第3話:ブサイクの子はブサイク
――――――――――翌日、サークル家邸にて。ナオミ視点。
「あっ、父様」
「おお、ナオミか。鏡かと思ってしまった」
「奇遇ですね。私も同じことを」
アハハウフフと笑い合う。
カエルの子がカエルなら、ブサイクの子はブサイクだ。
廊下の曲がり角で父様とバッタリ鉢合わせすると、こんなところに鏡がと思ったりするもの。
外見そっくりの父様を見ると、反駁を許さない血の繋がりを覚えてしまう。
もっとも父様は運動神経が鈍くて動きは鈍重だが、私は俊敏でフットワークが軽いほうだ。
ところでブタってかなり動ける動物なんだよ。
知ってた?
私がブタを自認しているのは伊達ではない。
「昨日のパーティーはどうだったんだ?」
「シェリル・カルデコット伯爵令嬢及びその取り巻きの令嬢達と親しくなれましたよ。やはりブライアン様の婚約者になったという取っかかりがあると簡単ですね」
「おお、やるね。話題の中心は美容関係かい?」
「はい」
我がサークル商会の弱いところはやはり上級階級に対してだ。
下位貴族はともかく、伯爵家以上の高位貴族とはほとんど接点がなかった。
しかし私がトレイワーヴァス公爵家の嫡男ブライアン様の婚約者になったことが広まってきている。
今後は高位貴族との取り引きも徐々に増えていくだろう。
「カルデコット伯爵家は最近金回りがいいらしい」
「領で特産品の掘り起こしに成功しているのでしょう?」
「南の辺鄙な領地だと思っていたが、そういうところこそ変わったものがあるのだな。各種柑橘と茶が王都民の嗜好にうまくハマった」
「いいものをいいと理解させる仕掛けが重要だと、再認識させられますね。トレイワーヴァス公爵家領の産物を売り込む際にも、参考にできる手法かも知れません」
私にはサークル商会があり、頼りになる父様もいる。
仕掛けはいくらでも利くのが有利な点だ。
私はやってみせる。
「ハハッ、ナオミの戦略眼はよくわかっているとも」
「化粧品事業ですか」
化粧品事業は私が起こしたものだ。
サークル商会の弱い部分、上流階級と女性に対するキラー商品になり得ると思った。
私自身が最も興味のある分野であるし。
公爵家の立て直しには直接役立たないかもしれないが……。
「ところでトレイワーヴァス公爵家の立て直し策として、ナオミが考えている事業は何だい?」
「戦略的に、商品作物に手をつけるのは決定ですね」
父様も頷く。
何故なら今持っている一般的知識とお亡くなりになった公爵様の話によると、公爵領には余剰の耕作地があると思われるから。
肥沃な耕作地は公爵領の一番の強みだ。
しかし単に穀物の増産では価格が下がってしまって儲けに繋がらない。
となると何らかの商品作物、特に食べ物に拘らなくとも加工品にできるものがいい。
遠隔地の領である不利を、技術の蓄積で払拭できる可能性もあるから。
「うむ、わかる」
「実際には領を見てみないと何とも言えませんが」
「具体的には? 大雑把に考えていることはあるだろう?」
「油ですかね」
植物油は食料品にはもちろん、化粧品にも必要だ。
私の事業との相乗効果を期待できるかもしれない。
また代表的な油料作物であるアブラナやゴマは、耕作地の広さが生きる作物だ。
ベニバナなら油以外に美しい染料も取れる。
「うむ、油はいいな」
「お酒はどうでしょう? 私そちらは強くないのですが」
「穀物が余り気味なら既に酒造産業はあるはずだ。しかしトレイワーヴァス公爵家領の酒が王都に入っているというのは聞いたことがない。地元で消費されているだけだと思う」
「王都に持ってきて売れますかね?」
「酒飲みは珍しい酒に興味を持つだろうね」
「なるほど。ではお披露目の時にインパクトを植えつければ有望ですね」
「特有のフレーバー酒なんかがあれば面白いな。増産を奨励してもいい」
油とお酒なら地元農民の理解を得やすいだろう。
