第4話:互いに誤解がある
――――――――――その頃、トレイワーヴァス公爵家邸。ブライアン視点。
「そうですか、ナオミ様との進展はなかったですか……」
「うん。ごめん、セバス」
昨日のパーティーはナオミとの距離を縮めるチャンスだったのに。
ほとんど別行動になってしまった。
しかもナオミはシェリル・カルデコット伯爵令嬢と伝手を作ったと、喜んで言っていた。
人脈を広げるという目的を着実に果たしている。
僕は友人達と世間話をしていただけだ。
焦るなあ。
「シェリル・カルデコット伯爵令嬢ですか」
「噂好きと言うか、情報の発信元になっているみたいな令嬢だね。ナオミはいいところに目をつけている」
「ナオミ様は自分の人脈の弱さを自覚していますからな。しかしシェリル嬢は当然自身がお坊ちゃまの婚約者になるということを考えていたはず」
「家格のバランスからいうとそうかもしれない」
いや、間違いないか。
亡き父上が領の発展を担うだけの実力がある令嬢に絞って僕の婚約者の選定を進めていたことを知っていたから、僕の眼中には入っていなかったけれども。
「ナオミ様はシェリル嬢に恨まれてもいい立場です。にも拘らず、逆に接近することを考えるとは。侍女の性根を叩き直したことからわかっていましたが、いやはやナオミ様の手法は驚くべきものです」
いや、僕も心配だったけど、昨日のナオミは狙いがあったように見えた。
僕に大丈夫ですって目でサインを送る余裕があったものな。
最初からシェリル嬢と親交を得る予定だったのだろうか?
「ナオミはすごいな……」
「旦那様の悲願であったレイワーヴァス公爵家の中興も、ナオミ様なら必ず成し遂げるであろうと、私は信じます」
セバスから見てもナオミはそのレベルか。
大体平民の婚約者なのに貴族家出身のセバスを短期間で心服させるということ自体が、普通ではあり得ないものな。
「ただナオミは……」
「お坊ちゃまに無関心ですよね」
ず、随分ストレートに言うじゃないか。
僕の心の弱い部分に刺さるんだが。
「セバスはどう思う? その、ナオミを僕に振り向かせるためには」
「お坊ちゃまは人生の全ての期間でモテ続けてきたではないですか」
「うん」
当然とも言える。
僕はレイワーヴァス公爵家の嫡男なので、婚約者になれば将来が約束されたも同然だから。
「お坊ちゃまは繊細で放っておけない系ハンサムですし、性格も学業成績もおよろしいですから」
「頼りないことは自覚してるけど……。男に繊細というのは褒め言葉なのだろうか?」
「モテ男の一類型として、確実に需要がありますな」
「そうなのか」
セバスが言うなら正しいのだろう。
ただ自分は繊細なんて言われたくない。
力強い男になりたいんだ。
いくら剣を振ってもろくに筋肉がつかない僕の身体ではムリな望みなのだろうけど。
ナオミはパワフルなんだよなあ。
身体も精神も手法も。
僕が憧れる所以でもある。
ナオミみたいな人間になりたい。
「だからナオミ様は遠慮されているのだと思うのですよ」
「遠慮? 僕に? 婚約者なのに何を?」
「おそらくは家格も外見も釣り合わないことを」
家格なんか関係ないじゃないか。
レイワーヴァス公爵家当主である父上が決めたことなのだから。
誰が文句を言えるというのだ。
外見?
痩せ型長身の僕とぽっちゃりのナオミは、並ぶとバランスがいいのでは?
何よりあのナオミがそんなこと気にするか?
「ナオミは僕に、気に入った令嬢に粉かけろみたいなことを言うだろう?」
「言いますね。しつこいくらいに」
「ナオミは僕のことが気に入らないが、父上と約束したことだからレイワーヴァス公爵家に関わるということなのではないかと思うんだ」
何だセバス。
その肩を竦めた、ふーやれやれってポーズは。
「ナオミ様もナオミ様ですが、お坊ちゃまも大概ですな」
「どういう意味だ」
「お互いにお互いを誤解しているということです」
僕がナオミのことを誤解している?
具体的にどこが?
