胸騒ぎ
うるさい。心臓の音が止まらない。僕にはサクラがいるのに……
彼女は再び、唇を寄せた。僕は不意によけてしまった……
『なんで!断る理由ないじゃん。』
『……』
『エルは私のことなんとも思ってないの!』
涙が溢れ出そうになるのをこらえ言葉を振り絞る彼女の姿がそこにあった。
僕たちは幼馴染だ。幼少期、この街で出会ってから長い時間を共に過ごした。
めぐる季節の中、彼女に対し異性を感じることは何度もあった。しかし、彼女が振り向くことなどありはしないと思っていた。それに、今の僕にはサクラが……
『私はエルのことっ…!』
『待っ……!!』
ミラは目を伏せ僕から遠ざかろうとする。そんな彼女を引き留めるような無責任なことは出来なかった。
静寂とともに賑やかな祭りは終わりを迎えた。溶けかけのリンゴ飴を残して……
***
煌めく祭りも終わり賑やかな街も少し寂しくなった。人々は装飾を片付けている最中だ。
ミラとは顔を合わせていない…今会ってもきっと何も言えないだろう…
家に帰ると母さんがいた。
『エル。お帰り。祭り楽しめた?』
『……』
『…もうすぐ晩御飯できるからね』
母さんの作ってくれたシチューはとても暖かかった。一口食べると胸から何かが込み上げてきた。
『そんなにおいしかったの?』
『おいしいよ…とても』
…晩御飯を食べ終え、ゆっくり母と談笑していた。
『明日はお父さんが出征のパレードに出るよ。』
父ももちろん参加する。
出征パレードとは王国の門の前で行われる戦地に赴く騎士を鼓舞するパレードだ。
剣帝である父ももちろん参加する。
僕は昔からこのパレードが嫌いだった。この国の騎士はとても強い。建国以来戦いに負けたことはないほどに…。しかし全員が生きて帰れる訳じゃない。パレードの際、笑っていた騎士達も凱旋の時にはいなくなっていることが多い。その時の遺族たちの悲しむ顔を見るのがとてもつらかった。
『あんたいつも行かないんだから、たまにはミラちゃん誘って一緒に行ってきたら?』
『……』
『さては、何かあったな…』
母さんは妙な所で鋭い。ミラのことを考えつつも今日は寝ることにした。
…翌日
朝から町中に人があふれていた。戦地に赴く騎士を見送るための熱気に包まれていた。僕は一人でパレードに向かっていた。門の前には馬に乗った兵士たちの列があった。父はその列の先頭で隣の騎士と話をしていた。
『父さん!』
『エルじゃないか!パレードに来るなんて珍しいな!どうだ俺の息子はイケてるだろ?』
父が仲間の騎士にグイグイと紹介する。少し恥ずかしい。
『父さん。気をつけてね。』
『大丈夫だ、じゃあ行ってくるよ。』
父の掛け声とともに馬はかけていく。爪音が響き渡る、王国の人間はそれ以上の声で兵士たちを送り出す。その姿に心を動かされた。
兵士達の列も見えなくなり、群衆も続々と減っていった。そんな中、後ろから話し声が聞こえてきた。
『結局、半獣の住処はどこにあったんだ。王国からそう遠くないって噂だけど。』
『あぁそれな、確か湖の近くって話だけど。』
そこって…僕は二人に話を聞いた。
『その湖って!』
胸騒ぎがした。
***
走る、肺が痛い…サクラ!無事でいてくれ!
その湖は僕とサクラが出会ったところにあり彼女の村がすぐ近くにあるのだ。
『ハァ…ハァ』
村についた。しかしあたりを見渡しても誰もいない、いったいどういうことだ。
サクラの家に向かった、
『サクラー!どこにいるんだー!』
彼女の姿はなかった。村には、人の気配すらなかった。まるで最初から誰もいなかったかのように……
かすかな気配を感じた。柔い風、かすかな足音。気配の正体が木々の後ろから顔を出した。
『サク…ラ?』
伸びた耳、腰から伸びた尻尾。ピンク色の体毛に包まれた狼だった。見慣れない狼に彼女を強く感じた。
『エル君?……私は……』
『噓だろ、サクラ!ここにいたらダメだ!みんな殺される!』
すべてわかった。彼女が半獣であること。サクラの父さんの言葉。村のみんなも同様に半獣であるということ。今まで頭に引っかかっていた事が一気にほどけたような感覚だった。後方から馬の爪音がきこえてくる、くそっ…!もう時間がない!
『エル君……ついてきてくれる?』
彼女はオオカミから人間の姿に戻った。僕を連れて森の中へ向かう。たどり着いた先は森の洞窟?
『ここは私たちの避難所なの、』
洞窟の中は村人で溢れかえっていた。セルド達もその中にいた。僕を見ると近づいてきた。
『おい!サクラ!なんでこんなところに人間がいるんだ!』
その声を聴いて村人たちも動揺していた。
『人間!?』
『サクラちゃん!どういうことなの!』
降り注ぐ村人たちの声にサクラは答えた。
『みんな!大丈夫!エルは信用できる人間だよ!』
『そんな人間いないわよ!人間はいつだって私たちを迫害してきた。どれだけ仲間が死んだのかわかっているの!わかったら早くここから追い出して!』
村人たちはヒートアップしていく、すると僕への止まらない罵声を制止するように男が声をかけた。
『サクラ!エル君!こっちに来なさい。』
サクラの父親だった。村人たちも鎮まり落ち着いたところで彼は話を切り出した。
『エル君…半獣の存在は知って?』
『…はい。でもまさか村のみんなが半獣だったなんて』
『王国は前からこの場所に半獣がいると勘づいていてね。村に騎士団が来ると聞いてみんなこの避難所に逃げてきたんだ。』
ことの経緯を話し終えて、更に彼は話を切り出した
『ここからは半獣がなぜ迫害されてきたのかについて話す』
ゴクリッ…僕は唾を飲み込んだ