番外編 「あの日の光景」(ep.メイ)
君たちはさ『死』って体験したことある? 因みに俺はこれからする予定。まぁ、普通は無いよね。
俺は今から、この頭のおかしい試験ってやつのせいで撃たれるんだよね。普通に死んじゃうでしょ。
左の黒髪の子とかはもう覚悟が決まってるみたいだけど。堂々とした感じから見て、多分信念とかがあるんだろうな。俺とは違う。いかにも『主人公』みたいな格好いいタイプの奴。右側の灰色の髪の子は俺と同じ感じがした。話した感じからしても、多分お人好しなんだろうね。
俺自身は別に機動隊になりたいって思ってる訳じゃない。ほんと理不尽。ただ『チビ達』を食わせる為にはこれしかなかったってだけ。孤児院の院長先生から、直々にお願いされちゃったんだよね。“皆のため”なんて言われたら……断れる訳ないじゃん。
しかもその院長先生は――俺に機動隊になるように言ったのは、実の母親だったから。
あの人は血の繋がった我が子の命よりも、誰の子供かもわからない数十人の孤児を選んだんだ。
まぁ俺はもう、どうでも良いけど。生きても、死んでも。別にどうでも。
そう思わなきゃ、やってられない。
「全員、始め!」
無慈悲な掛け声とともに、嫌な破裂音が聞こえて胸元に衝撃が走る。遅れてやってくる激しい痛み。
立っていられなくて、その場に崩れ落ちた。
「ぅぐっ、ゴフッ……!」
あ、これ死んだな。
痛いなんてもんじゃないや。本当にヤバい。
ジワリと視界が滲む。
痛いから?
それとも自分の人生への後悔?
あの人への恨み?
わからないけど、でもちゃんと愛されてたらこうはならなかったよね。今更もう遅いけど。
あの人は、息子が死んだって聞いたらどうするんだろ。泣く? なわけ無いか。お金が入って皆が幸せに暮らせるわって喜ぶかもな。
こんな時、走馬灯が見えるって聞いたことがあったけど、俺の頭の中は違うことでいっぱいだった。
何が融合だよ? 何が生き残れたら合格だよ。馬鹿らしい、本当に。全部全部、嫌になる。
こんなの絶対無理じゃん。生き残れるわけないって。騙されたかなぁ。
逆流してきた血液が、口いっぱいに広がって溢れ出る。鉄臭い、不味い。本当に最悪。
何でこんなに痛いんだろう。撃たれてるから当たり前っちゃ当たり前なんだけど、何て言うか……撃たれた心臓が燃えてるみたいに熱くて、痛い。
太陽みたいに燃えてる石に目を奪われて選んでみたけど、もしかしてそれが駄目だったとか?
俺は最後の力を振り絞ると、ボヤける視界の中自分の胸元を見た。
あれ? 俺、本当に燃えてね?
どす黒い血の海に倒れる俺の身体を、轟々と燃える炎が包んでいた。
遂に目を開けていられなくなって、視界が暗く染まっていく。
◇◇◇◇
感じていた強い痛みと熱さは、段々と幸福感へと変わっていく。
炎で身を焼かれるなんて、絶対に熱いはずなのに。
なんでこんなに心地良いんだろうか?
真っ暗な世界で、誰かに包まれてるみたいな感じがする。今自分が目を開けているのか、閉じているのか、何もわからない。あるのはただの心地良い暗闇。
このまま、眠りたい。
ずっと。
もう、何も考えなくて済むように。
全てを手離そうとした時だった。目の前に、一筋の炎が灯る。
「綺麗な火」
触れてみたくて、誘われるように手を伸ばす。
指が触れそうになった瞬間、その炎は勢いを増して、やがて辺り一面を照らしながら飲み込んでいった。突然感じる『温度』
「くそ、熱ッ!」
ついに何も見えなくなるほど大きくなったそれに、俺の身体は焼き消えた。はず、だった。
「合格おめでとうございます! 2番目の融合者ですねー」
……は? 俺、生きてるの?
混乱した頭で身体を起こすと、ぼんやりとした視界の中いっぱいに広がる、マツリカさんとか言う女性の姿が見えた。
「ごう、かく?」
状況を把握するために辺りを見渡すと、黒くうねるものがある。
隣だ。俺の左隣にいたやつ――ギルア。あいつも生きてた。
ギルアの全身を覆う黒い鱗。圧倒されるような重たい気が辺りを揺らしてる。
「そう、合格ですよ! 君は炎虎『インフェルノ』の魔石と融合しました」
炎虎……だから燃えたのか?
