第3話「屈辱と選択」
「お、お前は……!」
突如として目の前に現れた、全ての元凶である存在――邪神。
しかもそこにいたのは只の邪神でなく、
「アツマ……」
慎次キセイの妹を焼き殺した、赤髪赤瞳の張本人であった。
「ん? オマエ、なんか見覚えがあるな。誰だったか……ヒヒヒ、忘れちまった」
しかし当の邪神本人はそんな発言をする始末で、キセイのことを覚えていない様子。
3年前の悲劇など眼中に無いと言わんばかりの態度だ。
「て、てめぇ。てめぇだけは!」
だが、そんなことを気にしている精神的余裕はキセイに無い。
一刻も早く目の前にいる害悪な存在を殺さなければ。その使命感に駆られ、立ち上がる。
即座に立って足を動かし、そのまま腕も前に突き出すが――。
「遅ぇ」
アツマはそう呟き、咄嗟にキセイの殴りを回避する。
そうして一度離れたと思えば、再び瞬時にキセイの目前へ戻ってきて。
「殴りってのは、こうするんだ」
お返しと言わんばかりの打撃をかます。
「ぐッ」
まんまと顔面を殴られたキセイは後退り、鼻から血を流す。
だがそれでも負けじと立ち向かい続けるが、キセイからの攻撃がアツマに当たる気配は一向に無い。
「おらおらどうした、雑魚人間が。そんなパンチじゃ何も当たらねぇぞ? 当ててみろよ、俺の顔に」
「ぐっ……てめぇぇええ!」
腕を突き出す。足も出す。
しかし何度試しても邪神に痛みは与えられず、反撃を喰らってしまう。
殺すどころか、むしろ自分が殺されてしまうのではないかと思うくらいの痛みを受ける一方だ。
「ほら、殴り返してみろよ。蹴り返してみろよ。できねぇのか? あ? 雑魚人間が」
鼻からだけではない。口からも血が出てくるし、体の至るところから大量の出血が止まらない。
何度も痛めつけられ、いつの間にかキセイからの攻撃はゼロになっていた。
「おら――よッ」
そうしてアツマの蹴りを腹部でマトモに喰らってしまい、キセイは背後に吹き飛ばされる。
「ご、はァッ」
意識を保てるギリギリのところで歯を食い縛って四つん這いの姿勢となるが、嗚咽が止まらない。
喉の奥から血と唾液が幾度となく吐き出され、キセイは真下の地面を盛大に汚す。
「ヒヒヒ。無様だな、雑魚人間」
アツマはそんなキセイの姿を見て笑い、頬を緩める。
何の抵抗もできない人間を心の底から嘲笑い、遂には瞳に喜びの涙すらも浮かべ始める。
「ほんっと、つくづく思うよ。邪神に蹂躙されるしかない人間を見てると……可哀想だなぁって」
狂気的な笑みを溢し、言葉を漏らす。
「オマエらには何の力も無い。才も無い。ただ強者に滅ぼされる未来しか残っていないような弱者だ」
「……っぐ」
「3年前に分かっただろ? オマエが俺たちに勝つことなんざ不可能なんだって。もう充分身に染みただろ? なのにどうしてまだ立ち向かおうとする? どうしてさっき俺を殴ろうとしてきた?」
「な、……んぁと」
「聞かせてくれ。俺はただ知りたいだけなんだ。オマエら弱者の行動原理を。何故に諦めず喰らいついてくるのか。それをな」
「そ、そぇ、は……」
ダメだ。今のキセイにはマトモに会話をする体力すら残っていない。
口から溢れるのは血のみで、この傷だらけの体では発声することも不可能。
「がぁ……」
キセイはこの3年間、精一杯鍛えた。
邪神を殺すため。目の前の存在を壊しきるため鍛えたのに、結果はこの様。
そこらにいる底辺の邪神を殺せたところで最たる狙いを滅ぼせないのなら、その努力も無意味同然。
「オマエ以外にもいるよ。俺たちにまだ立ち向かってくるやつ。極稀にだがな。大概の人間は全てを諦めて細々と暮らしている。オマエもそうすればいいだろ? 諦めちまえばいいだろ? なんでそうしないんだ? なんでまだ無謀な戦いを挑もうとする?」
「……そ、ぉれ……は」
アツマの発言に対してキセイはなんとか口を開き、3年前の屈辱を声に出そうとした――瞬間。
「キセイ!!」
その場に大きな声が響き渡る。
突如としてキセイの名を呼ぶ存在が現れ、その正体は。
「……ユリ……ん」
真文ユリンだった。
キセイの幼馴染みであり片想い相手でもある彼女が、すぐそこに立っていた。
「どう……して」
精一杯の気力を振り絞って疑問を投げ掛ける。
ユリンに対し、キセイは疑問と怒りを込めて問いを出す。
「後を着けてきたの。キセイがいつもより寂しそうに家を出ていったから、つい気になっちゃって……」
「っ!」
「そしたらこんなことになってて……だい」「ヒヒヒ。面白ぇ展開じゃねぇか」
ユリンが足を前に進め、四つん這いのキセイへ近づこうとした直後。彼女の言葉をアツマが遮ったかと思えば――。
「おらよっ!」
瞬時にユリンとの距離を縮め、彼女を蹴り上げてみせた。
「っ、ユリン!」
ようやく声を出せる状態になったキセイは叫び、意地と根性で立ち上がる。
そのまま近づいて脅威を退けようとするが、
「おっと」
「っ!」
アツマは掌から『炎』を生み出し、それを地面に仰向けとなるユリンの顔面へ近づけた。
キセイの妹を焼き殺した炎と全く同じものだ。
「おい雑魚人間、そこで止まれ。それ以上進んだらこの女を焼き尽くすぞ」
「なっ!」
アツマの掌とユリンの顔面の距離はかなり近い。
少しでも腕を突き出せば、すぐにその炎は当たってしまうような距離だ。
だからこそキセイは進むことができず、目の前で最愛の人が殺されるかもしれないにも関わらず呆けることしかできない。
「――おい、雑魚人間。俺に良い提案がある」
かと思えば、アツマは腕を微動だにさせないままそんなことを言いだす。
「っ!? 提案……だと?」
「あぁ。簡単なことだ。『俺を殺せるかもしれない力』と『この女』だったら、どっちを選ぶ?」
「――。――――は?」
「オマエがさっき触れようとしていた石があるだろ? あの黄色いの。実はあれ、かなり特殊な物でな。人間があれに触れると、俺ら邪神が使える特別な力……まぁ神能って言うんだが、それをその人間も扱えるようになるんだ」
「っ! な、なんだと!?」
「俺のこの『炎拳』の力……いや、それ以上の力が手に入るかもしれない。そうすれば邪神を殺すことなんて造作も無さそうだろ?」
「っ!」
「だがその石にオマエが触れた瞬間、俺はこの女を殺す」
「っ!?」
「そしてオマエが石ではなく女を選んだときは、望み通り女を生かしてやる。だが俺はその瞬間にすぐさま石を回収してこの場を撤退する。元々それが目的でここに来たしな」
「――――」
「さぁ選べ、雑魚人間。『力』か『女』か」
そのような提案を聞き、慎次キセイという復讐者は――。