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Chapter3. 救世連盟③


 幕屋から少し離れた木陰の中でミルファは湖面をぼうっと眺めていた。


 鎧を身にまとった連盟の兵が湖の縁にやってくる。

「保護した連中、百八十六人だってよ」

「多いなぁ。俺らの食料大丈夫かね?」

「助けた村から食料を調達したけど期待したほどはなかったらしい」

「うーん、助けてよかったのかね。俺たちってドラゴンに襲われないようあえて山間部を進んでいて、たまたま竜人の村に遭遇しただけだろ」

「そういや、この隊ってどこ目指しているんだ? ずっと南下しているけど」

「さあ? でも、数千人の連盟員が船をつくって大海を渡ったんだ。何かしらあるんだろう」

「結局はついていくしかないからなぁ。俺ら人間はマシン・ヒューマンと違って連盟を抜けたら恐竜の餌か、竜人の奴隷にされる人生しかないからな」

「いいよなあ、マシン・ヒューマンは。俺ら人間とは違って強いからな」

「でもフィザ隊長は俺ら人間のことも平等に見てくれるだろ」

「マシン・ヒューマンの中にもお前ら人間とは違うみたいな雰囲気を出す奴もいるけど、フィザさんは人格者だよな」

「そろそろ行くぞ。小便していたら置いて行かれたとか笑えねえ」


 男たちが去っていくと、ミルファは膝を抱きかかえて目を瞑った。

「人間とマシン・ヒュ―マンは違う……?」

 頭の中ではふいに幼少期の頃の記憶が蘇る。



――――――――――――――――――――――――――


「私の体、ちょっと変。変な形になる」

「変じゃないよ。それがマシン・ヒューマンの特性なんだから」

 銀色の髪をなびかせた女性が幼いミルファを諭す。

「とくせい?」

「生まれながらの性質ってこと。私たちも顔のつくりとか一人一人違うでしょ。それと一緒」

「じゃあ変じゃないね。私もみんなと一緒!」

「そうそう。マシン・ヒューマンと人間はみんな一緒だから」

「お姉ちゃんがそういうなら間違いないね。お姉ちゃんは連盟の博士さんなんだから!」

ミルファは満面の笑顔を浮かべると立ち上がった。

「私もこの特性でみんなの役に立ちたい。困っている人をもっと助けたい。私もお姉ちゃんのようになりたいの!」

 ミルファがそう言うと、女性はミルファのことを優しく抱きしめた。

「ミルファは優しいね」

「お姉ちゃん……?」

「ミルファなら本当にこの世界を救えるかもしれないわね」


――――――――――――――――――――――――――



「お姉ちゃん……私……」

 ミルファはハッとすると頭をブンブンと振った。

「自分に何ができるか考えて行動する……そうだ、私が困っている人を救うんだ」


 ミルファは立ち上がる。

 頭上を覆う梢の向こうには清々(すがすが)しい青空が広がっていた。



「連盟が動いてくれないなら私が村の人たちを救済しなきゃ。私なら……できる!」



 ふいにぐうぅ、と腹の虫が鳴る。

「はぅ……」

 ミルファは視線を周囲に巡らしたが食べられそうな物は見つからなかった。

「……あそこはもういいや」

 ミルファは幕屋に背を向けると林の奥へ進んでいく。

 腰の高さまで伸びた草むらを掻き分けていくと小川にぶつかった。


 ミルファは小川を覗き込む。土の微粒子や葉っぱが水中に混ざっていて飲料には適さない水質だったが、顔を躊躇なく沈めた。鼻の穴から気泡がブクブクと漏れ出す。

「ぷはっ」

 川水の冷たさがミルファの顔を赤く染めた。

「意外と美味しい」

「お腹壊しますよ」

 やって来たフィザがミルファに手巾を差し出した。

「使ってください。髪が塗れていると風邪をひきます」


 フィザが微笑む。垂れ目で優しそうな印象を受ける黒色の瞳。健康的な肌色と線の細い中背。波がかった銀色の髪が僅かな木漏れ日を浴びて輝いていた。


「ありがとう、ヒザガ=イターイさん」

「フィザ=ガイティです。どうしてこんな所にいるんですか。隊の者は出発準備を始めていますよ?」

「ごめん、私はもう隊に戻らない」

「考え直してください。奴隷を救うにしても組織にいた方が都合もいいです」

「ニドさんたちに連れ戻してこいって言われたの?」

「家族を大切に思うのは当たり前のことですよ、ミルファさんは僕の義妹なのですから」

