恋敵
*失恋
「早坂、今度の土曜お祭りに行かないか」
落ち着いた雰囲気を持つ、年頃の男子達よりも大人びた人。
眼鏡を通して見える、優しい色を持った瞳が好きだった。
放課後、部活動中の友達を待って他に誰も居ない教室で本を開いた。
しばらくすると、静かな空間に一人分の足音が近づいてくる。
遠い音の中に生まれた近い音にひかれ、視線を向けると彼が居て、なにげなく誘われた。
期待にふくらみ勝手に熱を帯び始める頬を、何気なさを装って読んでいた本でそっと隠す。
向けられた視線にあわせた視線を、そっと目を伏せる様に一度外して、そっとけれどしっかりと、頷く。
うん、いいよ。弾む声音を押さえて返事をして彼を窺えば、彼は微笑んでいた。
だから私も微笑んだ。
「……どういう、事?」
交わした彼との約束。待ち合わせた場所。待ち合わせた人は一人。けれどその場に居たのは三人。
私を入れて、四人。
彼と、彼の男友達の、私の幼馴染と、隣のクラスの女の子。
私を誘ってくれた彼は、私が来たのを見届けると隣のクラスの女の子と頬を染めあってあっけなく離れていった。
私はそれをただ見つめている。徐々に離れていく彼の背中をただ、見ている。
私の隣には、彼らの背を見て、私に向き直った幼馴染。
何時に無く、真面目な顔つきをしていた気がする。私にはどうでもいい事だからぼんやりとしか感じない。
私の言葉に、幼馴染は一度顔を下に向けて、震える手を握り締めていた。
「しょうが、ないだろ」
ざわめき、はじける周囲の楽しげな声に紛れながら声が届く。
「なにが?」
お祭り会場とは賑やかで、楽しいものだと思っていた。
なのに、今の私の心にはそぐわない。
私の格好は浴衣で、これ以上ないほど場にあった服装だと思っていたのだけれど、あんなにたのしみにしていたのだけれど、……なんでだろう。
「あいつはっ!」
幼馴染は大声を出す。
「あいつは、あの子の事が好きで! 俺はお前の事が好きなんだよ!」
きっと、睨むように向けてくる視線。でも、
「それがどうしたの?」
ぎゅと、私の言葉に困惑めいて眉を寄せたのを感じた。
幼馴染の言葉で言うならば。
「私は彼を好きで、私はあんたが嫌い」
それで?
人に紛れて見えなくなった彼の背中があった場所から視線を外して、今日初めて幼馴染を見やる。
「それで、あんたに何の関係があるの?」
私の表情に笑顔なんてない事は当たり前だろう。
「ねぇ、それってさぁ。男の人に分かりやすくいうのなら、恋人が恋人にあたしと仕事とどっちが大事なの、っていうのと同じ事じゃない?」
ねぇ、分かる?
「それで男の人ってよく言うよね、比べる対象が違うだろうって」
「それと一緒だと思うんだけど、……そうね、あと、友達と恋人どっちが大事なの、とか?」
首を横に傾ければ幼馴染の顔はこわばった。
「私は私、彼は彼、あんたはあんた」
「ねぇ、何の関係があるの?」
一人、祭囃子に背を向けて、一人、家路について、一人、部屋で泣いた。
私の恋心は何処へと向かえばよかったのですか。