9.知ってるのよ
私たちが立てた作戦は、シンプルだ。
こうなったらもう、私は亡命覚悟で地下の秘密を暴くことにした。
(だから──もう、この際だもの!!)
言いたいこと。今まで溜め込んでいたことを全て、ぶちまけてしまおうと思ったのだ。
「ふたりは、私にとって大切な宝物なの。今回ネイサンは、ミリアを儀式の生贄にしようとしたわ。私は、ネイサンを許せない。許すことが出来ない」
とても単純明快で、分かりやすいこと。
「……彼には、自分が何をしようとしたのか、ちゃんと理解して欲しい。乱暴な物言いをするなら、分からせたい、そう思った」
「でも、姉様。気持ちは嬉しいけど、きっとあのアホには何を言っても伝わらないわ……もう問答無用で縛り上げた方が良くないかしら?」
控えめに、だけど言葉だけは剣呑にミリアが言う。私はそれに深く頷いた。
「そうね……。でも、まあ?最後くらい、話をしたいじゃない。後悔なんてしたくないのよ」
「確かに、姉様の言うこともわかるわ……」
最終的にミリアは大きくため息を吐くと、ビシッ!とアシェルに人差し指を突きつけた。小声で、ミリアがいう。
「……アシェル!姉様をよろしくね!?何があっても、姉様を守るって約束してちょうだい!」
「当然」
それに答えながら、アシェルが羽織っている黒のローブから短剣を取り出した。
「守ってもらうばかりっていうのも、ね。私も、アシェルを守るって約束する。だから、ミリア。また後でね?」
ミリアは陽動のため、別行動だ。
私がネイサンと対話、足止め、近衛騎士の撹乱を行い、ミリアはその間に地下を警備する騎士を昏倒させる。
「それじゃあ、始めましょうか。メルンシアの行方も聞いてみないと。それに、知りたいわ。何を思って、ミリアを生贄にしようとしたのか」
そして、私は手を前に出した。
魔力を意識する。
「開示」
ふわり、と手のひらから仄かな青い光が零れる。
それはやがて明確な蝶の形となって、バルコニーから窓の中──室内に向かって、姿を消していく。
中から、ネイサンの悲鳴が聞こえてきた。
魔力でできた蝶。
これは、他のひとは触れることは出来ないけど、視認は可能だ。
これを初めて見たら、何事かと思うでしょうね。
まあ、それが狙いなのだけど!
これは、私が能力を明らかにしていないからこそ、有効な撹乱だった。
すぐに、ドタバタと物々しい音がする。
どうやら転んだらしい。
「うわあああ!?な、何だ!?」
ネイサンの悲鳴を聞き付けて、近衛騎士が部屋の中に踏み入った物音がする。
「何事ですか殿下──こ、これは!?」
「なんだ、この怪しげな光は!?」
「アイ・スキルだ!!術者をとらえよ!!」
彼らもまた、部屋を泳ぐ蝶の大群に驚いているようだった。すぐに指示が出され、近衛騎士たちが魔力を辿ろうとしているのを感じた。
だけどそれを、アシェルのアイスキルが阻んでいる。
彼のアイスキルは【無効化】だ。
「クソ!!早く追え!!」
「こっちだ!!」
蝶は、部屋の扉を越えて、廊下に出たのだろう。
近衛騎士たちは、蝶を追いかけ始めたようで、ふたたび室内には静寂が戻ってきた。
(行った、かしら?)
