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Chapter1. 風変わりな竜人②


「無光沢な緑の鱗に覆われた獣脚類恐竜似の体躯。長大な首を持ち、主に川辺に生息する。名はメドウドラゴン」


 青年は『本』に書いてあるドラゴンの情報と、川辺にいる実物を交互に見比べる。


 メドウドラゴンは仕留めたばかりのアロサウルスに牙を立てる。バリッと引き剝がした肉塊を飲み込むと咆哮を上げる。その強烈な音圧は周囲にいた動物たちを恐怖させ、その場から逃げ出していく。

「よっと」

 逃げる動物を尻目に、青年はメドウドラゴンの背後に降り立つ。薄肌色の皮膚と灰がかった茶色の髪。右頬には水面に墨を垂らしたような歪な染みが浮かんでいる。背丈は高く、筋骨が発達した両肩が綿の外套を左右に広げていた。


「ドラゴンは生態系の頂点に君臨する生物種……だが、その中でもメドウドラゴンは()()()()()

「…………」

 メドウドラゴンが回頭する。前前(ぜんぜん)頭骨(とうこつ)の上に並んでいる蛇の目に似た双眸(そうぼう)で青年を見下ろした。


 巨大な存在を前にして、青年は微笑みを返す。

 メドウドラゴンの臀部から伸びる尻尾が俊敏にしなると、青年を襲った。

 ――ボッ!

 風を切る轟音が消えた数秒後、青年が空から降ってきて着地する。

 その両足は光の粒子に包まれていた。


「俺が人間だったら上半身が吹き飛んでいたなぁ」

「グギャアアアアアアアッ!」

「随分と苛立っているな……そろそろ()()を繰り出してくるか?」


 研究者のような好奇心を湛える青年の瞳に、腹を膨らませたメドウドラゴンの姿が映る。

 メドウドラゴンは口を開くと、大量の泡粒を吐き出した。


「よっと」

 青年は横に大きく跳ぶ。

 飛び出した泡粒が川向うの木々に触れた瞬間、爆音を立てて林の一部を吹き飛ばした。


「メドウドラゴンは体内に水の貯蔵器官があり、その水を魔法のように操って攻撃を行う……親父の記録は正確だな」


 メドウドラゴンは足元の礫を吹き飛ばしながら青年に突進した。

 青年は飛退くと同時に右手を横に広げる。右手の先から出現した光の粒子が収束して剣の形を成すと、メドウドラゴンの横腹を突き刺した。


「グギャアアアアアアアアッ!」

 メドウドラゴンが血を吐きながら巨躯をよじらせる。

「とどめだ」

 青年は左手の先にも光の剣を出現させて、メドウドラゴンの首筋を切り裂いた。

 メドウドラゴンがその場に倒れる。切創から噴出した大量の血液が青年に降りかかった。


「ちょ……」

 青年は懐にしまっていた『本』を慌てて取り出す。

 『本』が血で濡れていないことを確認すると安堵した。


 青年は最低限の生活用品が入った麻袋と『本』を岩場に置くと、服を着たまま川に飛び込む。

 水面には大量の血液が浮かんだ。


「ぷはっ。やっぱり肉食の血は臭いな……ん?」

「ギャィィィイ!」

 耳障りな鳴き声が周囲に響く。

 (うろこ)状の薄い体と長い(くちばし)が特徴的な恐竜――翼竜(よくりゅう)が空を飛んでいた。


 翼竜は先端に三本指がついている両翼を広げながらメドウドラゴンの死体の横に降り立つと、嘴を死肉に突き立ててほじくるように食べ始めた。他の翼竜も続々と集まり、同じように啄んでいく。硬い鱗の部分は避けて内臓や筋肉、目玉など柔らかい部位があっという間に消えていった。


 青年は脱いだ衣服を川辺で絞りながら翼竜の食事風景を眺める。


「死は平等。そこに生物の強弱や種族の違いは存在しない」

 青年は右頬に広がる黒色の染みを指でなぞる。

「けど、この世界にも平等があってほしいと思うのは人類の性かね。なあ、親父」


 青年――ユークリウット=ローヴェルは川辺に置かれた『本』を見やる。

 それはこの世界に棲む生物の生態系を記した書物であり、ユークリウットにとっては父の遺品だった。



「親父の遺言……早く果たしてやらないとな」

 ユークリウットは服の乾燥を待ってから東の森に向かっていった。


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