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Chapter2. 竜人の村②


 二十人ほどの竜人が群れを成して林の中を走る。

 その最後尾にはユークリウットもいた。


「状況を言え!」

 先頭にいた竜人の男は、全身に生傷がある竜人の青年を怒鳴りつけた。

「狩猟用の人間が脱走してよぉ。西の湖でドラゴン二頭に出くわしたんだ」


「狩猟用?」

 ユークリウットは隣を走る竜人に尋ねた。

「村の家畜だ。村から放って捕まえる『家畜慣らし』の最中だったらしい」

「家畜慣らしって何だ」

「竜人の癖に知らねーのか。捕まえた人間をあえて逃がしてまた捕まえて、心を折る()()だよ」

「この村ではそんなことをしているのか」

「どの村でもやってることだろうが。お前本当に竜人かよ……」


「ドラゴンだけど……二頭いた!」

 竜人の青年がそう言うと、周囲に緊張がはしる。

「一頭でもやべえのに、二頭だと?」

「おいどうする。流石に勝ち目が無いんじゃ……?」

「ドラゴンはつがいでいることもある。だから二頭いても何ら不思議じゃないだろ」

 皆が閉口する中、ユークリウットは冷静にそう述べた。


「あいつ誰だよ」

「今日、村に来たはぐれ野郎だ」

「俺らの邪魔をするようなら処分しとけよ」

「へへ……了解」

「そろそろ湖にで――」

 ――ドン!


 集団の先頭にいた竜人の男が後方へ吹き飛んだ。

 ユークリウットは飛んできた竜人の男を手で掴む。全身の穴から出血して即死だった。

 竜人の群れは林を抜ける。

 山の麓にある小さな湖畔では、竜人と人間たちが、二頭のメドウドラゴンに襲われている最中だった。


「ガアアアアアッ!」

「うぐっ……」

 メドウドラゴンの口から放出された水の塊が、竜人の女の体を貫いた。

「集団で固まるな。水が飛んでくるぞ!」

「囲んで殺せ!」


 竜人たちが各々に光の武器を出現させてメドウドラゴンに襲い掛かるも、反撃に遭い、近づくことさえ敵わない状況だった。


「くそっ、家畜共が脱走さえしなければこんな事に……うぐっ!」

 水の塊を身に受けた竜人の男が湖に落ちた。


(あのドラゴンたちも体が少し大きいな……)

 林を抜けたばかりのユークリウットはふいにその場で足を止めた。

(俺が前にいた大陸にもメドウドラゴンはいたが、このアリメルンカ大陸の方が若干大きい。シンセカイザルもそうだった。何か特別な理由があるのか……?)

「何だあいつ、あんなところで突っ立っていて……」


(あれはやはりメドウドラゴンのつがいか? 鳥類や爬虫類には卵や精子のほかに排泄物を排出する総排出口という器官がある。その総排出口にも種類があり、有袋上目やビーバーなどは直腸や尿道が総排出口から分離しているが、恐竜の総排出口はワニの構造と似ていて、ドラゴンにもこの総排出口がある――これは恐竜とドラゴンに類似点があるという証左で、だからこそドラゴンにもつがいが存在する理由にもなるわけだがドラゴンのつがいを実際に見るのはこれが初めて。貴重な体験だ……)


