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副作用だらけのハッピーエンド

物語の結末には、二種類あります。

「主人公が幸せになる結末」と、「主人公以外が幸せになる結末」です。


処刑台の周りには、かつての顧客たちが集まっています。

彼らの表情にあるのは、悲しみでしょうか?

それとも、「秘密を知る者がいなくなる」ことへの安堵でしょうか?


異世界役所の人生相談窓口、これにて閉業クローズです。

処刑台の階段を上りきった瞬間、奇跡が起きた。

 死の間際に脳が最後のアドレナリンを放出したのか、あるいは神様の悪趣味なプレゼントか。

 焼き切れていたはずの視神経が繋がり、失われていた聴覚が戻ったのだ。


 世界が、鮮烈な色彩を取り戻す。

 雲一つない青空。処刑を楽しみに集まった群衆のざわめき。風にはためく王国の旗。

 そして、最前列に陣取る「顧客クライアント」たちの顔。


 俺、相馬レンは、彼ら一人一人の顔をゆっくりと見渡した。

 彼らは泣いていなかった。誰も、俺の死を悲しんではいなかった。

 そこに在るのは、「安堵」だけだ。


 ガンツがいた。

 かつての荷持ちは、今は立派な鎧を着込み、武装した亜人奴隷の小隊を率いている。彼は俺と目が合うと、短く、鋭く頷いた。それは恩人への感謝ではない。証拠書類が焼却炉に放り込まれるのを見届ける、管理者の目だ。


 リリィがいた。

 彼女の隣には、虚ろな目をした夫――元英雄ガイルが座っている。彼女はガイルのよだれを甲斐甲斐しく拭きながら、俺を見た。その手が無意識に胸元へ伸び、服の下に隠した小瓶の膨らみを確かめる仕草が見えた。秘密は守られる。俺さえいなくなれば。


 カイルがいた。

 群衆の端で、父親のガルドを必死に抑えている。ボケてしまった元英雄は「見ろカイル! あれが影の魔物の親玉だ!」と的外れなことを叫んで騒ぎ、カイルは周囲にペコペコと頭を下げながら、父親をなだめている。彼にとって俺の死は、この永遠に続く「英雄ごっこ」の舞台裏を知る唯一の脚本家がいなくなることを意味する。


 群衆の最後尾、路地裏の暗がりにはケンジの姿があった。

 彼は相変わらず、何も背負っていないのに、見えない重荷に耐えるように腰を深く曲げている。その背中(亜空間)には、王国の闇である数千の死体が積み上がっているはずだ。彼の死んだ魚のような目は、自分と同じ「国に使い潰された道具」の末路を、感情もなく見つめていた。


 エリックがいた。

 純白の司祭服に身を包み、聖書を広げている。だが、その指先は白く変色するほど強く表紙を握りしめていた。彼は祈っているふりをして、俺が口を滑らせないか、唇の動きを凝視している。


 そして、アルベルがいた。

 彼は群衆の影に隠れるように立っていた。その手前には、新しい勇者となった少年ロイドがいる。

 ロイドの瞳はどこも見ていなかった。口の端から涎を垂らしながら、壊れた人形のように「悪い魔法使い、悪い魔法使い……」と繰り返し、へらへらと笑っている。

 アルベルは少年の肩に手を置き、自分の身代わり(スケープゴート)の温もりを確かめながら、俺から視線を逸らした。


 ……素晴らしい。

 俺は、心の底から感嘆した。

 これが、俺が作り上げた「ハッピーエンド」の完成形だ。

 誰もが何かを犠牲にし、誰かを踏み台にし、嘘と欺瞞で塗り固められた幸福を手に入れている。

 清廉潔白な人間など一人もいない。

 だが、彼らは生きている。社会的に成功し、システムの一部として機能している。


 眼帯の下で、熱がすうっと引いていくのを感じた。

 『解析』など必要ない。

 この地獄のようなパノラマこそが、俺の仕事の成果ポートフォリオだ。


 俺は跪かされ、断頭台に首を固定される。

 首筋に触れる刃の冷たさが、心地よい。

 群衆の喧騒が遠のき、世界が静寂に包まれる。


「――被告人、相馬レン。国家防衛の要である勇者システムを毀損し、王国の存続を危うくした大逆の罪により、死刑に処す」

 執行人の宣言が、乾いた空に響く。

 俺は小さく頷いた。そうだ、俺は国を売ったのだ。一人の男を救うために。 


 ガチャン。


 頭上で、留め具が外れる音がした。

 その金属音は、かつて役所で聞いていたホッチキスの音に似て、ひどく懐かしく、小気味よく響いた。


「――案件、処理完了クローズ。」


 俺は事務的にそう呟き、瞼を閉じた。

 未払いのツケは、これですべて精算された。


 ドサッという重い音が、広場に響き渡った。


          ◇


 翌日。

 冒険者ギルド別館の隅にあった「生活相談所」は、跡形もなく片付けられていた。

 書類はすべて廃棄され、家具も運び出された。

 そこには、最初から誰もいなかったかのように、冷たい石造りの空き部屋だけが残されている。


 清掃に入った業者の男が、首を傾げた。

「おや……?」

 部屋の中央にあった執務机。

 その一番下の引き出しだけが、どうしても開かないのだ。

 鍵はかかっていない。建付けが悪いわけでもない。

 だが、まるで中に「とてつもなく重い何か」がぎっしりと詰まっているかのように、ビクともしない。

 まるで、この部屋の主が吸い込んだ世界の毒が、そこに凝縮されて残っているかのように。


「まあ、いいか。どうせ使わない部屋だ」


 男は諦めて、机の上に一枚のメモを残して立ち去った。

 それは、前の住人が書き残した、この相談所の最後の業務日誌であり、世界への皮肉な遺言だった。


 『人生相談、初回無料。ただし、返品・苦情は一切受け付けません。』

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。


レンは死にました。

しかし、彼の仕事は完璧でした。

ガンツは英雄として、リリィは献身的な妻として、エリックは聖職者として、カイルは孝行息子として、アルベルは引退した勇者として。

全員が「社会的な死」を回避し、胸を張って生きていきます。レンの死体という「蓋」のおかげで。


相談所の机の引き出しは、二度と開きません。

世界の毒を吸い込んだフィルターは、役目を終えて廃棄されました。

誰も救われていないようで、全員が救われている。これぞ「副作用だらけのハッピーエンド」です。

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