「じゃあ……アイツは?」
俺が隣を指差すと、マツリカさんはギルアを見て目を輝かせた。
「あぁ、ギルア君ですね。彼は一番目に融合しましたよー! 黒龍『ナイトメア』とね」
黒龍? あいつ、そんなのと融合したの?
「やっぱり、主人公じゃん」
一瞬だけ、俺の中で何かがざわついた。でもすぐに、その感情を押し込める。俺は俺、関係ない。
俺の言葉が聞こえたギルアに、ギロりと睨まれた。
「なに言ってるんですか! 確かにギルア君は凄いですけど、炎虎と融合した貴方だって十分『主人公』ですよ」
その言葉で、俺の心に何かが灯る。
俺の足元には、炎を纏った長い尻尾が揺れていた。赤く、金色に光る獣の気配が、俺の体と一つになっている。
炎虎。確かに、ちょっとだけカッコいいじゃん、俺。もしかしたら俺も、一番になれる?
そんなことを暢気に考えていた時だった。
「4番生体反応無し、融合失敗。死亡判定です」
少し離れた場所で、タイマーを手にした複数の試験官が見えた。そのうちの一人が淡々と告げる。
会場がざわついた。
え? 今誰か、死んだのか?
「受験者14番、融合失敗。死亡判定、試験終了です」
その試験官達から、ひとつ、またひとつと冷たい声が重なる。
「受験者7番、死亡判定」
「2番、融合失敗。死亡しました」
一人、また一人、名前と番号とともに「不合格」という烙印が押されていく。まるで壊れた機械みたいに、順番に。
目の前で、命が数字になって消えていく。
一歩違えば、俺も『あちら側』だったのか。
そう思った時、俺の中に燃えていた炎虎の熱が、ふいに遠ざかったように感じた。
「まじ、かよ」
目の前でどんどん“判定”されていく声が、ノイズみたいに頭に響く。
それでも、誰も止めない。誰も悲しまない。
俺の近くに来た試験官の一人が、俺の右の男の子に近付いた。
「受験者101番」
試験が始まる前に、会話した子だ。
「融合反応なし、死亡判――」
「待ちなさい」
その瞬間、ぴくり、と場が揺れた。
一人の男が、試験官の言葉を遮るように制した。
あの目立つ男……確か名前は『ルーカス』隊長だったと思う。急に隣の男の子の担当になった人。
「それは早計です」
その声が、やけに静かだった。
「この子は確実に融合する。“まだ”終わってない」
その言葉に、試験官が眉をひそめる。
「ですが隊長。生体反応もなく、脈ももう」
「……彼は融合適性100%だ。俺が保証する、だから“まだ判定を下すな”」
試験官たちが顔を見合わせ、そして静かに頷く。
ひとまず、判断は保留されたようだった。
騒動の中心であるその少年は、まるで眠っているように動かないままだ。
ルーカスさんの顔を見つめながら、俺はまた心が少しだけざわついた。
何でそこまでして、彼を特別視してるんだ?
融合適正が100%だから期待してるのか? それとも何か別の理由があるのか?
しばらくの沈黙のあと、また一つ、冷たい声が場を割った。
「受験者100番、融合反応なし。死亡判定を」
その時だった。
「おい、待てよ!」
鋭く、張り詰めた声が飛ぶ。今度は、左隣のギルアからだった。
俺のすぐそばに立っていた彼が、珍しく感情を露わにして叫んだ。
「101が大丈夫なら、あいつだってまだだろうが!」
その手が、わずかに震えていた。強がってるけど、顔が青い。
「ちょっと待ってやれよ、なあ……なぁ!」
ギルアが向けた視線の先には、真っ白な髪の少年の姿があった。あの、魔蝉みたいにブルブル震えてた子。
彼らは知り合いなのか?
