Chapter2. 竜人の村①
密林の奥に小さな村が存在した。
顔に黒色の染みが浮かぶ金髪碧眼の竜人の男が鞭を叩く。
「おらっ、さっさと働けよ、下等種族!」
薄汚れた布切れを身にまとう人間たちが一本の大きな丸太を担いで村に入っていく。
「うっ……」
丸太の端を担いでいた男がその場に倒れる。男の顔はひどく青ざめていた。
他の者たちは倒れた男に視線を向ける事はあっても誰一人助けようとはしない。
――バシッ!
倒れていた男の体に鞭が叩きつけられる。
「まだお寝んねの時間じゃねえぞコラァ!」
竜人の男は倒れている男に向かって叫ぶ。
「はぁ……ひぃ、はぁ……」
「なに息切らしてんだよ。さっさと起きて働け、人間風情が!」
竜人の男は男を何度も蹴りつけた後、頭部を強く踏みつけた。
「ほんと人間は使えねえなあ」
「その辺にしたらどうだ」
「ああん?」
竜人の男が背後に見向く。
村の入り口には青年――ユークリウットが立っていた。
「てめえ誰だ?」
「ユークリウットという者だ」
「……竜人か?」
ユークリウットは右手を伸ばす。右手の先から光の粒子がぽつぽつと発生した。
「竜人で間違いねえ。だが、ユークリウットなんてここらじゃ聞かねえ名前だ」
「一人旅をしている。所謂はぐれ竜人ってやつさ」
「それで、そのはぐれ野郎が俺に何の用だ。まさかこの下等種族をいじめないでー、っておねだりでもするつもりか?」
「そうだ」
「ギャハハハハハハッ!」
竜人の男は体をのけ反らせて笑った。
「人間に肩入れする竜人なんて初めて見たぜ。いいか、よく聞け。人間なんて俺ら竜人の奴隷になるために生まれてきた下等種族なんだよ」
「ぐっ……」
竜人の男は男の背中を踏みつける。
「こいつらは弱い。だが増えやすい。それを捕まえて使役する。食料にもなるし、遊び道具にもなる。力仕事なんて俺らがやった方が早いが、それじゃあ面白くないだろ?」
竜人の男は攻撃的な雰囲気を発しながらユークリウットの胸倉を掴む。
「頼みを聞いてくれたらこれをやろうと思っていたんだがな」
ユークリウットは腰にぶら下げていた小さな袋を広げる。
出現した色とりどりの鉱石の中から翠緑色の石を拾い上げた。
竜人の男の目がカッと見開いた。
「それ……翡翠じゃねえか!」
「やるよ」
ユークリウットは翡翠を指で弾いて竜人の男に受け取らせた。
「い……いいのか?」
「ここに少し滞在したい。村を案内してくれないか?」
「いいぜ、付いてこいよ」
竜人の男は嬉々とした様子で村の奥へ走っていく。
ユークリウットは地面に倒れている男を見やる。
男は痣だらけになった体を丸めて震えていた。
ユークリウットは衣嚢から液体の入った小瓶を取り出して、男の横に置いた。
「傷薬だ。患部に塗っておくといい」
「……らなぃ……」
「ん?」
「……竜人の施し、なんて……いらない……」
「生きてれば良いこともあるさ」
「……っ、うぅ……ぅっ……!」
男の目元から大粒の涙が溢れていく。それをユークリウットは静かに見下ろしていた。
「おい、何してんだ。早く来い」
ユークリウットは歩き出したが、しばらくして後ろを振り返る。
地面に倒れていた男は小瓶を拾うことなく泣き続けていた。
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ユークリウットはなだらかな坂道を登って村の中央に到着する。
植物を建材にした家屋が広場を中心にして立ち並び、広場には子どもから大人まで数多くの竜人が思い思いに時を過ごしていた。
「右の建物は宿舎。泊まるならここを使え。ここからもう少し先へ行くと市場がある。宝石を持っていけば大抵のものは買えるぜ。何か食いたかったら傘つき机がある食堂へ行け。猿の肉が出るか恐竜の肉が出るかは日によって変わる。時にはドラゴンの肉が出る事もあるけどな」
