第4話「邪な悪」
邪神を殺せるかもしれない『力』。
昔からの想い人である『真文ユリン』。
その2つを天秤に掛けられ、慎次キセイという復讐者は――。
「ユリンを離しやがれぇッ!」
そう叫び、真っ先にアツマの元へ向かった。
掌から炎を生み出し続けている邪神に咆哮を放ち、真後ろの黄色い石には目もくれない。
「ヒヒヒ。良い選択だ。なかなか面白ぇじゃねぇかオマエ!」
邪神であるアツマは自身の元へ走ってくるキセイを見て笑い、かと思えば即座にユリンを離す。
「きゃっ!」
そしてそのまま離した方の掌を服の中へ仕舞って――。
「だがその選択は不正解だ」
「……は?」
瞬時に何かを取り出す。
小さな物体を服の中から取り出し、地に倒れるユリンの元へそのまま腕を持っていき。
「まぁ精々頑張れ、雑魚人間」
衝突させる。
掌――否、服の中から取り出した黒い物体をユリンの肌へ当て、直後にアツマはその場から離れた。
「っ、てめぇ!」
キセイは目前で起こった一連の流れを目撃し、その上でユリンの元へ辿り着く。
「おいユリン! 大丈夫か!? 何かされたのか!?」
ユリンの側にもう邪神はいない。
アツマは既に離れており、想い人へ駆け寄る人間のことを遠くから傍観している。
「……ヒヒヒ。面白いことが起こるぞ」
そうして邪神はボソっと小さく呟き、邪そのものの笑みを溢した――瞬間。
「……が、ァッ」
「え?」
キセイの耳元にとある1つの声が届く。
「ゆ、ユリン?」
その声の主はユリンだ。
ユリンが両腕を上げ、嗚咽を溢すのに近い状態のままキセイの体を掴んでいる。
「ど、どうしたんだユリン。やっぱりあいつに何かされたのか? 邪神に何か……」
瞬間、キセイは思い出す。
先ほどアツマが服の中から取り出していた黒い物体のことを。
「そういえば……あれはどこに」
ユリンの素肌に当てられたと思った直後、それは消滅した。
というより、正確には見えなくなった。
アツマの掌から消えて影も形も無くなり――。
「ガァァぁッ!」
「ごォ、ッ!?」
それは瞬く間の出来事だった。
キセイが一瞬だけアツマの方を振り向いた途端。まるで獣のような雄叫びが聞こえたと思えば、背後から強力な衝撃が激突してきたのだ。
「なにが起こ……」
混乱しながらもなんとか頭を働かせ、キセイは顔面に付着する血を手で拭う。
そうして立ち上がり、ユリンの方を向いて――。
「……ユリ……ん?」
真文ユリンは牙と爪を鋭く尖らせて地に手と足を付け、四足歩行の状態と成っていた。
「お前。それは……」
直後、キセイを襲いに向かってくる。
「なっ!?」
即座に躱すことができたキセイは一度ユリンと距離を取り、体の向きを変えて。
「――アツマぁぁああッ! ユリンに何をしやがったぁぁッッァァ!」
全力で叫ぶ。
腹の底から。喉の奥から。最大限の憎しみを込めて問い掛ける。
「ヒヒヒ。どうだ、面白ぇだろ? その女を獣に変えてやったんだ」
「あ?」
「俺がさっき服の中から取り出して女に当てたやつ、あれは黄色い石と同じ効力を持つ物だ」
「っ!」
「邪神を殺せるかもしれない力を得られる石ってやつだな。だから見てみろ、今その女には強靭な身体能力が備わっている」
そんなことを告げられた矢先、キセイはユリンの方を向き返す。
するとその言葉通り、ユリンは人間離れした体を手に入れていた。
軽く地を蹴っただけで空高く飛び、腕を少し振り回しただけで周りの地面は衝撃にまみれ抉れていく。
――獣。
まさにそれに見合う言動を取るようになり、本当にこの力を駆使すれば邪神へも一矢報いれるかもしれない。
だが。
「その代償として、理性を失ってしまうがな。ヒヒヒ」
「っ!」