「私はまだ義妹じゃないよ」

「……そうですね。リセリアは僕と結婚する前に蒸発しましたからね」

「お姉ちゃん……」


 風が木々の葉を揺らす音が響いた。


「『リセリア事件』からもう七年経つのに僕は未だに彼女を発見できていない……悔しい限りです」


 ミルファは姉のことを想起する。両親のいないミルファにとって姉のリセリア=フォーレンは親代わりの存在だった。救世連盟の一員だったリセリアは歴代のマシン・ヒューマンの中でも突出した戦闘能力を持ち、リセリアの武勇を聞きつけて久世連盟に所属したマシン・ヒューマンも多く、人類の希望とまで称えられていた。そんな自慢の姉が七年前にある事件を起こして失踪した。


「でも、最近になってようやく手がかりを得たんです」

「えっ?」

「アリメルンカからジアチルノイアに来た渡来人の中に、リセリアに似た者を見かけた方がいました。もしかしたら彼女はこのアリメルンカ大陸に渡ったかもしれない。僕は彼女に会うためならどんな可能性にだって縋るつもりです。それに、ミルファさんもリセリアの手がかりを求めて海を渡ったのでは?」

「……私は違うよ」

「リセリアに会いたくないのですか?」

「できることなら会いたいよ。でも私は連盟員で、多くの人を助けることが使命だから」

「勿体無い」

 フィザは頭を大きく振った。


「個人の感情に囚われず人類救済に邁進するその高潔さに感服します。ですが、マシン・ヒューマンであるミルファさんの力が人間の保護活動だけに使われることは絶対に間違っています。マシン・ヒューマンの力はもっと大局に使われるべきです。その可能性をもっと信じるべきです。ミルファさんがその気なら人の上に立つことだってできるのに」

「私は立場なんていらないし、誰かを助けることに大局も無いよ」

「分かってない。あなたは自分がどれだけすごい存在なのかをまるで分かってない。優れた者が頂点に立って指揮を執る。それが組織の……いや、理性ある生物の正しき姿であって、ミルファさんのような優れた方が他人に使われるなんて持っての他です」

「それは竜人がやっている支配と同じだと思うけど」

「違います。優れた指導者がいることで他の者は己の価値を知り、立場を理解して役割に従うという話です。それなら竜人のような自己中心的な存在は生まれないでしょう」

「私がその指導者になれと?」

「幕屋の中で威張っている人たちに難民の救援要請を却下されないようにもなります」

「それは……」


 フィザが息を小さく吐くと、優男の顔に戻った。


「……少し言い過ぎましたね、すいません。ただ、忘れないでほしいんです。僕のようなどこにでもいる下位のマシン・ヒューマンにとって、リセリアやミルファさんのような優秀なマシン・ヒューマンは尊敬の対象であることを。そのような方が小間使いのようなことをしているのは、見ていて悲しい気持ちになります」

「もういいよ。ヒザガ・イターイ君の言いたいことは分かったから」

「フィザ・ガイティです」

「……もう一度ニドさんたちに掛け合ってみる」

「ご一緒します」


 ミルファは未使用の手巾をフィザに返すと獣道を歩いていく。


「ところで隊の目的って何か知ってる?」

「戦闘の部隊長なので多少は」

「教えてって言ったら、教えてくれる?」

「確かにミルファさんが思われている通り、この隊は救世連盟の教義とは別にある目的をもって行動しています。キュエリ=フェイプライン博士の捜索も目的の一つです」

「少し前に連盟を脱退した天才博士だよね。本部の人たちがすごく慌てていたのは覚えてる」

「正確には連盟の学術部考古学科の科長を務め、後の学術権威になるとまで言われていた方ですが、二ヶ月ほど前に助手のマシン・ヒューマンと共に姿を消したそうです」

「連盟内でアリメルンカ大陸行きの人員を募集した頃とほぼ同時期だね……でも、人一人探すためだけにこんな大規模な派遣部隊を編成するとは思えないけど」

「もう一つの目的はとある地の確保です。ただ、そこに何があるかは僕にも分かりません」

「でも今の連盟が人類救済を目的に行動していないことだけはわかった」


 ミルファはぶすっとした表情で考えごとを始める。


「でも、こここまでの道中でこの隊が千人以上の奴隷を開放したのは事実です。ミルファさんにとっては納得できないと思いますが、決して連盟の教義から逸脱したというわけではありません」

