せた能力を行使できる奴なんて世界中探してもいないし。そこで出くわすのが一番出会う確率が高い現実的な考え方ってもんよ。そのために、私は学校だろうと社会の中であろうと強くなきゃいけないの」
こいつ、助けてもらった他人に対する信仰心強すぎだろ。
今の俺はいろいろあって安易に人助けも出来やしないんだから、お前の期待する人間像にはまったく近づけないぞ…って、ハッ、なんで俺が好きでもない奴の理想像に近づく努力をせねばならんのだ。
というわけで、こいつの夢を心の底から応援してやろうじゃないか。
「そうか、頑張れよ。いつかそいつに会えるといいな」
そう言った俺は、本当にどうでもいいコイツからいかにして離れ、いかにして接点を持たないようにするか、そんな思考を逡巡させていた。
なんで席がよりにもよってこいつの隣なんだよ。くそう、恨むぜ、神よ。
俺がそんな感じで思考モードに入ってしまったことが悪かったのか、舞乃は俺にとって最悪とも言える案をのたまいやがった。
「そうだハヤテ、あんた私とチームを組みなさい」
…なんてこった。
たった今俺はこいつから距離をとるための方策を巡らせていたというのに、俺との距離をたった一言で危険区域にまで詰めようとしてやがる。もっとも舞乃にはそんな意図などこれっぽっちもないのだろうが。
まぁ、ほいほい言われたことに従うわけにもいかないので、こいつの性格と、さっき言っていた学校だろうと社会だろうと強くなければならない云々という信念を分かっていながらも、断りの言葉を返す。
「せっかくだけど悪いな。俺は今回あんまり目立ちたくはないから単身でエントリーして、早い段階でドロップアウトすることにしてるんだ」
これで諦めてくれるだろうと思っていた頃が俺にもあったんだよなぁ。ありましたとも。だけどこの女、朝永舞乃は、自分にとって大事だと思うことには、清々しいほど強引になれる奴なのだ。
後になって思ったことだが、仮に、この時点で俺がチームを組んでいても、ここから先の流れは変わらなかったであろうことを考えると、先ほど恨んだ神は、俺の運命係数を勝手にいじりやがったに違いない。だからこそ俺は俺の個人情報をコイツにことごとく持っていかれて、いろんなことに巻き込まれたのだ。
しかも、毎回毎回こいつのやること自体は無茶苦茶だが、こいつの言う事にはここぞと言うときほど正しさと、何かほのかな甘い誘惑の香りが漂っているのだ。だから面倒ごとに巻き込まれると分かっていても、つい足を突っ込んじまうんだよ。
そして、このときとてそれは例外ではなく、俺の断りの言葉に舞乃はこう返してきた。
「あんた、単身でエントリーするの?学年主席が単身で、しかも早々に予選落ちしたら、かえってそっちのほうが余計目立つと思うわよ。私と組んだ方が目立たずに切り抜けられるんじゃないかしら?」
「それは…」
こんな風に何も反論できなかったのだ。
「だから私と一緒に組みましょうよ。私もあんたも一人で出るよりも目立たないだろうし、これからの面倒くさい勧誘がなくなるわよ。これって一石二鳥じゃない。と言うわけで決定ね」
「俺の意見は?」
「こんなに完璧な計画に意見することなんてある?受け付けないわ」
俺の意見なんて無視か…。
まあ癇に障るところもあるが、言ってることは正しいんだ。
下手にもめてもこの場合得策ではないだろうし付き合ってやるとするか。だが、それにしても…
「それにしても、残りのメンバーはどうするんだ?二人じゃさすがにきつくないか?」
「そうね。あと二人は増やすつもり。今から探しにいくわよ!」
「どこにだ。今度は宛てはあるのか?」
「ハヤテ、あんたプリント読んでないの?ていうか先生もこの事には触れてたじゃない。話聞いて無かったわね?校舎の南側にかなりの規模の実戦コートがあるのよ。そこを自由解放してるらしいからそれなりの奴が集まってなにかやってると思うわ。そこで気に入ったのを捕まえれば万事オッケーじゃない。多分あの子もいるし。というわけで、今から乗り込むわよ」
「…へいへい」
乗りかかった船だ。最後まで付き合ってやるとするか。
近くにいたほうがいろいろばれてもすぐに口封じもしやすいからな。
もう一度言っておくが、舞乃が美人だからホイホイ従ってるわけじゃないからな。
そこんとこ勘違いしないでくれよ。