「ナオミ様のような面倒見のいい女性が、庇護欲をそそるお坊ちゃまのことを気に入らないなんてことがあるわけないではありませんか」
「そ、そうか」
庇護欲をそそるというのはまたしても言われたくない表現だ。
が、僕のことを気に入らないなんてことがあるわけないと、セバスが言ってくれるのは勇気付けられるな。
「だから遠慮なのですよ」
「……ナオミが僕に対して本当に遠慮していて、適当と思われる令嬢を僕に当てがおうとしている?」
「それが真実だと」
「バカな! 僕とナオミは婚約してるじゃないか!」
意味がわからない。
公爵であった父上が決めた婚約だぞ。
何を憚ることがあろうか。
「これは私の想像ですが」
「何だ?」
「ナオミ様は自己評価が低いのではあるまいかと思われます」
「自己評価が低い? そんなことはないだろう。ナオミの行動は自信に裏付けられているもの」
「言葉が足りませんでした。御自身の外見に限って、です」
「ナオミはふくよかで魅力的じゃないか」
力強いというか貫禄があるというか。
いかにもパワフルなナオミらしいと思う。
もっともらしく頷くセバス。
「お坊ちゃまから見ればその通りでしょう。ただ客観的にはナオミ様の外見が美しいとは申せません」
「何だと!」
「一般的に可愛い、あるいは美しいと言われている女性の姿を思い浮かべてみてくださいませ」
一般的に可愛いと言われている?
痩せぎすの令嬢しか思い浮かばない。
僕自身の悪い部分を見せられているようで気分が悪くなる。
「……どうにもそそられないな。ナオミの方がよほど魅力的だ」
「お坊ちゃまにとってはそうでしょう。旦那様も同じでいらっしゃいました」
「父上や僕の感覚がおかしいと言いたいのか?」
「違います。パートナーには自分にないものを求める、という人間の本能が根本にあるのだと愚考いたします」
「あっ、よくわかる!」
僕は自分にない生気に満ちたナオミが好きなんだ。
その感覚が一般的ではないにしてもだ。
「ところがナオミ様の考え方はおそらく違います」
「どう違う?」
「ナオミ様の思考は商人的でございます。最も需要のあるものは何か、それこそが一番だと考えているのではないでしょうか?」
つまりナオミは自分の外見が一般ウケするものと考えていない。
僕にも好まれるはずがないと思っている。
だから僕と自分以外の令嬢をくっつけようとする……。
「ではナオミが僕の婚約者になったのは何故なんだ?」
「それはひとえに旦那様に頼まれたからだと思います。公爵であった旦那様が平民のナオミ様に頭を下げたのです。意気に感じて引き受けたのでございましょう」
意気に感じての婚約だったのか。
だから僕との男女的な結びつきということは露ほども考えず、別の令嬢を愛しなさいという意図だったんだな?
僕は魅力的なナオミが婚約者になってくれて嬉しかったのに、ナオミは最初から愛を諦めていた。
政略の婚約は数あろうが、これほど双方の意識に乖離があるのも珍しいのではないだろうか。
何と切ないことだ。
「……ナオミの行動を矛盾なく説明できるな。セバスの言うことが正しく思える」
「ナオミ様のことがお好きなのでしょう?」
「当然だ」
「愛していると告げてあげてくださいませ」
「……急に態度を変えたように思われないか?」
恥ずかしいのだが。
「確かにお坊ちゃまの言いそうにないことではありますね」
「だろう? 僕の性格に合っていない」
「今は信頼が必要な時期です。不信を植えつけるかもしれない手法は取るべきではないですか」
「どうしたらよかろう?」
「では、お坊ちゃまは今のままで結構です。少なくともお坊ちゃまに嫌われているわけではないと、ナオミ様は察しているでしょうから」
「うん」
「使用人一同で少しずつお坊ちゃまの気持ちをナオミ様に伝えていきましょう。最後決めるところは決めてくださいよ」
「わ、わかった」
告白は僕の方からということのようだ。
お膳立てまでできているなら何とか……頑張ってみよう。
「もうすぐ学期末でしょう? アカデミーの休業期間はどうします?」
「ナオミに早い段階で一度領地を見せておきたいんだ」
「いいでしょう。ナオミ様も見たがっていると思います」
よし、ではナオミに伝えておかねば。




