第四話「お一人(二人)様ご案内」
エーナ「あっ、ディヴェルさん、お久しぶりです。」
ディヴェル「え、と、どちらさまで?」
エーナ「えっ……!?」
マナ「なっ……!」
二人が倒れて既に一週間が過ぎていた。
家の中なので誰かが見かけて声をかけるわけでもなく、ただ時間が過ぎていくのみだった。
そんなある日
「……む」
マナが目を開けた。
「ふわぁ~あ」
実際には700年以上生きているわけだが、見た目通りの仕草で欠伸をする。
普段の態度が大人の様に見せようと背伸びをしているのではないかとさえも思える。
「あ?」
マナは周囲の異変に気づいた。
「あれ、エーナ、何で寝てるの?」
エーナの体をゆするが、反応が無い。
「ああ、そういえば、オーバーヒートしたんだっけ」
気絶する前のことをひと通り思い出し、寝起きでふらつく足をなんとか動かしながらマナはエーナを引きずって整備室に連れて行く。
「ひぃ、はぁ、ふぅ、やっと着いた……ついでに軽量化も考えないといけないわ、ねっ」
ベッドにエーナを乗せ、パーツをはずし、マナはメンテナンスを始めた。
「そういえば感情が暴走して大変なことになったのよね……」
作動確認完了
起動します
「……」
エーナの目が覚めた。
倒れてから一ヶ月が経っていた。
「よし、動いた」
「……?」
エーナが首をかしげる。
「感情が暴走して大変だったのよ。暫くは感情を安定させるために感情を極力縛ったままで生活してもらうわ。それが終了するまで貴女の未練の事は諦めてね」
「……どの程度?」
マナは「ふむ」といい、
「様子を見ながらだけど、だいたい一月ぐらいね」
と告げた。
「……」
何も言わないが、納得はしたようだ。
「それより――――」
鏡を指差す。
「排熱処理を強化するための実用試験に、少なくとも一ヶ月は――――」
エーナが鏡を見る。
「……?」
また格好が変わっているのだ。
何時もの姿とは違う大きな襟が特徴的な、セーラー服(の様なパーツ)を着けていたのである。
「その格好で過ごしてもらうわ」
「……。」
エーナは心底呆れた。表情には出さない。
「水兵様の軍服が元になってるから、俳熱処理には適切だと思うわ」
エーナの襟をめくる。
「ほら、ラジエーター」
「……?……!?」
背中に手を伸ばし、ラジエーターに触れてみたが相当熱かったようだ。
その様子を見て、
「廃熱効果は抜群のようだけど、やっぱり中身を調整するほうが先だったみたいね……」
頭を抱え込んだ。
「そうだ」
マナは一ヶ月ほど前に読んだ雑誌の記憶を探りながら、エーナが意味深な事を言っていたのを思い出した。
「そういえば、湯飲みがどうかしたの?」
ぎこちない動きでマナの書斎の掃除をしているエーナに聞くことにした。
「……え?……」
何のことか分からない様だ。首を横に振る。
「(暴走前後の記憶は無い……か。記録を見るほうが早いわね)思い出せないんじゃ仕方がないわね」
と言いながら本棚の陰に目をやった。
「ふぅ」と一息ついて、名案を思いついた。
「あ、そういえば雑誌が有ったでしょ、貴女の部屋に」
「……?!」
「それがどうした」というよりも「なぜ知っている」という態度をとるエーナを見て、マナは確信した。
「エーナ、貴女さっき私の話を聴いてなかったでしょう」
「……う、ぐ。」
「だから何も覚えてないにも関わらず感情暴走の件をスルーしたのね」
「……コクリ」
エーナはだまって肯く
「集音マイクも少しやられちゃってるのね。修理しとかないといけないわぁ……」
「あーやだやだ……」とぼやき、
「それで、話を戻すけどその雑誌を買ってきて欲しいのよ。」
「……どうして。」
「なにかしらの魔導具を作るのに使えそうだからよ。色々と参考になるし」
「……分かりました。」
魔導具という物が何なのか気になったが掃除ぐらいしか他にすることもないので快く引き受けることにした。
エーナが家を出た後――――
マナは椅子に座ったまま再び本棚の「影」に目をやった。
「さて、そろそろそこから出た出た。私に用が有って来たんでしょう」
「あやや、気付かれていたのかい」
本棚の影が浮き上がり、人の輪郭を形作る。
「あたいの能力もまだまだって――――」
その影は華奢な体つきで、見るだけでも女性と判る。
「――――事ね」
言い終えるころには影は彩られ、「人」の姿になっていた。
活発な少女の表情に、桃色のスカートと黄色い薄着を着ており、その上に丈の短い漆黒のマントを羽織っている。
「とんでもないわ、私が優秀なだけよ」
マナは掌に檻の形をした魔方陣を描きながら話す。
その様子を見た「人」は慌てて誤解を解こうとする。
「ちょ、ちょっと待ちなよ。あたいはあんたとやりあうためにここに来たんじゃ無いんだって」
マナは「人」を三秒程睨みつけ、「ふ~ん」と納得した後、
「で、何の用?」
(どこかで見た顔だ)と思いながら用件を訊くことにした。
「人」は胸を撫で下ろし、話し始めた。
「実は人探しをしてるのさ」
「人探し、ねぇ……。それで?」
目の前にいる深い緑色の左サイドテールの少女を睨みながら続きを促す。
「あたいは『こいつ』の為に人探しをしている」
自分の胸に親指を向ける仕草をしながら「人」は言う。
「はい?」
マナは唖然としている。が、「人」は構わず続ける。