「この黒い石や黄色い石。いわゆる触れてしまえば人間でも特殊能力を得られる特殊な石は全部で6個あるんだが、その中でも1番のハズレが黒い石だ。これに関してはただ身体能力が向上するだけで、特別な神能とかは得られない。更に理性も失うといったデメリット付き。文字通り、ハズレの石」
「そ、そんなものを……」
「俺は今日、石を集めに来た。唯一まだ人間に見つかっていなかったこの黄色い石をな。その目標が達せられた今、ハズレでしかない黒い石はどうでもいい。なんなら、そこらの道端に捨てて帰っても良かったくらいだ」
「――――」
「だがそんなところにオマエらがノコノコと現れてくれた。これを運命と言わずしてなんと言うか! ヒヒヒ!」
アツマはこれまで以上に饒舌に喋り狂気的な笑みをキセイへ見せつけ、腹を抱える。
爆笑して面白がり、ふと自身の掌を開ける。
「っ!」
するとそこでは、つい先程まで地面に落ちていたはずの黄色い石が握られていた。
「いつの間に……っ!」
「ヒヒヒ。ということで、今日のところは帰らせてもらうぜ。この石をタナトに届けなきゃならねぇからな」
「っ、てめぇ! 待ちやがれぇ!」
腕を伸ばす。
アツマを逃さないために走り、その体を掴もうとするが。
「がァァぁ!」
「っ!」
それよりも早くユリンがキセイへ向けて飛びかかり、邪神の元へ着く前に地に寝転がってしまう。
「ぐぅ……ッ、がァ!」
やはりユリンは人間らしさを捨て去っており、完全に獣と化した瞳でキセイのことを地面に抑えながら睨み付けている。
「あ、そういえばなんだが」
そんな時、アツマは何かを思い出したかのようにふと口を開いたと思えば。
「オマエ、慎次キセイだろ?」
「……なっ」
「いやぁ。本当についさっき思い出したんだよ。確か3年前に俺がオマエの妹を焼き殺したんだっけ? んで、強くなって立ち向かってこい的なのも言ったよな? あの時の俺」
「て、てめぇ……は!」
「懐かしいなぁ。それにしても、オマエまだ全然変わってねぇじゃねぇか。この3年間なにしてたんだ? 強くなろうと思ってたのか? 努力はしたのか?」
「な……にがっ」
「ヒヒヒ。まぁいいや。んじゃま、本当に最後のチャンスを与えてやる。オマエが俺に挑める最後のチャンスだ」
「っ! チャンス……だと!?」
「あぁ。簡単だよ。その女を殺せ。邪神と違って石に触れた人間には自然再生機能が無く不死身でも何でもないから、サクッと殺れるぞ」
「なっ!」
「というかもう殺す以外の選択肢は無いんだがな。理性が戻るなんてのはあり得ねぇし、その女はこれから一生獣で在り続ける。そうなれば必然的に血を求めて他の人間を襲いだすだろう。現に今、オマエが襲われてるように」
「っ!」
「愛しの人が罪の無い人間を殺していくんだ。オマエはそれに耐えられるのか? 想い人が罪にまみれる姿を見れんのか? 無理だよな? なら殺すしかねぇよなぁ?」
「な、……なに……が」
「ということで、俺は今度こそここいらでお暇させてもらう。あえてオマエが女を殺す瞬間は見ない。想像で楽しむ。だからオマエは今一度俺への憎悪を思い出せ。増させろ。より完璧な復讐者と成った時、もう一度会いに来て全力で戦ってやるからよ」
「ま、待――」
「ヒヒヒ。じゃあな」
去ろうとするアツマを止めるべくキセイは必死に体を動かすが、上に覆い被さるユリンを退かすことができず文字通り手も足も出なくて――。
「『ラキア』」
直後。キセイでもユリンでもアツマでもない誰かの声がその場に響き渡ったと思えば、邪神は消えていた。
瞬きする間に消滅し、逃がしてしまった。
「ぎィィ、ぎゃァァっ!」
そしてそうなっても尚、ユリンはキセイの上で暴れる一方。
ただひたすら目の前の人間に危害を加えるため、鋭利に尖った牙と爪を振り回している。
「ユリン……」
最悪の状況が訪れ、それでもキセイは想い人を一心に見続けたと思えば――。