「うーん……」

「救世連盟には、いや、僕たちマシン・ヒューマンにはミルファさんのお力が必要です」

「――よけてっ!」


 ミルファは絶叫と同時に空へ跳ぶ。フィザもすかさず真横に飛び込んだ。

 二人が先ほどまでいた地面が大きく削り取られていた。


 ミルファの右腕が銃に変形する。

 背部に空気孔をつくり、体内で圧縮した空気を放出して更に上空へ跳んだ。



 全長五十(メートル)の巨大なドラゴンが巨木を踏み潰して出現した。

 土色の尖った(うろこ)に覆われた躰。扇形の背中に生えている小さな両翼の外皮には鋭利な突起が生えている。先端が膨らんだ長い尻尾を持ち、歩くだけで地面を揺らす四本足が体の下に伸びていた。しなりのある長く太い首の先には鶏冠(とさか)のある平たい頭蓋(ずがい)(つぶ)らな両目が並び、特徴的な大きな鰐口をもつドラゴン――アースドラゴンが口の中で土塊を噛み砕いていた。


 アースドラゴンは落下してくるミルファを視認すると、瞳孔をキュッと窄めて猛進した。

「このっ!」

 ミルファは銃を撃つ。

 ――キィンッ! カキンッ!

 硬い鶏冠が銃弾を弾いた。


 ミルファが圧縮空気を使って落下の軌道をずらす。

 アースドラゴンはそのまま直進して陰樹林に突っ込む。

 高木を雑草のように踏み潰した後、反転して戻ってきた。


「こんな大きいドラゴンがいるなんて……」

 アースドラゴンの両翼が水平に開く。

 巨躯がブルッと震えた後、両翼に生えていた突起が散弾のように発射された。

 ミルファは圧縮空気を放出して回避行動をとる。突起の一部が右肩と左脇に直撃した。

 態勢を崩したミルファの体にアースドラゴンの尾が叩きつけられる。


「ミルファさん!」

 フィザが地面に転がったミルファの下へ駆け寄る。

「大丈夫」

 ミルファははっきりとした口調で答える。両手には円形の盾が形成されていて、地面に叩きつけられる直前に全身から圧縮空気を放出して衝撃をやわらげていた。

 フィザはミルファを心配する傍ら、マシン・ヒューマンとしての複雑な動作を一瞬でやってのけた事に対して感動していた。



 アースドラゴンは地面の土を食らっては飲み込む。程なくして両翼の突起が元通りに生えた。


「僕が(おとり)になります。ミルファさんは助けを呼んできてください!」

 フィザの右手に光の線がはしると長剣に変形した。長剣の内部で圧縮空気を高速循環させて刃先を分子運動させる。足や背中につくった空気孔から圧縮空気を放出して前方に跳躍した。

「はああああああっ!」

 体を回転させて遠心力を利用しつつアースドラゴンに長剣を振り落とす。

 しかし、鶏冠の表面に僅かな傷をつけるに止まった。


 アースドラゴンの目がギョロと動いて着地したばかりのフィザを視界に捉える。

 首が一瞬縮こまったあと発条(ばね)のように反発して、大きく開いた鰐口がフィザに襲い掛かる。


「くっ!」

 フィザは間一髪のところで避けた。


 首が縮んで地面にめり込んでいたアースドラゴンの頭部が空中に戻ると、二人のマシン・ヒューマンを見下ろした。


「硬い上にこの巨体……ジエチルノイアにいる奴よりもずっと大きいな」

 フィザが頬の汗を拭う。

「グオオオオゥ…・・」

 アースドラゴンの首が再び伸縮する。

 ミルファが攻撃を警戒した最中、アースドラゴンの巨体が衝撃を受けてよろめいた。


 

 一瞬何が起きたのか分からなかったフィザの前に、一人の竜人が降り立った。

「何で出てきたんですか――ユークさん!」

「話は後だ!」


 いま現在のデータにおいて、最大の恐竜はアルゼンチノサウルス。その体長は22〜45メートル。

 一昔前まで巨大恐竜として有名だったブラキオサウルスの体長は22〜30メートル。


 ちなみに45メートルは15階建てマンションに相当するらしいので、それらを凌駕する大きさのアースドラゴンさんほんと大きい。

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