アシェルに視線を向けると、彼が頷いた。
(気配はひとつだ。ネイサンのものだろう)
目配せをしてから、私はアシェルとひとつ頷いた。
そして──そこからはもう、一瞬の出来事だった。
バルコニーの扉を勢いよく開け、驚きに振り返るネイサンを拘束する。そのままカーペットに引き倒され、口に布を宛てがわれる。
「んんん!?」
おお……。流石、オー・ヴォワール育ち。
無駄がなくて素早い。
思わず感嘆していると、ネイサンの薄青の瞳と目が合った。その目が、どうしてお前がここに、お言っている。
それを見て、私は我に返る。
そうだわ。私には、目的がある。
ただの、個人的な用事なのだけど、ね。
私はネイサンの隣に膝をついた。
そして、ゆっくりと、彼に語りかける。
「ごきげんよう、ネイサン。ご機嫌いかが?」
「んん!んんんん!」
「って、あら……。私としたことが、これじゃあ話せないわね。困ったわね~~……」
布を外せば喚くだろうし。
これは困った、と頬に手を当てるとアシェルが助け舟を出してくれる。
「姉さんが持ち込んだ魔道具に、防音効果があるものがあったはずだよ。それを使ったらどう?」
「そうだったわね!流石アシェル。優秀だわ」
私はわざとらしく手を合わせた。
どこからどう見ても茶番だ。それに気がついたのだろう。ネイサンの額に青筋が浮く。
「さて、ネイサン。楽しい楽しいお喋りといきましょうか」
私は、ローブのポケットから魔道具を取り出した。魔力を込めれば、すぐに発動する。
独学だからやっぱり効果には少し不安が残るけれど、まあ、使用には問題ないはず。
「私が何をしに来たかわかるかしら?」
布を外すと、すぐさまネイサンが叫び出した。魔道具を発動させておいて正解だった。
「衛兵!!衛兵!!早く来ないか!!!!侵入者だ!!早く捕まえグェッ」
「もう、だから言ったじゃないですか。防音魔法をかけているから外には聞こえないって。私たちがうるさい思いをするだけなので、お静かに」
びっくりして、思わず布を口に突っ込んでしまうと、発泡スチロールを踏んづけた時のような音がネイサンから聞こえたけど聞こえなかったことにしておく。
それから、私は再度彼に尋ねた。
「あなたに使う時間が惜しいわ。だから早く答えて欲しいのだけど。あなたはなぜ、私があなたに会いに来たか分かる?」
「ふ──復讐か!?」
そして、意外にも彼は正解に辿り着いた。
私は目を丸くする。驚いたので。
「復讐される自覚があったの?」
「メルンシアをどこにやった……!?お前のそれは、筋違いだ!恨むなら、そんな目で生まれた自分を恨むんだな……!!」
「………ん?」
そして、ここで、私はネイサンとの会話がズレていることに気がついた。
「別に私、メルンシアには何もしてないわよ?それに、彼女を恨んでもいない。思うところはあるけど、わざわざ手を汚すことの程じゃないもの」
「は?それなら──」
(だけどこれでひとつ分かった)
ネイサンは、メルンシアの行方を知らない。
それなら、メルンシアは誰に拐われて──?
(考えるのは後でいいか)
「ミリアのことよ。彼女を婚約者に指名したんですってね。それで怒らない姉がいると思う?」
「ハッ……そんなに僕のことが好きだったのか?」
それに、私がなにか答えるより先にアシェルがネイサンを足蹴にした。
「調子に乗るなよ」
それはゾッとするほど冷たい声だった。
アシェルのこういう声を、私は初めて聞いた。けれど彼は暗殺者ギルドに所属しているのだ。こういう荒事には慣れてるのだろう、やっぱり。
私はため息を吐いて、立ち上がる。
もうお話はおしまいだ。
「気色悪いことを言わないで。タチの悪い冗談に付き合うつもりはないの」
「ク……ソ!!」
怒りのあまりか、屈辱のあまりか、ネイサンはプルプルと震えていた。それを見下ろして、私は彼に言った。
「知ってるのよ?……あなたたちが【夜明けの花嫁】を求めていることは」
「──っ」
ひゅ、と息を呑む音が静かな室内に響く。
相当、驚いているのだろう。それはそうよね。
これは、王家でもトップシークレット。
それをなぜ、フローラが知っているのか、という気持ちと、やっぱり知っていたのか、という納得の表情がネイサンの顔に浮かんでいた。
私はそれに、微笑みを返す。
にっこりと笑って、月を背負うようにして。