だからギルアはこの白い子を失うのが怖くて、恐怖してる? さっきまで、あんなに堂々とした感じだったのに……ここまで動揺しているなんて。
そこまで彼を変貌させるこの男の子は、どういう存在なんだろう。
ギルアに頼まれた試験官が、一瞬迷ったように言葉を止める。
「……確認します。もうしばらく観察を」
その場が静かになった。全員が息を潜めて、彼の様子を見守る。
「融合反応、確認!」
空気が、明らかに変わった。白い子の指がピクリと動く。
白髪の少年、その周囲に淡い青緑色の光が広がっていく。それは水泡のように変化し、ふわりふわりと浮かびあがったかと思うと、やがて彼の体を包みこむ。
まるで俺達すらも水の中にいるみたいに、呼吸が重くなる。湿気が肌にまとわりついて、喉がひゅっと詰まった。
「融合って、周りから見るとこんな感じなのか」
俺の目の前で、信じられない光景が広がっていた。
彼の肌が、微かに青白く透けるように変わっていき、鱗のような物が現れた。背中に透けるようなヒレが出て、髪が水の中のように揺れる。
パシャん、と水が弾けたかと思うと、完全に別の見た目へと変わっていた。まるで、人じゃない。
「これは……人、魚?」
言ったのは、試験官か誰か分からなかった。けど、見れば分かる。彼は息をしてない。口をパクパクさせてるだけで、目がうつろで、手が痙攣してる。
融合に成功したのに、今にも死にそうになっていた。
身体は適応したけど、環境に適応できてない。水棲の魔獣と融合した代償なのか?
ヒュッ、というか細い呼吸音が耳に届いた。
白髪の少年が、苦しそうに空気を求めている。肺が、水じゃなく空気を欲しがっているのに、魔石はそれを許さない。
助けを求めてるのか?
誰か助けてあげなきゃ。
いや……誰かって、誰だよ。『俺』じゃないのか?
そのことに気づいた瞬間、俺の身体が僅かに動こうとした。でもそれよりも早く、ギルアが叫ぶ。
「水、早く水を用意しろ! 適応できてる、融合できてるんだ! なら環境さえ整えれば、生きられるだろ!」
「融合確認、ただちに水槽を!」
「こっちです、早く運べ!」
バタバタと人が動き出す。
俺の左にいたギルアが、黒い翼を広げて、声を振り絞った。息も絶え絶えのシイナを抱えて、歯を食いしばっている。
会場中が慌ただしく、ざわついていた。
シイナの身体は、数人がかりで持ち上げられ、準備された大型の水槽へと運ばれていく。
「おい、勝手に死んだら許さねぇからな!」
ギルアがドンッとその水槽を叩いていた。
俺は動けなかった。結局、何もできなかった。
炎虎の力を手にしたからって……何も変わってない。もしかしたら主人公になれるかも、なんて。そんなのじゃ駄目だった。
ギルアみたいに、動く勇気がないと。
「はいはい、ギルア君。落ち着いてくださいねー」
「ちょっ、何だよ、離せよ!」
マツリカ隊員はギルアを宥めるようにぎゅっと抱き締め、頭を撫でている。
何だよこいつ。羨ましい。どこまで主役やってるんだよほんと。ムカつく。
顔を真っ赤にしたギルアはプンプンと暴れまわっていたが、意外と力が強いのか、マツリカさんはものともしてない。
「ギルア君も、この白水龍『セイレーン』と融合した彼も、そしてそこの『インフェルノ』の君も」
「えっ? 俺っすか」
外野のように見ていたのに、突然会話に巻き込まれた俺は、不意打ちなそれに間抜けな声をあげてしまう。
「ええ。この後も試験が続くので、とりあえず君達は別室にて手続きとかを済ませてきてください。詳しい今後の説明とかもしてくれますから。わかりましたか? ギルア君」
「は、はなせ」
よしよし、と頭を撫でられているギルアは、顔を真っ赤にしたまま大人しくなった。
案内役の隊員に連れられ、俺達は会場を後にすることになった。
「あの子……大丈夫かな」
「は? どいつだよ?」
「ほら、俺の隣の男の子」
「あー、補欠合格野郎な」
俺は隣に居た少年の事を思い出していた。
「補欠合格野郎って……ギルア君さぁ」
「事実だろ。まぁ、アイツ図太そうな感じだったし大丈夫だろ」
「だと良いけどね」
共に死を乗り越えた者として、俺達の距離が少しだけ縮まった気がした。
「ねぇ、ギルア君とさっきの白い子ってさ」
「黙れ。アイツの話題は振ってくるんじゃねえよ」
少しだけ仲良くなれたかもって思ったけど、めちゃくちゃ気のせいだったみたい。殺気を含んだ目で睨んでくる。
でもコイツ、悪い奴ではなさそうだなんだよな。
俺の中で、ギルアへの興味が増すばかりだった。