最終話:俺じゃダメか?
――――――――――再びナオミ視点。
「申し訳ありませんでした」
「えっ、何が?」
「先日のお茶会のことです。ブライアン様の女性の好みも把握せず、私が先走ってしまいました。反省しております」
「いや、ナオミが悪いことなんてないよ」
よかった、さすがにブライアン様は紳士だな。
明らかに私の勇み足だったろうに、それを指摘しようともしない。
こういう人こそ幸せになってもらいたいものだ。
支え甲斐がある。
「デリア嬢とコリーン嬢を招待したのも、人脈のすそ野を広げるという意味では正解だったよね」
「……そうブライアン様に言っていただけると救いがありますが」
確かにブライアン様の仰る通り。
全くの失敗というわけではなかった。
デリア様とコリーン様には大変御満足いただけたから、今後に繋がりそうではある。
最も重要な目的である、ブライアン様に愛する人を調達するという目的を果たせなかっただけだ。
しかしデリア様もコリーン様も可愛らしいと思うんだがなあ?
ブライアン様の琴線には触れなかったようだ。
繊細系貴公子のブライアン様の隣にはピッタリだと考えたのだけれども。
いや、傍から見てお似合いというのと本人の好みは別だな。
「ブライアン様の女性の好みというのはどういったタイプでしたでしょうか? よろしければお聞かせ願えればと思いますが」
これはストレートに聞いてみるべきだ。
せっかくの旅の途中で、ブライアン様と話せる時間がたっぷりあるのだから。
いや、ブライアン様とこんな近くで目と目が合うのは初めてかな?
何て芸術的な造形のお顔なのだろう。
「ちょっと後ろ向いてくれる?」
「はい」
うんうん、ブライアン様の要求はわかる。
私の顔は至近距離での鑑賞に堪えないから。
はあ、ブライアン様と釣り合う顔とまでは言わないまでも、もうちょっとマシであったらなあ。
と思いきや、ブライアン様に背中をぎゅっとされた。
……これはバックハグというやつなのでは?
いやいや、馬車が揺れてバランスを崩しただけかもしれない。
ブライアン様の口からこぼれた言葉が耳を駆け抜ける。
「……俺じゃダメか?」
「えっ?」
ええと、ブライアン様の一人称が『僕』から『俺』に変わってるんだが。
『俺じゃダメか』とは?
冗談を言うような方ではないしな?
私の理解力を試されているような感覚があるが、解答がわからない。
「ブライアン様、馬車酔いでもしましたか? 大丈夫ですか?」
「通じないか……」
「はい?」
「もう一度言うよ。俺じゃダメか?」
ブライアン様の声が近い。
熱い息遣いがくすぐったい。
ドキドキしてしまうけれど……これはまさか?
「大変な役得だと思います。ありがとうございます。しかし?」
「僕はナオミが好きなんだ」
「……聞き慣れないワードの気がします」
「僕はナオミが好きなんだ」
「『好き』のところがよく聞こえなかったですね。もう一度仰っていただけますか?」
「僕の女性の好みという君の問いに答えよう。僕はナオミが好きなんだ」
「ええっ?」
私に都合のいい夢でも見ているのではないだろうか?
こういう時は頬っぺたをつねってみればいい。
脂が乗って手の滑る頬っぺただな。
うん、夢じゃない。
でも何で?
唐突過ぎない?
「光栄ではありますが、どういうことでしょうか?」
「どうもこうもないよ。最初から僕の女性のタイプは、ふくよかで生命力に溢れた人だよ」
「それだとわたしに当てはまる気がしますが……。ブライアン様、カゼ引いて脳が冒されているとかではないですよね?」
「ハハッ。意外とナオミは失礼だな」
わあ、爽やかな笑顔だなあ。
いいものを見た。
ただブライアン様の好みのタイプがブタだとすると、デリア様やコリーン様のように可憐な令嬢はストライクゾーンから外れるわなあ。
ええ? 本当に私がタイプなの?