「そいつの特徴としては、あんたみたいな顔で、あんたみたいな声だったそうだ」
記憶を探ってみるが、そんな人は自分以外に見たことが無かった。
「それは、もはや私ね。からかってるの?」
「いやいやそんなんじゃないって、『こいつ』の能力でいつもはイメージを壁に映して情報を集めていてね、この家に住んでいるって情報が入ったのだよ」
「へぇ、それでこんなところまでねぇ」
行動力に感心したが、疑問も多く残っている。
「で、そろそろあなたの言う『こいつ』について教えてくれない?」
「人」は困惑した表情を浮かべた。
「わ、悪いけど『こいつ』に口止めされててね、それについては返答しかねるよ。『こいつ』は昔人間関係でトラブルにあっててね、人見知りをするのさ」
「(人間関係でトラウマ、か)丁寧にどうも」
「人」は「あっ」と言うと同時に口を押さえた。
「それで、『こいつ』って何者なの?あんたもだけど」
「……」
「人」は口を押さえたまま喋ろうとしない。
「黙ってちゃ分からないわ。貴女についてだけでもいいから、何か教えて。何かしらの力添えが出来るかもしれないわ」
最後の一言で、少女の表情が明るくなった。
「協力してくれるって事だよね?そういうことなら……」
「あ、そこに座ってもいいわよ」
「お、ありがと~」
「人」は口止めされていることを忘れて話し始めた。――――
「あたいは、『こいつ』のもう一つの人格さ」
「二重人格というやつかしら?」
「厳密には違うんだって。あたいらの場合は「肉体」という「ハード」に「体格」、「思考」、「性別」、「能力」といった「データ」が入っている「ソフト」をセットするようなものって『こいつ』が言ってたよ」
「記憶は?共有してるのかしら?」
「してるよ。あと心の声で会話が出来るから『こいつ』と二人きりで会話するのに事欠かないんだ」
少女は頬を赤らめながら言う。
「ふむ」
マナは興味深い話に目を輝かせ、もしかしたら探している人を特定できるかもしれない質問をした。
「探している人のイメージは何年ぐらい前のもの?」
「700年ぐらい前って『こいつ』は言ってたね」
「(やっぱり『こいつ』って……)700年も前の人が生きてる訳がないわ」
呆れた振りをしたが、マナの内心は穏やかではなかった。
「でも、『こいつ』は『姉さんは生きてる、絶対に』って譲らないほどのシスコンなのよ」
肩をすくめ、続ける。
「『こいつ』の姉さんは不死薬ってのを飲んでるらしいね」
「……(そうか、『あの子』だったのか)」
マナの疑問は晴れた。
「……ブツブツ……(なら、だとしても、何故『この子』は生きている?!)」
しかしまた別の疑問が浮かびあがって来た。「人」は、マナの様子がおかしいことに気が付いた。
「…………(不死薬は飲んでないはずなのに……)」
一人思案していると、申し訳無さそうに緑髪の少女が話しかけてきた。
「おぉ~い、どうした~」
「はっ、ごめんなさい。今日の夕食のメニューが気になってしょうがなかったのよ」
嘘でごまかし、次の質問に移った。
「貴女の名前は?」
「あたいも『こいつ』もケイトって発音するよ。字で書くとこんな感じ」
マナの机の上から紙とペンを借り、紙に「計都」「計斗」と書いた。
「(ケイト……やっぱり)私はマナ。そして、これが最後の質問よ、ケイト。貴女はもしかして『こいつ』の事が――――」
「それについても答えかねるよッ」
ケイトは早口に返答した。顔が林檎のように赤くなっている。
「(ケイトにとって私は邪魔物になるか……)フフフッ」
自嘲気味の笑いをした。
「も、も~やめてよぅ」
「ゴメン、色々訊いたけどやっぱり心当たりはないわ」
マナは嘘をつきとおすことにした。
「そっか~お邪魔したねぇ」
ケイトは残念なような、しかしほっとしたような複雑な表情を作る。
そして椅子の影に少しずつ沈んでいく。
「お構いなく。あ、そうだ」
マナは複雑な心持ちであろうケイトを気遣い、提案をした。
「今日ぐらいはここに泊まって行かない?」
既に頭しか見えてなかったケイトが影に潜るのを止め、再び浮かび上がってきた。
「いいのかい?」
「いいわよ」
ケイトの表情が明るくなる。
「やったぁ~!」
喜んだ拍子に椅子が倒れる。
「今日は屋根のあるところで眠れるぅ~!」
いままでのケイトの境遇を想像し、マナは涙が出そうになるのを堪える。
「これからたまに来ても良いかい?」
ケイトがマナに詰め寄る。
「え、えぇ、いいわよ」
マナは少し後ずさる。
「本当!?ありがとぅ~。これからもよろしく~」
急にテンションが高くなったケイトに圧倒されたマナだったが、
「(せっかくだからエーナの未練解消の一助にしましょう)ええ、よろしく」
強かだった。
ディヴェル「久しぶりすぎです」
エーナ「……」
マナ「『何でこんなに遅れたのか教えろ下さい』って言ってるよ」
エーナ「……そんな事……ない」
ディヴェル「返す言葉もございません」
マナ「だからって登場人物の名前を忘れるなんてどうかしてるわよ」
ディヴェル「それはあんたが殴――――」
マナ「今度余計な事を言うと口を縫い合わすわよ」
ディヴェル「何も言えねぇ……」
エーナ「……次回も……お楽しみに……」
マナ「もってくとこは持ってくのね」