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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

某名字の皮

掲載日:2026/08/07

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 山田太郎、ジョン・スミス、ハンス・シュミット……。

 各国で、もっとも多い――と、たいていの人に思われがちな――名字と名前の組み合わせはあるものだ。実際、この姓名の組み合わせを持つ人も無名有名を問わずにいるだろう。

 本当に数が多いかはともかく、「多いだろうなあ」という思い込みは、なんとなく安心をもたらす。個々の名前を持つ人は、生きていくうちにその名に様々なものを刻まれていく。名誉でも悪名でもだ。

 でも、日本でいう「山田太郎」はポピュラーを越えて、没個性にひたることも可能な特別な名。これを偽名として扱うことで、本来の名前に負わされたものを放り出して、純粋な一人の人間とふるまえる機会がもらえるわけだ。

 まあ、知られすぎているぶん、たとえ本名であったとしても「偽名じゃないか?」という疑惑を抱かれる恐れもないとはいえない。

 山も田も、日本の自然じゃおなじみの風景。太郎は男の一番手で長男という印象。誰だって最初に生まれる男と女は、それぞれ長男と長女。子供が生まれる限り、なくなりはしない。「大勢」の象徴だ。

 この大勢の中へ入らざるを得なかった、僕の昔の話、ちょっと聞いてみないかい?


 僕たちの間で、一時期行われていた「山田くんごっこ」なる遊びがあった。

 みんなが遊びの間中は、それぞれ「山田くん」になりおままごとをするというものだ。

 山田一家の暮らし、というメインテーマさえ守れていれば、何をしてもかまわない。ただし誰かを呼ぶときには「山田くん」で統一。はたで見れば、家族にもかかわらず山田くん役が山田くん役を呼び、ゲシュタルト崩壊しそうな勢いだ。

 下の名前を発することは禁じられ、代わりに「山田」部分のアクセントで区別をする。

 や、ま、だの、どの部分に力を込めるか。あるいは、いずれかの音の間に伸ばし棒を入れたかのように間延びをさせるか……己の力量と相談して、判別方法をつけながら遊び中はコミュニケーションをとっていくんだ。

 外見は異なる。でも名前は同じ。その中で声のみをもって、判別をしていく。

 中には、個人の「舌技」によってしか再現不可能な山田よびもあったりして、感心したこともあったっけ。

 僕もその個人的舌技によって名づけられた、特殊な「山田」のひとりを演じていてね。彼と僕が参加するときは、いつもその「山田」で呼ばれていたっけ。


 なぜ、僕に対してその呼び名を採用したのか、尋ねてみたことがある。

 なにせ僕の口じゃ、せいぜい「ヤ・マ~ダ」くらいしか彼の技を再現できない。本当はもっと妙な味わいが漂っているものだよ。

「そろそろ、順番が来る」


 彼はそう語った。詳しくは教えてくれなかったが、運不運に関する大きな流れらしい。

 そこに個がいると、厄介なことを招くとか。そこであえて「山田」という没個性の枠というか皮を僕たちにかぶせることにより、流れからの影響を受けづらくしたい、と話してくれた。


「おそらく、今日明日あたりで『山田を呼ぶ声』がすると思う。夜遅くか、朝早くか。そいつらはいろいろな『山田』を呼ぶだろうけど、よく聞いて、僕が呼ぶ『山田』が聞こえたら返事をするんだ。

 声の大きさは重要じゃない。やったかやらないかが大事なんだ。もしやらなかったら、ひどい目が待つだろうね」


 またなんとも、不可解なことを伝えられた。これからみんなにも同じようなことを伝えていく予定とのこと。どこまで信じてもらえるか分からないけれど、とも。

 実際に、言う通りだったとして、彼のいたずらなんじゃないか……とは思ったけれどね。


 今日明日は、返事をするまであまり眠らないようにいわれた。

 ロングスリーパー気味な僕には、ちょっと厳しい注文だったよ。しかも「呼ばれた」のは夜明けも近い時間帯。徹夜そのものはできなくもなかったが、次の日がいっとうきついのは経験上分かっているから、避けたいところだったけれど。


「やまだ~、山田~」


 にわかに、声が聞こえてきた。

 すぐに友達の肉声でないのは判断できたよ。メガホンを通したかのような人工的で、キーンと耳へ響く音だったし、何より音源は「室内」らしかった。外から声をかけているにしては、声が鮮明に響きすぎる。

 そっと、暗がりに沈む室内を見回した。寝ぼけまなこではあるが、暗い空間には十分慣れている。家具の影などはいずれもうっすら判別できるものの、部屋へ別にあらわれた人影のたぐいはない。


「ヤマダ~、ヤ・マ~ダ~」


 呼ばれた? とその瞬間は判断がつかなかった。

 彼が使っている「舌技」がかもす、僕の呼び名にそっくりな気がしたんだけど、先ほどまで目に神経を凝らしていて、いまいち聴覚に自信が持てない。

 それから幾度も「山田」が呼ばれたが、先ほどのような呼び方は全然出てこない。

 無数の呼びかけのうち、いったん息をついた声は、わずかに漏らす。


「いないのかな~?」


 まるで子供をからかうような口調。

 直後、僕は体中がむずがゆさを覚えたかと思うと、寝間着の襟近くから伸びたそれが、にわかに頬をくすぐった。


 色ははっきりと分からなかったけれど、それは何かの草の葉のように思えたよ。引っ張ってみても抜けることはなく、それどころか鎖骨あたりまで一緒に引っ張られてしまう。

 草は僕の鎖骨の皮を破るようにして、生えていたんだ。しかも、引っ張ったほうの腕のあちらこちらにも、同じような葉が無数に生えている。

 よもやと、いまだむずがゆさを覚える身体のあちらこちらに触ってみても同じだ。

 毛が生えているだろうところが、草の葉に置き換わっている。しかも葉はいまだ伸びているようで、寝間着や布団を下から押し上げつつある。

 ただ一つ、無事な部分が多いのは頭髪だけれども、かゆみ自体はじわじわと広がっていて、おそらく後を追うのも時間の問題。


「やまだ~、山田~」


 声が、また「山田」を呼び始めた。先ほどと同じ順番でだ。

 これは答えないとまずそうだ、とかゆみに耐えながら今度は集中。例の「ヤ・マ~ダ」のところで、「うん!」と返す。

 するとどうだろう。声がぴたりとやんだどころか、草の葉が生えていたところもまた、ぱっと消えていたんだ。

 それだけなら、僕の錯覚のたぐいで済んでいたかもしれない。


 けれども、この日の学校。例の山田くんごっこに参加していた何人かが休んでいた。

 その子たちの家はアパート、マンション、一軒家と様々だったけれど、いずれも近くまでいったときに建物の壁面に、植物の長い蔦らしきものが巻いていたんだよ。先日まではなかったものなんだけどね。

 結局、彼らも長期入院することになって、その日から会えずじまいだったよ。

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