「死んだ奴を抱えながらなんかブツブツ言ってんぞ」

「イカれてやがる……」

「あんなの放っておけ。今はドラゴンに集中だ」

「ぐあっ!」

 竜人たちは抵抗むなしくメドウドラゴンの攻撃を受けて次々と倒れていく。


「くっ……お前ら、もう無理に相手するな。おらっ」

「あっ」

 竜人の男は近くにいた人間の女を掴むとメドウドラゴンに向かって放り投げた。

 女は瞬く間にメドウドラゴンの餌食になった。

「今のうちに村に戻るぞ」

「人間は捕まえなくていいのか?」

「すでにあいつらが捕まえてんだろ」


 二頭のメドウドラゴンは逃げ惑う人間たちを次々と捕食していた。


「おい、村に戻るならこいつも一緒に連れて行け」

 ユークリウットは近くにいた竜人に抱えていた亡骸をみせる。


「邪魔だろそんなの。早く捨てろよ」

「同じ村人じゃないのか?」

「知らねえよ。弱いから死んだだけの弱者だろ」

 竜人はそう吐き捨てて、十数人の仲間と共に村へ戻って行った。


「……こいつにも家族がいるだろうに」

「グギャアアアアアアッ!」

「まずはあいつらをどうにかしないとな」


 ユークリウットは亡骸を足元に置いた。

 人間の返り血で濡れたメドウドラゴンは少女を口に咥えていた。

 ユークリウットは足元に光の粒子を発生させたあと、地面を蹴り、メドウドラゴンの懐に一瞬で飛び込む。そして光の剣で長大な首を切断した。


 もう一方のメドウドラゴンの尻尾がユークリウットに振り下ろされる。

 ユークリウットは光の粒子をまとった拳で尻尾を殴り返すと、態勢を崩したメドウドラゴンに飛び掛かった。

「悪いな」

 光の剣がメドウドラゴンの頭部を串刺しにした。

 地面に降り立ったユークリウットは生き残った人間たちを見やる。


「命は助けた。だが、俺ができるのはここまでだ」

「……そ、そんな」

「待て、こいつ竜人だぞ……!」

「また俺たちを弄ぶのか……何だんなよ、俺たちが何をしたっていうんだ!」

「今まで竜人の奴隷だった我々がこれから何をすればいいんだ……」

「生きろ」

「え……」


 ユークリウットは光の剣を使って地面を掘っていく。


「生きていればいいこともあるさ」


 やがて堀に似た穴がつくられると、ユークリウットは湖の周辺に横たわっていた全ての死体を集めて、て土に埋めた。

------------------------------------------------------------------------------


 ユークリウットが村に戻ると、広場では竜人たちが取っ組み合いの喧嘩をしていた。


「てめえ、俺の弟を見殺しにしたってのか!」

「うるせえ、弱え奴が勝手に死んだだけだろ!」

「おう、いけいけ!」

「ぶっ殺せよー!」

「ギャハハハハハ!」


 周囲にいた竜人たちは喧嘩を囃し立てていた。


「……そういえば行きそびれていたな」

 ユークリウットは喧騒の脇を通って祠の方へ向かう。 


「何をしている?」

 村の竜人たちが祠に近づいていくユークリウットの進路に立ち塞がった。


「あの祠はこの村の竜人以外立ち入り禁止だ」

「まだ立ち入ってもないんだけどな」

「接近も禁止だ」

「あの中に何があるんだ?」

「余所者には関係の無いことだ」

「わかっ――」


 ――ブンッ!


 ユークリウットはふいに身を丸める。

 視線を上げると、広場で喧嘩をしていた竜人が拳を固めてニヤリと笑っていた。

「お前、さっき湖にいたよなぁ。見た目も俺らと少し違う……何者だ?」

「はぐれ竜人だ。それ以上でもそれ以外でもない」

「へっ……まあいいさ。今ちょっとイラついてさァ。殴らせてくれよ!」


 竜人の男は打撃を試みるも、ユークリウットはそれを難なくかわしていく。

 村の竜人が続々と集まり、周囲は熱気に満ち溢れた。


「ハッ、ハッ……お前、逃げてばかりだなあ!」

(なるべく騒ぎにしたくなかったのにな……)

「まどろっこしいな!」

「――っ」


 ――バキッ!

 竜人の男の拳がユークリウットの頬を打った。


「へへ、どうだぁ……ハァ……」

「……」


 ユークリウットは口内の出血を吐き出すと、背後にいる首輪をつけた人間の少年を一瞥した。

「この人間奴隷がどうかしたのか?」

 観戦していた竜人の女が手に持っていた鎖を引っ張る。少年の首輪が締め上げられた。

「ぃ……いたぃ……」

「……」

 ユークリウットはスッと両手を上げる。


「あいつ……光の能力を使う気か……おもしれえ!」

 竜人の男は手元に光の剣を出現させる。

 周囲にいた竜人たちも戦闘の激化を期待して更に囃し立てた。


「――降参だ」

「は?」

「これ以上の戦闘なんて俺には無理だ」


 ユークリウットがそう漏らすと、その場にいた竜人たちが一斉に哄笑した。


「余所者がどれだけ強いのかと期待してみればただの雑魚じゃねえか!」

「よくドラゴンの餌にならずに生きてこれたなぁ!」


 ユークリウットは口を閉じて侮蔑を一身に浴びていた。


「チッ……一気に冷めたぜ」

 竜人の男は光の剣を消失させる。

「……」

「まだ黙してやがる。抜け殻みてえな奴だな」

「フフ」

「あ?」

「抜け殻か。確かに、と思ってな」

「頭おかしいのかコイツ……じゃあな、腰抜け野郎」

 竜人たちが去って行く中、ユークリウットは祠をじっと眺めていた。

------------------------------------------------------------------------------


 ユークリウットは広場の近くに建つ宿舎へ入る。

 受付には首輪をつけた人間の少女が立っていた。

 少女はユークリウットの顔に浮かぶ染みを見つけると、姿勢を弓なりに正した。


「一泊したい」

「わかりました……」


 少女の両頬はひどくやつれていて、湿潤な気候に反して唇も乾燥していた。

 ユークリウットは代金代わりに翡翠を置くと、麻袋から竹製の水筒と麦餅(パン)を取り出した。

 少女は食い入るように麦餅を見つめる。口元からは涎が垂れていた。


「食べろ」

「え……?」

「腹が減っているんだろ」


 少女は机に置かれた麦餅をジッと見つめるが、手をつけようとはしなかった。


「部屋は勝手に決めるぞ」

 ユークリウットは廊下を通って奥の部屋へ向かう。

 角部屋の前に到着したところで受付の方を見る。

 女は麦餅を口の中へかっ込んでいた。


「んっ……」

 少女は喉を詰まらせて青い顔になる。

 見かねたユークリウットが受付の方へ駆け寄ると、水筒を少女に渡そうとした。

 しかし少女は頭を振ってそれを拒否する。


「俺は村の連中とは違う」

 ユークリウットは少女の口を開かせて水を半ば強引に飲ませた。


「――っはっ、げほっ、げほっ!」

 少女が激しくむせ返る。

「あっ、ぁりがとう、ござぃます……」

 少女は必死に言葉を紡ぐ。それは感謝というよりも低頭を強制されているような怯えだった。


「なあ」

「ひっ!」

「何もしない。聞きたいことがあるんだ」

「……はぃ」


「キュエリ=フェイプラインという人間がこの村に来なかったか?」


 少女は首が吹き飛びそうなくらいの勢いで頭を左右に振った。

「そうか。ありがとう」

 少女は謝意を述べたユークリウットを驚いた様子で見つめた。

 角部屋の前に戻ったユークリウットは扉を開ける。

 狭い間取りの中に寝台が置いてあるだけの殺風景な部屋だった。


「所詮、同じに見えるか」


 ユークリウットは右頬に浮かぶ黒色の染みを手で触ると苦笑した。

 そして衣服を身に着けたまま布団の上に倒れこむと、そのまま眠りについた。



米粉パンすき。

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