信じられないんだが。
私の困惑を感じたかのようにブライアン様が言う。
「信じられない?」
「はい。私はこれまで殿方に好意を寄せられたことがないので」
「世の中見る目がない男が多いよね」
優しい声だなあ。
すごく心地いい。
「僕の母上は痩せた人だったんだ。痩せたというと語弊があるかな。貴族夫人としてはごく標準的な体形で」
「はい」
面識はないけど容易に想像できる。
公爵様の連れ合いで、ブライアン様の母君だものな。
美しい御夫人だったのだろう。
「しかし父上の女性のタイプも、ナオミのようにがっちりした女性だったんだよ」
「そうなのですか?」
「うん。セバスが言うには、自分にないものを本能的に求めるんじゃないかってことだったけど」
なるほど?
確かに私は体力や、意外と運動神経にも自信はある。
ブライアン様にない部分かもしれない。
「ごめんね。ナオミはあまりにもタイプだから何となく恥ずかしくて。今まであまり目を合わせることができなかった」
「いえいえ、別の意味で恥ずかしいのかと思っておりました」
だってブスブタブサイクが婚約者だなんて、ねえ。
ブライアン様ほどの貴公子がだよ?
誰もが不思議がってたくらいだし。
「セバスに言われていたんだ。ナオミを誤解させていたかもしれないと」
「誤解……ですか」
「うん。僕がナオミのことを気に入っていないと思われているんじゃないかって」
通常の解釈ではそうなるよね?
誤解していたかもしれないけど、これは私仕方ないと思う、うんうん。
「色々考えてね。こうやって後ろから抱きしめるのは、視線が合わないからかな。それほど恥ずかしくないと思ったんだ」
「ありがとうございます」
私がゾクゾクするんだけど。
ブライアン様の声は色っぽい。
さすがのモテ貴公子。
こんなの好きにならざるを得ないでしょ。
「やっと好きって言えた。よかった。この旅で何の進展もなかったらどうしようかと思っていたんだ」
「……本当の意味でブライアン様の婚約者になれた気がします」
「うん。僕も胸のつかえがとれた気分だ」
「私の気持ちも話してよろしいでしょうか?」
「お願いしよう」
バックハグの体勢を解き、正面から向き合う。
……照れてしまうな。
「……お慕い申しております」
最高の笑顔で応えてくれた。
ブライアン様は素敵だ。
今までは私を認めてくれた亡き公爵様に報いる気持ちで一杯だった。
これからはブライアン様のために力を尽くすよ。
私はやるぜ!
◇
――――――――――その頃、王都トレイワーヴァス公爵家邸にて。家令セバスチャン視点。
お坊ちゃまはうまくやっているでしょうか?
ちょっとしたボタンの掛け違いだと思うのです。
お坊ちゃまとナオミ様は本来相性がいいのだと思いますから。
きっかけさえあれば打ち解け合う、お似合いの二人だと信ずるからです。
先日のタイラー男爵家とワッツ男爵家の令嬢を招いたお茶会。
ナオミ様はお坊ちゃまにどちらかの令嬢をと考えていたようですが、失敗だと悟っていましたね。
それはそうです。
お坊ちゃまが求めているのはナオミ様なのですから。
責任感の強いナオミ様は、必ずお坊ちゃまの好みの女性のタイプを知りたがるはずです。
馬車の中の会話ネタにちょうどいいと思っているのではないでしょうか?
そこでナオミ様のことが好きだと、お坊ちゃまが告げさえすれば。
全てがうまくいくに違いないのですよ。
忠実なるセバスはお二人を心から応援しておりますよ。
そして神様、天国の旦那様。
お坊ちゃまとナオミ様を温かく見守ってくださいませ。
――――――――――
セバス並びにトレイワーヴァス公爵家邸の使用人一同が狂喜乱舞したのは、ブライアンとナオミが王都に帰還した一ヶ月半後のことだった。
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