いずれ私はファッションの分野に進出したいので、繊維用工芸作物の栽培を行えるといいな。
亡き公爵様。
私は絶対に期待に応えてみせます。
「ナオミが商会に送ってくれた、元公爵家の侍女達だが」
接客の心得を覚えさせるためにアルバイトとして放り込んだ侍女達の内、そのままサークル商会の従業員として正式採用した者達のことだろう。
私も聞いておきたいな。
「どうですか?」
「うむ、今後貴族との付き合いも増えていくだろうからね。重要な戦力になってくれるだろうよ」
貴族の接客は貴族に任せるのが間違いがない。
元侍女達は全員貴族の令嬢だから、絶対に役に立つと見たのは計算通りだったな。
今後の貴族出身者の採用においてもプラスになると思う。
「あら、あなた達。廊下で何しているのよ」
「母様」
「何、廊下は結構涼しいのでね」
「邪魔ですよ。部屋に入りなさいな」
デブが廊下を占有していたら邪魔なのはごもっとも。
部屋で母様も含めて話の続きだ。
「ねえ、ナオミ。ブライアン様との間はどうなのよ?」
思わず父様と顔を見合わせる。
どうと言われても。
「恋愛的なことでしたら特別進展はありませんよ。だって私はブスブタブサイクですから」
ブライアン様が私に魅力を感じるなんてあり得ない。
ブライアン様に似合うのは細身で華奢な、可愛らしい令嬢だ。
トレイワーヴァス公爵家の血統の存続のためにも、そうした令嬢と結ばれて欲しいものだ。
しかし……。
「……考えてみると、ブライアン様はモテモテ令息であるにも関わらず、どこぞの令嬢と親しいということがありませんね」
「女性嫌いだからナオミに話が来たということは?」
「ないです。令嬢方に囲まれても、普通に喋っていらっしゃいますし」
「ふうむ、何故だろうな? 少々不思議に思える」
「単に女性に対して積極的でないからでしょう」
「モテ過ぎるのも贅沢なものだな」
「私が適当な令嬢をあてがうのが正解かもしれません」
「チャンスじゃないの!」
「「えっ?」」
母様は何のチャンスと見たのだろうな?
ちょっと混乱する。
「ブライアン様を振り向かせるチャンスですよ」
「……ムリではないか?」
「そうですよ母様。大体私はこれまで、ブライアン様とろくに会話も交わしておりませんし」
「婚約者なのに?」
「はい」
「ブライアン様はよっぽどシャイなのね」
「「……」」
父様とともに絶句。
シャイとかいう問題ではないような。
ブタとは話す価値がないと思われてるんじゃないかな?
「ブライアン様にきつく当たられているわけではないのでしょう?」
「ええと、まあ、はい」
「それは婚約者として不満がないからですよ。絶対ナオミに気がありますって」
「ええ?」
母様恋愛脳過ぎないかな?
母様は楚々とした美人だから、殿方から好意を寄せられるばかりだったろうし。
ちなみに弟は母様似の美男子なので、きっと相手には困らないだろう。
……母様は美女なのに、どうして父様の妻なんだろう?
選択肢たくさんあったと思うんだけど。
その辺のことを聞いたみたことはないな。
「母様は何故父様を夫に選んだのですか?」
「優しいですし、頼り甲斐があるではありませんか。商売ではやり手ですし」
「でも父様は私そっくりですよね?」
「顔の話ですか? 世の中完璧な人間なんていませんよ」
言われてみれば。
でも私の顔はどうだろう?
世の中足切りラインってものはあるからな?
父様この話題になってから喋りゃしないし。
発言に自信がないんだろうな。
「ナオミは可愛げがありますよ」
「そうですかね?」
「はい。ブライアン様に嫌われているわけではないですから、結婚までにゆっくり距離を詰めればいいですよ」
「助言ありがとうございます」
嫌われているわけではないというのはその通りかも。
会話こそないものの、嫌がられている感じはしないから。
ちょっぴり勇気が出た。




