子供
「ねぇ、たっくん。分かるでしょう? パパはお仕事なのよ」
しごと、しごと、しごと。
パパはいつでもそんな魔法の呪文でゆるされる。
と、ママとパパは思っている。
しょせん、子供の気持ちなんて親にとってはどうでもいいことなのだ。
だって、子供の気持ちを分かってくれるなら、ゲームはいつでもやりたいし、いつまでだって友達と遊んでいたいし、夜はおそくまで起きていたいし、お小遣いだっていっぱいほしいし、お風呂だってきらいだし、おやつはいつだって食べたいし、教科書なんて漫画でいいし、ただのお茶よりぜったいジュースがいい。
パパが夜ご飯を食べる時なんていっつもお茶じゃなくってビールをのんでいる。
それといっしょじゃないか。
もっと言えば、学校がお休みの日はパパに遊んでもらいたいし、遊園地とは言わなくてもどこかに連れて行ってもらいたい。
お休みがあけて、月曜日。
父さんとせんとうに行ったんだ! なんてクラスメイトに自慢する、かがやくしたり顔にはへぇ、なんてそっけないふりするけれど、実はやっぱり羨ましい。
男同士の裸のつきあい。
そんな事が出来たら少しはお風呂だって好きになる。
うちのパパはいつも仕事だ。お休みなんてないし、あったとしてもパパはお仕事で疲れているのよ、なんてママにようごされている。
だからぜいたくは言わない。
せめて運動会とか父親参観は一度でいいから来てほしい。
だけど、朝から分かる。いや、前日、まえの週、まえのまえの週、……一年前からわかってる。
パパは来ない。だって一度も来たことがない。
指切りをしたって、どんなに喚いて見せたって、パパは来ない。
魔法の呪文。
パパはね、お仕事なのよ。
「たっくん、パパね、辞令がでたんですって」
「……じれい?」
「そうなの。ここじゃなくってね、違う町にいかなくちゃならないの」
「…………」
「だからね、家族みんなでお引越しよ」
楽しみね。新しい町よ。
ママは笑う。
ねぇ、ママ。分かってる? それって僕はクラスのみんなと、友達と、親友と、お別れだって事だよ?
「……ママ、僕行きたくない」
振り絞った声で言ったらママは困ったように眉を下げた。
ねぇ、ママ、間違わないで。そんな事したら、引越しなんてしたら困るのは僕のほうなんだよ。
「ねぇ、たっくん。分かるでしょう? パパはお仕事なのよ」
たっくんは一人で食べていけないし、一人では暮らせないでしょう?
……ねぇ、ママ、パパ。どうしたら分かってくれるの?
そんなこと、わかるわけないでしょう? わかりたくもないんだよ?
子供言葉は子供のかんしゃくとして、終わったこととして片付けられる。
どうせ僕の気持ちなんて、どうでもいいのだ。