第6話:気まずい馬車の中
――――――――――アカデミーの休業期間に入ってすぐ、トレイワーヴァス公爵家領に至る馬車の中で。ナオミ視点。
馬車の中でブライアン様と二人きり。
いや、婚約者同士でどうぞという従者達の配慮はわかるのだが、出発してから会話が全くないの。
気まずい、実に気まずい。
どうやら私は失敗してしまったようだ。
いや、トレイワーヴァス公爵家邸にてお茶会を開いたのだ。
ブライアン様は私と二人のつもりだったようだが、それでは申し訳ない。
ブスブタブサイクの顔を見て、何が面白いかということになるから。
先日約束したデリア様とコリーン様を招待させていただいた。
元気系美少女のデリア様と淑女系美少女のコリーン様。
どちらかはブライアン様のハートにヒットすると思ったのだけどなあ。
ブライアン様は如才なくにこやかに対応していらしたけど、商人スキルを持つ私にはわかっていた。
……あれは満足していただけなかった顔だ。
いや、デリア様とコリーン様には喜んでいただけたので、完全に失敗というわけでもないのだが。
セバスに聞いてみた。
『先のお茶会はウィンウィンだと思っていたのですよ。ブライアン様にもデリア様とコリーン様にも喜んでもらえるつもりでした。ところがブライアン様は不機嫌ですよね。何が悪かったのでしょう?』
『ナオミ様の配慮はお坊ちゃまにも絶対に通じておりますよ。ただナオミ様とお坊ちゃまの会話自体が少ないように思えます』
『それは私も気付いておりましたが……』
私と話していると、ブライアン様顔を逸らすことが多いしな。
いや私のブタ顔など見ても面白くないというのはようくわかる。
だからこそデリア様とコリーン様を用意させていただいたのだが。
どうも二人の令嬢は、ブライアン様の好みから大きく外れていたように思える。
考えてみるとブライアン様の女性のタイプって知らないな?
好みを把握してから良さげな令嬢を手配すべきだった。
クライアントの心に沿うなんてのは商売の基本なのに、私のミスだ。
つい良さげな令嬢が転がりこんできたものだから。
『お坊ちゃまともっと会話すべきですよ。意思の疎通を図るためにも』
『そうですね』
会話が必要なのはわかっちゃいる。
けどつい先延ばしにしてしまった。
だってブライアン様、私と話したくなんかないだろうから。
ジレンマがあるわ。
……しかしセバスは何か掴んでいるようなのだけどなあ?
私に話してくれる気はないらしい。
直接聞けって言ってるしな?
間に介在する人間が少ないほどバイアスが少なくなるってのはわかるけれども。
で、アカデミーの休業期間に入ったので、トレイワーヴァス公爵家領の様子を見てこようということになった。
このこと自体は以前に言われていたので予定通りなのだけれど。
馬車の中は二人きりで気まずいということなのだ。
↑今ここ。
ブライアン様不機嫌そうに外ばかり見ているしなあ。
しかし問題をずっと先送りするわけにはいかないんだよなあ。
ええい、ままよ!
「ブライアン様。少々よろしいでしょうか?」
――――――――――その時。ブライアン視点。
ばばばばば馬車の中でナオミと二人きりだよ。
ここここここんな場面は初めてだからドキドキする!
ナオミって肌が奇麗なんだよね。
すごくいい匂いするし。
心がわちゃわちゃする!
ただやはりナオミは根本的に誤解しているのだな。
セバスの言っていた通りだ。
先日うちでお茶会を催したのだが、ナオミが二人の令嬢を連れてきた。
『淑女科のデリア・タイラー男爵令嬢とコリーン・ワッツ男爵令嬢です』
『うん』
僕はナオミと一対一で話すいい機会かと思っていたのだけどな。
まあいい。
二人の令嬢は、ナオミとはあまり縁がないはずの淑女科女子だった。
人脈形成の一環かと初めは考えた。
が、お茶会が始まる直前にこんなことを言われた。
『お二人はブライアン様のファンだそうなのです』
『僕のファン……』
『私の目から見て可愛らしいお二人だと思います。ブライアン様から見てどうでしょうか』
『一般論的な意味で整った容姿だと思う』
『ブライアン様が子をなすのに十分でしょうか?』
『えっ?』
一瞬意味を捉え損ねたよ。
次いで冗談かと思ったけど、ナオミの顔は真剣だった。
子をなすって、そういう行為をしろってこと?