「ドラゴンを倒しているのか?」
「ああ。まあ、すすんで狙ったりはしねえけどな」
「ドラゴン種は強いからな」
「その辺にある建物は俺ら竜人の家だ。無暗に入るなよ」
竜人の男は屋根付きの建物を指差しながらそう述べた。
「あれは何だ?」
ユークリウットは村の西側の外れにぽつんと建っている石造りの建物を見た。
石造りの建物の前には二人の竜人が座っていた。
「村の祠だ。あそこも余所者は近づくなよ」
「祠ねえ。ここの連中が信心深いようには見えないが」
「それはどういう意味だ?」
ユークリウットは声がする方へ見向く。
広場にいた村の竜人たちが敵意のこもった目を向けていた。
「物騒な村だな」
「紹介したいところがもう一つあったわ。ついてこい」
二人は村の奥へ進む。布の上に品物を並べた露店が並ぶ通りに出た。
ユークリウットは歩きながら露店を観察していく。木工の家具を扱う店、動植物の皮を加工して作った衣料を並べた店、磨製石器を集めた店など様々な商品が売られていて、店の売り子はみな鎖で自由を奪われた人間の少女だった。
「へへ、面白えだろ。誰が一番多く売れるのか勝負してんのさ」
「略奪に飽きた竜人がこうして遊興を求める傾向にある事は知っている」
「お前がいた村もこんな感じだっただろ?」
「いや……俺のところは危機意識がここまで低くなかったよ」
「下等生物と違ってゆとりがあるんだよ、ゆとりが」
竜人の男は露店に置かれていた果物を徐に食べ始める。
売り子の少女が何か言いたげな表情を浮かべたが、竜人の男に睨みつけられると俯いた。
「ケケケ」
「このガキ、商品盗まれてんじゃないよ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
売り子の少女が、店主の竜人の女に蹴られながら必死に謝っていた。
「これがお前の言う紹介したいところか?」
「もう少し先だ」
二人は更に奥へ進む。
「ここだ」
竜人の男はぽつんと建つ平屋の扉を開けた。
薄暗い部屋の中には首輪をつけた人間の女性たちがぐったりとした様子で寝ていた。
「お前もこういうところ好きだろ?」
「下らないヤツだな」
ユークリウットはそう吐き捨てて踵を返す。
広場に戻ると、丘の上から村の全景を眺めた。
村の外れでは日焼けした人間たちが竜人の監視の下、耕作を行っている。その耕作地から少し離れたところに建つ掘っ立て小屋では人間の女性たちがやつれた顔で衣類を織っていた。村の至るところで鞭の音が響く。嗜虐心による竜人の娯楽。だが、竜人の中には鞭で叩くことに飽きて、光の粒子を集めて出現させた武器で人間を威嚇する者もいた。
竜人は『光を操る』特殊能力を生まれながらに持っていた。
光の粒子から成る得物は高熱を発し、高い殺傷性があった。そのことは村で使役されている人間たちも理解していて、能力を使う竜人に対しては特に従順だった。
「圧倒的な力の差から形成される歪な価値観。人間の奴隷化。弱肉強食といえばそれまでだが、同じ姿で意思疎通のできる生物を何故そこまで悪辣に扱うことができるんだ」
ユークリウットは同族に対しての嫌悪感を吐き出すと、祠の方を見る。
祠の側面にある格子の奥に人間の頭部が一瞬だけ見えた。
「銀色の髪……?」
ユークリウットは首を傾げる。生物は住んでいる環境によって肌や髪の色など外見が生理的変化を起こす事があり、それは竜人にも当てはまる。だが、銀色の髪は初めて見た。
「突然変異か霊の類か……行ってみるか」
ユークリウットが移動しようとした矢先、村の入口の方が騒がしくなる。
全身に生傷を負った竜人が村の中に飛び込んでくると、大きな声で叫んだ。
「……ドラゴンが現れた!」
糸魚川で翡翠拾って生きていたい…