何それ?
『これは私が先走り過ぎたかもしれません』
『ええと、うん』
『まずお茶会でデリア様コリーン様の人となりを知っていただくのが先ですね。どちらかまたは両方を気に入ったということでしたら、あとで私にお伝えください。ブライアン様の愛する人として、私が責任を持って手配いたします』
『……』
『トレイワーヴァス公爵家の後継ぎのためでございます』
ここまでハッキリ言われたのは初めてだ。
完全にナオミは僕に令嬢を用意しようとしていた。
ナオミが自分の容姿を評価していないというセバスの説が本当だとすると、ナオミのしていることは理解できる。
ナオミは父上の遺志に沿い、僕を支え、トレイワーヴァス公爵家を盛り立てようとしているのだ。
ナオミは僕の婚約者だ。
それなのに自身が僕に愛されるという可能性を排除している。
ここまで無私に振る舞えるってあり得るのか?
高潔とも言えるナオミを尊いものに思い、同時にいじらしいと思った。
なのに僕のやっていることは何だ。
一言『令嬢なんか用意しなくていい。僕の愛しているのはナオミ、君だ』とさえ言えばよかった。
それで万事解決だったじゃないか。
自分のへっぴり腰に本当に嫌気がさす。
忸怩たる思いだ。
要するに弱っちい温室育ちなんだ、僕は。
トレイワーヴァス公爵家を継ぐ唯一の男児として大切に育てられ。
大体何でもできてアカデミー領主科でも恥ずかしくない成績だなんてのは、全てを与えられた環境で結果が出ているだけだ。
全然自慢にならない。
ナオミを見ろ。
平民が公爵家を切り盛りするなんてまるで畑違いだろうに。
父上が信頼する家令セバスが驚くほどの成果を残し続けている。
そのナオミに対し、自分の気持ちさえ正直に伝えられないのか。
僕は臆病者だ。
「ブライアン様。少々よろしいでしょうか?」
唐突にナオミが話しかけてきた。
ああ、馬車内の雰囲気が悪かったものな。
考え過ぎていた僕が悪かった。
「申し訳ありませんでした」
「えっ、何が?」
「先日のお茶会のことです。ブライアン様の女性の好みも把握せず、私が先走ってしまいました。反省しております」
「いや、ナオミが悪いことなんてないよ」
そんなことを気にしていたのか。
僕とトレイワーヴァス公爵家のためにしてくれたのに。
いや、僕が判断材料を提示していないものな。
今のこの重苦しい空気の原因を、ナオミとしてはそう考えざるを得ないのか。
何てことだ、全て僕が悪い。
「デリア嬢とコリーン嬢を招待したのも、人脈のすそ野を広げるという意味では正解だったよね」
「……そうブライアン様に言っていただけると救いがありますが」
そうじゃない。
そうじゃないだろう、僕!
今必要なのはもっと踏み込んだ言葉だ!
肩を落としているナオミなんか見たくない。
……いや、肩を落としていても、ナオミの肩幅は立派だな。
実に逞しくて惚れ惚れする。
また一つナオミのいいところを見つけてしまった。
「ブライアン様の女性の好みというのはどういったタイプでしたでしょうか? よろしければお聞かせ願えればと思いますが」
真正面からナオミと目が合う。
いつも真摯で真面目だ。
僕の中の商人のイメージは、へりくだりつつこすっからいというものだった。
ナオミはそのイメージを変えた人でもある。
さすが父上の選んだ令嬢だ。
ここしかない。
勇気を出せ、僕!




